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18-278
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#title(瀬戸内組パラレルその2) [#u6366787]
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄...
| 前スレ422-425の...
____________ \ / ̄ ̄ ̄...
| __________ |  ̄ ̄ ̄V ̄ ̄| ゲーム戦...
| | | | ...
| | |> PLAY. | | ...
| | | | ∧...
| | | | ピッ (´...
| | | | ◇⊂ ...
|  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _...
| °° ∞ ≡ ≡ | || (_(__)(...
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄...
ゆうべの山の頂の、夕べの松の根方へもとちかは再び立ってお...
ゆうべと同じに碇型の槍を肩に負い、しかしもう荷物は括り付...
代わりに、空いている方の手に、何か竹皮で包んだものを大事...
もとちかは暫くの間、立ったまま頻りに辺りを見回しておりま...
「ま、夜は長ぇし、な」
楽しげに呟くとその場にどっかと腰を下ろし、槍を置くと
今夜は腰へ括り付けてあった大瓢を取り上げ
月を見上げながらゆっくりと酒を口に含みました。
舌の上で転がして酒の甘さを楽しみながら、もとちかは掌の中...
そして一人頬を緩めるのでした。
「ふふ…、おいしそう…」
不意に、頭上からねっとりと絡みつくような声が聞こえました。
はっとしてもとちかが顔を上げると、松の枝を伝ってするする...
もとちかに近づいてくる気配があります。
常盤の緑の葉陰の間に間に、月光を受けてきらりきらりと白い...
気がつけばもとちかのすぐ目の前に、
チロチロと赤い舌を閃かした蛇の頭が迫っておりました。
「珍しい…潮の香りのするからだですね…。ふふ、粗野で気儘で...
おいしそうですよ、あなた。と・て・も」
白い蛇の赤い舌が、もとちかの鼻先をちろりと舐めました。
面食らって言葉を失っていたもとちかですが、くすぐったさに...
「ハハ、驚いたな。この山の連中はどいつもこいつも、人の言...
楽しそうに言いながら、槍へと手を伸ばします。
しかしそれより素早く、蛇はもとちかの首に強かに絡み付いて...
もとちかの息は今にも潰れそうです。
「みつひで」
と、不意に別の声が、もとちかの耳のすぐ傍で聞こえました。
聞き違えるはずもありません。
琥珀の髪の、切れ長の目の、松葉緑の水干の、ゆうべの美しい...
じじつ、目に焼きついたままのあの男の姿が、いつの間にかも...
蛇の頭を細い指でそっと捉えておりました。
「みつひで。この男は、我が眷属の恩人なれば、そなたに呉れ...
ほんの少し、蛇の締め付ける力が緩み、もとちかの喉は蘇りま...
しかし、もとちかはそのことに気付いておりません。
なぜなら間近に見る男の横顔にうっとりと目を奪われて、呼吸...
蛇の体はゆっくりと、もとちかの首から解けていき、
代わりにもとちかの肩を支点として、己の頭を捉えている男の...
蛇の尾は男の腕を捕らえて袖口から着物の中へ滑り込み、
男の指から抜け出した頭も、やがて袖の中へと消えました。
袖から胴、胸へと、男の着物の中で蛇が蠢くさまを、
もとちかは奇妙に落ち着かぬ思いで見つめておりました。
男は微かに眉を震わせておりますが、
冴え冴えとした面に読み取れるほどの表情は上っておりません。
やがて、男の襟元から蛇が頭を覗かせ、ゆるりと細い首にひと...
その頤から耳たぶ辺りを赤い細い舌で舐めました。
「あなたが、一族以外のものを気に懸けるなんて…それも、人の...
とても驚きましたよ…ふふふ」
「言うたであろう。眷属の恩人なれば、いかな愚か者でも見殺...
「そういうことに、しておいてあげましょう。この男も、助け...
こんなあなたを見ているのは、面白いですから…ね、もとなり...
そう言うと、蛇は再び男の着物の中へ潜り込みました。
また胸から胴、腰へと、男の胴を木の幹にして、
蛇は螺旋状にゆっくりと着物の下を下りていきます。
帯の下を潜って蛇の体が男の腿に差し掛かった時、何故だかも...
槍に手をかけ膝を立てました。
しかし透明に冴え渡った男の目と目が合い、動きを封じられま...
やけにゆっくりと、蛇は男の脚を伝って、漸く水干袴の裾から...
