Top/68-199

その名は九月

半生注意・公開中注意 埼京のふたり スラム青年←富豪
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「テレビですげえもん見たよ。おっさんがさ女に、いい女だった、
 ローソクの火見せて『お前はもう動けない』とかなんとか言うと
 ピタッと動けなくなるんだよ」
筋肉と関節マッサージの時間に卜"リスが脈絡のない話を始めても、フィリップは
眉をほんの少し持ち上げただけだった。これにはもう慣れてきていた。
つまり、卜"リスはフィリップをいつも驚かせるということにだ。
「胸を揉まれてるんだぜ!口、パクパクさせてさ。
 こっからがすごいんだがおっさんが『あなたは今セックスしています』って言うと…」
「反応するのか?」
思わず吹き出した卜"リスに尋ねると、彼は手早くフィリップの右手の指を曲げ伸ばし
させながらさらに笑い声を漏らした。
「椅子から転げ落ちてオウ、オーーウ…」
「面白いな」
「それであんたを思い出した」
今度こそ驚いて富豪が視線をやると、青年もちらりと目を合わせた。
「何?」

「女は本当にそう思い込んだから喘いだ。発作があるだろ、フィリップ。
 ないはずの感覚がある。幻想痛だったか?その逆をやろう」
「催眠術でか」
「要は脳みそを騙せばいい。耳、耳、耳ばっかりで飽きない?」
女たちより無遠慮な指がフィリップの耳をさっとくすぐる。
「耳の良さを知らないなんて子どもだな」
「そう?俺はごめんだ、絶対。耳!耳だけなんて」
「ふん。だが電話帳に催眠術師って項目はあったかね」
「俺がかける」
「知り合いにいる?」
「違う、俺が催眠術をかけてやるって言ってる」
フィリップはまた卜"リスの顔を見た。卜"リスのきれいな目はいつもフィリップを
守るが、同じ目で彼の詩をけなすし、容赦のないひどいジョークを言う。
「そんな才能が?知らなかった」
「おい俺はマジだぞ。どうやるかちゃんと見てたんだ。マッサージだって
 すぐうまくなっただろ」
「左指をまるまる忘れてるぞ」
そうフィリップが言うと卜"リスはあわてて左手を掴んだ。
「"実験"だと思えばいい。うまくいったら、すげえ!世紀の発見だ」
「じゃ、今やってみるか」

あっさり返すと卜"リスは一瞬意外そうな顔をした。フィリップは鼻で笑った。
「よし」卜"リスは指を終えて呟く。「よし、今だ」
「人払いをしてくれよ」
卜"リスはメモに何か書きなぐると扉にそれを挟みに行き、鍵をかけた。
いつもの支度をさせた彼をベッドから下ろして車椅子に座らせ、
手足を整えてベルトを確認した。
フィリップは卜"リスがてきぱきと動くのを首から上だけの世界で見つめていた。
「オーケー」卜"リスがにやっと笑った時、その目は楽しみに満ちていた。
彼が"マジ"でないことは明白だった。雇い主の新しい遊び方が見つかって嬉しいのだ。
この皮肉屋の大富豪が催眠術で眠りこけ、よがり声のひとつでもあげたら
なんて面白いだろう。そう思っている。
窓から差し込む朝の光をカーテンでさえぎると、あやしい遊びにふさわしい暗さになった。
「ローソクがねえな」
そう言って卜"リスはタバコに火をつけた。
「この火を見て」
目の前に立てられたタバコの先端は薄暗い部屋の中で赤く光っている。
「この火を見て、この火をじっと見て。赤い。光ってる。燃えてる。
 この火は、あんただ」

卜"リスの顔は見えず、ただ彼の黒い手とタバコと彼の声がそこにある。
フィリップは言われるままタバコの火を見つめた。
「この火はあんたの意識だ。じっと見る。火が燃えて灰に変わる。
 あんたの意識は灰になる。カサカサの灰になって、もう目が離せない」
あのいつも踊っているような男の、どこからこんな調子が出せるのだろう。
遠くて近い声。慈しむようななだめるような声。
「まだまだ燃える。あんたは灰だ。もう考えられない。考えなくていい。
 俺の声を聞いていればいい。そうしていれば気分がいい。
 意識が燃え尽きて頭がしびれる。あんたはもう動けない」
そこまで言って卜"リスは、ふと我に返ったように首を振った。
「ああ、つまり…動く気になれないってことだ。
 三つ数えて灰が落ちたら、あんたも深いところに落ちていく。3,2,1」
カサ、という音がして灰はくず折れた。フィリップは自ら同調するように
目を閉じる。卜"リスがハッと息を飲むのが聞こえた。
驚いてるのか?自分に催眠術の力があると?バカな奴め。
フィリップは笑みを押し殺した。

