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*黎明の国 [#ff9ca411]
#title(黎明の国) [#ff9ca411]
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース! 
タイガードラマ 和介→武智をベースにした明治以後の話。実在人物やオリキャラ、伊蔵、収次郎要素も少しながら 
あるカオスっぷりなので、危険を感じられた方は事前避けをお願いします。 
思ったより長くなってしまったので、途中で一度中断します。 


「夏は暑うて食も細なるかもしれませんが、少し無理をしてでも食べて体力をつけてつかぁさい。」 
枕元で諭すように告げられる言葉。それに和介はこの時、すみませんと小さな謝罪を口にしていた。 
陽光照りつける南国の夏は暑い。 
その中でもここ数日はうだるような熱気が漂い、倒れる者が後を絶たなかった。 
そしてそれは和介も例外ではなく、朝、立ちくらみを覚えたのを最後に意識が途切れた。 
そして再び目を覚ました時、眼前にいたのはこの若き村医者だった。 
「この程度の事で情けない。武智様にこんな事で足を運ばせてしまうとは、」 
「この程度という油断が一番危険ながです。無理をすれば人は倒れる。あとそれと、私の事を 
様づけで呼ぶのはやめてもらえませんろうか。何度も言うてますが、こそばゆい。」 
年は若いが物怖じせぬ物言い。そして、 
「しかし、」 
「それに、あなたにそう呼ばれると、私は私の事を言われている気がしなくなるがです。」 
反論しかけた言葉にもきっぱりと明るい苦笑を向けてくる。 
そんな相手に和介はこの時戸惑いながらも、はいと答えるしかなかった。ただ、 
「とすればやはり呼び方は、武智先生で。」 
おずおずと尋ねれば、それに彼は神妙な顔で頷いてくる。 
「自分で言うとおこがましゅうはなりますが、まぁ様よりかは幾許か。」 
その様は少しだけおかしかった。だから、 
「しかし、それはそれで思い出してしまいますな。」 
笑みを隠す様に口元に手をやりながらぽつりと呟く。その言葉にこの時、目の前の青年はえっ?と 
視線を上げてきた。 
だからそれを見つめ返しながら、和介は告げる。 
「あなたのお義父上の事ですよ。」 
それは懐かしくも切ない、今は遠い過去の記憶だった。 



元号が明治に代わり早幾年。 
世が急激に発展していく最中でも、まるで時が止まったかのように静かで穏やかな時間の流れる 
この村に小さな診療所が開かれたのは、その年の春の事だった。 
東京帰りのお医者様が、とありがたがられ、その腕の確かさからも瞬く間に村民達の尊敬の念を集めた 
その青年医師の名は武智半汰と言い、その出自は、かつてこの国で名を馳せながらも非業の死を遂げた 
土イ左僅王党盟主、武智半平汰の死後の養子であった。 
世の成り立ちが変わる前、国内で吹き荒れた党弾圧の嵐の後も生き残った党員達の援助を受け、 
医学の道に進んだ。 
和介はそんな彼を支えた者の一人だった。 
「誰もが義父の事を偉大だったと言います。」 
近年その名誉を回復され、新政府から位階も授けられた。そんな義父の事を診療の道具を片づけながら 
語る彼の言葉は、学問を東京で学んでいたせいか、土地の者達に比べ幾分か訛りが薄い。 
それを横になったまま聞きながら、和介はこの時返事を返していた。 
「ええ、その通りです。」 
きっぱりと言い切る、その迷いの無い響きに彼は瞬間、くすりと笑ったようだった。 
「あなたはいつもその調子だ。でも私はあなただけは他の者達と少し違うと思うちょります。」 
「…わしだけですか?」 
「あなたは昔、私に義父の事をこう言ったがです。『優しく、悲しい方だった』と。」 
「……………」 
「それを聞いて、私は少しほっとした。義父の人となりを初めて知れた気がして。だからそれ以来、 
あなたから義父の話を聞く事が楽しみになった。」 
静かに告げられる、その声色は低く穏やかなものだった。 
血はまったく繋がっていないのだと言う。 
それでもその落ち着いた響きはこの時、和介の記憶を呼び起こし、その胸に甘く苦い感情を抱かせた。 
だから、 
「楽しみなどと。私は武智様の最も華やかな頃を知らぬ身です。」 
恐縮と寂寥をない交ぜにしたような声でそう告げれば、それにも彼はこの時、だからいいのですと 
返してきた。そして、 
「人の真の姿が見えるのは、心弱く追い詰められた時ですろう?」 
彼は、言った。 
「そんな頃の義父の一番近くに、あなたはいた。」 
指し示してくる、それは己の過去だった。 
「どんな事でもいい。また聞かせてつかぁさい、義父の事を。」 
求められる、党員でもなければ一介の志士でもなかった自分が、あの人の一番近くにいられた訳。 
それは、自分がかつて彼の人が繋がれた獄の番人であったからだった。 


