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秋のポートレート

旧局朝仁R
登坂→R

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

曲がり角と言う曲がり角を曲がりつくすとそこは海だった。日は熟れた柿の色だった。
轟天号はガードレールを飛び越え、勢いよく砂地に着地した。江ノ島が見える。
「一体どこに来てしまったのでせう」
「鎌倉あたりだろう」
ぼんやりと海を眺めるRをよそに、私は靴と靴下を脱いでズボンの裾をまくった。
せっかく海にきて、水に触れないわけにはいかない。昼間の熱を残して、砂はまだ暖かだった。
「錆びちゃうじゃないですか」
Rもぶつぶつ言いながら下駄を脱いで波打ち際に向かった。貝殻混じりの砂は次第に湿り気をおび、やがて波が這ってくる。
「おお、冷たい」
流石に海で遊ぶ季節は終わったと感じた。
しかし、波間ではまだそれなりの数のサーファーのシルエットが上がったり下がったりしていた。
「釣竿があれば、サーファーの人を釣り上げることができたのですが」
「釣り上げんでいい」
後ろでぼんやりとたたずんでいたRのもとに戻る。濡れた足が砂まみれになってしまった。
夕陽はだんだん海に沈んでいき、あらゆるものは太陽を背にして影になる。
私は乾いた砂地に腰を下ろしてその様子を眺めていたが、ただぼけっとしているのも性に合わないので、少し写真を撮ることにした。
こう言うときのために、いつもカメラは持ち歩くにしくはない。
太陽を背にした江ノ島を、すばしこいカニと寄せる波を、飛沫をあげるサーファーを撮った。
ひとしきり撮った後ふと横を見ると、辺りをうろうろしていたRが少し離れたところで夕陽を見つめていた。

ひとしきり撮った後ふと横を見ると、辺りをうろうろしていたRが少し離れたところで夕陽を見つめていた。
茜色の光がRの白すぎる頬に射し込み、まるで血が通っているようだった。詰襟の金ボタンも暖かく光っている。
砂浜の上にはまっすぐ長い影が伸びている。私はなぜだかRにカメラを向けると、ピンを合わせてシャッターをきった。
その音に気づいたRと、レンズ越しに目があったので、私はそれも撮った。
「あうぅ…写真を撮られてしまいまった」
Rは弱りきった顔で肩を落とした。
「なんだR、何か問題でもあるのか」
「あい。写真に映ると魂を取られてしまうと、お父さんが言ってました」
「いつの時代の話だこの大馬鹿者が」
大体お前に魂などあるものか、とも思ったがそれは口に出すことができなかった。
足についていた砂は乾いて落ちていた。少しずつ空は宵の色に変わり、太陽は水平線に吸い込まれて行く。
「登坂さん、一番星の人が出てきましたよ」
Rは空を指差して嬉しそうに言った。

甲賀部の暗室で、私はこの時の写真を現像していた。
4号の印画紙に海や蟹や人の画がモノクロームに浮かび上がってくる。
夕暮れ時であったにも関わらず輪廓ははっきりとしていた。
「やはりトライXで万全である」
そんなことを呟きながら次の印画紙を見つめていると、また次第に像が現れる。それは、海を見るRの姿だった。
モノクロの写真にはあの時Rの頬に差した赤みはない。しかし、柔らかな陰影がその肌に生気を与えている。
黒髪と詰襟と影の黒とRの肌の白の対置が、夕焼けの空と海との淡いコントラストの中に鮮やかだ。
私はしばらくその写真を見つめた。写真の中のRは本物のR以上に人間そっくりで、私はどうしてか戸惑ってしまう。
落ち着かない気持ちのまま次の印画紙を見ているとまたRの像が、しかもこちらを見ているRの像が出てきて、私はどきっとした。

虚ろな目は、しかし真っ直ぐ私に向いている。あの時目が合ったのは一瞬だったが、今ここでその一瞬は永遠だ。
その時ちらと生じた、感情にもなりきれない気持ちが印画紙に映し出されるのを止めることはできない。
カメラ写すものがただの像でないことは、重々承知していたつもりだったのだが。
「…つまらん写真を撮ってしまった」
部室の椅子に腰かけて、私はため息をつく。
「つまらん写真」は頭のなかを奇怪なコラージュを描きながらくるくると回る。
黒と白のコントラストが、あの片目が拡大されたりトリミングされたりした。
私はその錯覚の中に深く沈んでいった。もはやその画は夕焼けでも海でもRでもない、何かだった。
そしてその何かを見つめる眼そのものである自己を私は認めた。
果たして魂を取られたのはどちらだったのか。
私の騒然たる錯視から意識が浮上した。
あまりにもクリアな視界に目が眩むので、数回まばたきをした。干してあった写真は乾いていた。
私は先程よりぼやけて見える風景写真だけを展示用のアルバムに移し、あの二枚の写真は手持ちの本にはさんだ。
なんとなく、この写真は誰にも見られたくはなかった。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
おっそろしく季節外れになってしまいまった・・・

  • 切なさがたまらないです・・・ごちそうさまでした! -- 2013-05-13 (月) 17:56:51

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