Top/S-82

鋼鉄都市シリーズ ダニールとイライジャ

 ____________     l  >>158-169のロボットシリーズの続きだよ。
 | __________  |     l  パート2は5年後の、宇宙船の中での話だよ。
 | |             .| |      \ 『帝国』にヒロイン側の回想シーンのある場面です。
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そうか、ダニ一ルには心臓が無いんだ。
ダニ一ルの胸に顔をうずめていたイライ.ジャは、急にその事に気づき、はっと体をこわばらせた。
上を向いた拍子に、ダニ一ルの青い瞳と視線がぶつかる。
この色も人の手で造られたもので、
この温かい体にも血は一滴も通っておらず、鼓動を打つことも無いのだ。
イライ.ジャは信じられないような思いで、その澄んだ青い目を見つめる。
ともかくも、困惑を気取られないようにダニ一ルから身を離し、
背中に回した腕を解いて半歩下がると、ロボットに向かって手を差し出して言った。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです。あなたにもう一度お会いできて、大変喜ばしく思っております」
ダニ一ルは礼儀正しくいつもの控えめな微笑みを浮かべながら、手を握り返してきた。
その表情は、以前に別れた時よりも幾分明るいように、イライ.ジャには思えた。
ダニ一ルが背中に手を軽く添え、椅子に座るように促してくる。
その腕の動きに従いながら、イライ.ジャは、
やっぱりこのロボットには感情があるんじゃないかと思わず疑った。
ダニ一ルの笑顔は自発的なものではなく、人間を不快にさせないための動作で、
この疑いも、いつもの、自分の勝手な感情移入だということはわかってはいたけれども。
「元気だったか?」
「はい、滞りなく機能しております」
「その言い方…」
言葉をそこで切ってイライ.ジャは苦笑した。
イライ.ジャは、立ったままのダニ一ルの袖を引いて横に座らせ、改めてその顔を覗き込む。
まるで時の流れから切り離されたように、ダニ一ルの端整な美貌は以前と全く変わっていなかった。
両手を膝の間で組むと、左手首の時計が目に入る。ダニ一ルに修理してもらって以来五年間、
止まったり遅れたりすることは一度もなかった。
イライ.ジャは微かに笑うと、隣に座ったダニ一ルの顔を見上げる。
「約束どおりきみに会いに来たよ。今度は自由の身だ」
「大変に結構なことです。私がお仕えするときには、
あなたはいつもお忙しくしていらっしゃったから」
「だから、きみとゆっくり話すなんて、どうやるべきなのか今ひとつよくわからなくてね」
「そうかもしれないですね」
イライ.ジャはその生真面目な返答に苦笑する。

「そうだ、ぼくはこの後どこに行くかわかるか?」
「いいえ」
「ここからずいぶん離れた惑星なんだ。太陽の下で、何にもしばられない生活をするんだぜ」
「そうですか…戸外への恐怖は、もうすでに克服されたのでしょう?」
ダニ一ルが、少し気遣わしげな声で言う。
「少しずつ頑張ってるよ。雨くらいならもう平気だ」
「それは素晴らしいことですね」
そう相槌を打ちながら、ダニ一ルは眩しそうに笑った。
遠くの太陽を見やるような笑顔に、イライ.ジャはふと不安になった。
「あなたにできない事など何もないのですね」
イライ.ジャは思わず、ダニ一ルのその言葉を両手でさえぎる。
「違うよ、ダニ一ル、それは違う」
「何故でしょう。あなたが誰にもできないことを幾つもやってのけたというのは、
まぎれもない事実ですのに」
「だからって、これからもそうとは限らないし、ぼくにだって限界がある」
「私には信じられません」
そうきっぱりと言ってのけるダニ一ルを目の前に、イライ.ジャは困り果てて頭を抱えてしまう。
「きみは相変わらず頭が固いな、まったく」
不思議そうに見つめてきているダニ一ルに向かって、イライ.ジャはゆっくりと話し始める。
子供に向かって、この世の摂理を諭すように。
「人間には限界があって、ぼくらはそれを知っている。どうしても越えられない壁があるんだ」
ダニ一ルは真摯な表情で、じっとその言葉に聞き入っている。
その視線を感じながら、イライ.ジャは視線を前に向ける。
そこには小さな丸い窓があり、その向こう側には果てしない暗闇が広がっている。
人間の克服するべき暗闇が、窓の外にはある。
「その壁は寿命という。ぼくらがいくらあがいても、命はいずれ尽きてしまう。
百年後くらいには、ぼくという人間が存在した証拠なんてかけらも残ってないだろうね。
けれど、きみはその時だって、きっと今と全く同じように、慎ましく稼動し続けているんだろうな。
きみは、そういう意味では、人間よりも優れた存在だと言えると思うよ、だから…」
イライ.ジャは目を閉じて少し黙った。けれど、隣からは何の声も聞こえない。

