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#title(12doors) [#d7c7a650]
一瞬視界がくらむ。
たたらを踏んだ俺に、仕事仲間が「どうした」と声をかけて...
それには「なんでもない」と手振りで返した。
その一方で、胸の奥がしんと冷えたのを自覚する。
(…この時がきたのか)
案外遅かったな、なんて呑気に笑ってみるが、
それでも不安は胸中をじわじわと侵食していく。
胞子汚染。
その四文字が俺の脳裏をぐるぐると回る。
ワクチンは打っていた。だがそれで感染が防げるわけではな...
開発者本人の口から聞いている。いざとなったら防護服が役に...
あの気密室の女のメモから分かってはいた。
それでも感染を免れていたのではないかと、望みを抱いてい...
実際今までそれらしい兆候は見えていなかった。ここに来て、...
なぜ、今なのだろう。
(あいつ…)
脳裏に浮かぶのは今日も家で一人俺の帰宅を待つヤツの姿。
(…あいつは感染しない…)
メサイアだから。
(…置いていくことになるのか)
そう思うと、不意に衝動がこみ上げた。悲しみと、不安と。
叫びだしそうになって、慌てて口を押さえる。嗚咽がこぼれて...
駄目だ。こんなんじゃ仕事にならない。
脳裏に浮かぶあいつの顔。俺に懐く、俺に依存している…自惚...
きっと、俺なしでは生きられなくなっている男の顔。
(…置いていくんだな、俺は…)
そうだ。ならば俺は───
ヤツを、突き放さなければならないのだ。
右腕を押さえる左手がじっとりと濡れている。
しくじった。私情にとらわれ怪我を負うなんざプロの仕事じ...
脱出なんて簡単だったのにこのざまか。どこの阿呆だ、俺は。
これでも隊長を務めてたなんて、どの口で言える。
俺は自分で自分を嘲笑いつつ、再度手早く応急処置を施した。
あんな仕事で怪我したなんて知られたらもう仕事は回ってこな...
怪我した直後はすぐに止血を施したので、仕事仲間たちにはか...
…解散して帰路に着く頃には、間に合わせで巻いた布が赤く染ま...
(…あいつに怒られるな)
仕事で怪我したなんて知られたら。
(…このまましばらく身をくらませようか…)
あいつの元には帰らず。その方がいい。そうすれば怪我した...
…ヤツを突き放すことも出来る。
怒らせ、喧嘩して、愛想をつかせればいい。
ヤツの並じゃない俺への執着を、引き剥がしてしまえばいい。
…俺は、もうすぐ居なくなる人間なのだから。いつまでも依存さ...
そうと決めると、次はねぐらを探さなければならない。
家に向かっていた道を逆に辿りはじめ、俺は唇を噛み締める。
体が痛い。傷の痛みではなく、全身が軋むように痛い。胸が...
なんだかぐちゃぐちゃだ。わけが分からない感情が胸のうちを...
悲しいような、悔しいような、苦しいような、怒りのような。
色んな感情がない交ぜになって、笑えるくらいに胸を圧迫して...
俺はおかしい。
離れることがいいのに、それが正解なのに、簡単なことなの...
どうしてこんなにも悲しいのだ。
俺はおかしい。
前に進みたがらない足を、ともすれば踵を返しそうになる足...
離れられないのはあいつの方なのか。依存しているのはあい...
執着しているのはあいつの方なのか。
分からねえよ。なんなんだ一体。混乱する。
亀の歩みのようなのろさで、それでも一歩一歩ヤツから離れ...
「ジャック」という、聞きなれた声。少し息が切れている。走...
「…あんまり遅いから心配で…」
声と一緒に、駆け足の音。俺は振り返ることが出来ない。
「…なんだってお前は…」
こうもタイミングがいいのか、と言う呟きを口の中だけで。...
「…怪我をしているのか?」
振り返らない俺に、ヤツは気にせず言葉を続けて俺の肩に手...
焦っているような声音。「いやな予感がしたんだ」という呟き...
「帰ろう」
俺の肩に乗せた手に力を入れて、強引に反転させようとする...
ヤツの驚いたような顔。泣きたくなる。
離れられないのは、依存しているのは、執着しているのは、...
それはきっと違う。違うんだ。俺もそうなんだ。俺もヤツに...
ヤツに負けないくらい…ヤツなしには生きられなくなっている。
悲しいような、悔しいような、苦しいような、怒りのような、
色んな感情がごちゃ混ぜになって俺にももうなにがなんだか分...
ただ衝動。
驚き呆然としているヤツの蒼白な顔を血に汚れた手で掴み寄...
胸の奥からこみ上げてくる感情のままに顔を寄せる。
その時の衝動のことを言葉ではうまく説明できない。よく覚...