強い人だと思っていた。 
この国では当時、犬猫同然の扱いしか受けなかった下司を束ね、藩政の実権を握り、上洛を推し進め、 
果ては帝の使いとして江戸に上る栄誉まで賜った者達の盟主。 
その華々しい活躍は国元にも届き、皆が憧れと尊敬の念でその名を胸に刻んでいた。 
しかし時の流れは残酷なまでに急だった。 
自分のような者に、難しいの政治の事情はわからない。それでも、何かをきっかけに代わった 
世の流れは、やがてその人を捕らえ、獄へと繋ぐ事となった。 
そこで日々執り行われた尋問。 
それにもその人は当初屈する様子を見せなかった。 
どこまでも毅然と顔を上げ続ける。 
その様相が変わったのは、彼自身では無い、仲間の拷問の声を一人牢内から聞かされるようになってからだった。 
あれは地獄だった。 
姿は見えず、様子も分からず、ただ叫び声だけを聞かされる。 
それが大きなものであれば、耳を塞ぎたくなる衝動にかられ、逆に聞こえなくなれば 
その生死に対する不安を煽られる。 
それを毎日毎日……その責め苦に彼の人は徐々に苛まれていった。 
だが、それゆえの奇跡でもあったのだろう。 
『今朝は、声が聞こえんのぅ……』 
ある日、自分が食事を持って行った時にひそりと落とされた言葉。 
それは明確に自分に対して与えられたものではなく、ただ独り言のように呟かれたものだった。 
しかしそれに自分はもう耐えられなかった。だから、返す答え。 
それに彼の人が驚いた様に視線を向けてくれば、胸の想いは止めようも無くその堰を切った。 
『何か、お望みの事があったら言うてつかぁさい。わしが…っ』 
あの日から、自分と彼の人の密かな交流は始まった。 



強い人だった。しかし脆い人でもあった。 
それはひとえに情の深さゆえだった。 
事態は時が経つ程に苛酷さを極め、それが頂点に達したのはあの者が捕らえられ、京から 
送り返されてきた時だった。 
丘田伊蔵。 
他の仲間達と比べ、一際幼さの残る容姿を持つ彼が拷問にかけられるようになってから、彼の人の 
精神は目に見えて崩れていった。 
牢内で制止の叫びを上げる。名を呼び、涙を流す。 
それでもまるで同じ苦しみを分け与えられようとでもするかのように、彼の人はその捕らわれた牢内で 
けして己の耳を塞ごうとはしなかった。 
上げられるその悲鳴をすべて受け止め、しかしその許容量が過ぎた時……とうとう狂い壊れた。 
『和介……』 
夜に密かに呼ばれ、近づいた格子際。あの日、その人はそれに凭れかかるように座り込んでいた。 
投げ出された足のその力の無さに、人の心の限界を見た思いがする。 
だから、抗う事は出来なかった。もはや自決する力も残されていないだろうかつての愛弟子に対する、 
その人の追い詰められた残酷な慈悲から。 
自分の方を向かぬまま、発せられる声が聞こえる。 
『わしの知り合いの医者に阿片に詳しい者がおる……』 
そうして夜の闇に淡々と綴られたのは、恐ろしい毒の効能について。 
その果てに彼の人は一つの呟きを繰り返した。それは、 
『伊蔵…伊…蔵……いぞう…っ…』 
自覚は無かったのかもしれない。それでも同じ名を唇から紡ぎ続けるその人の頬にはあの時、 
溢れ伝う涙があった。だから、 
『わかりました。せやきに、もうええがですっ…武智様!』 
腕を差し入れ、格子越しに抱き寄せる肩。落ち着かせるように力を込め、懸命に告げる。 
不敬にあたる事だったかもしれない。それでもそうせずにはいられなかった。 
あれが自分にとって生涯ただ一度の、彼の人に対する抱擁だった。 



