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#title(はじめての 後編) >>11-17の続きです。 昨年のタイガードラマ・リョマ伝のお馬鹿弟子⇒堅物師匠です。 以前本スレに投下されたネタを拝借しております。 相変わらず訛りは適当ですので間違いが有ったらすみませんです。 |>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース! 「先生は悪う無いですき」 伊蔵は唇を尖らせた。何故武知が謝らねばならないのか分からない。 「悪いのは上士の奴らと大殿様ですろう」 思った事を素直に言うと、武知は困ったような顔で振り返った。 「そういう事を言うてはいかん」 「けんど先生が謝る理由はないですき」 「おまんは優しいの」 武知は苦笑し、少し表情を和らげた。 「伊蔵、……愛しい女子の姿は浮かんだか」 それがとても大切なことであるかのように、しかと伊蔵を見据えて武知は言った。 伊蔵は身を縮めた。結局、武知の命には従えなかったのだ。『愛しい女子』の姿など誰ひとり浮かばなかった。 命令に逆らったのだから、叱られてもおかしくない。 伊蔵は身を小さくしたままそろそろと首を振る。 武知は身を抉られたような顔をして、叱責の言葉ではなく深い息を吐いた。 「……そうか、出来んかったか」 「申し訳ありませんき」 「おまんが謝る理由は無いろう。そうよな、それが当たり前じゃき。なのにわしは……なにを都合のええ事を言うちゅう」 蒼白な顔をして武知は言った。後半は伊蔵にではなく己に言っているようだった。 武知は一瞬瞠目してから息を吐き、伊蔵の肩を両手で掴んだ。 「伊蔵、これからとても大切なことを言うき、よう聞きや」 こくりと頷いた伊蔵の目を、武知はひたと見据えた。 「この一刻の間におまんの身ぃに起きた事は、全て夢ぜよ。おまんは辛い目ぇにも怖い目ぇにも合うていない。 何も、何一つ起きちょらん。おまんはお城でうたた寝をしてしもうただけじゃき」 そう優しく言う武知が何かひどい間違いを犯している気がして、伊蔵は恐怖を覚えた。 いつも清く正しい武知が間違いを犯すとは思えない。頭の悪い伊蔵が頭の良い武知の間違いに気が付くとも思えない。 けれども、それがもし―――伊蔵の心の内に関する事であったなら。 あるいは伊蔵が正しくて武知が間違っているということも、在り得るのではないだろうか。 「じゃから、伊蔵」 その先は聞きたく無かった。 「全て忘れや」 「わ―――忘れられるわけがないですろうッあ……あんな、あんなに、」 幸せだったのに。 悲鳴のような自分の声を、伊蔵は何処か遠く聞いた。 「伊蔵っ」 武知は伊蔵の肩を掴む手に力を入れ伊蔵の言葉を遮った。痛ましいものを見るような顔だった。 「あんな目に合うておまんが辛いのはよう分かる、忘れられるわけがないのもよう分かる。 けんど、おまんがこんなことに囚われる事はないがじゃ。無かったことにしてしまえばええき。のう、忘れや」 「……嫌ですき」 「我儘を言うてはいかんちや伊蔵ッ」 「嫌ですきッ」 強く返すと、武知は信じられないような顔をした。武知に伊蔵が逆らった事など、ただの一度も無い。 ほんのわずかな間伊蔵をまじまじと見た後、武知はより一層痛そうな顔になった。 「無理は承知で言うておるぜよ。おまんの為じゃ伊蔵」 「せ―――先生は勝手じゃきッ簡単に忘れろなんて言わんでつかあさいッ」 伊蔵の肩を掴む武知の手から、力が抜けてそのまま落ちた。 伊蔵の身を恐怖が包んでいた。 武知は明らかに伊蔵の心の内を捉え違えている。伊蔵の伝えたい事が全く伝わっていない。 何か言わねばならぬのに、伝えたい事は沢山あるはずなのに、武知の過ちを正さねばならぬのに、 頭の悪い伊蔵の頭には的確な言葉が浮かばない。 