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#title(原人バンド唄六弦) [#e7298fab]
生注意 元青心臓、元高低 現原人バンドの唄&六弦の話
時系列は原人バンド結成前。事実も織り交ぜてますが大部分虚実です当然です。
じゃっかん唄×六弦気味
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
ああ、まるで子供みたいだ、と。
真縞は匕口卜のくしゃくしゃに歪んだ顔を見上げながら、ぼんやりと思った。
交互に使っているスタジオ、現れるはずのない時間帯に顔を出した匕口卜。
セッションしよう、と無邪気に彼は言った。
「俺さ、昨日の晩さ、匕°ス卜ルズの『ア十ーキーイソザUK』のドラムコピーしたんだぜー」
だからさ、マーツーギター弾いてよ。そう言う匕口卜があまりにもわくわくと楽しそうで、ドラムセットに座りながら自分を見上げるその目が、あまりにもきらきらと期待に輝いていて。
流されるままに真縞は、ギターを手にとっていた。
愛器を肩に掛け、2、3度試し弾きをすると、待ち構えていたようにヒロトの持つスティックがカウントを始める。
曲の最初のギターコードをつま弾いた後にちらりと背筋を駆け抜けたのは、自分の決意が揺らいでしまいそうな、そんな不安だった。
匕口卜とのセッションは楽しかった。
なるほど、一晩かけて練習してきたというドラムパートはなかなかのもので、そのしっかりとしたリズムに助けられながら、うろ覚えのコードを探るように、聴き馴染みの曲を演奏していく。
どちらともなく歌いだし、自然とボーカルのパートは2人でとる形になった。
真縞がミスをしたり、思いだしあぐねてもたついたりすると、ドラムのリズムも一緒にもたついてくれる。それが楽しくて、嬉しくて、顔を見合わせて笑う。
一度目は本当にボロボロで、泣きの再チャレンジ。
一度目よりはましになったけれど、納得いかなくてさらにもう一度。
そのうちに、他の曲もやってみようという話になり、今度こそ2人そろってうろ覚えもいいところの、かなり酷い演奏を、大笑いしながら繰り返した。
怪しいコード進行のギター。独創的なドラムのリズム。唄の歌詞などまるでデタラメで、半ばヤケのように2人でがなり立てる。
何度か繰り返すうち、自分たちなりに満足いく演奏ができたら、次の曲、そしてまた次の曲。
そうやって、いったい何時間が過ぎたのか。
気づけばスタジオの外は夕暮れていた。
「あー、楽しかったーー」
満足げにドラムスティックを置く匕口卜の顔が、夕日に照らされていた。
そのせいか、またはセッションの高揚感のせいなのだろうか、いつもは青白い匕口卜の顔が紅潮している。
その様子をしばらくの間ぼうっと見つめていた真縞は、ふと我に返ると、慌てて匕口卜から視線を逸らせた。
あーあ、とわざとらしく大儀そうな声を上げ、ギターを肩から外してスタンドに立てかける。
「久しぶりに真面目にギター弾いたら、疲れちゃったよ」
そして、匕口卜に背を向け、腕をぐるぐる回しながらスタジオの隣の休憩室に向かった。
まるで、匕口卜から逃げるように。
後を付いて来てくれるな、と祈りながら。
けれど、
「なーなーなー、」
そんな真縞の身勝手な望みなど匕口卜に分かるはずもなく、楽しげに弾んだ声と軽やかな足取りが、すぐに追いついてくるのだった。
「マーツー、楽しかった?」
並んで休憩室に入ると、匕口卜は回り込み、真縞の顔を覗き込んできた。
「うん、楽しかったよ」
そのどこか不安そうな顔に、真縞はかすかに笑ってみせる。
楽しかった。それは偽りのない事実だったから。
匕口卜はニコニコと頷いた。
「やっぱさー、人と演奏するのは楽しいね?」
「……うん、そうだね」
それも、本当だ。
「んー、でも、マーツーとだったから、余計楽しかったのかもなぁ…」
「…………」
それも、本当のことだ。少なくとも真縞にとっては。
匕口卜と一緒に演奏するのは、ロックを共にやるということは、掛け値なしに楽しい。最高に。
けれどそれは、今の真縞にとってはひどく苦しい、辛い現実なのだった。
ねえねえ、とまるで近所の気になる子を初めて遊びに誘う子供のような、はにかんだ匕口卜の口調。
どうか、その先は言わないでほしい――――、
そんな真縞の願いが、やはり通じるはずもない。
「またさ……、一緒にやろうよ」
「……………」
何を、と問わなくても、匕口卜の言いたいことは痛いほどよく分かっていた。
数か月前に事実上解散したバンド、終わらせた2人での音楽活動。
その再開を匕口卜は望んでいるのだ。
また一緒にロックをやっていくことを、彼は望んでくれるのだ。こんな自分と――――、
それは何よりも嬉しいことで、同時に何よりも恐れていることでもあった。
真縞は、胸の痛みに耐えるようにそっと目を閉じた。
細く長く、息を吐き出す。これから言う言葉が、匕口卜を落胆させるであろうことを覚悟しながら。
匕口卜をひどく傷つけてしまうかもしれないことを、怖れながら。
「…………ごめん…」
それは無理だ、と真縞の口から出たのは、蚊の泣くような呟き。
とたん、2人の間に重く沈黙が落ちた。
「……………」
「…………………」
もしかして聞き取れなかったのだろうか?
