Top/S-52

郷実×材前

「俺は負けない。絶対に負けない」
通話を切って、自分の荒げた声に驚いた。
背中を汗がつたった。負けるはずが無い。
「お前は本当に馬鹿な……」
あの夜。郷実の目は完全に材前の存在を軽蔑しきっていた。
哀れな者を見るような眼差し。
その目が不愉快で逆に自分の不様な体を曝した。
こんな疲れた中年の肌にお前は欲情していたのだ。
あの優しい男は傷ついたに違いない。こんな僕を見たくはなかったに違いない。
「最低だな」
なんだか全てがどうでもよかった。
頭を振って白衣に袖を通す。

私は負けてはいけない。何故だ?
大学病院が一市民に負けるなどあってはならないから。
私は絶対に負けてはいけない存在なのだ。

「材前教授と争いたいとしたら、それは永遠に治療の現場でありたいと思っています」

いつまでもリフレインする郷実の声。哀れな男はお前だ、郷実。

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朝起きる。部屋には他の気配はない。妻は息子を連れて出て行ってしまった。
郷実は溜息をついて、箪笥からシャツを引っ張り出した。
乱暴に袖を通し、ボタンを嵌める。そしてふと、手が止まる。
あの男の頬を伝った涙を思い出した。無気力なただの温かい水だった。
「それは永遠に治療の現場でありたい……か」
じゃあ、なぜ材前を抱いた。
獣のようにねじ伏せて、強引に体を開かせて、失神するまで責め立てた。
自分の肉体で材前の柔らかい部分を突いて泣き声を聞きたかったのか。
初めて材前を抱いた夜、あの男の瞳は確かに俺を許していた。

「結局、材前先生の勝利か……」
廊下のソファにどちらからともなく座ると、話題は裁判のことになってしまう。
深夜の病棟は音もなく静まり返っている。
「おい、お前死神みたいな顔になってるぞ」
武内が茶化すようにコーヒーの缶で楊原の頭を小突いた。
「そういうお前は飄々とした顔して。郷実先生とばされちゃうんだぞ」
楊原の厳しい声に武内は小さく笑った。
「もう俺なんか麻痺してきた。いちいち考えてたら止まっちまう」
どーでもいい。そう呟くと立ち上がった。
「無理するなよ、声が震えてる」
「お前にだけは心配されたくないね」
二人は笑いあった。空虚な響きが暗闇に溶けた。

郷実は研究を取り上げられ、追い出されるように大学を去って行った。
深夜、材前は第一内科の研究室を訪れ、無造作に置かれた郷実のIDカードを見つめた。
馬鹿な男は、私と真正面から向き合い、対話し、全てを失った。
真正面から覗き込んだ僕の目はどこまでも空虚で、あいつは愛想をつかしただろう。
愛されて…いたのだろうか。一瞬であっても。
病院を出て待たせてある車のほうへ向かう。
遠くの曲り角から見なれた長身のシルエットが現われた。
材前は小さく笑った。こんな偶然、あるだろうか。これ以上傷つけと。
郷実も材前に気付いたようだ。眉をひそめ近付いてくる。

「こんな時間になんの用だ?」
材前の問いかけを無視して歩き出そうとした郷実だったが歩を止めて振り返った。
「ああ、レポートを…。アドバイスを頼まれていた局員のレポートを見るのを忘れていたんだ」
「そのためにわざわざ?」
「ああ」
何故、笑う?郷実は心外なように尋ねた。
「いや、実に君らしいと思ってね。…今さらだと、僕は思うが」
ガラス玉のように感情のこもっていない郷実の目が材前をちらりと見、また歩き出した。
材前は訳の解らない切迫感に追い立てられるように声をあげた。
「郷実!」
郷実は振り向かない。
「多分、会うこともないだろうな、僕達は」
「そうだな」硬い声が返ってくる。
「しかし、君が医師を続ける限り、また僕達は顔をあわせるよ」
「今は…考えたくない」
背中越しの冷たい声だった。
「君のいない世界にいきたい。もう…疲れたよ。自分にも、君にも」
わかっていた答えだが、図々しくもショックを受けていた。
材前は指先が震えるのを止められなかった。
「そうか、君は僕に死んでくれと思ってるんだな」
我ながら馬鹿なことを口走っている。こんなに自分という人間は卑屈になってしまうのか。
郷実は振り向かなかった。
当たり前だろう。こんな男の顔は、誰も見たくない筈だ。

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 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ S全開にナッテマイリマシタ。スマソ。
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )
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