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*twelve door ジャックと主人公 [#gca9e4be]
#title(twelve door ジャックと主人公) [#gca9e4be]
                     |「( ゚∀゚)ノ<すんません!161タソのSSにムッハーとなってちびちび書いてた 
 ____________    | 自前の12扉SSがやっとできたんで張り逃げさせていただきます! 
 | __________  |    | 18コマ行きます!」だって。 
 | |                | |    └─────V──────────── 
 | | |>PLAY       | |           ∧_∧  
 | |                | |     ピッ   (・∀・ ) ポチットナ 
 | |                | |       ◇⊂    ) __ 
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  | 
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)  ||   | 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
アクセルを踏みつけっぱなしのまま軽快に一本道を走っていたのが突然、 
ガタンガタンと明らかにとんでもない音がして道路の真ん中で急に止まってしまい、 
そのまま静まり返って何の音もしなくなった。 
キーをがちゃがちゃやっても反応がない。 
どうやらエンストしやがったようだ。よりによってこんなところで。 
「ド畜生め、なんてボロ車だ!」 
ハンドルを殴りつけて悪態をつくと、助手席から呆れたような声が聞こえる。 
「だから私はこんな派手な車はやめておけと言ったのに」 
声の主は、顔の上に伏せた地図から半分顔をのぞかせてこっちを見ている。目が笑っている。 
「うるさい」 
さっきまで眠りこけてたくせに、こんなタイミングで目を覚ますとはなんていまいましい奴だ。 
足を踏んづけようとしたら素早く避けられた。ますます腹が立つ。 
仕方が無いので、後部座席の工具箱を掴んで外に出ると、空気の冷たさが身にしみる。 
まったくなんでこんな目に、と空を仰ぐと、白い太陽の光が眩しい。 
窓から車の中を覗くと、あいつはしれっとした顔でなにやら雑誌のページをめくっている。 
無性に腹が立つ。そのとき、車の屋根が目に止まった。 
ふと思いついて、いきなり車の幌をいっぱいに開いてやった。 
派手な造りのオープンカーだから屋根がなくなったら車内まで寒風吹きさらしだ。 
ざまあみろ、という気分で鼻歌なんて歌いながら工具箱をぶら下げて車の前に回る。 
そして案の定、後ろから走ってくる足音と何か文句が聞こえる。 
「ジャック!あんたって奴はいつも子供のいたずらみたいなことばっかり…何を笑ってる?」 
聞こえないふりをしてボンネットの蓋を跳ね上げた途端に頭をはたかれる。 
「痛えな!」 
「寒いんだからさっさと修理しろ!」 
「おまえ、人様にやってもらうくせにその言い草はなんだっての」 
「だから、元はと言えばあんたが派手好きだから悪い」 
「…蹴っ飛ばすぞ」 
俺が伸ばした脚を軽く避けて、あいつは向こうに走って逃げていってしまった。 
工具箱と一緒に取り残される。ふくれていても仕方が無いので修理にかかる。 
やっぱり、おとなしくセダンにしておけば良かったかな… 
中の部品はあちこち錆付いていて、あまりの惨状に思わず頭を抱えたくなった。 
手袋を外してポケットに突っ込み、素手でドライバーを掴むと、空気の冷たさをまともに感じる。 
それなのに、救世主殿は少し離れたところで焚き火なんかしている。 
辺り一面焼け野原なんて冗談じゃねえぞ!と、一応叫んでおく。聞こえたのか聞こえないのか。 
目を上げて向こうの方を見やると、一本道がずっと続いていて、先のほうに何があるのかは何も見えない。 
この道をたどって行き着くところは、ただの小さな田舎町だ。…俺の生まれた、薄汚れたみっともない町だ。 
見るものなんて別に何もないぜ、と何度も言ったのに、あいつは変な意地を張って聞こうとしなかった。 
ただ、見たい、らしい。そういう感傷は、まあわからないでもない。 
そして、少し昔の話をした。そんなことをするのは久しぶりで、酒の力を借りないと何をどう話していいのか分からなかった。 
あいつは妙に冷めた目で床の一点を見つめたまま、とりとめのない俺の言葉にじっと聞き入っていた。 
ろくでもない親父のこととか、したたかだったがアンラッキーだったおふくろのこととか、 
髪の色も思い出せないガールフレンドのこととか。どんな家に住んでたとか、どんな所で遊びまわってたとか。 
冬には近くの湖が凍りついて、一面真っ白な物凄い眺めになる、ということを口に出したとき、 
それまで黙りこくっていたあいつが突然、それを見てみたい、と言った。それで決まりだった。 
今も、あの町外れの湖は白く凍っているんだろうか? 