長すぎるその沈黙を不安に思った真縞は、閉じていた目をヒロトに向けた。
そのときだった。
「……やっぱり…」
静かな部屋の中に、低く重く、呻くような声が響く。
ヒロトは俯き、身体をかすかに震わせていた。
「―――――え?」
「やっぱりお前、俺のことがイヤになったんだろ!!?」
「ヒロト……!?」
叫び声。それと共に身体に与えられる衝撃。
突き飛ばされた真縞は大きくよろけ、気づけば休憩室のソファに座り込み、くしゃくしゃに歪んだ子供の泣き顔のようなヒロトの顔を見上げているのだった。
それは、久しぶりに匕口卜が見せた激情だった。
「俺と一緒にいるのがイヤんなったから……、一緒にロックンロールやるのに飽きたから、だからお前、バンド辞めるなんて言い出したんだろ!!?」
やはりそう感じていたのか、と真縞は思う。
突然のバンド休止の申し出の原因が、別のところにあることを。
努めてとった匕口卜との距離の意味するところを。
聡いこの男が気づかないはずがないのだ。
そして、それに心を痛めていないはずもない―――。
あの時――、バンドを辞めたいと真縞が突然言い出したときでさえも、匕口卜は穏やかだった。
少し困った顔をしながらも、タイアップが決まりかけていた曲をあっさりと放り出し、「お前がそうしたいんなら、じゃ、休止にでもしよっか?」と軽い調子で言ってくれた、そんなヒロトなのだ。
それが今は、真っ赤にした顔を歪ませて、こんなに感情を昂らせている。
怒っているのではなかった。付き合いの長い真縞には、それがよく分かっていた。
「なあ、俺のこと、そんなに嫌い……? バンド辞めて逃げ出すほど、スタジオ来る時間ずらして、俺と顔合わさないようにしなきゃなんないほど、俺と一緒に居るのがイヤんなっちゃったのか………?」
不安げにゆれる瞳。言葉もなくじっと見返すと、それは今にも泣き出しそうに潤む。
自分のそんな表情を隠したいのか、あるいは真縞をどこにも逃がすまいとでも言うのだろうか、ヒロトは床に座り込み、長い腕をソファに座る真縞の腰に巻きつけ、腹の辺りに顔をうずめた。
まるで、親に捨てられるのを怖れる子供のように。
そう、匕口卜が感じているのはきっと、不安だ。
長年一緒に過ごしてきた人間が去っていくという不安。
自分が心を許せる人間を、失うかもしれないという不安。
真縞よりずっと友人知人も多く、大勢の人間に囲まれて朗らかにふるまっているように見える匕口卜だが、その実、人と打ち解けるのがあまり得意ではない。
だから、彼が本当に心を開ける人間はほんのわずかしかいないのだ。そんなところは切ないほど自分と似ていて、真縞は、だからこそ匕口卜の抱いている喪失の不安が、己のことのように実感できた。
匕口卜の問いに、そうだ、と返答できたら。
嫌いだ、と嘘をついてしまえたら、どんなに簡単なことだっただろう。
けれど、真縞は誰よりもよく知っているのだ。
匕口卜が自分の周囲の人間を、心の許せる人間を、どんなに懸命に、真摯に愛しているのか。
自分が、どんなに匕口卜に大切にされてきたのか。
そして、自分などよりよほど情に厚い、優しいヒロトが、この別れでどんなに心傷つくことだろう――?
