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暖を取る

旧局朝仁R
登坂→R

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

その日はこの秋一番の冷え込みだった。油断してトレーナーを着て来なかった登坂はチェックのネルシャツを通ってくる冷たい風に閉口した。人口密度の高い教室では暑い位だったのに、一歩廊下に出た途端の温度差に体がなかなか慣れてくれない。いくら全てにおいて勝利――自称――をしている登坂とは言え、気温だけはどうにもしようがなく、だんだんといらいらしてきているようだった。
 「わたしに断りもなく寒くなるとは、却下である」
 甲賀部に続く人気のない廊下で呟いてみるものの、却下したところでどうにかなる問題ではない。もう、部室備え付けの寝袋にくるまって少しでも暖を取りたい。そんな思いで登坂はまだ部員のいなそうな部室に入った。改装したばかりの部室は木の香りがかすかに残っているが、いつのまにか雑然としていてどこに寝袋があるのかすぐにはわからない。その上、窓のわずかな隙間から隙間風が容赦なく吹きこんでくる。人の気配のない秋風の吹く部室で寒さに震えるのはしらけ鳥も飛んでいきそうなみじめさで、登坂は腕を組んで眉間にしわを寄せた。
 「不愉快極まりない」
 「旦那旦那、冬じゃなくてまだ秋ですよ」
 「うわっ」
 突然登坂の後ろにRが現れた。下半身が寝袋に入ったままの様子を見ると、今の今まで寝ていたらしい。
 「気配を消すんじゃない、このスカタン!」
 「あうぅ、そんなこと言われたってアンドロイドに気配がないのは当然じゃないですか」
 「だまれ、口答えをするな」
 どこからか取り出したハリセンでRの頭をはたくと、勢いでころんと床に落ちた。Rは慌てて首を拾うと、不満げな顔を胸元に抱いて、
 「ああ殺生な」
と言ったが、登坂は不敵な笑みを浮かべる。Rをはたくことで少し体が温まることに気がついたのだ。登坂は、首をはめつつ逃げるRをハリセン一本握りしめて追いかける。固まっていた綿ぼこりがちぎれてそこらを舞う。登坂が追いかけても、なかなかRをはたくことが出来ない。やはり、アンドロイドの身体能力は登坂より上だ。そうはわかっていても、あたふたと逃げるRを追いかけること自体が登坂にとっては楽しみになっていた。そこらに置かれているなべややかんやラグビーボール等を上手によけつつ続いた鬼ごっこだったが、やはり最後は登坂の息が切れた。落研と書かれた座布団の上に座り込むと、満足げに荒い息を吐いた。
 「よーし、うむうむ、よーし」
 登坂がネルシャツの袖で汗をぬぐっている間、Rはどこからか炊飯器を取り出して米を研ぎ始めていた。
 「たくさん動きまわったせいでおなかがすいてしまったじゃないですか」
 そんなことをぶつぶつ言いながら、Rは登坂に背を向ける。西日がゆっくりとRの猫背を降りていく。登坂はまた隙間風を感じ始めた。折角温まった身体がまた冷えていく。木を離れて舞っていく葉の微かな音が風に混じった。先ほどまでの騒ぎが嘘のような静けさで、Rが米をとぐ音が律儀なリズムを刻んでいる。
 登坂はまた寒くなった。それは先ほどまでの寒さとはまた違うようだった。シャツを通り抜けて素肌を冷やすだけではなく、その奥までも冷たくしていくような寒さだった。汗に濡れた髪が首筋に張り付いて、それがますます寒さを加速させていった。
 ぱちんと音を立てて炊飯器を閉めると、Rは膝に乗せて炊けるのをぼんやり待っているようだった。登坂はまた思いついて、
 「R、ちょっとこっちへ来い」
 「痛くするから嫌ですよ」
 「いいから来るのだ」
 首根っこを掴んで登坂は無理やりRの体をひきよせると、そのまま膝の上に腰かけさせた。炊飯器はコードのせいで少し離れた所に留まったままだ。登坂は膝の上に載せたRが逃げられないよう、がっちりと手足で拘束した。
 「ああっ、これは動けない」
 そう言いながらRは特に抵抗するそぶりを見せなかった。黒い学生服を通して、じんわりとRの温度が登坂に伝わっていった。それはRの中のモーターが動いているせいであるが、それでも登坂は構わなかった。腹の奥底からくる得体のしれない寒さを、腕の中のアンドロイドで止められればそれで十分だった。機械だが、確かにRの内部は動いている。
 「お前はわたしの湯たんぽにでもなっていればいいのだ」
 登坂はRにしがみつく力を強くした。まるで人肌のような温度のRが少しずつ肌をとかしていくようで、身の内に凝っていた冷たさもそれにしたがって消えていくのを登坂は感じていた。しかし、Rはそんなことには全く気付いていない。
 「これじゃあごはんが食べられないじゃないですか」
 「お前はご飯のことばっかりだな」
 呆れながらも登坂はRを放そうとしない。日はますますかげっていき、重なった二人の影はだんだん薄くなっていく。しかし、それを登坂が感傷的に見ることはなかった。もうその必要はなかった。そして気の早い虫が日も落ちぬ前に澄んだ音で鳴きだすと、部屋は米の炊けるいい匂いで充たされていった。

□ STOP ピッ ◇⊂(ΘA川)フタツニオサマラナカッタジャナイデスカ…


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