無鉄砲な子供でさえ、近づくのがなぜか恐ろしかった、あの眺めは。 
そんなことを考えていていつの間にか手が止まってしまっていた。 
ずいぶん体が冷えてきているし、手に真っ黒なオイルは付いているし、べたべたして気持ちが悪い。 
早く片付けようと思ってエンジンの上にかがみ込んだ時、後ろに気配を感じた。 
「…なんだ?おまえが手伝うことは何もないぞ」 
「一体どうして私が手伝わないといけないんだ。最初に車の選択をしくじったあんたのせいだろ」 
畜生。 
ぐずぐず言わないであっちで鳥にエサでもやってろ、と言おうとして振り返ると、 
目の前に湯気のたった缶を手渡された。手の中が温かく、コーヒーのいい香りがふわりと漂ってくる。 
どうやら、空き缶を即席のコーヒーカップがわりに使ったらしい。 
ふうっと息を吐いて冷ましてから一気に飲み干すと、嘘みたいに体が温まる。 
缶を空にすると、彼が当然のようにそれを取り上げて、さっさと向こうへ行ってしまおうとする。 
「コーヒー、ありがとな」 
手を上げて、その背中へ向かって言うと、振り返って、肩を竦めて笑ってみせる。 
「まあ、気にするな」 
今度は、ちゃんと聞こえたようだ。 

結局、修理が終わった時には日がすっかり落ちていて、その日は車の中で一泊する事になった。 
あいつも、助手席に背中を深くもたせかけたまま、「異論はない」と呟いた。 
少し意外だった。 
別に、俺は夜通し車を走らせてもいいと思っていた。もし、一刻も早く目的地に着きたい、と言ったならば。 
それなのに、彼は何も言わなかった。 
何かが腕に優しく触れている感触で、ふいに夜中に目が覚めた。 
あいつだ。助手席に座って、俺の腕の傷跡をなぞっている… 
窓の方へ顔をそむけて、眠ったふりをし続けた。 
眠れないんだろうか、ためらうような指の動きは止むことはない。感覚が腕にだけ集中する。 
突然、ちり、とひきつるような軽い痛みが走る。爪が引っかかったんだろうか。 
暗闇の中の痛み。 
引きずられるように思い出すのは、十二番扉をくぐった先の、漆黒の闇に浮かんだ不気味な格納庫と、 
冥界への一本道のような細い橋、そして、俺を救ったワクチンの針の痛みだった。 
監獄で拾った試験管の中身は、絶対に二人分には足りなかった。そんなことは一目見て明らかだった。 
まっとうな頭の持ち主だったら、そんな貴重な薬を人に渡そうなんて考えやしない。 
子供にだって、自分の命が危険に晒されるってことはわかるだろう。 
それなのに、俺はあいつの手からワクチンをもらった。 
魂まで飲み込まれそうな深い暗闇の中へと一直線に続く橋の上で、 
あいつはポケットから試験管を取り出して、驚くほど自然な動作で、俺の手の平の上にそっと乗せた。 
しばらく呆然と、手の上のワクチンを眺めていた。 
普通、命にかかわる程のこんな大事なものを人に渡すだろうか。 
目の前のこいつは、本物の馬鹿じゃないだろうかと、そう思った。 
その鋭い針の痛みの記憶は、ポッドから一歩出た時の風の匂いの甘さといつも結びついている。 
