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平行世界のステイルメイト-4-

蟻霧の蟻さん→霧さんのSFちっくな話。四話目。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「じゃあ、蟻to霧ギリス……なんて、どうですか?」

伊志井さんが言ったのに、事務所の人は「いいね、"間に合わせ"よりはずっといい」と頷いた。
「じゃあ、君たちは今日からコンビってことで。
 二人で頑張って、売れちゃってください」
事務所の人が、俺たちを握手させる。伊志井さんは「よろしく」と笑った。

なんでかな、伊志井さんを見た瞬間思ったんだ。(あ、この人だ)って。
人生を懸けるとか、運命の相手とか、大げさだけど、そんな感じ。
俺はこの人と生きていくんだ、って。

俺の心はたぶん、ずっと変わってない。ただ、過ぎていった昔にはもう戻れない。それだけだ。

朝起きると、パラレルワールドの伊志井さんはまだそこにいた。勝手に俺のパソコンを見ている。
ソファで寝させたのにやや心を痛めていたのが馬鹿らしい。ちょっと薄い後頭部を思い切り叩く。
「いった!……朝から積極的だな君は」
「頭のどこがエラー起こしたら、んな発想すんだよ。勝手に触んな」
「いや、こっちの世界の君はどんな仕事をしてるのかと思って」
俺はため息をついて、スマホを見る。『伊志井政則、映画撮影をドタキャン!関係各所に大迷惑!!』
……さっそくニュースになってた。俺の方もうるさくなるかもしれないので、電源を切っておく。

「僕はこっちでもバツ2か。それに比べて君は正反対だ、ほとんど死んだような感じだね」
「嫌な言い方すんな。元芸人が一人食っていくのは、意外と簡単なんだよ」
「ああ、放送作家とか?」
「そう思っとけばいいだろ」
「全然底を見せないね。ミステリアスだ。向こうの君もそうだよ」
伊志井さんのたわ言は無視して朝食を作る。合鍵も持ってない、話もしない距離感に慣れてたから、
まるで相方みたいに扱われてるのが落ち着かない。

「それより、いつ帰んの?」
「さあね。寝て起きれば元の世界かと思ったんだけど……さすがにそう簡単にはいかないな。
 でも、僕はしばらくここにいた方がいいかもしれない。
 こっちの僕は、君にずいぶん寂しい想いをさせたんじゃないのか?」
その一言は、俺の胸の『穴』に深く、突き刺さった。
「図星か?」
「……なわけ、ないだろ」
俺はパソコンを持って、コートを羽織った。伊志井さんもぺたぺたとついてくる。
「いいか、絶対外に出るなよ。玄関にも。電話は留守電に」
「分かってるよ。行ってらっしゃい」
「……」
「行ってらっしゃい、伊静くん」
「……行ってきます」
敗北感を噛みしめて家を出る俺を、伊志井さんは笑顔で見送った。

「お前、俺が死んだ世界から来たんやろ」

村太さんの第一声に、僕はコーヒーを吹き出した。村太さんはテーブルに肘をついて、
咳きこむ僕をじっと眺めている。
「ほんまに久しぶりやなあ、伊志井。……この世界、夢やなかったんやな。
 ありがとな、それを教えてくれて」
僕の手に、そっと村太さんの手が重なって、優しく撫でられた。ああ、この人は僕の知っている
村太シ者なんだ。そう思うと、涙が出てきた。

痛い、頭が痛い。これは、あかん頭痛や。目の前がぐるぐる回っとる。
体が冷たくなってく。俺、死ぬんかな。体が全然動かん。病院に行っとけばよかった。痛い。

……走馬灯って、ほんまにあるんやなあ。桶太ァ、お前が音楽やりたい思うた時、俺ほんまは
ちょっと悲しかってん。言えばよかったんかなあ。行かないでくれって、やればよかったんかなあ。
ああ、それより……松岡や。前の相方ともひどい別れ方したんに、ごめんなあ、松岡。
……あかん、松岡を独りにはできひん。まだ死ぬわけには……クソッ、動け、動けや俺の体!!俺はまだ……