さらさらと草を鳴らして遠ざかって行きました。
『みつひで』と自ら呼んだ蛇の姿が見えなくなるのを見届けると
男は音もなく立ち上がりました。
「お、おう…ありがとな…」
「同じ山にて二度も迷うな、愚か者は疾く疾く去ねよ」
もとちかの礼を遮って、苛立ちを滲ませた男の声がもとちかの...
そういえばさきほど、蛇と話している間も、男は唇を動かさず...
もとちかはこの時気付きました。
もとちかの顔を見ようともせずに、男がそのまま立ち去ろうと...
「もとなり!」
さきほど蛇の言葉のなかにあった名を、呼びかけておりました。
男の眉がぴくりと震え、遠ざかりかけていた後姿が止まります。
「あ…お前の、名前だろ?…もとなり、って…。そう、呼んでもい...
下手に近づくとかえって逃げられてしまいそうで、
もとちかはその場にておずおずと問いかけます。
「…いいも、何も。
一度知られてしまった名を、取り戻すことなどできぬ」
すらりと細い後姿が、顔を見せずに言葉だけを返して来ました。
「え?…あ、悪い、知られたくなかったか…」
男の顔も心も見えぬことに、もとちかは苛立ちと恐れを二つな...
くるり、と。不意に男が音もなく振り返りました。
ゆうべから幾度となく回想のうちに思い描いていたその顔を、
もとちかはこの時漸く正面から見ることが叶ったのです。
「名とは魂の拠り所。名を知られれば魂を縛られる。
あの時、みつひでの動きを封じる為に、我はあれの名を呼ん...
為にお前にまで名を知られてしまったその腹いせに、
みつひではわざわざ我の名をそなたに聞かせたのであろうよ」
苛立たしげにそれだけ言うと、男は再びもとちかに背を向けま...
駆け出して腕を伸ばしたところで、
この男を捕まえることはできぬと悟ったもとちかは
「俺はもとちかだ!」
男の耳にはっきりと届くように、大きな声で名乗りを上げまし...
「もとちか、だ、呼んでくれ!もとなり、俺の名を、呼んでく...
男は再び振り返り、もとちかを見ました。
このたびははっきりとその面に怒りの表情が見えました。
その強い瞳のきらめきから、今にも火花を放ちそうな激しい表...
それでも、この男の――もとなりの、心の動きを見られたという...
もとちかの胸は高鳴りました。
「そなたの耳は筒抜けか。そなたの頭に詰まっておるのは海の...
ここは人には向かぬ山と申したであろう。疾くと去ねよ、愚...
もとなりは相変わらず唇を動かさず、もとちかの頭の中を直に...
「俺はお前の名前を知っちまった。だから、俺の名前をお前に...
そうすりゃ五分五分だろ?さあ、俺の名前を呼んでくれ、も...
もとちかはひとつだけの目で、もとなりの顔を真っ直ぐに見つ...
もとなりは眉を吊り上げたまま、もとちかの目を見返しました。
やがてもとなりが唇を開き、もとちかの求めに応じる為に大き...
名を呼ばれて魂を縛られたから、でしょうか。
そうでなくて、もっと別の理由があったのでしょうか。
もとなりは、まだ少し怒った顔のまま、
それでも請われるままにその名を唇に乗せたのでした。
「もとちか」
月影の下、草の上、もとなりともとちかは向かい合って座って...
もとちかはもとなりに酒を勧めましたが、「酒は好まぬ」とに...
もとちかはめげずに、じゃあこれを、と左手に大事に持ってい...
するともとなりは、水干の袖で僅かに口元を隠すようにして眉...
「我は、なまぐさものも好かぬ。
そもそもそなたは何んのつもりだ。我が山の猟師の罠に、海...
お陰で我が明神宮は里方で、『なまぶし稲荷』などとあだ名...
もとちかの片方しかない目を睨みつけました。
もとちかはそれを聞くと屈託なく笑い、
「ああ、ありゃあだってよ、猟師の罠から食い扶持逃がしてや...
なんか代わりのモンと思って…
それに、なまぐさものって言うけどな、
お前、あれは厳島の神様へ納めたのと同じ逸品なんだぜ?
それにこれは、なまぐさものじゃねえよ…」
元親が開いて見せた竹皮の中身は、黄金色の油揚げでありまし...
それを見て、顰められていたもとなりの眉が、僅かに和みます。
「この三ツ星山のお狐様は、コレが好物だって聞いたからよ」
ずい、と竹皮ごと、もとちかは油揚げを元就へ勧めました。
もとなりは何か恥らうように睫を伏せ、いよいよ袖で口元を覆...