一方武知の頭は伊蔵の何倍もの速さで働いて武知の口は伊蔵の何倍も滑らかに言葉を紡ぐ。 伊蔵がどれだけもがいても、いつも倍の速さで武知は遠ざかるのだ。 「すまんかった」 ぽつんと武知が呟いた。 「わしは勝手じゃち、よう分かっちょるぜよ。あんな目ぇに合うて忘れるなんて簡単にできんのもわかっちょる。 わし一人で背負わねばならぬのに……おまんを巻き込んでしもうた。 おまんに累が及ぶ可能性を思い至らなんだは不甲斐ない限りじゃき。全てわしが至らぬ故ぜよ。 せめて愛おしい女子の姿でも想うていてくれればと思うたが、出来るわけがないのう。わしは勝手じゃ。 ほんにすまんちや。―――けんどのう伊蔵。 もうおまんを苦しい目ぇにも嫌な目ぇにも合わせんき。わしがさせん、天地神明に誓うてもええ。 二度とおまんにこんな事は起こらんき、安心しいや。だから、だから無理を承知で言うちょる、 ……今回だけは忘れてくれ、こんとおりじゃ」 武知は伊蔵に深く頭を下げた。 (違いますき―――) そうじゃない。 伊蔵は泣きそうになった。往来で涙するなど武士のすることではない、けれど。 きっと、と伊蔵は思った。 きっと武知は辛くて怖くて苦しくて嫌だったのだ。 今となっては想像できる。伊蔵が呼ばれる前に武知があの城でどのような目に合ってきたのかを。 武知が初めて登城したのはいくつの時だっただろうか。 きっとその時から登城した数だけそれは積み重ねられ、これからもそれは続いて行くのだ。 ……武知半平太が、土佐の白札である限り。 おそらく武知は、伊蔵も辛くて怖くて苦しくて嫌なのだろうと思うたのだ。 自分が味わった思いを、己の所為で伊蔵にも与えてしまったと思うたのだ。 深い後悔に苛まれて、だから弟子だけでも泥沼から救わねばと思うたのだ。 (違うのに) 今後も武知の身には同じ事が続くのだろう。武知は同じ苦痛を抱き続けるのだろう。 身分が低く頭の悪い伊蔵ごときがどう足掻いたところでそれを何一つ変える事が出来得るはずもない。 それぐらいは分かっていた。 だから、せめて。 伊蔵との時くらいは、いつもとは全く違うものだったのだと、酷い事は何も無かったのだと。 そう、――――思ってほしかったのに。 「ああ、この後に及んでまだ都合のええ事を言うちょるぜよわしは。おまんも懇願されたとて聞けぬのにのう」 伊蔵の沈黙をどう捉えたのか、武知は苦笑した。 そしてうろうろと目を彷徨わせ、やがて泣きそうな顔で伊蔵に笑った。 「これはお願いではのうて命令ぜよ、伊蔵。おまんの師匠として命令するき。忘れや、全て」 これまで武知の命令に伊蔵が逆らった例が無い事も。 これからも伊蔵が逆らう訳が無い事も。 こう言われて伊蔵が頷かないわけにはいかない事も、全て理解した上で武知は言っていた。 伊蔵は目を瞑る。深く吐いた息が少し乱れていた。 「……佳緒ですき」 口から洩れでた言葉は他人の物のようだった。武知は二三回瞬いて怪訝な顔をした。 「佳緒は涼真と相惚れですき、わしが惚れちゅうを先生に言うがは恥ずかしかったがです。 お城ではずうっと、佳緒の事を想うちょりました。 いつもはわしの岡惚れながやきに、今だけは佳緒はわしと居てくれると思うちょりました。 佳緒が優しゅうしてくれてわしは―――うんと幸せでしたき」 武知はしばらく黙った後、そうかと呟いた。 「無理に聞きだしてしもうて悪い事をしたの」 苦しそうにそういう武知は、それでも僅かばかり安堵したようだった。 伊蔵が嘘をついているなどとは露ほども疑っていない顔だった。 きっとこれで良いのだ。 岡田伊蔵が武知半平太の命令に逆らい嘘をつくことなど、決してあり得ないのだから。 ≪了≫ ≪了≫ - うわあああ!結局すれ違ってて美味しいです!ありがとうございます姉さん!! -- &new{2011-09-22 (木) 12:51:29}; #comment