Top/S-69

振動×剤然(前スレ530 -14)

振動がかけた声は、ちょうど割り込んできた管楽器の旋律に消されてしまったの
かも知れない。剤然は、振動の方に振り向けた顔にまた曖昧な微笑を乗せた。
彼は返事も問い返しもしようとはせず、無言のまま視線を振動の上に漂わせる。
熱を含んだ大きな瞳がオレンジ色の照明を乱反射していた。時折ゆるりと落ちては
上がる白い瞼が、煌めく瞳をごく一時だけ隠してはまたその輝きを新たにさせる。

ついさっき覚えた妙な感覚が、更に強くなって振動を襲った。
自分を見ているこの眼に、この表情に、この姿にどうしようもなく魅きつけられる。

何をバカな。酔っているのだ、自分は。……そして多分相手も。
そう、剤然も酔っているだろう。彼は疲れているはずだ。
今日は大阪を出る前、朝早くから部下が執刀するオペのサポートに付いて、講座も
ひと枠こなして来たと言っていた。
自分だって疲れている。発表に使うはずだったスライドの一部に問題が出たため、
ぎりぎりまで資料の手直しに追われて昨夜はあまり眠っていない。
疲れているから、酔いが回ったんだ。そうだ。酔っているんだ、ふたりとも。
剤然の視線が熱っぽいのは酒のせいだ。瞳がやけに光って見えるのはライトのせいだ。
でもあの謎めいた瞬きは、――いや違う。それはただ、彼の目が大きいから普通の
仕草が意味ありげに見えてしまうだけなんだ。
剤然が自分を不自然なほど眺め続けているのも、自分が視線を外せないのも、全部
酒のせいなのに違いない。

ふらふらと自分に付き纏う瞳から逃げる事を諦め、いっそ正面で受け止めてやる。
向こうだって見ているのだ。こちらもせいぜい綺麗な顔を鑑賞させてもらうさ、
何が後ろめたいものか。
無言で互いを見つめ合いながら、振動は酔いを自覚した頭でそんな事を考えていた。

「では私はそろそろ」
不意に伶俐な目付きに戻って腕時計を見遣った剤然が、何事も無かったかのように
立ち上がる。


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