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*決死×正座 [#hc0c9b4c]
#title(決死×正座) [#hc0c9b4c]
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース! 

三国志大戦2の決死×正座を晒しておきます。 

・言い争ったり取っ組み合ったりするシーンがあります 
・本文長いです 
・公開してるの前編だけです 
・文章の技量が色々しょっぱいですガクブル 
・せっかくの休日をへたれ小説うpでつぶす自分は 
 どうかしてると思います 

そ、それではドゾー 



(---花粉の匂いが粘ついている) 

頭部に鈍い痛みを感じて、張悌は、 
倒れている自分がようやく意識を取り戻したことを知った。 

かすむ目をうっすら開き、あたりの明暗になじませるようしばたく。 
失神する前に、彼はずいぶん泣き続けたせいで、 
まぶたが腫れて熱っぽい。 

そして鼻腔の奥に、粘つく花の香りが色濃く漂っている。 

(---ここはどこであった?) 

問いかけの答えは、おのれの内より返ってきた。 

(---私は、陛下の閨(ねや)にいるのだ) 

そうだ……思い出した。 

私が倒れているここは、我が皇帝・孫皓(そんこう)の寝床であったのだ。 





「やっと起きたか、張悌」 
「・・・・・・陛下」 

するり、と髪を梳く指を感じた。 
いたわり深く、優しく、乱れた頭を撫でてくる男に、張悌は顔をむける。 

……それは怪しげな薬を混ぜた酒杯をあおらせ、 
淫具を使ってもてあそび、散々に彼を責め泣かせた男だった。 
だが、今はおだやかな目をしている。憑き物がおちたように。 

この落差はいったいどこから来るのだろう、と張悌は思った。 
この聡明な善王の瞳と、あの狂った暴君の瞳の、あまりに著しすぎる落差は。 

「気分はどうだ。たくさん無体をして悪かったな。水を冷やしてあるぞ。飲むか」 
「……いただきとうございます……」 

虫が鳴くような声で、かすかな返事をした唇に、 
硝子で造られた水差しのつるりとした注ぎ口があてがわれた。 
皇帝の手ずから注がれる冷水を飲み干すと、 
ゆらぐような頭痛はややましになる。 

「褒美をたんとやろうな。さあ、なんでも欲しいものを申せ」 
「・・・・・・陛下」 
「絹の錦衣でも、西胡産の名馬でもよい。遠慮などはしなくていいぞ。 
ああ、ただし女どもだけはだめだ。あれらは馬鹿で、気がきかないやつばかりで、 
そなたに与えるにはふさわしくないからな。 
・・・・・・そうだ、お前にかの、魏文帝の詩書をくれてやろうか? 
太祖の代に魏より贈られたというあの……」 

しかし、皇帝の言葉半ばで、張悌はゆるりと寝台から起きあがった。 
透き通る肌の上に、陵辱の跡をいくつも残した体である。 



裸身のまま、白濁した汚れもいとわず、 
彼は孫皓の前にかがみ---そして、床にぺたりと平伏する。 

「出陣をお許しくださいませ」 

たちまち帝の表情がこわばる。 

「……何故、それを望む」 
「わたくしどもが王宮でこうしている間にも、晋にあらがう我が軍では、 
前線で兵卒や将校が、つぎつぎと死んでおります」 

感傷を凍りつかせたような、淡々とした声で張悌は静かに告げる。 
だが、その静寂の中に、彼の痛みがはっきりと滲んでいる。 

「それは何故でございましょうか。 
戦場で軍師がおらねば、将兵は正しい戦術が得られず、 
それゆえに右往左往するのみだからでございます。 
わたくしが行かねば、このままでは皆、無駄に殺されてしまうばかりです。 
もはや一刻の猶予もなく、前線に急ぎむかわねばなりませぬ。 
なにとぞ出陣をお許しくださいませ……」 

「そして、前線に去ったお前は負けるんだな」 
「……」 
「お前は負ける。お前なぞで晋に勝てるはずがない。 
俺は晋に捕らえられて、孫呉最後の皇帝として首をはねられる。 
そうだろ?……俺が殺されたあと、 
お前も死ぬか、その身を犯されてから死ぬんだよ」 

低い声色で言い切って、帝は、片手をさまよわせた。 
彼が求めているものは酒だ。 
張悌は言葉もない。……乱れはじめると、この帝はとまらない。 




「それとも晋に亡命する気か?前線の将兵ともども、お前は晋に降伏して、 
この腐った国から逃げおおせるつもりだな? 
許せるわけがねえ……どいつも、こいつも俺を捨てていきやがって。 
俺は、見捨てられて、ぼろくずみたいにして死ぬんだ……! 
そうなるに決まっているならお前を前線に出すものか、みんな無駄に、 
死んじまえばいいんだ……!」 

