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並行世界のステイルメイト-2

生 鯨人 蟻霧で蟻さん→霧さんのSFちっくな健全話 続き
話の都合上、存在しない妻子も出てきますので地雷だったらごめんなさい
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「僕ね、伊志位さんのファンなんですよ。
 今度ぜひ、一緒に仕事したいと思ってるんです」
美谷さんがそう言って、僕の目をまっすぐに見つめる。僕は笑顔で「はい、よろしくお願いします」と
頭を下げた。がっちりと握手を交わしたその瞬間、世界は二つに分かれたんだ。

そしてここは、あの日美谷さんの手をとらなかった方の世界。

どうやら僕は、もう一つの『可能性』の世界に、迷いこんでしまったらしい。

楽屋に入るまで、伊静くんは一言も口をきかなかった。
壁が一面、大きな鏡になっていて、畳が敷かれてる。コンビだった頃も、こんなに大きな楽屋を
僕たちだけで使わせてもらったことなんかない。伊静くんは「座れよ」と顎で椅子を示す。
背中を向けて、かばんを探る伊静くんを、僕はこっそり観察した。
紺のジャケットに、黒いシャツ。同じ色のネクタイに白い水玉模様が入ってる。
昔着ていたような、野暮ったくて安いスーツじゃない。流行りの芸人が着るような衣装だ。
伊静くんはよく見えないのか、眼鏡を出してかける。
「目、悪くしたのか」
「もう何年かけてると思ってんだよ」
「似合うね」
伊静くんはそっぽを向いて「何企んでんだ」とぶつぶつ言う。褒めたのに。「あった」とワックスを
出して、向かい合わせに座った。仕草がいちいち、昔と同じで嬉しくなる。
「時間ないし、髪だけな」
髪の毛をわしゃわしゃやられて、くすぐったい。うっすら目を開けてみると、すごく真剣な顔だったので
思わず笑ってしまう。鏡に映った僕は、予想どおりの七三分けだ。ただし、かなり現代風の。手を洗っていた
伊静くんは、時計を見て慌てだす。
「走るぞ伊志井!」
「えっ、でも……話が」
楽屋を飛び出していく彼を追いかけて、僕も走る。伊静くんは走りながら、マイクを投げてよこした。

スタジオに駆けこむと、共演する芸人たちはもう皆ひな壇に座っていた。
「本番まであと一分!」ディレクターが叫んでる。
「すいません、蟻霧入ります!」
伊静くんは「すいません」「遅くなりました」とスタッフたちに頭を下げながら、
ひな壇の空いた所に僕を押しこめる。横の下等が「遅刻」と僕を小突いて笑った。
ところでこれはどんな番組なんだ。聞く暇もなくカウントが終わり、カメラが回り出した。
司会の打運他運さんが出てきて、オープニングトークをする。

「はい、今日のテーマはこちら!!」
ホワイトボードが、葉間田さんのかん高い声と共にひっくり返される。
「売れっ子の皮かぶってます、アングラ芸人スペシャル!!」
客席からわー、と拍手が起こった。トークはどんどん白熱していく。
バラエティの収録ってこんなにテンポ速かったっけ?頭がついていかない。
なにか言わなければと思うけど、昔みたいにすぐ言葉が出ない。

「蟻霧はどうなん?仲ええんやろ?」
いきなり話が飛んできて、僕は「へっ?」とまぬけな声を出す。
「仲はいいですよ。たまに死んでくれねえかなって思うことありますけど」
伊静くんは慣れた様子で返した。どっと笑いが起こる。
下等がひでえな、と手を叩いて、僕はやっと(いじられた?)と理解した。
「たまに、やなくてしょっちゅう、やろ!」
末元さんはなんで、知ったように言うんだ。まさかこの世界では付き合いがあるのか。
「伊志井、相方こんな言うとるで」
葉間田さんの目は(ボケろ)と命令している。でも、なんて言えばいい?
ライトが眩しい。頭がくらくらする。僕は真面目なことしか喋れないのに。伊静くんは
昔のようにちゃんと拾ってくれるだろうか。ああ、早く。早くなにか、喋らないと。
「その……」
もう何秒使ってしまったんだ。放送事故じゃないか。ディレクターが渋い顔だ。
伊静くん、君が何とかしてくれることに賭けるしかない。

「僕たち、仲良しなのか?」

バカなことを言ってしまった。何年もお笑いをやってないのを差し引いてもつまらない。
ひな壇に、やや白けた空気が流れる。固まってしまった僕に、
伊静くんは「当たり前だろ」と笑ってくれた。
「お前は俺にとってかけがえのない、一番の……金づるだよ」
芝居がかった調子で毒が吐かれる。一瞬の後、ひな壇が笑いに包まれた。
打運他運さんが「嘘やろ!?」と笑うと、伊静くんは「嘘ですよ!」と僕の肩に手を回す。