そしてそのとき、わけもわからず流れた涙とも一緒に。 
俺は生き延びた、と。 
思い切って聞いてみたことがある。何故あの時、俺に渡したのか。 
あいつは、「あんたは大怪我してたし、私はなんだか死ぬ気がしなかった」と事も無げに答えた。 
なんと言っても私は救世主様だからな、と、冗談みたいにはぐらかそうとするのを押しとどめて、 
防護服の効き目が切れたとか言って死にそうな声出してたのは一体誰だ、 
そう問い詰めると、目を泳がせて困ったように笑っていた。 
試験管の中の、血のような生々しい赤さ。命の水。 
あいつが俺に命をくれた。 
だから、俺のろくでもない一生があいつのために終わったって、惜しいなんてちっとも思わない。 
正体が化け物だろうと何だろうと構わない。この事実は変わらない。 
あいつは、脱出ポッドに乗り込む前に一瞬ためらった。外の世界に怯え、竦んで、足を止めた。 
俺は、その正体を十分承知していながら、それでも力を込めて彼の手を掴み、中に引き込んだ。 
全ての力を尽くして守ってやろう。その程度の覚悟はとっくにできていた 
それなのに、一度、あいつは俺から離れようとした。 
町から町へ、住処を転々と変えていたある夜だった。 
心も体も疲れきっていたのに、目が覚めたのは幸運としか言えなかった。 
隣を見るとベッドに姿が無く、扉の近くに人影が見えた。 
「どこに行くつもりだ…?」 
そう尋ねると、影が立ち止まった。 
ゆっくりと起き上がる。 
今すぐにでも、そばの扉を開けて夜の闇の中にまぎれてしまうのではないかと思い、冷たい汗が背中に流れる。 
「まあ、ただの散歩じゃないだろうな…」 
俺はあいつが扉を開ける前に、渾身の力で駆け寄り、手首を強く掴んだ。 
その拍子に、何かを思い切り蹴っ飛ばす。見ると、足元には小さく纏めた荷物が有った。 
俺から離れるつもりだったのか。 
胸の中がすっと冷える。 
「一体何のつもりだ、金も戸籍も無いくせに一人でどこに行く」 
掴んだ手首を強く握って壁に押し付けると、彼が小さく呻き声をあげる。 
「くっ…」 
「答えろ」 
「わかったから、その手を離してくれ」 
知らないうちに力を入れすぎてしまっていたようだ。 
そっと手を離すと、彼はもう片方の手でその場所を庇うような仕草をする。 
「…すまん」 
「いいんだ」 
迷うように何度か瞬きをした後、彼はすっと顔を上げる。 
「ジャック」 
ふいに、彼の声の調子が変わる。深く通る声と、瞳の中の静かな光に背筋が冷える。 
「何だ、おまえ、急に…」 
「本当のことを言おう」 
思わずたじろいだ俺の方に、彼が一歩近づいてくる。 
「私は救世主などではない。人間ですらない。ただの醜い化け物だ」 
「やめろって…」 
「本当のことだ」 
思わず眉をしかめた俺を見て、彼はかすかに笑ってみせる。 
「今はこうして…ちゃんとあんたと向かい合って話せているけど」 
そう言うと、彼は俯いた。 
「けれど私だって、あそこの研究所の異形どもの仲間なんだ。もし、いつかこの自我が壊れて、私が化け物になったら? 