帝の言葉はさらに乱れ、荒々しくなってゆく。 
すさんだ心が一言一言刃となって、張悌にぐさぐさと突き刺さった。 

孫皓は、うつむいている張悌を、うらめしそうににらんだ。 
酒の飲みすぎで黒ずんだ顔にうまった両目が、 
美貌の丞相への執心をあらわにして狒狒(ひひ)のように輝いていた。 

「俺はきめたぞ。俺は晋に殺される前に、お前を抱いて抱きまくってやる」 
「……陛下」 
「張悌よ、俺と共に死んでくれるな? 
この俺と共に瓦礫の下で腐って、蛆虫に食われてくれるよな?」 
「・・・…陛下……」 

張悌はうちのめされながら、 
度を越えた遊蕩でやつれきった帝を抱き寄せるだけだった。 

今、張悌は丞相であり、この崩れかけた国に残された、 
帝をいさめる最後の者であった。 
長江の流れにそった晋の猛攻が始まるのを、今か今かと待つようなこの時、 
自分がどうにか孫皓の心を変えねば、呉は無為に滅びてしまうだけである。 




---だが、極限まで荒れ果てた心には、一体、どんな言葉が染み込むというのか? 

厳しくすると陰にこもり、情けをかけると癇癪を返され、 
哀訴をしても嘲笑をぶつけられるばかりで、打つ手立てがまったくなく、 
どうやって皇帝の心をあらためたらよいのか---。 
もはや、疲れ果てた張悌には、全くわからないのだった。 

 ◇◆◇ 

沈榮は苛立っていた。出兵できないからである。 

呉の帝都に破竹の勢いでせまりくる晋の大軍---。 

---彼らとの決戦が近いというこの時に、 
毎日、毎日、毎日、ただ「王宮の警護をせよ」という、 
彼からしてみればなんの意義も感じられない勅命を仰せつかっているのである。 

面白くないことは立て続けにおきている。王宮からの脱走者が異様に多い。 
皆、沈みかけた廃船である国を棄てて、晋に逃亡する者たちだ。 




「なんで国を棄てるんだ!?」 

若い彼は、その若さのままにいきりたち、 
疲れ果てた顔つきの逃亡者に、憤然として言いつのった。 

「おめぇの一族はよぉ、先祖代々からこの国に尽くしてたんじゃねえのか! 
恥ずかしいとは思わねぇのかよ、ええ、どうなんだ!?」 

「沈榮どの---あなたは今更、なにをおっしゃっているのですか」 
「今更!?今更だと!?」 

胸倉をつかもうとする勢いで、くってかかっても無駄であった。 

彼らは皆、さざなみひとつ立たない湖のような静けさで、 
口をそろえて沈榮に答えるのだ。 

「今更なんだというのでしょう……我々は国に尽くしていたのではなく、 
われらが国を護ってくださる皇帝陛下に尽くしていたのです。 
その皇帝陛下が、国をみずから棄てておられます。今更何をかいわんやの乱れぶりです。」 
皇帝みずからが国を棄てて、どうして我々がなおこの国を、 
晋から護り抜けると思えましょうか……これを不毛と言わずして、沈榮どの、 
あなたはなんなのだとおっしゃるのですか?」 

「……クソッ!!」 

沈榮は苦々しく舌打ちした。 

逃亡者たちに向かって、逃げるな、あらがえと憤る、 
そんな自分が哀しくてならない。 

彼らの言い分こそが正論であるということ。 
実は、それが沈榮自身にも、いやというほど分かっているからである。 



「まだ諦めるな、頼む」 
「沈榮殿」 
「なんとかするんだ!俺がなんとかしてやる! 
だからまだ、まだ逃げるな。必ず、おめぇらのいたこの孫呉を、 
俺が、なんとか正気に戻してやるから……!!」 

こんな風にして。 

建業から逃げ出そうとする兵士や官吏たちをひっ捕らえては、 
なだめすかして「今少し孫呉に留まってくれ」、と頼み倒す毎日だった。 

ああ、くそ、俺だってこんな王宮の防備なんかほっぽりだして 
前線に行きてぇ!! 
そうしたら自分ひとりでも敵軍に飛び込んでいって、 
奴らの築いたいまいましい砦をみんな素手でうちくだいてやれるのだ。 