せっかくの美しい顔が隠されてしまうのは残念でしたが、
今までの険の尖ったさまとは違うその姿に、もとちかの心は華...
「…悪くはない」
ややの間ののち、もとちかの頭の中にもとなりの声が聞こえま...
もとなりの見目に見蕩れていたもとちかは、はっとして手の中...
すると包みの中にあった十枚ほどの油揚げは、いつの間に食い...
どれも皆一様に、満月のように、あるいは日輪のように、真ん...
「お前…これ…」
それを見たもとちかは、びっくりするやらおかしいやら、
いつしかくつくつと肩を震わせて笑い出しました。
もとなりは口元を隠していた袖を下ろし、白い手の爪先だけを...
「何を笑うことがある。それを持て里方へ降りてみよ。
三ツ星稲荷が霊験の日輪揚げとて、長寿の妙薬ぞ」
至極真面目な顔をして言うのでした。
「へぇ…。お前って、そんな大層なお狐様だったのか…」
もとちかは、手の中の油揚げと、もとなりの顔とを、
まじまじと代わる代わる見つめました。
そして不意に、まあるく穴の開いた油揚げの一枚をひょいと摘...
一口に口の中へ放り込みました。
もとなりは目を丸くし、次いで白い顔を真っ赤に怒らせました。
「何をしておる!七日七夜日干しにした後、黒く焼いて粉にし...
そのまま食うたところで霊験も何もありはせぬ!」
もとなりの剣幕もどこ吹く風に、もとちかはしばらくもぐもぐ...
やがてごくりと喉を鳴らして、口の中のものをすっかり飲み込...
最後に酒を流し込んで仕上げをすると、満足げに笑ってもとな...
「だってよ、お前の食い差しだろ?なんだか食ってみてぇじゃ...
別に長寿にゃこだわらねぇから、焼いちまうより、このまま...
もとなりはすっかり呆気に取られました。
残りの油揚げを大事そうに包み直して懐へ仕舞うもとちかを見...
何故だかもとなりは無性に落ち着かなくなってきて、目を逸ら...
「…厳島の宮へ参詣したと申したな。どんな願いがあってのこと...
話の接ぎ穂を探して、もとなりはぽつりとそう尋ねました。
「ああ、それは…」
するともとちかは、今までのはしゃいだ様子が嘘のように、神...
もとなりはと胸を突かれて、もとちかのきりりとなった顔を見...
「俺の家は土佐の豊岡って浜で網元をやってるんだが、
この間の大時化で船がひっくり返って、水夫が二人死んじま...
俺のこと、兄貴兄貴って慕ってくれてた、可愛い奴らだった...
もとちかは白い睫の影を頬に落として、瓢から酒を呷りました。
もとなりは何も言わず、もとちかの目の先を辿って草の緑を見...
「で、まぁ…海の神様たちによ、
あいつらを連れて行かなきゃならねぇほど何かにお怒りにな...
どうかもう、お怒りを鎮めてくれって頼みに、瀬戸内周りの...
…それから、あいつらをどうか、無事にあの世へ渡りつかせて...
「…そうか」
ごく短く、もとなりは相槌を打ちました。唇を動かさずに。
その声が思いのほか重く沈んでいたので、もとちかは少し驚き...
短いような長いような、静かな時が流れました。
「俺も訊きてぇことがあったんだ」
もとちかが、打って変わって朗らかな声を出したので、もとな...
「ゆうべのことだけどよ」
草に手をつき、もとちかはちょうど自分の尻ひとつ分、もとな...
もとなりは身を引きかけましたが、もとちかの目つきがそれを...
「どうしてお前が助けてやらなかったんだ」
怒っている訳ではないようですが、問い詰める瞳の力がもとな...
「な、なんのことだ」
「あの仔狐だよ!お前、あんな都合よく俺の前に出て来やがっ...
あのチビがあそこでもがいてんの知ってて、見てたんだろ?
三ツ星稲荷だかなんだか知らねぇが、他人の寿命延ばしてや...
お前の眷属だってんなら、お前が真っ先に助けてやれよ!」
もとちかはもとなりの鼻先へ、ずいと顔で詰め寄って、
二人の鼻と鼻の間には、もうほんのてのひら一枚分の隙間しか...
その近さのまま、二人はしばし睨み合いました。
「…さだめだ」
やがて、もとちかの頭に、もとなりの静かな声が響きました。
「なに?」
もとちかの表情が険しくなります。
「猟師の罠に掛かったのなら、それがその者の命数であったの...