「…ダニ一ル?」
怪訝に思って隣に目をやったイライ.ジャは、驚いてはっと息を呑んだ。
ダニ一ルが自身の左手首を、右手で物凄い力で握り締めている。
彼の左手の握り拳は痙攣でも起こったかのようにぶるぶると震えている。
呆然としたイライ.ジャの視線に気づいたダニ一ルは、左手首から目を離さずに呟く。
「申し訳ございません。回路が何箇所か異常を起こしてしまったようです。
左腕の制御が利かなくなっています。危険ですからどうか離れていてください。じきに収まります」
搾り出すような掠れ声でそう言う。
イライ.ジャは一瞬何が起こったのかわからなかったが、
すぐに彼が以前担当した事件のことに思い当たった。
ダニ一ルは以前、毒を盛られて倒れた人間を目の当たりにした時、
今と同じように左足の制御が利かなくなった。人間が傷つけられるのを見てしまったからだ。
今回の異常の原因は、自分の死にまつわる話だと、イライ.ジャははっと思い当たる。
この程度の話でも、彼はこんな酷い損傷を受けるのか?
そう思って一瞬頭が真っ白になったが、すぐにイライ.ジャも一緒になって、
両手でダニ一ルの左手首を押さえつける。
「離れていてくださいと申し上げたはずです…!」
頭の上から弱々しい声が振ってくる。
「ぼくが言って聞くような人間じゃないのはもうわかってるだろ?」
「ですが、しかし…」
「大丈夫だ、ダニ一ル、大丈夫だ。ぼくはまだ生きてるし、まだもう少しここにいる。
だからお願いだ、ダニ一ル、どうかもう安心してくれ…」
懸命にそう言い聞かせながら、イライ.ジャはダニ一ルの手首をやさしく叩く。
速くなった心臓の鼓動を元に戻そうとするように。
そうしていると、ダニ一ルの左手首の発作のような震えが少しずつ収まっていき、
強く握った拳の指の力も抜けていく。
彼の左手首を握ったまま、イライ.ジャは取りあえずほっとしながらも、
かつてないほどの大きな不安に襲われた。

以前彼に異常が起きたのは、毒殺未遂という事件が目の前で起こったからだった。
だが今は違う。自然の成り行きの話をしていただけだった。
誰かに傷つけられるという暴力的な話ではなく、
人は必ずいつかは死ぬという、ごく当たり前の話をしていただけだった。
その程度のことが、ダニ一ルにとっては、こんなに激しい苦痛の元になってしまう。
(それじゃあ、もしおれが本当に死ななければならない時には…?)
確実に、その知らせを聞いただけで、ダニ一ルの神経回路はずたずたに引き裂かれてしまうだろう。
自分の死という、限りなく個人的な問題に、ダニ一ルを巻き込んでしまう。
そう思い当たったイライ.ジャの背筋が冷たくなる。
彼は、それを気取られないようにダニ一ルの手首をそっと離した。
隣を見やると、ダニ一ルは左の手のひらを握ったり開いたりして動きを確認していた。
「見苦しいところをお見せしてしまいました」
そういって、いつもの控えめな笑みを浮かべる。
イライ.ジャは、痛々しい悲しみに駆られて思わず目をそらした。
「もう大丈夫か?」
「あなたがご無事でいらっしゃってなによりでした」
「ああ、そうだな…」
驚かれたでしょうから何か温かい飲み物でも、と言って、ダニ一ルが席を立つ。
その背中にかけるべき言葉が、今のイライ.ジャには見当たらなかった。
ダニ一ルが自分の死の道連れになってしまう。今のままでは確実に。
そのことに思い当たり、イライ.ジャは愕然とする。
いったいどうしてそんな事になってしまうのだろう。
存在がいつか消滅するのは、誰にも食い止められないというのに。
ましてや、ダニ一ルのせいなどでは決してないというのに。
彼を失うわけにはいかない。失いたくない。
けれど、そのためには、何をどうすればいいか、イライ.ジャにはわからなかった。
今はわからなかったが、いずれ必ず、どうにかしなければならない。
彼を自分の死から、解き放ってやらねばならない…
新たに気づいた責任の重みにじっと耐えながら、イライ.ジャはダニ一ルが戻ってくるのを待った。

