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果てなき世界へ(Y3)

 「書記長は詰めが甘いんや。何年この活動やってるん?自分の連絡先教えるだけやなくて、相手の連絡先訊く所まで粘らなあかんやん」
 投開票が終わって数日経ったある日。口丹地区委員会事務所のいつもの席に陣取って、コンビニのラーメンを啜りながら、長年の同志である真実が言う。
 ちなみに昔、彼女から激烈に言い寄られた時期がある。最初は体よくかわしていたのだが、あまりにも諦めが悪いので、ついに、完全なホモセクシャルだとカミングアウトしてしまった。すると、あっさり納得してくれて、代わりに、PINKちゃんねるの801板でネタにするから体験談を話してくれと、ことあるごとにせがまれるようになった。
 その点だけ除けば、まあまあいい友だちだ。
 「いや、なんか訊きにくかったんやんか。おまえもそういうの苦手やろ?アスペルガー症候群のくせに」
 私の極めて障害者蔑視的な発言を真実は聞こえないふりで、
 「ふーん。亀岡で路上ライブやってる人なんているんや~」
 自分も長らく、ゴスペルコーラスを習っているので、その点、興味を持ったようだ。生憎私は、まだ一度もステージを観覧に行ったことがないのだが。元々福音なんか信じない上に、こんなヤツが歌ってても尚更説得力がない。
 「路上ライブゆーか、ただ座ってギター弾いて歌ってるだけに見えた。デュオバンドやゆーてたけど、その時は一人やったし」
 「『生演奏』のことライブっていうんやから、べつに間違ってへんけどな。亀岡の子なん?」
 「日吉やゆーてた」
 「うっそ、それは笑えるな」
 真実は目を剥く。そういう時の表情や言葉つきが、「魔女の宅急便」のジジそっくり。つまり、華奢ではあるが、決して色の白い女性ではない。
 おい、日吉町の人に失礼やろうが、と窘めようと思ったが、実際それは笑えるネタなので、黙っていた。この地区委員会事務所がある亀岡市よりもまだ北の奥地。鬱蒼とした森林やのどかな田畑や仄暗いダムの水面が広がり、一時間に一本しかない二両編成の電車がガタゴト走り、無邪気にして悪辣なバンビやウリ坊が出没する、京都府の深い山懐。
 都会の人には想像もできないだろうが、車がなければどこにも行けない、職にすら就けないので、地元を離れる予定か、よっぽどの変わり者でもない限り、誰もが高校三年生の夏休みや春休みに教習所へ通うのだ。
 それを言うなら、私や真実が住んでいる園部町もあんまり変わらないのだが。園部も日吉も、昔は船井郡、今は南丹市と呼ばれる地域に属する。園部町民が日吉町民を蔑むなど、所謂、「目くそ鼻くそを笑う」というやつだ(しかし、ひどい擬人法を考えつくヤツもあったものだな)。
 「あーあ。貴重な逸材を逃したかもな~。参考までに、名前は訊いたん?」
 いや、実はそれがな、訊いてないねん、と答えようとした時、メールの着信音が鳴った。見ると、知らないアドレスだった。
 開いて、文面にさっと目を通した私は思わず、「おお」と感嘆の溜め息を洩らして、真実を手招いた。真実が箸を置き、頭を寄せて、液晶を覗きこむ。
 「こないだ亀岡駅で歌ってました。Milk Chocolate.の吉國玲といいます。携帯の調子がわるくて連絡おそくなりました。音楽を通してなにかお力になることがあれば是非使ってください。(^o^)イベントでも宴会でもなんでも☆寒い季節ですが体に気をつけてお互い頑張りましょう(・ω・)」


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