猟師の糧となって彼を養うさだめを負うて生まれてきた者だ...
もとなりの声は氷のように静かで、
ほんの僅かに開きかけたかと思えた心が再び閉ざされたような...
「お前には情ってモンがねぇのか!?
さだめったって、あんなチビだろうが!つい罠に掛かっちま...
「チビと申すが、あれはそなたよりよほど年を経ているぞ」
もとなりの目が冷ややかにもとちかを見上げます。
「ハ!俺はこう見えてももう22だぜ?」
「ふん、ではそなたが5人束になっても敵わぬな」
「なッ!?」
思わずカッと頭に血が上りかけたもとちかでしたが、
ついと顔を背けたもとなりの、言葉のきつさとは裏腹な寂しげ...
「…この山に入って来る者たちは、皆、我をよく慕い、祀ってく...
祠を清め、祈りを捧げ、我を頼んでやって来る者たちだ。
我の務めは、彼らの祈りに報いてやることだ。
眷属への『情』などで彼らの営みを妨げするなどもってのほ...
…さだめは、受け入れねばならぬのだ」
もとなりの透き通るように白い、小さな横顔が淡々と語る言葉...
「…泣きそうな顔して何言ってやがる」
もとなりの横顔に向かって、もとちかは低く言いました。
「なッ…!我は泣いてなどおらぬ!!」
もとなりは弾かれたようにもとちかに向き直ります。
「泣き『そうな』顔、つったんだよ。泣いてるよりタチが悪ぃ...
もとちかは苦笑しながら、顔で詰め寄っていた姿勢を解き、尻...
もとなりはムっと眉根を寄せてもとちかを睨み付けています。
「…まあでも、たしかに、海の神様が俺んとこの船の網にかかっ...
たしかに俺たちゃ困るし、な。お前の言うことも道理か…」
もとちかがそう言ってもとなりに向けた笑顔はひどく優しげで、
もとなりは睨みつける目から力が抜けてしまいます。
さらに続けて
「じゃあ、あれか。俺がゆうべあそこを通り掛かって、あのチ...
そのお陰でお前と会えて、今こうして話ができるのも、ぜん...
などと、もとちかがさも嬉しげに言ったので、
もとなりは毒気を抜かれ、もとちかを見返すしかありませんで...
そんな無防備なもとなりの顔を、もとちかはしばしの間見つめ...
突然手を伸ばすと、もとなりの薄い下唇を、蜜抱く花びらを摘...
「……ッ!?」
計算外のもとちかの仕業に、もとなりは驚きの余り身動きが取...
唇を取られたまま凍りついてしまいました。
「なんだ、ちゃんと触れるんじゃねぇか」
もとちかは暢気に、もとなりの薄く柔らかな唇の感触を指先で...
「お前、さっき俺の名前呼んだときっきり、喋る時も食う時も...
でも、ちゃんと柔らけぇんだな…」
恣に唇を弄るもとちかの手を、漸く正気に返ったもとなりは激...
「なッ、なッ…なんなのだ貴様は!!」
もとなりは怒りと狼狽に全身を震わせ、拳を握り締めておりま...
「いや、だからその…お前って、その、ほんとは狐なんだろ?
だから、化けてる時の人の姿って、ちゃんと俺の手でも触れ...
もとちかは悪びれずに答えます。
暫くの間、もとなりはただ震えるばかりで、もとちかを罵るこ...
「なあ、できれば口、動かして喋ってくれよ。
そんな奇麗な顔が、動かねぇまんまで喋ってると、
なんか、今こうしてることが夢だか現だか頼りなくなってき...
懲りずに今度は髪に触れてくるもとちかの、あくまで嬉しげな...
もとなりは怒りやら戸惑いやら恥ずかしさやらを、ただ一つの...
そして、己の髪に触れているもとちかの手を、さきほどよりは...
代わりに己の右の手を、もとちかの鼻先へ差し出しました。
もとちかははじめ、きょとんとしておりましたが、
些か照れ臭そうにもとちかの目を見て促すもとなりの表情から、
唇や髪でなく、この手ならば存分に検分してもよい、との意を...
途端に嬉しそうに白い手を両手で手挟み、
撫で回したり、己の手と大きさを比べたり、匂いを嗅いだり、...
右手をもとちかに預けて、もとなりは己でも不思議なほど穏や...
そうして、こんなふうに人と差し向かいで座り、言葉を交わし...
あまつさえ触れ合うのは一体何百年ぶりのことであったろうか...