そう思うと、心にもない言葉で2人の関係を終わらせることなど、とてもできないのだった。
真縞はしがみつく匕口卜の頭を、愛しげに撫でた。
ちがうよ、そうじゃない、と子供をなだめる親のような口調とともに。
「お前のことがイヤになったんじゃない。……お前が好きだよ、すごく大切に思ってる」
こんな直截なことを匕口卜に言うのは初めてで。
どんなに気恥ずかしいだろうと口に出す前は思っていたが、真縞の耳は自分の言葉を、思いのほか自然な響きだと感じていた。
それはきっと、心からの本音だからだ、と真縞は思う。
けれど、いまの2人にとってはひどく薄っぺらな言葉だ、とも。
一緒にロックをやらない、それは2人にとって決別にも等しいことなのだと、互いによく分かっているのだから。
撫でた手の下で匕口卜の頭は一瞬震え、真縞の腹にぐりぐりと押しつけられる。
「……それなら、」「でも、もう一緒にやることはできない」
最後の希望にすがるようにも聞こえる匕口卜の言葉を、真縞は残酷に遮った。
匕口卜に、そして何より自分に言い聞かせるように、真縞は言葉を並べた。
「これからも、俺が力になれることなら喜んでする。お前がソロやってくんなら裏方やるし。いつだって俺はお前の味方だよ。
でもさ……、俺たちは長く一緒に居すぎたんだ。少し離れた方がいい」
匕口卜がぶるり、と激しく身体を震わせた。
「……なんでだよ!? なんで、俺たち離れた方がいいんだよ!?
こんなに楽しいのに……、ロックンロールやって、あんなに最高の気分になれるのに、どうして俺たち一緒にいちゃだめなんだよ!!?」
「匕口卜………」
いっそう強くなる拘束。苦しいほどの締め付けと匕口卜の悲痛な声に、真縞は顔を歪める。
「なあ……俺を見捨てないでくれよ。 やだよ……、お前が俺をここまで引っ張ってきたんだろ…?」
「匕口卜、違う…」
「なにが違うんだよ!!……ダメだ!! 俺は、お前が離れてくなんて絶対許さねぇぞ!!」
不安がる子供のさまから、狂気じみてさえきた匕口卜の自分に対する執着が、次第に真縞を追い詰めていく。
落ち着け、と真縞は大きく深呼吸をした。
「―――、匕口卜、離せ」
「いやだ!! お前がもういちど俺と一緒にやるって言うまで、離してなんてやらねーー!」
「いい加減にしろ、子供みたいなこと言ってんじゃねぇよ」
「うるせぇ!! お前がうんって言わないからいけないんじゃんか!!」
「――――匕口卜!!」
堂々巡りの押し問答、募る苛立ち。
「なんでだよ……!? なんで俺から離れてっちゃうんだよ…、マーツーっっ!!」
そして何よりも、悲痛な匕口卜の声を聞くことの、身を切るような辛さに耐えきれず―――、
「しょーがねーだろ!!?」
しまった、と思ったときには、すでに抑えてきた感情のダムが決壊していた。
真縞は叫んだ。
「だって、もう俺は、からっぽの抜け殻なんだから!!!」
『真縞さんの作る曲が、だんだん匕口卜さんのと区別つかなくなってきてるような気がするんですけど』
そんな指摘で、自覚したのはいつだったか。
最初は愕然として、それから必死で否定して、それでも否定しきれず認めるしかなくて。
そして―――、怖くなったのだ。
自分の世界の大部分が、匕口卜で占められているという事実に。
匕口卜という存在に飲み込まれ、“自分”が段々と無くなっていくような、そんな感覚に。
真縞は、“自分”でいたかった。
匕口卜が時に全てを委ねるような信頼をしてくれる、「自分にとって特別な存在だ」と公言してくれる、それに値するような自分でありたかった。
それなのに、気づいてしまったのだ。
「俺にはもう、なにも無い。―――からっぽだ」
いつの間にか拘束は解かれ、ポカンとした顔が真縞を見上げていた。
情けなく歪んだ顔を見られるのが嫌で、真縞は両手で顔を覆い隠した。
真縞にはもう何も無かった。
音楽を通して表現したいこと、主義主張。
怒りや悔しさ、虚無感、疎外感……、かつて自分の表現の源だと思っていたそれらの感情も、ギタリストとしての矜持すらも。
いまの真縞にあるのは、ただこれだけだった。
「俺はもう、お前とロックをやりたいって、それ以外のことは何一つ残ってないんだ―――」
匕口卜がいればそれだけでいい
そんなことすら思ってしまう自分が心底嫌だった。
そして、これ以上、情けない男になりたくなかった。、
