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しまだ×そうや

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース
三月獅子  獅子王戦第4局
胃痛八段×名人

――――あぁ、全くなんて世界だ。ここは。この、美しい景色は。

優しく、残酷に、圧倒的な力で押さえ込まれている。
息つく間も、立ち止まる間も、俺には与えられちゃいない。
遥か遠い天空から、静かに淡々と、絶え間なく降り積もる――――その白い手に魅入られ、導かれるようにして。
幾度となく襲う幻惑を振り払い、一歩一歩、血を吐く思いでここまで進んできたはずが。
踏み締めても、踏み締めても、振り返ってみれば、そこに在るのはただ白銀の世界。
俺の足跡なんか、何一つ残っちゃいない。一瞬の内に全てが掻き消されていく。
そして自分自身の存在さえも、真っ白な悪夢にすっぽりと絡め取られる。
厳しく、冷たく、でも自分一人だけじゃ絶対に辿り着けなかったに違いない世界。
目の前の相手がいるからこそ、登って来られた高みの景色。
恐ろしくも素晴らしい、この場所に身体の奥底から震えてる。
既に満身創痍、もう一歩だって身動きが取れない状況だ。
ちょっとでも動けば、鋭い氷の切っ先が俺の横っ腹を貫く。
進んだ先には、もはや破滅しか見出せないってのに。
それでも俺は、まだ登るのか。
一体、何のために?
…駄目だ、余計な事を考えるな。進むんだ。
力尽きて倒れるまで、たとえ地を這ってでも進むしかないんだ、俺は。
…いや、もう、良いじゃないか。ここまでやったんだ。俺は十分に頑張ったよ。
所詮、地を這う亀と天空を舞う鳥の、笑えるほど滑稽な勝負に過ぎないんだから。
これ以上、惨めに醜態を晒し続ける道を選ぶのか?
ホラ、どうせもう、手も足も出ずにただ見上げるしかない。
心まで砕かれる前に、早く、この場所から逃げ出して――――。

「――――参りました…」
力なく駒台に手を置く。
強いて意識を保っていなければ、その指先が震えてくるほど疲弊していた。
俯いた顔を上げるのも難儀する状況で、目尻の端に捕えた取材カメラのフラッシュがチカチカと明滅する。
ズキズキと頭が痛み、耳鳴りまでしてくる中、周囲の慌ただしい足音と人声がぼんやりとくぐもって聞こえてきた。
ただ、盤の周りだけは、まるでそこだけ切り取られた世界のように、未だシンと静まり返ったままだ。
突然、霞む視界の隅で、すうっと白い指先が動いた。盤の向こう側から伸ばしたらしい宗矢の腕が着物の袖から覗き、疲れ切った頭に妙に生々しく映る。
長く細い指先は相変わらず穢れを知らない白い羽のようで、いつ見ても、これは将棋を指すために神様に選ばれた者の証しなんだと思う。
宗矢はそのまま何も言わず、後手の駒台に置かれた角を持ち上げると、舞いにも似た手付きで迷わず7九角と打った。
「――――気付かなかったね…」
独り言の小ささで囁かれた言葉の意味を、一瞬で理解する。
俺は――――俺は、さっきまで一体何を考えてた!?
自分本位に諦めて、勝手に卑屈になって、二人で作り上げてきたはずの、あの美しい景色から一人だけ逃げ出して――――。
「君は、僕を信用し過ぎだ」
盤勝負に負けた棋士が浮かべる表情より、むしろもっと、悲しげな色を湛えた瞳が俺を見据える。
まるで思いがけない裏切りに合ったとでもいうように、ただ、ただ酷く悲しげに。

ふいに、奨励会時代の思い出が蘇る。
<君は、僕を信用し過ぎだ>
投げ付けられた、同じ言葉。
あの時の宗矢がどんな表情を浮かべていたのか、今じゃ全く思い出せない。
ただ、夏の夜、ひんやりとした宗矢の身体の冷たさと儚さを、俺はまだ憶えている。
そう言って、あっという間に目の前を駆け抜けていった神様の子どもの瞳には、やっぱり酷く悲しげな色が湛えられていたことも。

「……美しかったのに…―――」
どこか苦痛に耐えかねた様子で俯いた宗矢の顔が、一瞬、盤の向こうで歪んだ。
能面みたいだと揶揄される整った顔が、その時、僅かに綻びを見せる。
…あぁ、そうか。あんなにも美しく、あんなにも恐ろしい景色の中で、お前はいつも、たった一人で空を飛び続けているのか。
羽を休める木も見当たらない、静かに真っ白な、どこまでも真っ白なあの世界の中で。
飛ぶのを止めればすぐに眩い闇に飲み込まれてしまう、そんな甘美な誘惑に抗いながら――――。
その圧倒的な孤独を前にして、俺は、痛む胃を左手で押し込みながら、また挑むように盤上に右手を伸ばしていた。
上等だ。
俺が、お前をその世界から引き摺り降ろしてやるよ。いつか、必ずきっと。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

  • 名人は最も孤独な棋士‥ -- 2015-03-30 (月) 09:36:27
  • 美しい世界をありがとうございましたm(__)m -- 2015-03-30 (月) 09:37:01

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