…あんたが真っ先に私の餌食になるだろう。私は…『私たち』は、人を食い殺すものだ」 
「そんなこと、あるはずが…」 
「あんたを私の手なんかで死なせたくない…!」 
彼の瞳を覗き込む。瞳の奥の強い光にはっと見惚れる。 
本気だ。この決意は揺らがないだろう。…どうする?俺はどうすればいい。 
少し目を閉じて、覚悟を決めた。 

「わかったよ」 
彼の手首を離し、腰のホルダーから護身用のハンドガンを取り出し、全ての弾を抜く。怪訝そうなあいつの目の前で、 
銃弾を一つだけ装填し、残りを床にばらまいた。 
「おまえが勝ったら、好きにしろ」 
リボルバーを手の平で回転させながら笑ってみせる。 
何も言えずに呆然としている彼の目をじっと見つめながら、俺は自分のこめかみに銃口を当てる。 
「やめ…」 
静止の言葉が終わる前に、俺は引き金を引いた。カチン、と空撃ちの音が脳髄に響く。 
彼の目をじっと見つめたまま銃を差し出す。 
「やめてくれ、頼むから…」 
「怖いか?それなら、おまえの分も俺が撃ってやるよ」 
もう一度銃をこめかみに当てる。空撃ちの音を聞くのと同時に、銃を持った手がきつく掴まれる。 
抵抗せずに、そのまま手の力を抜くと、彼は銃を奪って後ずさりし、扉に背中をもたせかけた。 

「どうして、こんな…」 
荒い息でそう呟く。俺は彼の目をじっと見つめたまま、ゆっくりとひざまずいた。 
そのまま、彼の腕を取って、引き金にかけられた指の上に、自分の親指を重ねる。 
驚いて身を引こうとする彼に向かって静かに言った。 
「引き金を引くときは覚悟を決めてからにしてくれよ」 
凍りついたように動きが止まる。銃を握った彼の手を両手で包み込んで捧げ持ち、そっと銃口に口付けた。 
彼の両手が小さく震える。 
「弾が出なかったらおまえの勝ち、出たら負けだ」 
「ジャック…あんたは死にたいのか?」 
「死にたくねえよ」 
唇を離し、そのまま銃口を眉間に当てる。金属の冷たさ。彼は怯えた、今にも泣き出しそうな顔でこっちを見ている。 
「そんな顔するな」 
「ジャック…」 
「いいぜ、この一回で終わりにしてやる。ただ、覚えておいて欲しい」 
指にじわりと力を込め、引き金をゆっくりと半分まで押す。 
冷たい手だった。彼の顔から目をそらさずに笑ってみせる。 
「俺の命は、もうとっくにおまえのものだよ」 
彼の手首の脈動を微かに感じながら目を閉じた。 
ゆっくりと彼の手から指を離した途端、床に銃の落ちる鈍い音がした。 
そして、力が抜けて崩れ落ちるように、彼が胸に顔をうずめて来る。 
あんたはずるい、という呟きが聞こえた。俺はそれには答えないで彼の後ろ髪を乱暴にかき上げ、首筋に深く口付ける。 
そうだ、メサイア。俺はずるいよ。心の底から真剣になってずるい手を使った。 
熱い体の重みを受け止めながら、ただ、縛り付けるような強い抱擁を返した。 

腕の感触が途絶えると、彼の指が俺の手の上にすべり落ちてきた。 
手の平を上に向け、その手を軽く握る。 
俺が起きていたことに驚いたのか、その指が小さく震える。けれど、ふりほどこうとはしなかった。 
指を緩く絡めあったまま目を閉じる。眠れない。 
月の無い、淀んだような暗い夜更けだった。ひたすら息苦しかった。 
ふと、嫌な考えが頭をもたげる。 
もし、俺の体に胞子が寄生していたとしたら。 
今もこの体をじわじわと異形に変えていっているとしたら。 
正気を失った俺が真っ先に襲うのは、一番近くにいるこいつに他ならない。 
そうやって傷つける前に、人間であるうちに、俺はちゃんと自分を撃てるだろうか… 
いや、もしそうなったとしたら、そうするのが俺の義務に他ならないんだろう。 
俺のほうが、あんな無茶な賭けをして、あいつを逃がしてやらなかった。 
本心は、たぶん俺だって一緒だ。 
離れてしまいたい、絶対に離れたくない、その二つの感情の間でみっともなくふらふらしている。 
けれど、本当に、おまえはどうして、そんなにここに来たがった? 