ただ匕口卜にすがることしかできない、何もない男には。
いつか匕口卜にも呆れられるだろう、みじめで空虚な男になり下がるのは、まっぴらご免だ。
だから、逃げるんだ。お前から。
手遅れにならないうちに。
自分の足で逃げ出すことができるうちに。
これ以上お前に溺れてしまう前に。
そうしていつか、お前に見限られてしまう、その前に。
「だから……、もう許してくれよ…。俺をお前から…、解放してくれ……」
顔を覆った手の隙間から、呻くような自分の告白が溢れ流れ出していくのを、真縞はどこか人ごとのように聞いていた。
そして祈っていた。
早く行ってくれ、と。
こんな価値のないガラクタのような俺なんか、いっそもう今すぐ見限って、ここに捨て置いてくれ。
そして、お前は変わらずに歩いていってくれ。ロックンロールの道を、わき目も振らず、ひた向きに。
それが、いまの俺にただ1つ残された誇りなんだ――――、と。
そのまま2人黙り込み、どのくらいの時間が経ったのか。
しかしその重苦しい沈黙は、のんびりとした匕口卜の声で破られた。
「いやー……、なんか、嬉しくて死んじゃいそうだなぁ……」
「―――――!?」
匕口卜は笑っていた。
驚き見上げる真縞の前で照れくさそうに鼻を掻き、なんだかプロポーズとかされた気分だ、などと言いながら。
「……お前…、茶化すなよ…」
憮然として真縞は、やにさがる目の前の男の顔を睨みつけた。
「茶化してなんかないよ」
けれど、匕口卜から返ってきたのは、思いのほか強い視線だった。
「だって、俺もおんなじだもん」
俺だって、マーツーとロックンロールやりたいーって、それだけだよ。
あっけらかんと匕口卜は言った。
「他のことなんて、ホントどーでもいい。 ハハ…、すごいね、俺たちって両想いじゃん」
茶化すな、とその言葉を否定するには、匕口卜の目は真剣でありすぎた。
だから真縞は、力なくでも、と言い募った。
声が掠れてしまうのは、拭いきれない不安のせいか。
それとも―――、じわじわと湧きあがる喜びのせいなのか。
「でも……、そんなのはダメだろう…?」
お互いさえあればいい、だなんて、何も持っていなかった若いころよりもさらに乱暴で、傍若無人な言い分が、許されるはずもない、と。
「ダメでもいいじゃん」
こともなげに匕口卜は言う。
「ダメでどーしようもなくて、世界中のみんなに怒られても、2人一緒ならきっと大丈夫。楽しいよ」
「…………」
「マーツーとロックンロールさえあれば、俺は他になにもいらない」
「………………」
それは、いろいろなものを抱えた今の自分たちには、望むべくもない我儘だ。
それでも、きっぱりとそう言いきってしまう匕口卜の瞳の光の強さに、真縞はしばし見惚れた。
ヒロトは言う。
「だからさ、一緒にいよう?」
真縞の手をとり、今までみたことのないほど優しげな、慈しむような表情で真縞を見つめながら。
「2人でロックンロールやって、好きなことばーっかやって、笑いあって、ずっと一緒にいよう?」
今までに聞いたことのない、真摯な口調で。
それはまるで―――――、
「……お前の言ってることの方が、よっぽどプロポーズみたいじゃんか」
思わず真縞は破顔していた。
「ええ? そうかなぁ……?」
少しきまり悪そうに、匕口卜は首をかしげる。
それでも真縞を見つめ、実に嬉しそうに笑うのだ。
「やーーっと笑ったな」
「え……?」
そんなに自分は仏頂面をしていたのだろうか? 真縞が意味を掴みかねて見つめた先で、匕口卜は、拗ねたように口を尖らせていた。
「ここんとこずっと、お前の嘘笑いしか見れてなかったからさぁ」
「……………」
今度は真縞がきまり悪い思いで俯く番だった。
聡いこの男にどこまでも見透かされていたのかと思うと、恥ずかしいやら、申し訳ないやら、様子をうかがうように匕口卜を見上げると、予想に反して緊張した顔がこちらを見ていた。
それで?と匕口卜が厳粛な口調で言う。
「で、返事は…?」
「ん?」
「……プロポーズの返事だよっ!!」
「……お前なぁ…」
呆れた視線を投げるも、緊張を通り越して不安げになっている匕口卜の表情にぶつかって、真縞は苦笑する。
――自分の心の中が、この男を愛おしく思う気持ちでいっぱいになっていくのを感じながら。
さっきはあんなに自信に溢れて、世界中の人間に怒られても平気だ、と言い放った男が。