____________
| __________ |
| | | |
| | □ STOP. | |
| | | | ∧...
| | | | ピッ (...
| | | | ◇⊂ ...
|  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | ||―┌ ┌ _)_|| ...
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ゆうべの山の頂の、夕べの松の根方へもとちかは再び立ってお...
ゆうべと同じに碇型の槍を肩に負い、しかしもう荷物は括り付...
代わりに、空いている方の手に、何か竹皮で包んだものを大事...
もとちかは暫くの間、立ったまま頻りに辺りを見回しておりま...
「ま、夜は長ぇし、な」
楽しげに呟くとその場にどっかと腰を下ろし、槍を置くと
今夜は腰へ括り付けてあった大瓢を取り上げ
月を見上げながらゆっくりと酒を口に含みました。
舌の上で転がして酒の甘さを楽しみながら、もとちかは掌の中...
そして一人頬を緩めるのでした。
「ふふ…、おいしそう…」
不意に、頭上からねっとりと絡みつくような声が聞こえました。
はっとしてもとちかが顔を上げると、松の枝を伝ってするする...
もとちかに近づいてくる気配があります。
常盤の緑の葉陰の間に間に、月光を受けてきらりきらりと白い...
気がつけばもとちかのすぐ目の前に、
チロチロと赤い舌を閃かした蛇の頭が迫っておりました。
「珍しい…潮の香りのするからだですね…。ふふ、粗野で気儘で...
おいしそうですよ、あなた。と・て・も」
白い蛇の赤い舌が、もとちかの鼻先をちろりと舐めました。
面食らって言葉を失っていたもとちかですが、くすぐったさに...
「ハハ、驚いたな。この山の連中はどいつもこいつも、人の言...
楽しそうに言いながら、槍へと手を伸ばします。
しかしそれより素早く、蛇はもとちかの首に強かに絡み付いて...
もとちかの息は今にも潰れそうです。
「みつひで」
と、不意に別の声が、もとちかの耳のすぐ傍で聞こえました。
聞き違えるはずもありません。
琥珀の髪の、切れ長の目の、松葉緑の水干の、ゆうべの美しい...
じじつ、目に焼きついたままのあの男の姿が、いつの間にかも...
蛇の頭を細い指でそっと捉えておりました。
「みつひで。この男は、我が眷属の恩人なれば、そなたに呉れ...
ほんの少し、蛇の締め付ける力が緩み、もとちかの喉は蘇りま...
しかし、もとちかはそのことに気付いておりません。
なぜなら間近に見る男の横顔にうっとりと目を奪われて、呼吸...
蛇の体はゆっくりと、もとちかの首から解けていき、
代わりにもとちかの肩を支点として、己の頭を捉えている男の...
蛇の尾は男の腕を捕らえて袖口から着物の中へ滑り込み、
男の指から抜け出した頭も、やがて袖の中へと消えました。
袖から胴、胸へと、男の着物の中で蛇が蠢くさまを、
もとちかは奇妙に落ち着かぬ思いで見つめておりました。
男は微かに眉を震わせておりますが、
冴え冴えとした面に読み取れるほどの表情は上っておりません。
やがて、男の襟元から蛇が頭を覗かせ、ゆるりと細い首にひと...
その頤から耳たぶ辺りを赤い細い舌で舐めました。
「あなたが、一族以外のものを気に懸けるなんて…それも、人の...
とても驚きましたよ…ふふふ」
「言うたであろう。眷属の恩人なれば、いかな愚か者でも見殺...
「そういうことに、しておいてあげましょう。この男も、助け...
こんなあなたを見ているのは、面白いですから…ね、もとなり...
そう言うと、蛇は再び男の着物の中へ潜り込みました。
また胸から胴、腰へと、男の胴を木の幹にして、
蛇は螺旋状にゆっくりと着物の下を下りていきます。
帯の下を潜って蛇の体が男の腿に差し掛かった時、何故だかも...
槍に手をかけ膝を立てました。
しかし透明に冴え渡った男の目と目が合い、動きを封じられま...
やけにゆっくりと、蛇は男の脚を伝って、漸く水干袴の裾から...
さらさらと草を鳴らして遠ざかって行きました。
『みつひで』と自ら呼んだ蛇の姿が見えなくなるのを見届けると
男は音もなく立ち上がりました。
「お、おう…ありがとな…」
「同じ山にて二度も迷うな、愚か者は疾く疾く去ねよ」
もとちかの礼を遮って、苛立ちを滲ませた男の声がもとちかの...