気がつけば俺は、ヤツに噛み付くように口付けていた。
#comment
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一瞬視界がくらむ。
たたらを踏んだ俺に、仕事仲間が「どうした」と声をかけて...
それには「なんでもない」と手振りで返した。
その一方で、胸の奥がしんと冷えたのを自覚する。
(…この時がきたのか)
案外遅かったな、なんて呑気に笑ってみるが、
それでも不安は胸中をじわじわと侵食していく。
胞子汚染。
その四文字が俺の脳裏をぐるぐると回る。
ワクチンは打っていた。だがそれで感染が防げるわけではな...
開発者本人の口から聞いている。いざとなったら防護服が役に...
あの気密室の女のメモから分かってはいた。
それでも感染を免れていたのではないかと、望みを抱いてい...
実際今までそれらしい兆候は見えていなかった。ここに来て、...
なぜ、今なのだろう。
(あいつ…)
脳裏に浮かぶのは今日も家で一人俺の帰宅を待つヤツの姿。
(…あいつは感染しない…)
メサイアだから。
(…置いていくことになるのか)
そう思うと、不意に衝動がこみ上げた。悲しみと、不安と。
叫びだしそうになって、慌てて口を押さえる。嗚咽がこぼれて...
駄目だ。こんなんじゃ仕事にならない。
脳裏に浮かぶあいつの顔。俺に懐く、俺に依存している…自惚...
きっと、俺なしでは生きられなくなっている男の顔。
(…置いていくんだな、俺は…)
そうだ。ならば俺は───
ヤツを、突き放さなければならないのだ。
右腕を押さえる左手がじっとりと濡れている。
しくじった。私情にとらわれ怪我を負うなんざプロの仕事じ...
脱出なんて簡単だったのにこのざまか。どこの阿呆だ、俺は。
これでも隊長を務めてたなんて、どの口で言える。
俺は自分で自分を嘲笑いつつ、再度手早く応急処置を施した。
あんな仕事で怪我したなんて知られたらもう仕事は回ってこな...
怪我した直後はすぐに止血を施したので、仕事仲間たちにはか...
…解散して帰路に着く頃には、間に合わせで巻いた布が赤く染ま...
(…あいつに怒られるな)
仕事で怪我したなんて知られたら。
(…このまましばらく身をくらませようか…)
あいつの元には帰らず。その方がいい。そうすれば怪我した...
…ヤツを突き放すことも出来る。
怒らせ、喧嘩して、愛想をつかせればいい。
ヤツの並じゃない俺への執着を、引き剥がしてしまえばいい。
…俺は、もうすぐ居なくなる人間なのだから。いつまでも依存さ...
そうと決めると、次はねぐらを探さなければならない。
家に向かっていた道を逆に辿りはじめ、俺は唇を噛み締める。
体が痛い。傷の痛みではなく、全身が軋むように痛い。胸が...
なんだかぐちゃぐちゃだ。わけが分からない感情が胸のうちを...
悲しいような、悔しいような、苦しいような、怒りのような。
色んな感情がない交ぜになって、笑えるくらいに胸を圧迫して...
俺はおかしい。
離れることがいいのに、それが正解なのに、簡単なことなの...
どうしてこんなにも悲しいのだ。
俺はおかしい。
前に進みたがらない足を、ともすれば踵を返しそうになる足...
離れられないのはあいつの方なのか。依存しているのはあい...
執着しているのはあいつの方なのか。
分からねえよ。なんなんだ一体。混乱する。
亀の歩みのようなのろさで、それでも一歩一歩ヤツから離れ...
「ジャック」という、聞きなれた声。少し息が切れている。走...
「…あんまり遅いから心配で…」
声と一緒に、駆け足の音。俺は振り返ることが出来ない。
「…なんだってお前は…」
こうもタイミングがいいのか、と言う呟きを口の中だけで。...
「…怪我をしているのか?」
振り返らない俺に、ヤツは気にせず言葉を続けて俺の肩に手...
焦っているような声音。「いやな予感がしたんだ」という呟き...
「帰ろう」
俺の肩に乗せた手に力を入れて、強引に反転させようとする...
ヤツの驚いたような顔。泣きたくなる。
離れられないのは、依存しているのは、執着しているのは、...
それはきっと違う。違うんだ。俺もそうなんだ。俺もヤツに...
ヤツに負けないくらい…ヤツなしには生きられなくなっている。
悲しいような、悔しいような、苦しいような、怒りのような、
色んな感情がごちゃ混ぜになって俺にももうなにがなんだか分...
ただ衝動。
驚き呆然としているヤツの蒼白な顔を血に汚れた手で掴み寄...
胸の奥からこみ上げてくる感情のままに顔を寄せる。
その時の衝動のことを言葉ではうまく説明できない。よく覚...
気がつけば俺は、ヤツに噛み付くように口付けていた。
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