根
更新日: 2013-02-09 (土) 07:47:58
今年の大ミ可。短い。801未満
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ヤムニヤマレヌモエデ オオクリシマース!
様変わりした横浜の港では蘭語はほとんど通じなかった。山元家に戻ると、奨之助は横浜で手に入れた英語の本を日夜開くようになった。
少なくとも蘭語と同程度に使えるくらいには英語を身につけなければ、今後はものの役に立たなくなる。
長年、日本では蘭学こそが最先端だった。しかしもう、そうではなくなったのだ。
メリケン、フランス、イギリス、プロイセン、オロシヤ。オランダよりも強大な国が、世界にひしめいている。
世界は動いている。めまぐるしく。
「日真館でも、もっと西洋全般のことを教える必要があります。蘭学所を改め、洋学所として」
「ああ。んだな。しかし…」
向かい合った格真は、重苦しく言葉を濁す。彼が飲み込んだ続きは奨之助にははっきり解る。
難しいだろう。合津の改革は遅々として進まなかった。蘭学所に集まる生徒はなかなか増えず、鉄砲は足軽が遣うものという藩士達の認識も変わらない。
「教えると言っても、私の知識だけでは心もとない。新たに人材を招聘できれば良いのですが、…難しいでしょうね」
格真に二度同じことを言わせず、自分で自分に答えた。
合津藩は奨之助を日真館の教諭として雇うことは不承不承認めたものの、いまだ藩士として抱えようとはしなかった。
苦しい台所事情も推察できる。合津は上総や品川の守備に多大な出費を強いられ、多額の借金があるはずだ。諸藩の多くがそうであるように。
「このままでは、合津は遅れさ取る一方だ」
格真はたびたび奨之助に向かい、苦い胸のうちを吐き出した。
父は息子と意見を異にし、妻は男の仕事のことは解らない。妹は話が通じるが、まだほんの少女だ。
自然、奨之助が格真のやり場のない怒りを、苛立ちを、苦悩を受け止めることになる。
「オランダ式のゲベール銃も、もう時代遅れさなってる。西国の藩は最新式のスペンサー銃やミニエ銃を取り入れてるべ」
世界は動いている。
像山の教えを思い返した。日本は、日本という一つの国として列強に相対せねばならない。
だが現実問題として、どの藩が日本の舵取りをするかを争わずにはいられまい。
格真は合津をその争いに負けさせたくはないはずだ。
そのために、合津のために合津を変えようとして、叶わずに苦しんでいる。
合津藩士であるということは、彼の背骨だ。
そのように深く根を張った藩への忠誠を、奨之助は己の中に見出すことができなかった。
身を立てるには学問しかなかった。
しかしその学問を自藩に持ち帰ったところで、活かす場は与えられないと思った。軽輩だから。三男だから。迷いもなく格真についてきた。
だが藩のために藩と闘う格真の姿を見守り続けていると、己が武士として軟弱にも思えるのだった。根無し草の性なのだと、自らを判じる。
裏庭の畑のほうから弥江の元気な声が響いてくる。あねさま、と呼んでいる。しとやかに応えているだろう、うらの声はここまでは届かない。
攘夷派の襲撃とうらの流産以来、垂れ込めたこの家の空気を、弥江が救っていた。
「私達は己にできることをするしかありません」
「ああ…」
できることとは何か。教諭として教えられる知識を増やすことだ。最新式の銃が手に入らないなら、旧式の物を改良することだ。それから…
「…奨之助」
怖ろしいほど真剣な声に名を呼ばれて顔を上げると、格真の厳しい目がまっすぐに刺した。
「にしを合津さ呼んだのは、俺の間違いだったかもしんに」
「……」
その瞬間どんな表情になったか、奨之助は自覚できなかったが、格真は一転して宥めるように続けた。
「いや、違う、そった顔すんな。にしが居てくっち俺はどんだけ心強えか。だけんじょ、もし、にしが余所さ行きてえなら」
余所、と聞いたとたん、脳裏に海の匂いがよみがえった。横浜の喧騒。異人の男女、目を瞠る品々。
活力が噴きこぼれんばかりにメリケンの話をし、「どうだい奨さん、合津は。息苦しくねえかい?」と笑った勝の声。
それらが渦を巻いて、鮮やかなガラス玉に凝結する。
世界が動いている。めまぐるしく、めまぐるしく。
幻のガラス玉を膝の上に握り締めて、奨之助はにっこりと笑った。
「格真さんに出ていけと言われるまでは、私はここにいます。だからその話はもう、終わりにしましょう」
格真はふうっと息をついた。
「にしも強情だ」
その瞳が安堵していることに安堵した。
藩士として、嫡子として夫として兄として、格真を縛るしがらみはあまりに多い。
視線を伏せながら、奨之助はできることをもう一つ見つけ出した。
合津に根を下ろすことだ。合津の人間になって格真の荷を支えることだ。
「あんつぁま。奨之助さま」
弥江が縁側から呼んだ。
「なんだ、うっつぁしい」
格真が苦笑して応え、兄妹の姿は微笑ましい。
ここに根を下ろそう。根無し草をやめるのだ。たとえ合津に拒まれても。帰る場所は、もう捨ててきたのだから。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、モエルモノハモエルモノデス!
奨さんは弥江とのケコーンすら格真のためにしてそうだと思ったら、中の人がガイドブックで似たようなこと言ってて転げた。
このページのURL: