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9月12日

生。引退する人と引退した人
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「お疲れ」
地下の駐車場に姿を現した彼に声をかける。
「来とったんか」
驚いたように自分を見る彼の顔にも声にも、濃い疲労の色が滲んでいる。
今日は本当に大変な日だったから。
「今日はずっと一緒にいるつもりだったから」
そう言うと、彼の強張った表情がふっと緩んでいった。
「記者会見やるから来てくれんか」
今朝、彼が電話でそう言った。会見の内容は分かっていた。
しかし、レポーターでも記者でもない自分がそこにいるのは少し気が引けた。けれど――。
「お前に見といて欲しいんや」
縋り付くような声音に、覚悟が決まった。
「試合、残念だったな」
「ほんまにの。せっかく俺が引退してやるゆうたのにな」
彼が大きな決断をした大切な日の大切な試合に、チームは勝つことが出来なかった。
「あいつらも―」
そう言って、彼はため息を吐く。
「試合終わって泣いて謝るくらいやったら、ヒットの1本も打てゆうんや」

不動の4番で、精神的支柱でもあった彼の衰えと共にチームは弱体化の道を辿り始めた。
彼さえいなくなれば――。
次第に大きくなる周囲の声に、耐え続け、抗い続け、それでもチームの将来の為に今日、
ユニホームを脱ぐことを宣言した。
「こんなんやったら、俺…、やめれんやないか…」
俯き、震える声で彼が呟く。彼に近づき、背中に腕を回して引き寄せる。
「…よく、頑張ったな」
肩に顔を埋めるようにした彼の口から、嗚咽が溢れ出した。
「お前がおってくれたから…」
嗚咽の間に彼が言う。
「あそこに座っても、…俺、まだ辞めるて…、言いとうなかった」
「…うん」
「けど、お前の顔見たら、お前が見といてくれたら言えるて……」
「…うん、よく…、言えたな」
「…みっともないやろ」
「そんなことない。かっこいいよ、お前は」
本心からの言葉だった。潔い辞め方なんて、本当はしたくない。野球が好きで、プロになって、
必死で努力して掴みとってきたものを、簡単に手放したくない。
人に惨めだと言われようと、しがみ付いたって構わないではないか。

「…矢里予は優しいなあ」
矢里予から体を離し、涙に濡れた顔を拭いながら、いつものふざけたような調子で彼がいう。
「ほんまええ男や」
そう言ってしみじみと自分を見つめる彼に、いつも思っていたことを言ってみる。
「そういうこと、俺の前だけで言ってくれないか」
「そういうことて?」
「いろんな所で言ってるだろ?女だったら俺と結婚したいとか。ああいうの」
「なんで?」
「冗談で言ってるみたいだろ」
「俺は本気で言よるで」
「それは、分かってるけど」
「分かっとるならええやん」
諦めて矢里予は苦笑する。彼を言い負かすことが出来るわけがないのは分かっていたけれど。
面白そうに笑っていた鉢の表情がすっと引き締められる。
「最後まで見といてくれるか」
「ああ、見届けるよ。最後まで」
残された時間を、彼は全力で、でも楽しみながらプレイする。
そして、自分はその姿を見つめ続ける。最後のイニングが終了するその瞬間まで。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

  • ほろっと来ました -- 2021-08-15 (日) 22:18:14

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