ダニ一ルがコーヒーカップを手にして歩いてくる。
イライ.ジャは彼の左手の様子を注意深く見守ったが、
特に何の異常も見受けられないので、取りあえずほっと息をついた。
お待たせ致しました、と言ってダニ一ルはカップをイライ.ジャに渡すと、元のように隣に座った。
イライ.ジャは軽くうなずき、カップの中身を一口すする。
器を置こうとした時ふと下を見ると、ダニ一ルの両手が目に入り、思わず手が止まる。
また異常が起こるのを恐れているのか、右手で左手首を強く握り締めている。
「ダニ一ル、ぼくはもう、今日はああいう話はしないから、どうか楽にしてくれないか」
「いえ、どうぞお構いなく」
硬い拒絶にイライ.ジャは小さくため息をついたが、
ふと思い立ってダニ一ルの右手の上に自分の手を添える。
「この手を今すぐどかすんだな」
「一体何をなさるおつもりなんでしょう?」
当惑したような声が頭の上から降ってくるのにはかまわず、
顕わになったダニ一ルの左手首に、外した自分の腕時計を巻きつけて止め具を締める。
「やるよ。もうきみのものだ」
あまりに驚きが激しかったのか、ダニ一ルは何も言わずに、
自分の左手首とその時計をじっと見つめている。
その姿がまるで珍しいものから目が離せない子供のようで、イライ.ジャの顔に笑みがこぼれる。
「気に入ってくれたかな?」
「これを私に?しかし、これはあなたの大切な財産ではないのですか?」
「ぼくは別の星に行くだろう?」
「ええ」
「そこではきっと、外に出ることが多くなるだろうから、
どっちみち地球のドームの中で作られたひ弱な時計なんて半年と持たないよ。
だから大切に使ってくれ」
「本当によろしいのでしょうか」
「いいんだよ」
ダニ一ルは、もう一度腕時計をしげしげと眺めてから言った。
「ええ、とても。本当にありがとうございました」
イライ.ジャが見たところもう手の震えは止まっていた。

「今度会う時に壊れてたら承知しないからな」
ダニ一ルは、「今度」という単語に、一瞬竦んだように両目を見開いたが、
すぐにいつもの、優しげな微笑を浮かべてみせる。
「最大限に気を配るように致します」
「もしできれば、またきみに会いに来ようかな」
「私もそれを望んでおります」
「今度は、雨の降っていない時がいい。どこかへ連れて行ってくれ」
「ええ、喜んでお供致します。
数々の美しい風景を、あなたにご覧いただければと思います」
ダニ一ルは、そう言って微かにうつむいた。
「…ありがとう、ダニ一ル」
イライ.ジャも目をそらし、床を見つめたままでそう呟いた。
それきり二人は黙り込んだ。
優しい嘘と諦めの中で、形のわからない一粒の希望を手で探るような沈黙だった。
たぶん、この宇宙船から出立したら、もう二度と会えないだろう、
イライ.ジャはそんなことはとっくに理解していた。
これから先、二つの道が交差することは考えられない。イライ.ジャはロボットを憎む世界で、
ダニ一ルは地球人を蔑む世界で、それぞれ違う場所でやるべきことがあるのだから。
少なくとも、ダニ一ルと二人で、一緒に何かを成し遂げる事は二度と無いのだろう。
別々の世界で生きていかなければならない。これからずっと。