「しかし結局その毒は、使われる事はなかった。」 
語りの途中で遮られ、口早く結論を告げられる。それは彼の医者としての性分のせいだろうか。 
そんなまだ年若い青年の言葉に、和介はこの時、静かな頷きを返していた。 
「丘田殿がその毒で果てる事はありませんでした。だからこそそれからも苦難は続きましたが、 
それでも最後、あの方の心が救われる奇跡が起こった。最期は毅然とした顔をしておられました。 
それはもう、この目には眩しく痛いほどに。」 
諦観とも笑みともつかぬ、そんな感情を口元に湛えながら和介は語るその話を終える。 
するとそれに青年は、やはりどこか複雑な感情を滲ませる笑みを浮かべながら、声をかけてきた。 
「何があったかは、やはり教えてはもらえんのでしょうな。」 
「申し訳ありません。しかしこれはわしが墓の中まで持って行かねばならぬ秘め事ですき。」 
これまで幾度もせがまれ、した話の、しかしその最後を和介が語る事は終ぞ無かった。 
古来の武士の作法に則り、意地とばかり見事三文字に腹を切った彼の人の心中を探り知る鍵を 
持っているのは、かつて牢番の任にあった男だけ。 
それは因果か、それとも必然であったのだろうか。 
おそらくはきっと、永遠に出ないであろう答えを思い、2人の間に静寂が落ちる。 
しかしその時、 
「先生っ、武智先生はここにおられるがでしょうか!」 
不意に玄関の方角から聞こえてきた慌ただしい声。それに呼ばれた青年が振り返り、和介も 
布団の上に身を起こした瞬間、断りも無く飛び込んできた者の姿に2人は一瞬呆気に取られていた。 
それでも、 
「吉蔵?」 
先に反応を返したのは青年の方だった。 
それに和介が誰かと問えば、家の近くに住む子供だと返される。そして和介が再び視線を 
部屋の入口に戻すと、そこにいたのは、確かにまだ子供と言っても差し支えがないほど幼い面ざしを 
した少年だった。 
そしてその彼は、部屋の中に半汰の姿を認めた瞬間、その表情を安堵に崩す。 
「良かった!ここにおられた。大変ですきっ、お家の方にまた倒れたもんが担ぎ込まれて。 
先生に早う戻ってもらうようにと秀さんがっ。」 
「秀が?いや、しかしそれより吉蔵…おまん、その手の中にあるがは…」 
息咳切る少年の言葉を聞き取りながら、しかしこの時青年が指摘する。 
「手?」 
それに少年も自分の手元に視線を落とす。 
胸の前に受けるように重ねられた両手の中、包まれるようにあったのは、なにやら小さな鳥のようだった。 
「ああ、これ!これはここにくるまでの道の途中で、鴉に虐められて怪我しちゅうのを見つけて思わず!」 
言いながら迫り寄り、2人の前に膝をついて腕を指し伸ばしてくる。 
そうしてもう一度よく見た、それはどうやらまだ小さい雀の子であるようだった。 
「先生、こいつも治せんがですか?!」 
「こいつもって、わしは動物はよう…」 
「あかんがですか?!」 
「…………」 
涙目で迫られ、青年が絶句する。 
そんな光景を目の前で繰り広げられ、この時和介はなんとか我を取り戻すと、そっと2人に声を 
かけていた。 
「もしよければ、わしが面倒を見ておきましょう。簡単な手当てくらいならしてやれると思いますき。 
それより、家の方で倒れた者が出たのでしょう。そちらに早う行ってやってつかぁさい。」 
ここは年の功とばかりに冷静な判断を下す。 
するとそれに彼らも、今の状況を思い出したようだった。 
「慌ただしゅうして申し訳ないがです。では今日のところはこれで。しっかり養生して下さい。 
あなたの事は、私も義母もまだまだ頼りにしちょりますので。」 
「もったいない事です。」 
立ち上がる青年に微笑みながら返事を返し、和介は今度は少年の方へ目を向ける。そして差し出す手。 
その中に少年はそっと鳥の子を移してきた。 
「よろしゅうお願いします。」 
「ええ。わかりました。」 
まだ涙目になっている。心根の優しい子なのだろう。 
そんな少年に優しい声をかけながら、和介は彼らを見送る為、立ち上がろうとする。 
しかしそれをこの時、青年は制してきた。 
「ええがです、ここで。また様子を見に来ますき。その時は秀も連れてきましょう。」 
口にされた、その名は先程も耳にしたものだった。それゆえつい首を微かに傾ければ、そんな和介に 
青年はその時、明るい笑顔を向けてきた。 
「最近、私の手伝いをしてくれちょる者です。同じ医学を志す優秀な男ですき、あなたには 
紹介しておきたい。」 
そう告げた瞬間、横合いから声が飛んだ。 
「先生、わしも!」 
幼い訴え。それに青年は笑みを絶やさぬまま、隣りに立つ少年の頭をぽんぽんと軽く撫でた。 
「そうだな。今度は落ち着いて、おまんも一緒に来よう。」 
彼には、慕ってくる者がいるようだった。 
信頼のおける仲間も。 
それを知りえた目の前の光景に和助はこの時、ただただ深い安堵を覚える。だから、 
「楽しみにしちょります。」 
穏やかにそう言い、その場で頭を下げた。 
肩が傾く。 
それが今この時、ひどく軽くなったと思うのは、おそらく気のせいではなかった。 




