Top/70-155

梅は咲いたか

焦点、紫×緑です
時系列は>>151の「春は来ぬ」の、少し後です

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「梅祭りですって。いいなぁ、もう春ですね」
それぞれが思い思いに過ごしている楽屋で、鯛平が雑誌をめくりながら呟いた。
「いいね、花見にでも行きたいね。酒持って」
「弁当でも持ってね」
「いやですよぉ、公楽師匠が持ってくるお弁当って、沢庵、コウコにお茶でしょう」
「安心しなよ、酒柱もちゃあんと用意しておくから」
「どうせオチャなら毛の付く方がいいですよぉ」
にやりと笑う公楽に、鯛平は苦笑いだ。
「わざわざ花見なんかしなくても、いつも黄色いお花畑見てるんだから年中お花見だよ。ねえ菊ちゃん」
「年中満開だよぉ、いいでしょお」
唄丸の嫌味を呵呵と笑い飛ばす菊扇に、唄丸はいつものように渋い顔をしてみせる。
花見の話題に花が咲く。
その中で円樂は、聞き手に回って相づちを打ちながらにこにこと笑っていた。
「どうも楽さんが大人しいと不気味だね。『桜の樹の下から出てきちゃあ駄目じゃないですか』くらい言うかと思ったのに」
「いやだなあ、収録じゃないんですから。師匠の遺骨を枯れ木に撒いたら桜が満開になりそうだなんて、本当にこれっぽっちも考えてませんよ」
「山田くん、全部持っていきなさい!」
「まだ収録始まってませんから嫌ですよぉ」
ほがらかな空気と笑い声が楽屋を満たす。
全く、年寄りをなんだと思っているんだとぶつぶついいながらも、皆の破顔した顔を見つめる眼差しはただただ優しかった。

収録はつつがなく終わり、緊張のゆるんだ穏やかな空気が楽屋に漂う。
唄丸の横で片付けをしながら、円楽は昔読んだ本のことをふと思い出していた。
「そういえば、桜の樹の、あのごつごつした皮の下にあの美しい桜色が『在る』んだそうで」
蓄積した生命力の色、そのほんの一部が花びらの色として淡い色を我々の前に姿を表す。
「花が咲く前の、一番色が樹に溜まった時に皮を集め染め上げた糸で織った着物は、えもいわれぬ美しさだそうですよ」
「じゃあ、あたしたちが見ているのは桜の生命の色、本当に一部なんだね」
ほう、と桜色に思いを馳せる唄丸を、円樂は目を細めながら見ていた。
「私たちの落語も、そのようなものかもしれませんね。脈々と受け継がれて来た落語という大木の隅に咲く、ただただほんの一部で」
「ああ、その樹の下で花見なんか出来たら最高だね」
「向こう岸には、咲いてるかもしれませんけれど。まだ花見には早いですよ」
自分が振った話題なのに、本気の怯えがうっすらと滲む声色で円樂は言った。
まだまだ逝きゃしないよ、馬鹿だねと笑いながら、唄丸は、この横にいる男について考えを巡らせる。

一体いつからだったか、向けられる視線に熱がこもるようになったのは。
この番組では何十年も公開のけなし合いをし、先代が先に花見に行ってしまってからは、陰日向に力添えをしてきた。
もういつのことかも覚えていない。
ふと、円樂が自分に投げ掛ける眼差しに感謝、尊敬、憧憬、そういった感情以外のものを見いだしてしまったのだ。
ああ、あたしはこの眼をよおく知っている………
もっと自分を見てくれ、抱き締めたい、独占したい、気が狂ってしまいそうだ、―――好きだ、愛おしい、愛している。
男の目に、女の目に、様々な想いと欲が揺れているのを、生家である遊郭で幼いときから幾度となく見てきた。
ただの直感だ、普通なら馬鹿げていると一笑に付されるものだったかもしれないが、唄丸には確信があった。
この男は、どうやら自分に惚れている―――。

ただ、気付いたからと言って何が変わるわけでもなかった。
今までと変わらず円樂を大切に思う気持ちに偽りはなかったし、その秀でた才の成長を身近で見ているのは本当に喜ばしいことだった。
そう、自身が円樂に向けて抱いているものも、間違いなく愛ではあるのだ。ベクトルは違えど。
友愛、師弟愛、そんな名前のついた感情に近い、しかしもっと複雑で言葉に表すのが難しくてもどかしい、そんな奇妙な心持ちだった。
喋る商売なのに、言葉を上手く使えないようじゃあ噺家失格だねと苦笑いしつつ、ずっと答えを探していた。
見つけられるとも思っていなかったが、名前を付けることでこの感情をコントロールしたかったのかもしれない。