「今、俺の声だけが聞こえている。俺の声だけが。
 これからあんたの頭に触れてゆっくりと回す。
 回されるほどあんたは沈んでいって、健康だった自分を思い出すよ」
頬、それから頭に手の添えられる感触があった。フィリップは上を向かされ、
マッサージのように首をゆっくりと動かされ、されるがままだった。
「どんどん思い出す。あんたには胴がある。腕がある。指がある。
 脚がある。つま先がある。ペニスだってちゃんとある」
ペニス、と言う時卜"リスの声は露骨に笑いを含んでいた。
胴がある。腕がある。フィリップは与えられるただひとつの刺激、
その声を反芻する。自分が催眠状態にあるとは思っていなかった。
感覚だって蘇ってはこない。ただ彼は昔を思い出していた。
幸せだった頃。不幸せだった頃。
妻と出会い、恋をし、結婚し、何度も子を亡くし、ついには
妻を亡くした。
「あんたには体がある。椅子に座ってる。
 足音が聞こえる。女の足音だ。あれは誰だ?」
この体になってからもみんな実によくしてくれた。
お気の毒に、おかわいそうに、大変だろうが気を落とすなよ、
お前なら乗り越えられるさ、フィリップ。そう言って。

「女が隣にやってきてキスをする」と卜"リスは彼の唇に指を走らせる。
「感じたか?あんたの一番大事な女だ。それは誰だ?
 会いたくてしょうがない。そこにいるのが嬉しくてしょうがない。
 それは誰だ?」
卜"リスは言いながら自分で興奮しているのだ。本当に足音を聞いたかのように
声をひそめ、早口になった。女がそこにいるみたいに。
彼はまたフィリップの両頬を手のひらでそっと挟み、回し始めた。
あの手だ、とフィリップは思った。
終わりのない現実と、たびたびやってくる幻想痛の夜の中で
恐れ知らずの手はフィリップの頬に触れた。
この手が唯一彼の内側に届いたものだった。
このチョコレートはあんたにはやらない。健常者用だから。ウケるだろ?彼はそう言った。
「彼女はそこにいる。あんたの隣にいる。そうだな?」
「…そこに…いる…私の…隣に」
フィリップはやわらかな眠気に襲われながらまた声を反芻した。
「誰だ?一番特別な名前を言ってみな。彼女の名は?」
卜"リスは心底楽しげに問うた。カタブツの皮肉屋が自分の手の中で
なでられてる猫みたいな顔をしてる!こんなに笑えることはなかった。

だが突然"猫"は眉を歪め、目を薄く開いた。
肌は強張って唇はかすかに開かれた。
フィリップの目は卜"リスの目を捉えた。涙が一粒流れて、卜"リスの親指の縁を伝っていった。
「苦しい?フィリップ」
卜"リスは狼狽せず、息を吸った次の瞬間には指の背で彼の頬を撫でた。
「もうやめだ。あんたは元に戻る。三つ数えて手を叩いたら
 意識がはっきりする。3,2,1」
目の前でピシャリと手を打つ音がした。フィリップがまばたきしている間に、
卜"リスは部屋中のカーテンを開き、タバコのようなものに火をつけた。
「吸って」
「平気だ。幻想痛じゃない」
「いいから」
フィリップがそれを吸うのを卜"リスは手伝った。
「催眠術はダメだな、もうやらない方がいい」
「ああ」
「でもなかなかだっただろ?体の感覚は。こういうのも俺は得意なんだ」
「バカ言うな、本当にかかったと思ったのか」
「違うのか」
「ユーモアに欠けるな」
いつかの仕返しをすると、卜"リスは笑い出した。
「かかったフリであの目つき?やられた!役者になれる。
 玉座に座る王様の役なんかやればいい。でも涙は?」

「涙?泣いたりはしない」
「嘘つくな、泣いただろ」
「私のような人間は泣かない。そんな段階はとっくに過ぎてる」
卜"リスは濡れた指の感覚を思い出すように少し右手を見た。
「絶対嘘だ。あんただって泣くさ。泣かない人間なんているか」
二人は見つめ合ったが、やがてどちらともなく吹き出した。
せわしないノックの音が聞こえ、扉越しにイヴォソヌの
朝から何をやってるの、という声がした。卜"リスは扉へ飛んでいった。
「卜"リス」
「ん?」
「いや…その、催眠術のことは話すなよ」
青年はただ白い歯を見せて笑っただけだった。
卜"リス。卜"リス。フィリップは舌の上で名前を転がしながら、
扉が開け放たれていくのを朝の光の中で見た。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
たびたびの不手際で本当に申し訳ないです
エロはパラグライダーから投げ捨てました

  • 萌えました!!このふたりの関係がだいすきです! -- さぷ? 2012-12-01 (土) 18:38:18
  • この映画の二次作品に出逢えるなんて思ってませんでした!ありがとうございます。「猫」の例えがすてきです。 -- 名無し? 2013-02-05 (火) 02:21:59

このページのURL:

ページ新規作成

新しいページはこちらから投稿できます。

TOP