そういえばさきほど、蛇と話している間も、男は唇を動かさず...
もとちかはこの時気付きました。
もとちかの顔を見ようともせずに、男がそのまま立ち去ろうと...
「もとなり!」
さきほど蛇の言葉のなかにあった名を、呼びかけておりました。
男の眉がぴくりと震え、遠ざかりかけていた後姿が止まります。
「あ…お前の、名前だろ?…もとなり、って…。そう、呼んでもい...
下手に近づくとかえって逃げられてしまいそうで、
もとちかはその場にておずおずと問いかけます。
「…いいも、何も。
一度知られてしまった名を、取り戻すことなどできぬ」
すらりと細い後姿が、顔を見せずに言葉だけを返して来ました。
「え?…あ、悪い、知られたくなかったか…」
男の顔も心も見えぬことに、もとちかは苛立ちと恐れを二つな...
くるり、と。不意に男が音もなく振り返りました。
ゆうべから幾度となく回想のうちに思い描いていたその顔を、
もとちかはこの時漸く正面から見ることが叶ったのです。
「名とは魂の拠り所。名を知られれば魂を縛られる。
あの時、みつひでの動きを封じる為に、我はあれの名を呼ん...
為にお前にまで名を知られてしまったその腹いせに、
みつひではわざわざ我の名をそなたに聞かせたのであろうよ」
苛立たしげにそれだけ言うと、男は再びもとちかに背を向けま...
駆け出して腕を伸ばしたところで、
この男を捕まえることはできぬと悟ったもとちかは
「俺はもとちかだ!」
男の耳にはっきりと届くように、大きな声で名乗りを上げまし...
「もとちか、だ、呼んでくれ!もとなり、俺の名を、呼んでく...
男は再び振り返り、もとちかを見ました。
このたびははっきりとその面に怒りの表情が見えました。
その強い瞳のきらめきから、今にも火花を放ちそうな激しい表...
それでも、この男の――もとなりの、心の動きを見られたという...
もとちかの胸は高鳴りました。
「そなたの耳は筒抜けか。そなたの頭に詰まっておるのは海の...
ここは人には向かぬ山と申したであろう。疾くと去ねよ、愚...
もとなりは相変わらず唇を動かさず、もとちかの頭の中を直に...
「俺はお前の名前を知っちまった。だから、俺の名前をお前に...
そうすりゃ五分五分だろ?さあ、俺の名前を呼んでくれ、も...
もとちかはひとつだけの目で、もとなりの顔を真っ直ぐに見つ...
もとなりは眉を吊り上げたまま、もとちかの目を見返しました。
やがてもとなりが唇を開き、もとちかの求めに応じる為に大き...
名を呼ばれて魂を縛られたから、でしょうか。
そうでなくて、もっと別の理由があったのでしょうか。
もとなりは、まだ少し怒った顔のまま、
それでも請われるままにその名を唇に乗せたのでした。
「もとちか」
月影の下、草の上、もとなりともとちかは向かい合って座って...
もとちかはもとなりに酒を勧めましたが、「酒は好まぬ」とに...
もとちかはめげずに、じゃあこれを、と左手に大事に持ってい...
するともとなりは、水干の袖で僅かに口元を隠すようにして眉...
「我は、なまぐさものも好かぬ。
そもそもそなたは何んのつもりだ。我が山の猟師の罠に、海...
お陰で我が明神宮は里方で、『なまぶし稲荷』などとあだ名...
もとちかの片方しかない目を睨みつけました。
もとちかはそれを聞くと屈託なく笑い、
「ああ、ありゃあだってよ、猟師の罠から食い扶持逃がしてや...
なんか代わりのモンと思って…
それに、なまぐさものって言うけどな、
お前、あれは厳島の神様へ納めたのと同じ逸品なんだぜ?
それにこれは、なまぐさものじゃねえよ…」
元親が開いて見せた竹皮の中身は、黄金色の油揚げでありまし...
それを見て、顰められていたもとなりの眉が、僅かに和みます。
「この三ツ星山のお狐様は、コレが好物だって聞いたからよ」
ずい、と竹皮ごと、もとちかは油揚げを元就へ勧めました。
もとなりは何か恥らうように睫を伏せ、いよいよ袖で口元を覆...
せっかくの美しい顔が隠されてしまうのは残念でしたが、
今までの険の尖ったさまとは違うその姿に、もとちかの心は華...
「…悪くはない」
ややの間ののち、もとちかの頭の中にもとなりの声が聞こえま...