あれから数日。 
まだ夜が明けきらぬ時分に家を出た和介が足を向けたのは、通い慣れた場所だった。 
その手には一つの鳥籠がある。 
そしてその中に大人しく収まっているのは、先日自分が預かった雀の子だった。 
鴉に襲われたと言う傷は大した事は無く、とりあえずの手当てと餌を与えているうちにすぐに 
元気を取り戻した。 
ならば、また元いた場所に帰してやらねばなるまい。 
思いながら歩く道の先。辿りついたその場所は、静かな山の裾野だった。 
まだ暗い周囲には人の気配も鳥の鳴く声さえもなく、ただ深い緑に覆われ静まり返っている。 
そんな静謐とした空気に包まれる地にひっそりと建つ――― 
それは武智の墓だった。 
手にしていた鳥籠を地面へと起き、和介はこの時墓の前に膝をつくと、その懐から供え物を出す。 
目を閉じ、手を合わせしばし。 
そしてやがて一度深く息をつき、再び視線を上げると、和介はこの時ゆっくりとその口を開いていた。 
「お無沙汰して、申し訳ありません。」 
まるで今この瞬間、目の前に彼の人がいるかのように。投げ掛けるその声は、柔らかな響きを帯びていた。 
「この暑気にあたり、ちっくと寝込んでしまいました。情けない話です。」 
微かな苦笑を浮かべながら、語る己が近況。 
「ですが、半汰様が診て下さいました。ご養子様はご立派なお医者様になられました。東京で学ばれた 
知識とそのお人柄で、村の者達からもよう慕われ、尊敬されちょります。」 
そしてゆっくりと細めた目元。その視線はこの時、懐かしむようにその遠い過去を顧みていた。 
「子の成長と言うのは早いものですなぁ。」 
脳裏に浮かぶ、武智家に養子にもらわれてきた時の彼は、まだあどけなさの残る少年だった。 
それが今では一人前の医者として一人立ちしている。 
「あれから、もうどれくらいの時が経ちましたか。」 
しみじみと思い返すこれまでの中で、世は驚くほどの変化を遂げていた。 
絶対的権威としてあった幕府は倒れ、その後には新政府が立ち、それに伴いかつて土イ左と呼ばれた 
この国の名は消え、そこに二百有余年連綿とあり続けた上司と下司と言う身分差もその存在を霧散させた。 
虐げられ、人としての尊厳を踏みつけられ、何がどうあっても変わる事は無いだろうと思われた 
あの絶望のことわりが今はもう跡形も無く。 
それはまさしく奇跡のようだった。 
そしてその奇跡が成ったのは、今、眼前にある人や、それと同様命を賭けこの国の為に奔走した 
志ある者達のおかげで。 
それと比し、数ならぬこの身がこれまでに出来た事と言えば、それは、 
ただ、すべてを見届ける事――― 
その想いだけを頼りに、これまで生き永らえてきた。しかし…それももう…… 
「奥方様はお元気でございます。」 
唇が淡々と言葉を紡いでゆく。 
「半汰様にも仲のよろしい、気の置けないお仲間が出来たようです。」 
そして、 
「わしは、」 
わしは…… 
「年を、取りました。」 
微かな間の後、淡く倦んだような笑みをその口元に浮かべながら、和助はこの時密やかな呟きを零した。 
「せやきに、ええですろうか…」 
それは長年誰にも告げる事無く、心に秘め重ねてきた、 
「わしもそろそろ……そちらへ伺うてもええですろうか?武智様。」 
あの日からずっとこの胸に在り続けた、消える事のない切実な願いだった。 