何か、普通の人間には見えないものが、もしかすると見えているんだろうか。 
おまえは、あの不条理で強靭な胞子と戦うために生み出された、生まれながらの兵隊だ。 
研究所での化け物との戦いの時、あいつは素人とは思えないほどに卓越した銃の扱いを見せた。 
もともとが、あのわけのわからない、不条理な胞子と戦うために生み出された存在なんだから、 
それは当然かもしれない。 
だから、戦いが終わる頃、誰にとっても必要なくなった、この世界の異分子にすぎないおまえの遺伝子は、 
跡形もなく消えてしまうように細工されているのかもしれない… 
もちろん証拠はない。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。全て木っ端微塵に消えてしまった。 
そんなに先が不確かで、薄暗い未来と、泣きたい程に優しい現在があるとしたら、 
たった今、凍った水の中で静かに永遠に動きを止めてしまうのも、 
ひょっとするとそう悪い選択ではないのかもしれない。 
…ああ、だからおまえは、ここに来たがったのか? 
いや、せっかく助かったのに、こんなところでみすみす命を捨てるほど、俺もこいつも弱くない。 
こんなに不安を煽ってくるような闇の中では、ふと、魔がさすこともある。 
そういうことにしておこう。 
指を絡めたままで、体温を交換しあいながら、終わらない時計の秒針の音に耳を澄ます。 
あとどれくらい、こうしていられるだろう。 
真っ白な太陽の光をフロントガラス越しに見上げる。 
助手席には、すでにシートベルトを締めて前の方を睨んでいる彼がいる。 
視線を前に戻して、エンジンをスタートさせる。 
「行くか」 
「ああ」 
そのままお互いに何も言わない。一つ溜息をついて、アクセルを踏み込むと、静かに車は動き出した。 
横目で隣を盗み見ると、相変わらず道の先のほうをじっと見ている。 
「まだもう少しかかるはずだ。寝てろよ」 
前を向いたままそう声を掛けてみる。返事は無い。 
冬枯れの木立を走り抜けていく。変わらない風景。動くものは何もない。枯葉一枚すら舞い上がることもない。 
おまえの目には、一体この先に何が見える。 
隣を見ると、俯いたまま瞼をかたく閉じている。眠ったのだろうか。 
視線を前に戻すと、隣から声がした。 
「ジャック」 
「どうした?」 
「心配するな」 
唐突にそんな事を言い出すから、思わずアクセルを踏み込みすぎてしまった。 
「……はぁ?寝ぼけたか?」 
軽く笑って返すつもりだったのに、声が不自然に上ずってしまい、腹の中で舌打ちをする。 
運転に集中しているふりをして、前を凝視する。 
彼が助手席の上で体を伸ばす、椅子の軋む音と一緒に、小さく笑い声が聞こえた。 
「私は、もう少しあんたと一緒にいたいよ」 
全身に沁み透るように穏やかな声だった。 
頭の芯が痺れたように、すぐには声を出せなかった。 
一つ瞬きをして、もう一度目を開くと、その言葉が心臓の奥の方にしっくりと収まったような気がして、ほっと息をつく。 
「そうか」 
焦げ付くような切ない感情が込み上げて来て、目を二、三度瞬いて、微笑んでみせる。 
少しずつハンドルを切って、ゆるゆるとカーブを曲がっていく。 
「おまえを信じるよ」 
そう呟いたとき、目の前に、見覚えのある町並みが見えてきた。 
けれども町には入らずに迂回し、その脇の細い道を抜けていく。 
なぜか納得しつつも、腹の底に薄ら寒いものを感じながら運転を続けた。 
隣からは特に文句も聞こえてこない。 
やがて、記憶とほとんど変わらない風景が見えてくる。あと少しだ。 
俺たちは、これから一体どうなるんだろう。 
けれど、止まることは出来ない。後戻りする場所もどこにもない。 
思い切って加速し、ハンドルを切った。 
目の前には、記憶と全く違う風景が広がっていた。 
雪がほとんど溶けかけていて、辺りはどろどろのぬかるみになっている。 
