Top/S-71

振動×剤然(前スレ530 -16)

「先生の生まれ年のワインを用意させておきますよ。……店の者も驚くだろうな、
聡見君を何度か連れて行ってますから。ああ振動先生と何食わぬ顔で飲んで、
後から聡見君を呼んで驚かせるのも面白そうだ」
青白い灯りに照らされた殺風景な階段室で、外科医は出会った当初の饒舌を
取り戻していた。
「私が『聡見先生』のふりをするわけですか」子供のような悪戯を企む教授殿に
振動の頬が緩む。
「絶対に分かりませんよ、何しろこの私が――ぅわ!」
上機嫌で喋り続けていた剤然が、中二階の踊り場に一段だけ変則的に切ってあった
ステップに足を取られた。
「おっと」
よろける彼を振動の長い腕が難なく支える。見た目より更に軽い身体だ。
「大丈夫ですか先生」
もつれた足を立て直し、剤然はふふ、と笑った。
「聡見君と同じ声で『先生』なんて呼ばれるとどうにも奇妙な感じですね」
「じゃあ、――『大丈夫か剤然、少し飲み過ぎたんじゃないのか』」

その言葉はただの戯れだった。いくら知り合いに似ている、声などまるで
そっくりだ、と繰り返し言われても振動の方には実感が無い。先刻までの会話で
彼らが時折挟んでいた、様々な他愛ない冗談の続きのつもりだった。
しかし次の瞬間、自分を見上げた瞳のあり得ない切なさに胸が跳ねる。
何が起こったのか判らなかった。ただ、鞄がふたつ落ちる音を聴いたと思った。


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