Top/S-67

振動×剤然(530 -12)

耳朶の縁が紅く染まって、繊細な形が際立っていた。体温を感じるほど間近な
そこから、整髪料か何かの嫌味無い香りがほんのりと立ち上ってくる。
そのまま数秒間それを見つめ続けてから振動は我に返った。
他人の耳をしげしげと観察するなんて、自分は何をやっているんだろう。
それが千切れていたりもげそうなのだったら縫ってやるが、そうでもなければ――

少し酔ったか、と姿勢を正すと、隣に座る医師の上半身全体が目に入った。
同じくらい飲んでいるはずなのに、相変わらずぴっと伸びた背筋。小ぶりな
頭部のシルエットはきちんと整えられた黒い髪に続く滑らかな額、正面を向いた
目のくっきりした二重まぶたと高い鼻梁が構成している。そんな刻んだような
横顔の中で、酒で潤った唇だけがふっくらと柔らかそうだ。
きれいだな、と振動は素直に感じ、そして自分がそう感じた事に戸惑う。

振動は他人の容姿などにはおよそ無関心だった。若い医局員やナースたちは
今度の患者は美人だとかいい男だとかでさざめいている事もあるようだが、
彼は対象が患者であれば傷病の度合い、同僚であればその技術と能力にしか
興味が無く、親しくなってやっと人柄に思いが至る、その程度だ。
確かに出会いから剤然の笑顔には魅かれた。けれどそれは彼にその表情を
与えている人格に覚えたもので、造作とは無関係だったはずだ。実際、一緒に
居る相手の顔が美しい部類に属す事を、振動はそれまで意識してもいなかった。

でも今この瞬間、たしかにそう思ってしまったのだ。こんな事は数年以上も
無かった事、だが。
待てよ振動、相手は男だ。しかも自分より年長の、国立大学の教授殿じゃないか。

この訳の分からない感覚を振り払おうと、振動はぎこちなく会話をひねり出す。
「軽いものに変えられたら如何です?」
カウンターの奥の壁をじっと見つめていた暗い瞳が振り返る直前、振動は
手の中のグラスに自分の視線を逃がした。
「それでは本数が増えるだけなのではないでしょうか」
「……よく有る話だ」
しかつめらしい返答に、下を向いたままやや無理矢理に笑って見せる。と、
剤然の目がその口元に留まるのを感じた。

  1. (すみません「改行が多すぎる」とはじかれてしまったので分けました)
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