もういやだ。こんな痺れをきらすような毎日、もうごめんだ。 

「交代の時間です。お休みください」 
「おう」 

門番の兵士に、沈榮は片手をかかげるだけでこたえた。 
まるで、疲れ果てた番犬が、わずかにうなるような力無さであった。 

夜は更けきっていた。そびえたつ宮殿の石壁を沈榮は見上げた。 

帝が飢え切った貧民達から、幾万人もの人夫を徴発して築かれた、 
高すぎる石壁。 
それが月星の尊いかがやきもさえぎり、その濃厚な暗がりに、 
ほつほつと灯された松明が、にじむような明かりを落として揺れている。 

(違う、こんなものを護るために俺はいるんじゃない……) 



やるせない、と首をすくめたそのときだ。 

かさり。 

なにかの潜めるような足音を聞いた。 
沈榮は、はじけるようにすばやく振り返り、そちらに目を凝らす。 

(・・・・・・あれは) 

沈榮は目をひそめた。 
そこには、ほっそりとした人影が、篝火のおりなす闇に紛れて、 
城門へと向かうほうにするすると忍び動いていた。 

逃亡者であることは間違いない---だが、あれは女ではないのか? 

建業からの逃亡者狩りに奔走する沈榮だが、女だけは話が別だ。 
帝の非道は、度を越えている。 

国中から女を狩り集めて、後宮に押し込め純潔をむさぼり、 
しかし少しでも気に入らないところがあると、すぐ殺してしまうのである。 

わざわざ、城内に水を引き、急流を造らせ、 
そこに女を突き落として、溺死する様子を愉しむのだ。 

これでは「逃げるな」というほうが酷である。 

しかし、女を安全に逃がすためには、かえって迷わず捕らえてしまうほうがいい。 

少々乱暴だが、人が入るような麻袋に無理やりつめて、 
城門の外まで担いでいき、無事な場所で放してやるのが沈榮の手口だった。 
万一誰かに見つかっても、袋詰めにされた女が逃亡者だと疑うものなどまずいない。 
盗っ人が捕まって引き立てられているくらいにしか思われないのだ。 



「誰もいねぇ、……よし」 

思い立つと、沈榮の行動は速かった。 
その体つきからは想像しづらい身軽さで足音をひそめ、忍びよる。 

だが、あとわずかというところで、思いがけず女が振り返った。 
沈榮の気配にあきらかに動じたようだった。 

身を翻して、鹿のように駆け出す。 

「ちっ---逃がすか!」 

逃走劇はあっという間に終わった。 
鍛え抜かれた沈榮の脚に、女が走って逃げおおせられるわけがない。 

後ろから抱きしめるようにして、沈榮は、あえぐ相手を抑え込んだ。 

「しっ、でかい声をだすな! 
……お嬢ちゃん、おめぇ後宮から逃げてきたんだろ、 
あのバカ皇帝に殺されたくないことなんか、この俺には分かってらぁ。 
無事に逃げたいんなら、後は、俺にまかせてじっとして……」 

だが、ふいに女の片手が、いましめの腕をくぐりぬけ、 
ぴたりと沈榮の言葉をふさいだ。 

「誤解なさっているようですが・・・・・・離していただけませんか」 

それは聞き覚えのありすぎる声だった。 
沈榮は息を呑む。 

早まる鼓動にせきたてられるようにして、暗がりで姿の見えない相手を 
明かりのある場所まで、夢中でひきずりだす。 



「張悌!おめぇ……」 

そんなばかなと彼は思った。 
ほっそりとした身体の持ち主であるから、男と気づかなかったのだ。 

だが、驚いたのはそのことではない。 

張悌までが国を見捨て、建業から逃亡をしようというのか。 
沈榮にとってそれは慄然とすることであった。 

今、宮廷に仕える者の中に、暴君と化した孫皓が繰り返す狂態を 
いさめる者は誰もいない。 
誰もが宦官どものようにちやほやと甘言をささやいて保身を図るか、 
既に失望しきって何も言わないか、 
あるいは諫言をしたことで帝の怒りを買って、自死を賜ったかのいずれかである。 

それでも、ただひとり、孫皓を諌めることができるものがいる。 

----呉丞相、張悌。 
彼は今や、この亡国に仕える最後の丞相であろうと噂されていた。 

どういったわけか、張悌に奇妙な執心を示している孫皓は、 
苦言にどれだけ機嫌を損ねようと、彼の命を奪うようなまねだけは決してしなかった。 

今や、彼だけが傷つきやすい帝を相手に、 
遊蕩にふけるのをやめて善政をなされよと正面から諌めることができる。 

そして、その姿を見ることで、沈榮は一縷の望みを抱くことができるのである。 
----もしかしたら、この国は蘇るかもしれない、と。 




しかも、丞相とは全軍の中心であり、防衛の要ではないか。 
軍を支える丞相なしで、都に迫り来る晋軍に沈榮らが打ち勝つことは、 
天地がひっくりかえってもありえない。 

その張悌が、今、孫呉から逃げ出そうとしているのか? 