自分の返答を不安な気持ちで待っているのだ。
お前に溺れそうで怖い、と真縞の告白を先ほど聞いたばかりなのに、それでもまだ不安に思っているのだ。
真縞は匕口卜の肩を軽く小突いた。
「イエス、に決まってんだろ」
悔しいけれど、もう自分は1人では上手く歩いていけそうにもない。
ヒロトと肩を組んで、支えあって、馬鹿なことをやって、ロックをやって――、そうやって生きていく他に想像がつかないのだから。
そして、それこそが自分の望んでいることなのだから―――。
「一生、お前と一緒にいるよ」
言ったとたん、真縞の視界は90度回転した。
「………………!!!」
飛びかかるように抱きついてきた匕口卜と共にソファに沈む。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられる苦しさに辟易しながらも、真縞は、自分にしがみつく男の背を、子供をあやすように撫でた。
その感触が心地よいのか、くすぐったいのか、耳元で匕口卜が笑う気配。
そして、真縞の耳に押し付けられた柔らかな感触。
「…………」
耳に、頬に、額に、顔中にくり返し押し付けられる匕口卜の唇を、真縞は黙って受け入れる。
なんだか大型犬にでも懐かれた気分だ、と内心で苦笑しながら。
そうして、どこまでも優しいその感触に心地よさすら感じてきた真縞が目を閉じかけた、その時だった。
「――――っっ!!?」
唐突に口を口で塞がれ、驚く間もなくぬるり、と匕口卜の舌が入り込んできて。
「………ちょ、…っ」
さすがに堪りかね、真縞は頭を振って口付けから逃れると、匕口卜の身体を押しのけた。
案外あっさりと離れていった身体は、けれど悪びれた様子もなく、のろのろと起き上がる真縞を楽しげに見守っている。
その顔をしかつめらしく睨み上げながら、真縞は唾液に濡れた口を拭った。
「今のはさすがにちょっとさ………。なんなの?いったい……」
「いやぁ、なんかね、原始的な衝動がね?」
「……ね? じゃないよまったくもう…」
いたずらが成功した子供のように笑う匕口卜にいよいよ呆れて、真縞は大きなため息を吐いた。
と、同時に真縞の脳裏にひらめいたのは、あるインスピレーション。
「……………」
「わー、もうこんな時間かぁ」
すっかり日が落ちた窓の外の景色と壁にかかった時計を交互に見ながら、匕口卜が腹が減ったと騒いでいる。
「マーツー晩メシどうする? 家に帰って食べるつもりじゃなかったら、これから一緒にどっか行かない?」
「……う、ん…、どうしよっかなぁ……」
匕口卜の誘いに気もそぞろな返答をしながら、真縞は逃げていこうとする先ほどの閃きの影を追いかけた。
(……原始的、か…)
捕まえてみてもまだはっきりとした形を成さないそれは、しかし心が湧きたつような楽しい色を帯びていた。
真縞は抜け殻だった自分の身体に再び音楽に対する活力がみなぎってくるのを確かに感じ、そしてつくづくと思うのだった。
どうやら匕口卜と共にあることが、今の自分の音楽表現の源らしいと。
やはり、自分は匕口卜がいなければ駄目なのだ、と。
「マーツー? どうかしたの?」
「ん…、なんでもない。 メシ、行こうか」
ソファから立ち上がり、匕口卜と目線を合わせると、ニコリと、無邪気な笑顔が返ってくる。
その安心しきった表情を見ながら、幸福な気持ちであきらめのため息をひとつ。
「俺、カレーが食べたい」
「ええーー、またぁ?」
真縞はいつもと同じように匕口卜と肩を並べ、部屋を後にした。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
この2人なら、恋愛感情すっとばしてうっかり将来を誓い合っちゃったりしてるんじゃないかって
妄想が止まらなくなってついやっちまいました…
長々と失礼しました。
- あなたの書く二人にときめき過ぎて、彼等がますます大好きです! -- &new{2012-01-31 (火) 23:17:09};
- ヒロマシ素敵です! -- &new{2012-05-07 (月) 05:11:49};
- 嬉しい気持ちになりました。ふたりが永遠に続きますように。 -- &new{2014-06-08 (日) 22:07:06};
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