収録は、まあまあに終わった。

「最悪」
楽屋の扉が閉まるなり、伊静くんは吐き捨てるように言った。
「……すまない」
空気が重い。テーブルの上のスマホが鳴った。伊静くんは僕を無視して、電話に出る。
「もしもし、……もう熱下がった?今仕事終わったけど、何食いたい?」
向こうでカツ丼、という声が聞こえた。
「だめ。風邪治ってからな。パパちょっと遅くなるけど、ちゃんと寝てろよ」
そこで僕はやっと、伊静くんの左薬指に銀の指輪があるのを見つけた。
……なんだか、もやもやする。
「大事な話があるんだ。聞いてくれ」
伊静くんは黙って座った。しばらくの沈黙のあと、僕は顔を上げる。
「実は、僕は君の相方じゃない」
「……は?」
「正しくは、"この世界の伊志井じゃない"んだ。さっき、僕は楽屋を飛び出していったと
 言っただろう?「おーい、遊びに来たぞー」
のんびりした声。それが下等のだと脳が理解する前に、全部の言葉が僕の口から飛び出していた。

「その瞬間、この世界の僕と、僕が入れ替わったんだ。
 僕は、並行世界の伊志井政則なんだよ」

空気が凍りつく。戸口の877マンも、もう一人の男も。そして向き合っている伊静くんも絶句していた。
「だから今ごろ、僕のいた世界に、この世界の僕が行ってしまってると思う」
嘘だろ、と伊静くんが言う。そう思いたいのは僕の方だ。
そういえば『向こう』に行った僕は、大丈夫だろうか。
明日には撮影があるのに、ちゃんと台本を覚えられるんだろうか。不安だ。

何が起こったんだ。伊静くんと下らないことで喧嘩をして、楽屋を飛び出した。
そこまでは覚えてる。僕は屋上で頭を冷やそうとしたはずだ。それがなんで外で、相方の腹に乗ってるんだ。
「……い、伊志井……さん?」
僕に潰された伊静くんは、目を白黒させている。僕はあたりを見回した。寒い。後ろには
地下道の非常扉があった。スタジオの近くで誰かに引っぱられたような感覚があった。あれは一体……。
「重いんだけど」
「あ、ああ……」
伊静くんは起き上がると、僕を上から下まで見て「誰だ、お前」と言ってくる。
きっと、目の前の僕はそっくり同じ表情をしている事だろう。
君が僕を昔みたいにさん付けで呼ぶなんて『あの時』しかないんだから。
「とりあえず、話し合わないか?このおかしな現象について」
僕はそう言いつつ、頬をつねってみた。痛い。これで夢の線は消えた。
「冷静すぎんだろ」
「びっくりしすぎると、人ってそうなるんだよ」
嘘だ。本当はものすごく動揺してる。これは僕の我侭だけど、彼の見る伊志井はいつも冷静でありたい。
「……収録、どうしよう」
目下の心配事はそれだけだ。僕は冬の風に首をすくめながら、
伊静くんによく似た伊静くんと並んで歩き出した。

彼の運転で帰るなんて、何年ぶりだろう。877マンの二人は「明日絶対説明しろよ!」と
言いつつ、僕を伊静くんの車に押しこめた。たぶん、ドッキリだと思ってるはずだ。
「降畑の撮影でさ、君が送り迎えしてくれるんだ。嬉しかったな。
 カチンコが鳴ったら、伊志井さん、こっちだよって呼んでくれるのが」
僕は饒舌になっていた。安心していたのかもしれない。伊静くんは黙々と運転している。
「……聞いてるのか?」
「聞いてる」
「もしかして、怒ってる?」
「怒ってないよ」
伊静くんはこっちを見ない。

「……僕たち、仲悪いのか」
そう聞くと、彼は一瞬だけ顔をこわばらせ、「別に」と答えた。
これは、どっちなんだ。仲良しだというのが嘘なら、立ち直れないかもしれない。
いや、何年も会わなくたって平気だったんだ。今さらそんなことで……無理だ。
「そういえば、どうして君は信じてくれたんだ?自分で言うのもなんだが、
 荒唐無稽にもほどがある話なのに」
「……伊志井が俺に嘘つくなんて、ありえないから」
喜びかけたが、すぐに「そこまでお前は器用じゃないだろ」と言われた。
一人でへこんでいる僕をよそに、伊静くんは「着いたよ」と車を停めた。
だいぶ昔に買った中古の一軒家。合鍵は渡さなかったと記憶している。
「合鍵、持ってるのか」
「何回も捨てようと思ったけどな」
伊静くんは勝手知ったる様子で中に入ると、冷蔵庫を漁る。僕はリビングを見回した。
ソファに脱ぎ捨てられた服、床に転がるビール缶。この世界の僕は、自堕落な生活だったのか。
「あ、まだ寝室には入るな。片付けてやるから」
「いいよそれくらい。自分でやるさ」
「いや、ちょっと……」
歯切れの悪い返事にいらついた僕は、伊静くんを押しのけて寝室に入った。
大きなベッドと、本棚。デスクにはパソコン。なんてことない、普通の寝室だ。
――ベッドの支柱に、手錠がかかっていること以外は。

「……馬鹿だよな、お前」
いつのまにか、伊静くんが背後に立っていた。
「こんなモン使わなくたって、俺は離れていかないってのに」
ベッドに座って手錠の鎖をいじる彼が、急に得体のしれないものに見えてきた。
彼は、「だから、入るなって言っただろ」と笑った。
まるで悪戯が成功した子供のような、表情で。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
お目汚しでした。蟻さんのインタビューとかのエピを参考にしてます


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