「てめぇ……晋に亡命するのか、張悌!?」 
「沈榮、その手を離していただけませんか。痛いのですが」 
「離せるわけがねぇ!!」 
「----亡命も逃亡も、そのようなことなどいたしません」 

激昂しかけている沈榮に、しかし、張悌はあくまで普段どおりの 
冷静な声で答える。 

「せっかくですので、沈榮、伝言をお願いできませんか。 
殿にはお許しをいただけませんでしたが、これより私は出陣させていただくと」 

「なんだと……ばかな」 
「ばかなことではありませぬ」 

ぱち、と篝火の薪がはぜた。ふたりの影が、ふらりと揺らぐ。 

「----へっ、嫌だね。そのふざけた命令も拒否する」 
「なんと言いました……?」 
「てめぇはすっこんでな、張悌。それから命令も変更しろ。出陣すんのはこの俺だ」 
「……あなたは何も解っていませんね」 
「解るわけがねえ!!」 

沈榮はがまんできずに再び怒鳴った。 

それとは違って、いたって冷静で、眉一つ動かさない無感情な相手に、 
彼は胸倉も掴まんばかりに言いつのる。 



「おい張悌、それのいったい何処がばかなことじゃねえって言うんだ!? 
全軍のカシラの丞相がよ、たった独りで出陣なんざ、 
ふざけたことをぬかすなよ! 
おめぇがノコノコ出ていって、死んだら呉軍はそれで終わりだろうが!! 
なんでそれが無茶だってことも、おめぇって奴は解らないんだよ!!?」 

「----物分りの悪いひとは、これだから嫌いです。 
あなたたちは、ひとつひとつこちらが丁寧に説明してやらなければ、 
なにひとつとして自分でわかろうとしないのだから」 

張悌はおそろしく静かなため息をついた。ふーっという吐息が、 
沈榮のどくどく波打つ鼓膜をわずかにかすめていった。 

「私は囮です。陛下に、戦う覚悟をさせるために。 
----今の陛下は、晋軍が押し迫っているという現実におそれをなしています。 
自分が戦えば敗北すると思い込み、安全な宮殿ばかりを 
あなたや本軍に警護させて、 
前線でたたきつぶされている兵士たちの悲鳴には、まったく耳を塞いでいる。 
ならば私はその陛下に、戦う覚悟をさせなければなりません。 
そう----私が前線に居ることを知れば、遅かれ早かれ、 
あなたも本軍を率いて建業を離れることが許されるでしょう---- 
陛下を見捨て、晋へ逃げていく、私という、この囮を追わせるために」 

「囮…だと……」 

「これ以上に打つ手がありますか。もし『ある』というなら言ってごらんなさい」 

うなだれかけていた沈榮は、ぱっと顔を上げた。 
そして呼吸が止まった----冷め切った張悌のまなこが彼を見つめていた。 

「あなたが今、呉都に残った将兵たちの間で、どのように言われているか 
まだ聞いたこともないのですか? 



皆、影で、あなたのことをこうささやいているのですよ。 
『沈榮将軍は傲慢だ。あいつは自分さえいれば晋を負かせると思っている』、と」 
「!!」 

沈榮の背骨を氷の槍で貫かれたような衝撃が走った。 
傲慢、だって? 
俺が----俺が呉のために戦って、呉を勝たせてやろうと思うのが、傲慢? 

「やはり、なにも知らなかったようですね、あなたは」 

「俺は、俺はただ……」 

「ならば、勝ち目をつくる算段があることを言ってごらんなさい。あなたの頭は 
まるでからっぽで、なにも考えていなかったでしょう? 
結局、なにも変わることなどないのです。あなた一人が動いても。 
どうせあなたは『俺がひとりで敵を追い払ってやる』位しか、言うことができないのでしょう?」 