どくんっ。

……

……さん……

………村太……さん……

「村太シ者さーん、起きてくださーい。朝ですよー」

のんびりした声が、俺を揺り起こした。体が怠い……ん、なんや。なんで頭、痛くなくなっとるんや?
俺はゆっくりと目を開けた。視界いっぱいに、松岡のにこにこ顔が見える。せや。ここは松岡の家や。
俺は昨日ネタ合わせをして……ん?ちゃうぞ。俺はラジオの仕事をしたはずで……あれ、なんで
テレビが窓の方にあるんやろ。俺の覚えとる松岡の家と、家具が違うような……いや、前からこんな
部屋やったな。……どっちの記憶がほんまなんや。俺、死んだんとちゃうんか。

「なあ松岡、今日なんやった?」
「休みやのに、ネタ合わせする言うて家に押しかけてきたんは、誰でしたっけ?」
松岡は寝ぼけてはりますね、と笑って立ち上がった。俺は痛みの消えた頭をおさえて、考える。
「あ、明日は仕事ですよ」
「誰と」
「馬鹿リズムと合同ライブやないですか!まさか忘れたとか「いや、覚えとる、覚えとるで!」
 ……あ、そういや明日のフライヤー、松舌が作ったんですよ」
「松舌?あいつ、引退したやろ」
「えっ……?」
「あ、ああ……すまん。また間違えた」
松岡はまた座って、俺の額に手を当てる。
「あの……ほんまに平気ですか?」
俺を気遣ってくれる、その仕草がなぜか悲しくて。
「うわっ、なに!?」
気がつくと、俺は松岡を抱きしめていた。気色悪い!とかドッキリか!?とかうるさい松岡の
肩に鼻先を埋めて、俺は泣いた。これが、死ぬ前の俺が見とる夢でもええ。
今はただ、ここで生きていたいんや――。

いつのまにか降り出した雨が、ガラス窓を濡らす。村太さんは水滴をなぞって、
円を描きながら、次の言葉を探していた。この人は、どういうわけか『死んだ村太シ者』の記憶を
受け継いだ、『この世界の村太シ者』だ。脳の出血を起こさず、実力派漫才師、花エンジンの名を轟かせている。
僕らが何度も(生きていれば)と思い浮かべた姿が、そこにあった。

「向こうの世界と、なんも違わんように見えるやろ」
村太さんは、窓の向こうを行く人々を指さして言う。
「せやけど、あちこちがちょっとずつ違うねん。……お前、伊静の嫁さんがなんで死んだか、知っとるか」
「……いえ」
「出産ってな。今でも1パーセントくらいは死ぬんや。あいつの嫁さんは、その1に入ってもた。
 血が止まらんでな。夜中にあの子を産んで、明けるころにはもう……」
村太さんは話すだけでも辛いのか、目を伏せる。
「俺は、アホなことを考えてもた。俺が生きる代わりに、嫁さんが死んだんやないかって」
「そんな……!」
「分かっとる。せやけど、俺はそう思って"しもた"んや。こっちの伊静は、俺が遊んでやらんでも
 お前と一緒にちゃんとやっとった。せやけど、代わりに嫁さんは死んだ。
 何かを得るためには、何かをなくさなあかんのやないか……ってな」
村太さんは水を一口飲んで、僕の目をまっすぐに見る。

「お前ら、ただのコンビやないな」
「……!」
「んな、あからさまな反応すんなや。安心せえ、俺以外は誰も知らん。伊静が自分から俺に言うたんや」
「彼は……なんて?」
「ん、ただ"嫌いになれないのは、辛いですよね"って言うたで」

空気が冷たくなった。村太さんはお冷の氷をスプーンでいじりながら「どんなきっかけで始まってんねや」と問う。
しかし僕が知るわけもないので、すぐに顔を上げた。
「なあ、どうせ帰る方法が分からんのやったら、伊静ととことん向き合ってみたらどうや。
 向こうの伊静とは話せんかったこと、話してみたらええやんか」
「……分かりました」
「よし。湿っぽい話はこれで終わりや。戻ろっか」
そこで、コンコンとガラス窓を叩く音。見ると、傘をさした伊静くんが僕たちを見ていた。
その平らな表情は、僕が彼に答えを求めた時、「いいのか」と聞いた時、必ず見た表情だった。