そんな唄丸の心中は露知らず、円樂は熱のこもった視線を投げつづけた。それも、酷く苦しそうに。
ああ、そんなに苦しそうな顔で笑うのはやめておくれ。
あたしはそんな顔をさせたいんじゃないんだ、笑っていておくれよ。
だからといって、一体どうやってこの男の気持ちに応えられるというのだ?
そんな問答を繰り返すうちに、もう随分と経ってしまった。

肉体的な繋がりを求めるのではなく、ただただ精神的なものだろうと唄丸は思っていた。
そうでなけりゃ、こんな枯れ木の様な爺に恋い焦がれたりはするまい。
何だかんだでもう何十年も振り回されている自分を見つけて思わず笑ってしまう。
いつか、ふたりで月を見ながら歩いた夜のことを思い出す。
あの時も円樂は苦しそうに笑いながら、愛の言葉を冗談として吐いてみせた。
でもねえ、楽さん。
楽さん、頭はいいけど少し抜けているね。
何十年もあんな眼差しを向けられれば、どんな与太郎でも、きっとわかってしまうと思うよ。
いやだねぇ、色んな人が先に花見に行っちまって。
年々残り時間のことを嫌でも考えさせられるようになってきて困るね。
あたしもいつ花見に行くかわからないよ。
ああ、でも、もういい。もういいよ。
この感情の名前をもうずっと何十年も探していたけれど、きっと永遠に名前なんて見つかりはしない。
だって、もうずっと前から知っていたんだ。
あんたの粘り勝ちだね、参ったよ。
でも、不思議と清々しいような、良い心持ちだね。

楽さん、あたしもあんたのことを慕っているよ。

全員の片付けが終わり、今夜は一杯どうです、花見の算段を立てに毛の生えたお茶でも飲みになどと話がまとまっていた。
皆でぞろぞろと行きつけの店に向かう。
話題は桜餅は道明寺派か長命寺派か。あんまり平和で涙が出そうだ。
お迎えが来るまでは毎年花見に付き合ってもらうからね、と笑いながらこっそり耳打ちすると、泣き笑いの表情でただ一言、はいと誓ってみせた。

桜の樹の下には色々な人の想いがさながら屍体のように埋められ、それを元に咲き誇っているのかもしれない、などとぼんやりと考えながら春のぬるい空気を切って歩く。
花の色以外に決して姿を現すことのない、ごつごつした皮の下の桜色。
それは掻きむしられうっすらと血の滲んだ、人知れず葬られた恋慕の色であるのかもしれなかった。

【了】

【蛇足 道中の会話】
「楽さんの皮で染物をしたら真っ黒だろうね、いい黒紋付が出来るよ」
「私は真っ白純白ですから、むしろ漂白しちゃいますよ」
「あいより出でてあいより黒しっていうだろ」
「初めて聞く諺ですねぇ」
「鯛平さんはいい出汁が取れそうだ」
「ろくろく出やしませんよ。奥方に搾り取られてますから」
「なるほど、骨まで抜かれちまってるね」
「丁寧に骨抜きにされた後に家庭内暴力…もう蒲鉾ちくわの練り物の域ですよ、あれは」
「全部聞こえてますからね?!」
「あ、ちくわと聞いたら蕎麦が食べたくなった」
「この近くに旨い蕎麦屋がありますよ。今度手繰りに行きますか?」
「いいねえ、行きましょうか」
「聞いてやしないし!」
「あらら、鯛平さんったらすっかりダシにされちゃいましたねえ」
「ダシダッシー!!!」
「うわっ、往来で止めてくださいよぉ!」
「正太さんなんてもう一生独身でいればいいんダッシー!」
「ちょっとお、妙な呪いかけるのやめてください!」

「書き手が飽きたからこれで仕舞いですって。文才がないってほんと、」
『や~ねぇ』
「も~、先に言わないでよぉ!」

【ほんとに了】
紫の人の粘り勝ち。次はどうにかくっつけたい
ナンバリングミス失礼いたしました…

  • どうか、どうか早く続きを……!紫師匠を幸せにしてさしあげてください……!! -- らく? 2016-05-13 (金) 01:11:36
  • 続きを全裸待機です!!せつねえ!!!! -- 謳歌? 2016-08-29 (月) 21:57:21

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