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56-473 のバックアップ(No.2)


君達と僕

昨年度結成二十周年を迎えた大所帯須加グループの皆様
Dr×Tr風味。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

春の訪れに少しぼんやりしてしまうのは、飛び交う花粉の所為ばかりではなかった。
ライブのリハーサルを行なっているのスタジオの中は、当日までまだ日にちがある所為もあり
穏やかだ。
今日は音合わせよりも取材の方がメインだったから、手の空いているメンバーはそれぞれ
勝手な行動を行なっている。楽器を弾いている者もいれば、雑談に興じている者、トランプで
闘っている者、それぞれだ。九人もメンバーがいれば統率など取れるものではないし、いざ
音楽を前にすると自然と一丸となれるから必要もない。
その中に、喧騒を物ともせずにソファーに沈んでいる人間が一人。
普段はかけている黒縁の眼鏡もそのままな状態で、持木は静かに寝息をたてていた。
春になるとぼんやりする。昨夜は上手く眠れなかった。
桜の蕾が綻び出すと、思い出すのはもう遠い春。この世で一番大切な宝物だと思っていた
大切な人と永遠に別れた春。美しい歌声は空気に溶けたきり、もう二度と響かないという事を
理解も出来ずに、ただぼんやりとしていたあの春。
だから持木は春になると、少しだけぼんやりしてしまう。
目覚めると同時に忘れてしまう淡い夢の中をたゆたっていた意識が不意に浮かび上がったのは
優しい気配が触れた気がしたからだ。
「あれれ、琴ちゃん寝ちゃってるの?」
ギターを爪弾いていた筈の加糖の声が聞こえたけれど、持木は瞼を持ち上げられない。
眠くて、眠くて、どうしようもない。一応起きてるよ、加糖君。声にならずに心の中だけで返事をした。
「寝ちゃってるねぇ。風邪ひかないかな」

少し押さえた様に聞こえる名ー古の声はすぐ傍にあった。続いて身体の上に何かが掛けられる。
少し硬い生地は、多分名ー古のPコートだ。大丈夫だよ、名ー古さん。すぐ起きるから。
「このうるさい状況でよく眠れるよな」
「琴ちゃんだから」
感心し切っている我耗に、理由らしい理由ではないのに妙な説得力を持って短く言い切った隠岐。
近付く足音はきっと二人のもので、丁寧にまた身体の上にコートらしきものが掛けられる。
「毛布でもあればいいんだけど」
「あ、じゃぁ俺も革ジャン掛けるわ!」
「加糖の革ジャン、防寒性あるのかよ」
「失礼な。ちゃんとあるよー」
「へぇー、そりゃ喜多ちゃん存じ上げませんでしたわっ」
「喜多ちゃんはうるせぇよ。そんな大声出したら琴ちゃん起きちゃうだろ」
「だったらついでのアタシのも掛けといて」
「あいよ」
ぱさ、ぱさっとさらに二着分のコートが掛けられる。一応肩から太腿の辺りまでを網羅してくれて
いるらしく、一箇所に集中しないから重くはない。微かに香る煙草の匂い。大所帯は禁煙チームと
喫煙チームに分かれているけれど、服についた匂いまでは取りきれない。けれど持木には不快では
なかった。それどころか妙に落ち着く。掛けてもらっているコートは暖かくて僅かに不安定だった
心に安堵をもたらした。
「眼鏡、歪まないのかな」
「寝返りうったらやばいかも」
「名ー古、とったげたら? ついでに俺のも掛けあげてくれていいよ」
「大守さんは面白がってるだけでしょ」
「面白がってるけど、風邪引かせたくないのも本当だよ?」

「はいはい、カワイ子ぶった言い方しないの。名ー古さん、コート投げるよ」
「いいよ」
ばさりと音がして加糖がコートを投げたのが分かった。ふわりと重さが増えて、ありがとうと
言いたかったけれど、やっぱり口は動かない。
暖かい指先が頬に触れる。眼鏡を外されるのは、聞こえている会話から分かっていたので
持木は驚かなかった。眼鏡を引き抜く名ー古の手はひどく慎重で優しい。起こさない様に、
という気遣いが伝わってくる。この指があんなに器用にトランペットを操るんだなぁと
持木はなんだか妙な感慨を抱く。
「ついでにさぁ、八中さんと河神さんのも掛けとけば?」
「あー、それいいかも」
「完璧な風邪対策だな」
「……本当にそう思ってんっすか」
「暖かそうではあるよね」
「重そうだろ」
交わされる会話は完全な悪ノリだったけれど、そこにはちゃんと持木への愛情もある。
琴ちゃんが風邪をひたら大変だという共通の空気。寝ているのが持木じゃなくてもメンバーは
同じ事をしただろうし、その時は持木も同じ行動を取っただろう。
「これさぁ、琴ちゃんには大きなお世話じゃないの?」
「こんなにコート掛けるなら、毛布の一枚でも捜してくる方が親切だよな」
そんな事を言いながらも、身体の上の重みがまた増える。煙草の匂いがまだ香ったから、これは
八中と河神のものだろう。多分河神のものであるコートのフードについているファーが、持木の
顎を擽った。二人は取材を受けていて、別室からまだ帰って来ていない。
結局残りメンバー全員分のコートが茂木の上にある事になる。それは多少重かったけれど、
嬉しかった。
あの春を乗り越えられたのは、この人達がいたからだ。似たタイミングで要だったドラムを
失った須加派等と、二人残ったバンドのボーカルを亡くした持木。ネガティブの気持ちで
引き合ったと思われたくなくてサポートメンバーとして参加していた持木を、メンバー全員が
代わる代わる「正式メンバーになりなよ」と誘ってくれた。

ひたすらにポジティブで、パワフルで、前に進む事に恐れも衒いもないこの人達と過ごす中で、
サポートという立場ではなく共に進みたいと思った。須加派等の皆を大好きになった。
だから「メンバーにして下さい」と素直に言えた。あの時貰った拍手の暖かさや、
あの時に感じた感謝の気持ちは今でもちゃんと心の中にある。
須加派等の中に居場所を見つけられた事が、どれだけ持木を救っただろう。
辿り着いたのがこの場所で、本当に良かった。
確かに八枚分のコートは重かったけれど持木は幸せだった。
「取材終わったら、リハやってる風景撮るって言ってたっけ?」
「だったら起こした方がいいのかな」
「んー、もうちょっと寝かせてあげてもいいんじゃない?」
「そうだね、よく寝てるし」
優しいトーンの声と共にくしゃっと髪が撫ぜられる。名ー古さんだな、と持木は少し微笑んだ。
スタジオの外は多分春の風が吹いていて、持木の中の少し寂しい気持ちはきっと一生潰えない。
けれどそれでいいのだと思う。誰の胸にも、そんな感情はあるのだから。
ちゃんと目が覚めたら、まずコートのお礼を言おう。起きるまで傍にいてくれそうな名ー古さんに
眼鏡を取ってくれてありがとう、というのも忘れずに。そうしたらきっと皆笑って「良く寝てたな」
とか「起きないかと思った」とか色々口々に言ってくれる筈だ。
結局取材を終えた八中達に起こされるまで、八人分のコートに守れた持木はとろとろとまどろんでいた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

初っ端に分数間違えて申し訳ありませんでした。

色々あった20年でしたが、この先の20年間もどうか彼らの旅路に
いい風が吹きますように。


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