Top/S-58

530-3

530です。読んでくださってありがとう。

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見開いた瞳は数秒間振動を凝視していたが、やがてぱちりと音のしそうな瞬きを
すると表情を整えた。
「重ね重ね失礼。――私は難波大学病院第一外科の剤然といいます」
差し出した右手は白く小さく、指先にはきれいに手入された爪が桜色に並んでいる。
華奢なその手を見て、振動はふと医学生になりたての頃のオリエンテーションで
教官が冗談混じりに「外科と産婦人科は手が小さい方がいい」と言っていたのを
思い出した。
「……江北医大の振動です」
外科医の繊細な商売道具に配慮して軽めに握る。熱くも冷たくもない、空気と同じ
温度を感じた。
「難波大の剤然先生、」記憶をたどる。「――と言うと、昨年大阪府知事の
食道ガンを執刀された……?」
初対面の挨拶用に取り澄ましていた顔が、また一転ぱぁっと華やいだ笑顔になる。
くるくるとよく表情の変わる男だ。
「ご存知でしたか」
「先に報道された病状なら、現職のまま治療するのは難しいと思っていました。
知事を早く復帰させたので驚きましたよ」
「回復が早かったのは知事に体力が有ったからです。私の手柄ではありません」
「それを消耗させない技術が有ればこそでしょう。最初新聞で読んだ時、あまりに
術時間が短かったので、分割手術かと思ったほどです」


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