沈榮の返事はない。黙ってその場に立ち尽くしている。 
張悌も、後ろをふりむきもせず、静かにきびすを返して歩み去ろうとしていた。 

----ふたりの距離は、ゆるやかに離れていくかのように、そう見えた。 

しかし、その距離が一瞬でゼロになる。 

「!!」 

張悌の無防備な背中に、突如、沈榮が虎のように踊りかかったのだ。 
彼は激しい衝動のなすままに、張悌を突き飛ばしていた。 

「あ……くっ」 
「……立てよ、おら」 



壁にしたたか背骨を打ちつけ、あえいで蹲る張悌の華奢な手首をつかみ、 
沈榮は力任せに荒々しく立ち上がらせる。 

とまどう張悌もだまってはおれない。身をよじって必死にのがれようとするが、 
たちまち沈榮は、丞相が着る錦織りの衣を引き裂いてしまった。 

びい……っと布が悲鳴を上げて、張悌の襦袢を、その下の素肌を覗かせる。 

「へえ、こりゃいい眺めだ。おい、てめぇは素裸さらして戦に出られるのか、ぁん?」 
「やめなさいっ!」 
「へっ、聞いたことかよ。わがまま勝手な丞相さんにはお仕置きってもんが 
必要なんだろ?おら、どうなんだ」 

結い上げた黒髪から、かんざしを引き抜き、帯に差した刀を奪う。 
眼鏡をわしづかみにして地面に放り捨てる。 
桶にあった水を頭から浴びせる。 

その水をまともに被り、濡れた石畳に脚を滑らせて張悌は倒れこんだ。 

----沈榮は止められないのである。 

自分と自分をとりまく現状に対する怒りと鬱憤が、血管の中で圧縮され、 
張悌の投げかけたあまりに直截すぎる言葉で、それが一挙に噴出してしまった。 
身体の内側で、マグマが爆発してしまった。 
心の片隅がどんなに「してはならない」と叫んだところで、 
それは山の噴火を小石でせきとめようとするかのように、意味をなさなかった。 

「あう……ふっ」 

しどけなく濡れた全身を、再び手首を掴んで立ち上がらせる。 




「まだだ、立てよ……さあ」 
「うぅ……!」 
「もっと愉しませろよ。綺麗な身体してんじゃねえかよ……」 

びく、と張悌が怯えたように両目を見開いた。 
その襟はずり落ちて肩脱ぎになり、滑らかな白い肌があらわになっている。 
まるで芸妓のような風情で胸を震わせて、喘いでいる。 

沈榮は我知らず、唇から歎声をもらした。得体の知れない妖しさに、鼓動がざわついている。 

(----だめだ、よせ!) 

心の制止が届かない。はだけかけた肩口に、勝手に手が伸びている。 

(だめだ、だめだ、よせ!これ以上はだめだ!よせっ!) 

ぴぃーっ、と、空気をつんざく笛の音が鳴り響いた。 
そのとき、張悌を引き倒そうとしていた沈榮は、ハッと我にかえった。 

……四方八方から足音が殺到してくる。 
笛の音と同時に、周囲から駆けつけてきた無数の衛兵たちが、 
大声で「いたぞ!」「そこだ!」と叫びながら、たちまちのうちに二人を取り囲んだ。 

突然のことにわけがわからず、呆然とする沈榮から、 
兵士達は我先にとばかり張悌をひきはがして、両脇から羽交い絞めにする。 

「陛下!張丞相どの、ただいま取り押さえました!!」 
「……なんだって……?」 

衛兵たちに突き飛ばされ、へたりこんだままの姿勢で、沈榮は首をめぐらせた。 




「逃げたな……やはり逃げたな……きさま……!」 
「あ……」 

張悌は、色をなくしたように見えた。 
そこに立っていたのは大勢の憲兵たちを引き連れた、呉皇帝・孫皓だった。 

皇帝は、奇妙な表情をしていた。 
----顔の右半分は激怒しているのに、もう右半分は、まるで今にも泣き出しそうに、 
ぐにゃりと悲しげにゆがんでいるのである。 

「----憲兵!!」 

皇帝のささくれだった怒声が、周囲の兵士たちをびくりと鞭打つ。 

「こいつを連れていけ!思い知らせてやる! 
----俺のそばから逃げたら、どうなるか、その身体に仕込んでやる……!!」 

うなだれる張悌を引き立てていく大勢の兵士たちは、引き潮のように消えていった。 
沈榮は、状況にとりのこされたまま、ひとり呆然と放っておかれた。 

「なんだってんだ……張悌……?」 

そのつぶやき声に、応じる者さえもいない。 

周囲に誰もいなくなった彼の足元に、裂けた錦の上衣だけが落ちていた。 

                           (前編おわり) 



[][] PAUSE ピッ ◇⊂(・∀・;)チョット チュウダーン! 

これで前編おわりです。 
後編はモチョットマッチクダサイ・・・シオシオ 

色々グデグデな展開でほんとごめんなさい。 
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