「きみと会えて本当によかった」
イライ.ジャは厳粛な面持ちでそう呟き、顔を上げる。
そして、ダニ一ルの、ものわかりのいい子供のような、
包容力のある大人のような、不思議な表情をじっと見つめた。
「寿命の短い地球人のぼくが、きみが存在する時間に居合わせたこと、よく考えると奇跡のようじゃないか」
「…はい」
その答えをイライ.ジャは怪訝に思い、彼は半ば挑みかかるような口調で尋ねる。
「ぼくが今言ったことがわかるのか?」
「ええ、『奇跡』というのは通常の自然法則では説明しがたい、
何か特別な出来事のことですね」
そういう意味じゃない、とイライ.ジャが言いかけた時、
ダニ一ルは、自分の人差し指を唇に当てて、イライ.ジャに喋るのを控えるように頼む。
「残念ながら、そちらは私にはもっとも理解できない事柄です。」
そう言いながらも、ダニ一ルの声は穏やかで、明るささえ含んでいた。
わからないことを明るく語るダニ一ルを不思議に思い、
イライ.ジャは思わず、その横顔に目をやる。
明らかに、普通のロボットならば論理の矛盾に異常事態を起こしてしまうような事を、
ダニ一ルは今ここで、何の抵抗もなく受け入れていた。心から、信じてすらいた。
「…どうして理解できないものを信じることができる」
居心地の悪さに、イライ.ジャは手に持ったカップを弄びながら訊く。
「あなたがおっしゃったことだからです」
イライ.ジャが驚いて顔を上げると、視線がダニ一ルとまともにかち合った。
「あなたが言おうとしたことを、私が完全に理解する日などはやってこないでしょう」
ダニ一ルは膝の上で硬く両手を組み合わせながら呟く。
「私はそれを知っています。誰よりもよくわかっています。
あなたもご存知のとおり、私はロボットですから」
感情のないはずのロボットが、熱っぽいような真摯な声で喋っていた。
イライ.ジャは、そんなダニ一ルの顔を見ていられなくなって、椅子から立ち上がり背を向けた。
背中から声が聞こえてくる。
「けれど私は、あなたがいつも、最後には正しかったことをよく知っています。
あなたの言葉は、いつも正しいほうへ私たちを導いてくれる。
私は安心してあなたの言葉を信じることができています」

イライ.ジャがそっと後ろを振り向くと、
ダニ一ルはいつもの、落ち着いた控えめな笑みを浮かべている。
ただ、そのほほ笑みがなぜか沈んだ面持ちに見え、イライ.ジャは戸惑いながら立ち尽くす。
ダニ一ルはその笑顔を消すことなく続ける。
「ただ、あなたの言葉はあまりに多くの論理の飛躍を含みすぎている。
私の神経回路の構造と根本的に相容れることがないのです。
ですから、あなたという人を理解することは、私には決してできないのでしょう。
そのことだけは、自らが不甲斐なく、口惜しくて仕方がありません。
私も、あなたのように考えることができればよかった」
穏やかさを失わないまま、ダニ一ルはそう言った。
人間を不快にさせることの無いように、落ち着いた控えめな声のままでそんな告白をする。
イライ.ジャは痛々しいような気持ちで、ダニ一ルの瞳をじっと見つめていた。
彼はロボットとは友情など結べないと思っていた。
彼ら機械は、決して彼らに与えられた領分を越えてこようとはしないし、
決して、境界をはみだして来ることがないからだ。
それでは、このダニ一ルのこの、自らも気づいていないような苦しみはいったいなんなのだろう。
ロボットにはあるまじき、あまりにも人間的なものではないのだろうか。
「ダニ一ル…」
名前を呼んでやることしかできずに、イライ.ジャはその目を見据える。
ここでは言葉は無意味だった。イライ.ジャはすでにそのことを知っていた。
論理でダニ一ルを納得させることはできなかったし、
感情に訴えてロボットを動かすことなど不可能だった。

言葉を発する代わりに、イライ.ジャはダニ一ルの元へそっと歩み寄り、
この上なくやさしい仕草で、彼の背中を抱きしめた。
ダニ一ルの指先が、戸惑いながら肩口に触れるのを感じながら、イライ.ジャは目を閉じる。
「きみはこれからどこへ行くんだろう?」
イライ.ジャは、ロボットの胸に顔を押し付けながら呟く。
こんなにも完璧な人間の姿をしているのに、あまりに人間的な、こんな哀しい表情をして、
人間のことがどうしても判らないとダニ一ルは言う。
彼は一人ぼっちだとイライ.ジャは感じた。
ロボットの範疇に納めるにはあまりにするどい知性と、暖かな思いやりを持ち合わせすぎていた。
けれど、彼の体はまぎれもなく鉄でできていて、体の中では無数の陽電子が飛び交っているのだ。
「このままきみが、ずっと生きつづけていれば、遥か先の遠い未来には、
きみは誰にも想像できない遠い所へ行ってしまうだろう。
誰もきみに追いつけない。きみと共に居ることができない」
「私にはわかりません」
落ち着いた声がそう言う。この世にたった一人であることの、
意味や重荷も何も理解していないような声で。
「きみはどこへ行くんだろう。ぼくにもわからないんだ」
イライ.ジャの掠れ声を聞いて思ったのか、ダニ一ルが呟いた。