池のほうに足跡が転々と続き、誰か途中で転んだのか、大きくて浅い窪みまで見える。 
車のドアを開いたとたんに、むっとした土の匂いと、どこからか甘酸っぱい花の香りがする。 
太陽の光が、ひどく暖かい。 
外に出てみると、靴の上からでもぬるい泥の感触がわかった。 
目の前には、小憎らしい程あっけらかんとした青空があり、 
視線を落とすと、真っ白に凍っているはずの小さな池は、太陽の光を穏やかに跳ね返して光っていた。 
どうやら、来るのが遅すぎたようだ。 
拍子抜けしたまま隣を見ると、あいつも何だか狐につままれたような顔で、ぽかんと前を見ている。 
すると突然顔をこっちに振り向けて来るので、何を言っていいか、頭の中が一瞬真っ白になる。 
「あー…っと…悪いが、とっくに春が来ちまってたみたいだなぁ…」 
言い終ってから、しまった、と思う。あんまり間抜けすぎる。 
案の定、彼は呆気にとられたように俺を見つめていたかと思うと、いきなり弾けるように笑い出した。 
腕の辺りの服を掴んで、俺にしがみついてぜいぜい言いながら、まだ笑っている。 
いくらなんでも笑いすぎだろ、ともやもやと思いながら、その背中に軽く腕を回した。 
「おいおい、窒息死するなよ」 
「そ、そしたらあんたのせいだ」 
そう言って頭を小突いても、肩で息をしながらまだ大笑いしている。 
ぬかるみが酷くてそれ以上近づけなさそうだったので、背中に手を添えたまま車の方へと向かう。 
と、いきなりあいつは弾みをつけてボンネットの上に飛び乗ると、そのままフロントガラスを背に座り込んだ。 
「バカ、泥だらけになってんじゃねえか!」 
「こんなボロ車今さら構うもんか」 
降りてくる気配がないので、俺も弾みをつけて飛び乗り、その隣に座り込んだ。 
ようやく笑いの発作がおさまったらしく、眼をごしごしこすりながらこっちを見る。 
「あんた、とんでもない嘘つきだな」 
頬杖をついて、穏やかな笑みを浮かべた。 
氷の重しが除けられたような、ふっきれた表情だった。 
幾分明るいその表情に向かって、俺も笑ってみせる。 
「別に、つきたくてついた訳じゃねえよ」 
頭の上で鳶が輪を描いているのが目に入る。あいつもそれに気づいたらしい。 
「なんだこれは。こんなにのどかでいいのか?」 
「だから何もねえ田舎だっつっただろ」 
「ほんとに、私たちは一体何しに来たんだ」 
「俺は関係ねえよ。おまえが何しに来たかだ」 
あいつは目をそらし、視線を前に戻すと口を開いた。 
「車を奪ってあんたを置きざりにするか、適当な湖に飛び込むか、 
それとも地獄の釜の底まであんたと一緒にたどり着くか、どれにしようかずっと考えてたけど。 
でも、こんな眺めを見てしまったら、真剣に考えてたのに、なんだかどれも馬鹿馬鹿しくなったよ」 
温かい日差しを浴びながら、そんなとんでもないことをさらりと言う。 
「いろいろ覚悟は決めてたはずなのにな。参った…」 
腕を回してそっと肩を抱いてやると、そのまま素直にもたれかかってくる。 
耳元に唇を近づけて囁く。 
「おまえ、車の運転できたっけ?」 
「あんたにとっての問題はそこなのか」 
「すまんな、悪い冗談だった」 
「全く、あんたは…」 
鳥のさえずりと、さわやかな風の音が聞こえる。 
陽だまりの熱と、腕の中の体温が、あんまり暖かく心地よくて、なんだかぼんやりと眠くなってくる。 
けれど、たぶん俺たちは、今こうしているように穏やかに眠るように死ぬなんてことはありえないだろうな。 
最悪の場合、お互いの頭に銃弾を撃ちこむはめになるかもしれない。 
けれど、だからといって、おまえの手を離さなかった事は、決して後悔はしない。 
ポケットから煙草を取り出し、口にくわえて火をつける。 
ふうっと息を吐いた瞬間に、伸びてきた指に煙草を掠め取られる。 
俺の真似をして煙草を唇にくわえようとしている横顔に手を添え、こっちを向かせる。 
「でも、おまえはこれでいいのか?」 
あいつは煙草を指に挟んだまま、じっと見つめ返して来た。 