もとなりの見目に見蕩れていたもとちかは、はっとして手の中...
すると包みの中にあった十枚ほどの油揚げは、いつの間に食い...
どれも皆一様に、満月のように、あるいは日輪のように、真ん...
「お前…これ…」
それを見たもとちかは、びっくりするやらおかしいやら、
いつしかくつくつと肩を震わせて笑い出しました。
もとなりは口元を隠していた袖を下ろし、白い手の爪先だけを...
「何を笑うことがある。それを持て里方へ降りてみよ。
三ツ星稲荷が霊験の日輪揚げとて、長寿の妙薬ぞ」
至極真面目な顔をして言うのでした。
「へぇ…。お前って、そんな大層なお狐様だったのか…」
もとちかは、手の中の油揚げと、もとなりの顔とを、
まじまじと代わる代わる見つめました。
そして不意に、まあるく穴の開いた油揚げの一枚をひょいと摘...
一口に口の中へ放り込みました。
もとなりは目を丸くし、次いで白い顔を真っ赤に怒らせました。
「何をしておる!七日七夜日干しにした後、黒く焼いて粉にし...
そのまま食うたところで霊験も何もありはせぬ!」
もとなりの剣幕もどこ吹く風に、もとちかはしばらくもぐもぐ...
やがてごくりと喉を鳴らして、口の中のものをすっかり飲み込...
最後に酒を流し込んで仕上げをすると、満足げに笑ってもとな...
「だってよ、お前の食い差しだろ?なんだか食ってみてぇじゃ...
別に長寿にゃこだわらねぇから、焼いちまうより、このまま...
もとなりはすっかり呆気に取られました。
残りの油揚げを大事そうに包み直して懐へ仕舞うもとちかを見...
何故だかもとなりは無性に落ち着かなくなってきて、目を逸ら...
「…厳島の宮へ参詣したと申したな。どんな願いがあってのこと...
話の接ぎ穂を探して、もとなりはぽつりとそう尋ねました。
「ああ、それは…」
するともとちかは、今までのはしゃいだ様子が嘘のように、神...
もとなりはと胸を突かれて、もとちかのきりりとなった顔を見...
「俺の家は土佐の豊岡って浜で網元をやってるんだが、
この間の大時化で船がひっくり返って、水夫が二人死んじま...
俺のこと、兄貴兄貴って慕ってくれてた、可愛い奴らだった...
もとちかは白い睫の影を頬に落として、瓢から酒を呷りました。
もとなりは何も言わず、もとちかの目の先を辿って草の緑を見...
「で、まぁ…海の神様たちによ、
あいつらを連れて行かなきゃならねぇほど何かにお怒りにな...
どうかもう、お怒りを鎮めてくれって頼みに、瀬戸内周りの...
…それから、あいつらをどうか、無事にあの世へ渡りつかせて...
「…そうか」
ごく短く、もとなりは相槌を打ちました。唇を動かさずに。
その声が思いのほか重く沈んでいたので、もとちかは少し驚き...
短いような長いような、静かな時が流れました。
「俺も訊きてぇことがあったんだ」
もとちかが、打って変わって朗らかな声を出したので、もとな...
「ゆうべのことだけどよ」
草に手をつき、もとちかはちょうど自分の尻ひとつ分、もとな...
もとなりは身を引きかけましたが、もとちかの目つきがそれを...
「どうしてお前が助けてやらなかったんだ」
怒っている訳ではないようですが、問い詰める瞳の力がもとな...
「な、なんのことだ」
「あの仔狐だよ!お前、あんな都合よく俺の前に出て来やがっ...
あのチビがあそこでもがいてんの知ってて、見てたんだろ?
三ツ星稲荷だかなんだか知らねぇが、他人の寿命延ばしてや...
お前の眷属だってんなら、お前が真っ先に助けてやれよ!」
もとちかはもとなりの鼻先へ、ずいと顔で詰め寄って、
二人の鼻と鼻の間には、もうほんのてのひら一枚分の隙間しか...
その近さのまま、二人はしばし睨み合いました。
「…さだめだ」
やがて、もとちかの頭に、もとなりの静かな声が響きました。
「なに?」
もとちかの表情が険しくなります。
「猟師の罠に掛かったのなら、それがその者の命数であったの...
猟師の糧となって彼を養うさだめを負うて生まれてきた者だ...
もとなりの声は氷のように静かで、
ほんの僅かに開きかけたかと思えた心が再び閉ざされたような...