祈るような想いの先。そこにはこれまでの間ずっと、何一つ忘れえない光景があった。 
あれは彼の人の刑が執行される日の前夜。 
身を清め、仕度を整え、牢の中一人端坐していた。そんな人の最後の夜番に立つ自分の中には 
あの時どうにも遣り切れない無念さがあった。 
どういて……どういてこの方が…… 
辛かった。苦しかった。悲しかった。 
けれどそれを顔に出す事も声に出す事も出来ず、ただ勤めと獄の片隅に立ち尽くす。 
そんな自分の耳にあの時、それは届いた。 
かそけき小さな声だった。 
おそらくは誰に告げたものでもなかったのだろう。 
ただ蒼白い月の光が差し込む虚空を見上げながら零された、それは、 
「ええか……」 
これまで自分が聞いた事の無いどこか幼げな響きで、その心を綴っていた。 


「伊蔵と共に、もうそっちへ行ってもええか…収次郎……」 


強く、脆く、志と情に四肢を繋がれ、それに苦しみ続けた人だった。 
その人がようやく口に出来た、偽りない剥き出しの心。 
それを知ってしまえば、もはや自分に引き留める術は残されていなかった。 
だから唇を噛み締め、堅く目を閉じ、あの瞬間心を決めた。 

もう、ええ…もう……解き放ってさし上げよう――― 

それ以外彼の人にしてあげられる事は、あの時の自分にはもう何一つなかった。 




ゆらりと墓の前についていた膝が離される。 
そして和介はこの時その場に静かに立ち上がると、脇に置いていた鳥籠に手を伸ばし、それを取り上げ、 
抱え上げた胸元の位置で迷いなくその戸を引き上げていた。 
開かれた籠の中で、小さな鳥が二度三度軽い羽ばたきを起こす。 
そしてそれは、和介の放った『行け』と言う言葉に一度だけ鳴き声を上げると、力強くその身を 
外の世界へと踊らせた。 
飛んでゆく、その小さな後ろ姿を和介は瞬きもせずに見送る。 
とその時、視線をやった方角に座す山の稜線に、昇る日の光があった。 
広がってゆく白々とした一条の光。 
あの日以来、自分は朝が嫌いだった。 
長くも短い2人だけの夜の終わりを知らせ、あの人を自分の前から連れ去った、あの残酷なまでに 
明るい光が憎くさえあった。 
一人寝の床でうずくまるように日毎耐え続けた、しかしそれをようやくまっすぐに見つめられると思う。 
「……長うございました。」 
だから微笑みながら告げた、その頬にはこの時、我知らず伝う涙があった。 
視界を濡らし、その淵から揺れ落ちる。 
溢れ、止める事が出来ない。 
それを和介は眩しいからだと思った。 
光が満ちてゆく世界。 
彼の人が残したこの国は今、どこまでも美しかった。 




□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ! 
最後の最後まで長くなりましたが、これで頭にあったものをすべて形に出来ました。。 
長い間の場所借り、ありがとうございました。 
これまで読んで下さった方、感想を下さった方も本当にありがとうございました。 
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