「言っただろう?私は、もう少しあんたと一緒にいたいよ」 
そう言って、ふっと微笑んだ。 
ボンネットがぎしりと軋む音がしたかと思うと、すっきりと澄んだ、きれいな目の色が近づいて来る。 
そして、あいつは俺の頬に両手を添えて、額を触れ合わせてきた。 
「あんたに嘘はつけない」 
熱く湿った吐息が、唇の上を羽毛のように撫でていく。 

俺は自分の首の後ろに手を回して、金属の鎖に手をかけ、 
外したそれを、そっと彼の首から下げてやった。 
「弾除けのお守りだ、しばらく貸してやる」 
胸の上で揺れている、古びた銀の十字架を指で摘むと、あいつはそれをじっと見つめた。 
「…ん、後ろに彫ってあるのは…これはあんたのおふくろさんの名前か?」 
これは大事な物なんじゃないのか、と慌てたように言い出す声を遮って、俺は彼の手首を掴み、 
ゆっくりと、指先のロザリオに儀式めいた口付けを落とした。 
目を上げると、あいつの、驚いたように見開いた目と視線がぶつかる。 
「絶対なくすなよ」 
十字架を服の中に仕舞ってやり、その上からそっと手を重ねる。 
「…ありがとう」 
その声を聞きながら、俺は体を離してフロントガラスに背中を預け、目を閉じる。 
体中、指先まで、暖かな思いに満たされる。 
行き着くところは決して明るいものじゃないかもしれない。 
だが、どうなるかは誰にもわからない。このまま、心配していたのが馬鹿らしくなる位に、何も起こらないかもしれない。 
全部、もしかしてうまく運ぶかもしれない。まだ十分にある、その可能性を捨てたくは無い。 
それに、俺たちがそう簡単にくたばるはずがない。根拠も無いのに、今は強くそう思う。 
このまま二人でどこまでもしぶとく生き延びてやる。そう覚悟を決める。 
と、突然、ごほごほ言う咳にびっくりして目を開けると、どうやらタバコを吸ったはいいが、煙にむせてしまったようだ。 
今度は俺が笑いの発作が収まらなくなる。太陽がまぶしい。 
「そんなに笑うことないじゃないか」 
すっかり拗ねてしまったあいつの頭を手の平でぽんぽんと叩く。 
「やっぱりお子様にはまだ早かったようだな」 
「む…」 
あいつは、ふてくされた顔で煙草を放り投げる。 
まだ世界を知らない、これからなんだってできる子供みたいな、自信に満ちたのびのびとした仕草。 
ボンネットから飛び降りて振り返り、手をさしのべる。 
「やれやれ、掃除してもらうからな」 
「こんな泥くらい、雨が降ったら流れるだろ?」 
あいつが俺の手をとって飛び降りた瞬間、そのまま腕を引き寄せた。 
ハイスクールの時に戻ったみたいに素直に抱きしめ、耳元にささやく。 
「行きたい場所を言えよ。どこにでも連れて行ってやる」 
「海が見たい。本の中でしか知らないんだ。この目で見たいよ」 
「よし、それじゃあ、半死人は半死人らしく海に行くか」 
「なんだそれは…」 
「南に行くぜ?」 
「正気か?国の端と端じゃないか」 
「来るだろ?」 
「連れて行ってくれ」 
それで、決まりだった。 
車に乗り込む前に、屋根の幌をいっぱいに開く。 
南の、青い空と青い海。馬鹿みたいに単純な、明るい色彩。そこでおまえに名前をつけてやろう。 
目的地がわかるのか、ボロ車のくせにエンジンもなんだか調子がいい。 
煙草をくわえると、また横から伸びてきた手にかすめ取られる。 
あいつの心臓の真上で、軽い鎖が甲高い音を立てる。 
俺たちが、死ぬはずがない。 
思い切りハンドルを切って、南へとアクセルを強く踏み込んだ。 

 ____________ 
 | __________  | 
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 | | □ STOP       .| |           ∧_∧  
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