航空券の予約サイトを見ている俺に、風呂上がりの伊志井さんがのしかかってきた。
「何見てるんだ?……ジュネーヴ?」
「11万か……高いな。伊志井さんに半分出させるか……」
別のタブで見ているCERNの公式サイトで、伊志井さんはやっと理解したらしい。
「おい、やめろ。相方が解剖されてもいいのか」
「帰る方法に一番近そうなのはここなんだけど」
「頼む、本当にやめてくれ」
伊志井さんが必死なので、スイス行きはひとまず諦める。パソコンの電源を切って
ベッドに入ると、なぜか伊志井さんもついてきた。
「お前さ、俺のこと好きなの」
冗談のつもりで額を小突いたのに、伊志井さんは真剣な顔で「好きだよ」と答えた。

「あっそ。……へえ、趣味悪い」
「自分を卑下するな、君のいい所ならいくらでも思いつくよ」
「たとえば?」
伊志井さんは仰向けになって「まず、背が高い」と指を折る。
「それと、前向き。僕はネガティブな性質だから、ありがたかった。
 ああ、僕のトークをすぐ拾ってくれるのも嬉しかったな。あとは……」
「もういい」
「ここからがいい所なのに」
なんとなく分かった。伊志井さんは俺に、向こうの俺を重ねてる。
向こうの俺にできなかったことを、俺にやろうとしている。

「あのさ、向こうの俺は、なんでお前と一緒にいるのかな」
「さあ……仕事のためじゃないか?」
「……好きじゃなかったら、とっくに捨ててると思う」
そう言うと、伊志井さんは「そう考えたことはなかった」と驚いていた。
俺から見れば、なんで分からないのか謎なんだけど。
「嫌われているかもしれないと思う理由なら、あるんだ」
「うん」
「君に、男に犯されたという汚名を着る覚悟があったら、僕は今ごろ芸能界どころか
 社会から追放されている」
「……」
「おまけにその後、君が解散の話を持ち出さないのをいいことに関係を強要しているのは
 僕の責任だ。本当にすまない。いや、向こうの君に謝るべきなんだろうが「死ね」
俺は全力で伊志井をベッドから蹴落とした。

村太さんと別れて伊静くんに着いていくと、駐車場に入っていく。
ポケットからスマートキーを出した腕をつかんで引き止める。
「危ないだろ、雨が降ってる。視界が悪い」
「それほどじゃないだろ。離せよ」
「嫌だ。君と話さなきゃいけないことがあるんだ」
伊静くんはチッと舌打ちして、僕の手を乱暴に振り払う。助手席に乗りこんでも
蹴落とされたりはしなかった。その代わり、法定速度ギリギリの乱暴な運転で僕の家まで運ばれる。
伊静くんは合鍵を出して、僕の家のドアを蹴り開けた。たぶん娘さんには見せない顔で、僕を
寝室まで引きずっていく。ベッドの上に投げられて、目を白黒させる僕の上に、伊静くんがのしかかる。

「……俺がここでお前を殺したら、どうなるんだろうな」

物騒な言葉に、僕は「嘘だろ」としか言えない。
「こうやってさ」
僕の首に、伊静くんの細い指がかかった。そのまま少しずつ、力がこもる。
「お前を殺したら、ちゃんと耳は削いでやるよ。コントと同じように。それを持って、警察に行く。
 理由?絶対に言わない。蟻霧はいつか都市伝説になって……」
目の前がかすんで、息ができない。と思った瞬間、パッと手が離れた。
丸まって咳きこむ僕を、伊静くんは黙って見下ろしている。

「そんな事、するわけないだろ。俺はさ」

伊志井さんのことが、ずっと昔から好きなんだから。
そう言って縋りついてきた伊静くんを、僕は拒まなかった。
「お前もそうだったんじゃないのかよ。ずっと、ずっと我慢してたのに。
 そばにいられたら、それだけでいいって思って、言わなかったのに」
僕には答えることができない。だからただ、黙って背中を撫でてあげた。彼が本当はそうしてほしかったように。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
たぶん次回で終わります。


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