墓参
更新日: 2013-01-23 (水) 18:49:10
半生注意。
外事けいさつ 主人公の過去話です。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
うるさいほどの蝉時雨の下、墓地に立つ人影は彼だけだった。墓前はきれいに清められ、真新しい仏花が供えられている。
「少し痩せたな」
墓に眠る恩人の忘れ形見―住本健司に、有賀はそう声をかけた。
持参した花束を脇に置いて、静かに手を合わせる。命日の墓参は、10年間一度も欠かした事がなかった。
「昇任試験、合格おめでとう」
ありがとうございます、と健司は答えた。
「秋からは新しい部署で巡査部長だな」
「異動先は外事課を希望しています」
有賀は一瞬言葉を詰まらせた。
「…そうか。ちょうど欠員があればいいが。今回は無理でも、何年かは所轄か他部署で経験を積んで…」
有賀の言葉は冷笑で遮られた。
「嘘ですよね」
蝉時雨が途切れて、時が静止したような静寂が降りる。濃い影が健司の表情を隠していた。
「いくら希望を出しても、僕は通常の人事では絶対に公安部には配属されない。あなたはよくご承知の筈だ」
有賀は肯定も否定もせずに目を細めた。少年の頃から知っていた筈の若者が、不意に得体の知れない存在に感じられた。
公安部に所属する人間には、徹底した身辺調査が行われる。
健司の父―住本栄司が、外事一課在籍時の秘匿作業中に毒物を盛られ、数年間の植物状態の末に死亡した事、政治的判断から病死とされた故に遺族への補償もされず、母である住本妙子が健司を遺して自死した事。
内部資料だけで簡単に把握できる事実だった。
「過去事案に拠る個人的背景により公私混同を招く可能性有」で、公安部には不適格。健司が指摘した通り、有賀は最初からその腹積もりだった。
「父の遺志を継いで、外事課で国益の為に働きたいんです。必ずお役に立ってみせます。お力添えを頂けないでしょうか」
「健司君…」
「お願いします」
頭を下げる健司から、有賀は目を逸らした。
「私は…本当は君が警察に入る事にも反対だった。公安以外ならどこでも口を利いてやる。せめて一般の警察官として、君は普通の人生を送ってくれ。裏の仕事には関わらなくていい。栄司さんに…君の父上に、申し訳が立たないんだ」
後輩だった有賀を庇って秘匿作業を引き受け、住本栄司は命を落とした。諜報活動に関する日本の法整備が脆弱だからこそ、現場の人間に暗黙の犠牲を強いるしかない。上へ行って警察を変えると、彼の枕元で誓った筈だった。
健司は微かに唇を歪めた。
「…信じていた普通の生活が幻想だったと、僕は父の死で知りました。裏側で何が行われているのか、今更知らない顔をして生きていく事が出来ません」
好青年の仮面は跡形も無かった。闇を見透かすような昏い瞳に気圧される。
彼は既に裏側にいたのだと気付かされた。遺された日から、ずっと独りで。
「あなたの元で働きたいんです。いけませんか?」
不意に真摯な顔を作って、健司は有賀の腕に触れた。
見覚えのある眼差しと表情で、目の奥を覗き込まれる。全て計算づくだと分かっていても、湧き上がる感傷を抑えられない。
「父の代用でも…構いませんよ」
有賀は魅入られたように動けなかった。
「僕は、父に似ていますか?」
―少なくとも、優しすぎた性分は似ていない。血縁が繋ぐ面差しを、こんな手口で利用できるような狡猾さは、あの人には無かった。
向いている。この男は。
結局は情で溺れた父親よりも。
感情に翻弄される胸中とは別に、有賀は冷静な思考で住本健司の使い道について検討していた。
健司の脳裏に残る記憶がある。
病床で眠り続ける父の元に、その男は何度も見舞いにきた。
何の言い訳もせず、彼はただ黙って父の傍らで頭を垂れた。
何かの用事で、母がその場から席を外した。
隣室の襖の隙間から、残された彼と父の姿だけが見える。
父が好きだったベートーベンが、レコードから聞こえている。
いつも座っているだけだった彼が、ゆっくりと腕を上げた。
眠る父の頬に、無骨な掌がそっと添えられる。
唇や瞼をなぞる指先を、何故か見てはいけない気がしたが、目を逸らすことができない。
あの男はどうして父をあんな顔で見つめるのだろう。
大きな背に遮られて―彼が何をしたのかは見えなかった。
「…父とあなたは、本当はどういう関係だったんですか」
訊かずに済んだ問いを、健司は永久に呑み込んだ。
同年9月付けで、住本健司巡査部長は警視庁公安部外事1課に配属された。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
本文長すぎでナンバリングがずれました。
ごめんなさい。
- 作者様の作品を読んで原作に興味を持ちました、今度レンタルして観てみたいと思います! -- 2013-01-23 (水) 18:49:09
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