「私は、どうしてもあなたを傷つけてしまうのでしょうか」
肩に触れたダニ一ルの手が滑り落ちていき、イライ.ジャは顔を上げる。
深い青をしたその瞳をじっと見据えながら彼は思った。
ダニ一ルは、自らに残された無限に等しい時間のことよりも、
目の前の人間の感情を害するか否かということしか頭に無い。
「違うよ、ダニ一ル。そんなことでは決して無いんだ」
ダニ一ルはこの上なく利他的で、自らのことなどには全く関心が行かない。
イライ.ジャはもどかしさのあまりに唇を噛んだ。
どうにもならない苦しさを感じ取ったのか、ダニ一ルの目に気遣わしげな光がよぎったように見えた。
一旦はイライ.ジャの体から滑り落ちた手が、ぎこちない仕草での頬のそばまで伸ばされる。
その手に触れられるのをイライ.ジャは待っていたが、
一呼吸、二呼吸の後も、その手は動かなかった。
葛藤の中で立ちすくむ、ダニ一ルのこわばった手が、力なく下に落ちようとする。
とっさにイライ.ジャはその手を取った。
慎ましくきっぱりと手を引こうという動きに逆らって、
彼はその指先を握り締めてそっと口付け、ダニ一ルの背中をもう一度抱きしめた。
「どうか、ぼくのことを覚えていてくれないか」
ダニ一ルの金髪に柔らかく触れながら、イライ.ジャはそう呟く。
「弱くて、戸惑い続ける人間としての、ぼくを忘れないでいてほしいんだ。
ぼくはきみといっしょに行くことはできないから、だからせめて…」
「あなたを忘れることなど私にはできません」
自分は何を言っているのだろうとイライ.ジャは一瞬思った。
ダニ一ルの電子の頭脳は、目にしたものすべてを記憶しておくことができ、
その情報は、ほぼ永遠に蓄積され…
ちがう、ちがう、そんなことではないんだ。
自分がこんなことを今口走っているのは、彼がロボットに他ならないからだ。
もとより、自分のこの愛着が彼から返ってくることなどは望んでいない。
けれども、人間が勝手に押し付けた感情を返す術を知らずに、
感情を持たないはずなのに、戸惑いと悲しみのような表情を浮かべている。
イライ.ジャは、そんな彼の存在を純粋で美しいと思った。
そういうふうに造られたものであることを知っているからこそ、
この宇宙にほんとうに一人きりの、彼の存在が哀しかった。いとしいと思った。

ダニ一ルがゆっくりと、イライ.ジャの頬を両手で包み込む。その指は驚くほど熱かった。
彼のなめらかな指先が滑って行き、そっと耳の後ろの脈に触れる。
まるで血の通っているように温かな指先の下で、
彼自身の鼓動がひっそりと脈打っているのを感じながら、
イライ.ジャは目を開き、目の前の深い青色をした瞳をじっと見つめ返した。
彼の澄んだ目の青色の中に、とっさに、何かを覚えている、知っているものがある、と彼は感じた。
地球の「そと」の、薄い水色の空にはない、もっと根源的な深い何か、
今の人間たちが忘れてしまった何かを知っていると感じた。
その青い瞳は寸分の濁りもなく澄みきっていて、それがイライ.ジャには途方もなく哀れなことに思えた。
こんなに滑らかな皮膚をしているのに、その下には冷たい機械が詰まっている。
そしてその機械は、ダニ一ルに人間のように考えろと要求する。
計り知れない恐怖と孤独を見つめることを要求する。
宇宙船の小さな窓が視線の先にはあった。
さらにその向こうには、ただ果てしない闇が広がっていた。
その闇は、ダニ一ルがこれからたった一人で呑まれていく闇だった。
ゆっくりと縋り付くように、ダニ一ルの腕がイライ.ジャの背中に回される。
彼の体は熱かった。その肌の熱さの下では、無数の蒼い電子が今も、
そしてこれからもずっと駆け巡っているのだろう。流星のように光を放ちながら。
背中を抱き締めてくるダニ一ルの腕の力がほんの少しだけ強くなったような気がした。
その人間らしい仕草に、イライ.ジャは笑って、目を閉じた。
瞼の裏で、ダニ一ルの皮膚の下の小さな電子が流れ集まり、
ついに音の無い稲妻のような蒼い火花が弾けて散るのが見えた。
耳元ではずっと腕時計の針が、鈍く確かに時を刻みつづけていた。

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