「お前には情ってモンがねぇのか!?
さだめったって、あんなチビだろうが!つい罠に掛かっちま...
「チビと申すが、あれはそなたよりよほど年を経ているぞ」
もとなりの目が冷ややかにもとちかを見上げます。
「ハ!俺はこう見えてももう22だぜ?」
「ふん、ではそなたが5人束になっても敵わぬな」
「なッ!?」
思わずカッと頭に血が上りかけたもとちかでしたが、
ついと顔を背けたもとなりの、言葉のきつさとは裏腹な寂しげ...
「…この山に入って来る者たちは、皆、我をよく慕い、祀ってく...
祠を清め、祈りを捧げ、我を頼んでやって来る者たちだ。
我の務めは、彼らの祈りに報いてやることだ。
眷属への『情』などで彼らの営みを妨げするなどもってのほ...
…さだめは、受け入れねばならぬのだ」
もとなりの透き通るように白い、小さな横顔が淡々と語る言葉...
「…泣きそうな顔して何言ってやがる」
もとなりの横顔に向かって、もとちかは低く言いました。
「なッ…!我は泣いてなどおらぬ!!」
もとなりは弾かれたようにもとちかに向き直ります。
「泣き『そうな』顔、つったんだよ。泣いてるよりタチが悪ぃ...
もとちかは苦笑しながら、顔で詰め寄っていた姿勢を解き、尻...
もとなりはムっと眉根を寄せてもとちかを睨み付けています。
「…まあでも、たしかに、海の神様が俺んとこの船の網にかかっ...
たしかに俺たちゃ困るし、な。お前の言うことも道理か…」
もとちかがそう言ってもとなりに向けた笑顔はひどく優しげで、
もとなりは睨みつける目から力が抜けてしまいます。
さらに続けて
「じゃあ、あれか。俺がゆうべあそこを通り掛かって、あのチ...
そのお陰でお前と会えて、今こうして話ができるのも、ぜん...
などと、もとちかがさも嬉しげに言ったので、
もとなりは毒気を抜かれ、もとちかを見返すしかありませんで...
そんな無防備なもとなりの顔を、もとちかはしばしの間見つめ...
突然手を伸ばすと、もとなりの薄い下唇を、蜜抱く花びらを摘...
「……ッ!?」
計算外のもとちかの仕業に、もとなりは驚きの余り身動きが取...
唇を取られたまま凍りついてしまいました。
「なんだ、ちゃんと触れるんじゃねぇか」
もとちかは暢気に、もとなりの薄く柔らかな唇の感触を指先で...
「お前、さっき俺の名前呼んだときっきり、喋る時も食う時も...
でも、ちゃんと柔らけぇんだな…」
恣に唇を弄るもとちかの手を、漸く正気に返ったもとなりは激...
「なッ、なッ…なんなのだ貴様は!!」
もとなりは怒りと狼狽に全身を震わせ、拳を握り締めておりま...
「いや、だからその…お前って、その、ほんとは狐なんだろ?
だから、化けてる時の人の姿って、ちゃんと俺の手でも触れ...
もとちかは悪びれずに答えます。
暫くの間、もとなりはただ震えるばかりで、もとちかを罵るこ...
「なあ、できれば口、動かして喋ってくれよ。
そんな奇麗な顔が、動かねぇまんまで喋ってると、
なんか、今こうしてることが夢だか現だか頼りなくなってき...
懲りずに今度は髪に触れてくるもとちかの、あくまで嬉しげな...
もとなりは怒りやら戸惑いやら恥ずかしさやらを、ただ一つの...
そして、己の髪に触れているもとちかの手を、さきほどよりは...
代わりに己の右の手を、もとちかの鼻先へ差し出しました。
もとちかははじめ、きょとんとしておりましたが、
些か照れ臭そうにもとちかの目を見て促すもとなりの表情から、
唇や髪でなく、この手ならば存分に検分してもよい、との意を...
途端に嬉しそうに白い手を両手で手挟み、
撫で回したり、己の手と大きさを比べたり、匂いを嗅いだり、...
右手をもとちかに預けて、もとなりは己でも不思議なほど穏や...
そうして、こんなふうに人と差し向かいで座り、言葉を交わし...
あまつさえ触れ合うのは一体何百年ぶりのことであったろうか...
____________
| __________ |
| | | |
| | □ STOP. | |
| | | | ∧...
| | | | ピッ (...
| | | | ◇⊂ ...
|  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | ||―┌ ┌ _)_|| ...
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