彼と俺
更新日: 2011-05-01 (日) 17:33:51
l> PLAY ピッ ◇⊂(・∀・)ナマモノ?チュウイ!
とある漫画家二人を誤った視点から眺めました。
軽く生物ですが人名・作品名全て伏せてあります。
閉店したパチンコ屋、小さな俺の実家。
掃除と落とし物を探すのが、その当時の俺の唯一仕事だった。
今日も変わらない掃除の日々。真面目にやっても適当に終えても評価されない楽な人生。
雑巾と箒とモップとパチンコ玉と空き缶、シケモク、哺乳瓶にまみれて
明日も分からないまま働く毎日は退屈で寂しい。
特技なし。彼女なし。財産なし。
つまり価値なし。
趣味の漫画も完成させた事が無い。
俺の中の勇者は、お姫様を助ける前に小間使として働く酒場の一生を選んだ。
生きる時間の無駄遣い。
…何の答えも見つからない、自分で作り上げた魔王に意味も無く飲み込まれそうになった時、
隅に腰掛けて眠る男を見つけた。
うなだれた様に背中を丸め、右手をキツく握り締めている。
「…お客さん」
近付くと意外と若い男だと分かった。
俺の呼び掛けも空しく小さな寝息を立てている。
身体を揺り動かして見ても彼の安眠は覚めない。
狙ったパチンコ台を待っていたまま眠ったのだろう、もう客は彼一人で
パチンコ台が並ぶ広いこの部屋に俺と彼しかいない。
パチンコ玉が出て来るかと彼のキツく握った右手を掴みあげると、
自分の想像よりつまらない物が握り締められていた。
右手と左手で抱く様にして、彼はノートを持っていた。
ノートの表紙には汚い字で小さく『ネタ帳~渚偏~』と書かれている。
「渚…編、」
静かに眠る彼の指からノートを取るとじぃっとそれを眺める。
人のノートを勝手に覗く行為、なぜ自分があの時そうしたのかはうまく言葉に表せない。
好奇心と…自分も過去に書き貯めた勇者の『ネタ帳』を思い出し
俺は、彼の秘密を垣間見る様にネタ帳と書かれたノートを開いた。
「…渚ちゃん…4コマ?」
自分の予想が、半分当たり半分外れた、そういう気持ちだった。
彼のノートには所狭しと2頭身のキャラが描かれていた。
とある女子中学生を主人公にした4コマギャグ。それも不条理脱力系。
俺が昔描いた漫画とは違い、キャラどうしが悩んだり笑いながら不思議な会話を広げて行く。
勇者もお姫様もク/ッ/パも出てこない。
出てくるのは普通の女の子。愉快な学園生活と友達。思わず笑みが零れる。
「…あ、あのっ」
突然の声に俺はノートから頭を上げた。
熱中して読み耽っていたので声の主も目の前の俺の顔に驚いたらしい。
「ノート…それ、俺の」
「あ、あ すみません」
声の主は、先ほどまで安らかに眠っていたノートの持ち主だった。
狼狽してノートを返すと、彼も慌ててそれを受け取る。
気まずい空気が初対面の俺たち二人に纏わりついた。
「…お客さん、閉店ですよ」
床に放った箒を持ちノートを抱き締める彼に起きるよう促す。
立ち上がる彼は小さく見えた。もしかしたらまだ学生かもしれない。
「俺寝ちゃって…あれ?…じゃなくててわ…あの、すんませんでした」
頭を掻きながらポケットに詰めたパチンコ玉を俺に渡す。
彼が帰れば、また元の一日だ。掃除と寝るだけの残り時間。
「…面白いですか?」
「はい?!」
パチンコ玉を受け取ろうと出した手を彼が掴む。
「俺っ…ネタ探しててっしょっちゅうここ来てて…俺、あなた知ってます、市川さん」
「…なんで俺の名前」
そこまで言いかけて、自分の胸元に張り付く名札カードの存在を思い出す。
「漫画…好きなんですよね?」
「あ?」
「よく掃除しながら読んでたから…」
掃除するふりしてモップを挟みながら週刊雑誌キングダムを読む。
見られてたか、と思い苦笑いしか浮かばない。
「俺もキングダム好きで、俺も読んでてっデビューとかしたいなって…」
「…お客さん、なんでそれを俺に言うんですか?」
「…あれ…なんでかな…いやともかくこれっ」
それまでキツく握り締めていたノートを目の前に突き出す。
さっきまで盗み読んだ彼の漫画『渚ちゃん』のネタ帳を。
「第三者から見て…どうでしたか…?」
幼い顔立ちを残した瞳が大きく開く。
期待と不安が混じった声が耳に響く。
昔、俺にもこんな時期があった。
漫画を描くのが好きで堪らなくて毎日を二次元の勇者と冒険で繰り広げた、成功だけ信じた昔。
「…感想でいいんですかね?」
「あっぇあの、はい!」
ノートを受け取る。
さっき読んだ渚ちゃんと友達の掛け合い、その一こま…
「この二人が面白かった」
「えーと…区頼くんと強居くんですか?」
「主人公の渚が薄いキャラに見えるから…もっと真夏と絡めれば…」
やばい。楽しい。
俺いますごく楽しい。
そうだ俺
ずっと待ってた
俺を引っ張ってくれる誰か
俺の役立たずな中身もひっくるめて
漫画なりなんなり引っ張ってくれる誰か
もう会わないだろうけど
君がそうなのかな
なんてな
「…ありがとうございますー友達にはなかなか言えなくて、漫画描いてるとか…」
「名前なんて言うんだ?」
「はい?」
「…俺は、市川」
「あ、俺っ智治です」
「頑張れよ、毎週キングダム買ってデビューするかチェックするから」
「俺…また来ますね」
「パチンコは18才未満お断りだよ」
かまかけるつもりで言うと図星だったらしく彼、智治は黙り込んでしまった。
「…俺、ハタチです」
「バカ、嘘つきめ…ほら、遅いから帰んな」
「じゃあ今度は…っ」
しつこく智治は縋るように声を掛ける。
「漫画描き終えたら来ます、だから…また読んでくれませんか?」
「…描き終えたらまた来いよ」
智治は頷くと小さくはい、と答えた。
まだ若い彼に夢が溢れてる。
それを俺は触れたんだ。懐かしい気持ちで人に接した数分間、
彼は俺だった。俺は智治にまた会いたいと思った。
その後、智治は見事キングダムでデビューを果たす。
ひょんな事から俺もアシスタントとして彼の作品、渚ちゃんを手伝っている。
ネタ帳に描いた勇者は描かずじまいだが、今も俺の中に生きている。
締切りと智治に終われる毎日。
□ PLAY ピッ ◇⊂(・∀・)ムズカシカッタ…
すみませんでした。
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