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花の夢

半生il注意。
元旦スペの早見×九差壁

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

 彼は、薄汚れた壁を眺めながら、ぼんやりと考える。
 考える時間だけはいくらでもあった。彼にとって、今生きていることは計画外のことであり、それゆえ彼は静かだった。
 余生を過ごすというのはこんな感じなのだろうかと、彼は考えていた。
 彼は生きているはずではなかった。けれど、死ぬと決めたときに死ななかった。死ねなかったのではないし、
死にぞこなったというのも少し違う。ただ、死ななかった。それはまぎれもなく彼の意志だったが、だからといって、
生きる希望を持っているわけではない。
 つまるところ、今生きていることは、彼にとって余りの時間だった。

 未来を考える機能が壊れてしまった彼は、ぼんやりと過去ばかりを思い出していた。
 例えば、7年間働いていた屋台珈琲店。他人から見れば不安定で夢も希望もないような仕事だっただろうが、
彼には彼なりの誇りと愛着があった。ろくに体を動かすこともできないほど狭い店内の、一つ一つを、彼は今でもありありと瞼の裏に思い描くことができた。
 例えば、思い出と呼べるほどの思い出もない、父親のことを。父親の死が彼に与えた影響は強かったのだろう。
 だが、それは悲しみというより、不意に横殴りにされたような重い衝撃だった。父親の死に顔を見ても、
 悲しめるほどの思い出すら彼の中にはなく、悲しみに浸ってしまいたいのに、ひたすら空虚だった。
 泣くこともできない虚ろの中で、こんなに近くにいたのにという衝撃だけが、唯一リアルな手触りを持っていた。

 そして、例えば ─── あの人のことを。

ある男との出会いが、彼に一つの計画を思いつかせ、実行させた。それは二重構造になっており、男の計画を隠れ蓑にして、
彼自身の目的を叶えようというものだった。
だが、彼は知っていた。本来、二重構造のおもちゃ箱は、目的という名のコインを入れれば、隠しBOXへ落ちる仕掛けになっているべきだ。
けれども、彼の作ったおもちゃ箱では、コインはどこにも留まらない。いっとき留まったかのように見えても、
スルリと抜け落ちて、誰の望みも叶えはしない。
彼は初めから知っていた。十億を手にして公園を買い取るなど、夢物語でしかないと。
知っていて行動に移したのは、彼には失うものが何もなかったからかもしれない。別にそれは、今まで、彼を絶望させたりはしなかった。
彼は家族に縁薄く、特別親しい友人も持たなかったが、だからといって自分を不幸だと思っていたわけではなかった。
彼は彼の人生を生きており、この特別幸せでも、特別不幸せでもない日々こそが、そこらじゅうにありふれている生活なのだと知っていた。
その意味では、彼は確かに自分の人生を受け入れていたし、国や政府に対する強い憤りなどもってはいなかった。

─── そういう意味では、自分よりずっと、あの人のほうが、純粋だった。

初めから、犯罪で手にした十億で、公園を買い取ることなど不可能だと知っていた。それでも彼が実行に移したのは、
その目的は、突き詰めてしまえば、自己満足であったのかもしれない。
誰もかえりみることのない人々に、傘を差し出して、ほんのいっとき守ろうとするような自己満足だ。
長期的に見れば誰も助けていない。本当に彼らのことを思うならば、もっと別の方法を取るべきだ。……だけど、本当にって、なんだ?
ほんの一瞬、差し出された傘に、心が救われることだってある。たとえ無意味でも、何も成していなくとも、
そんな優しさが必要なときだってある。彼はそれを知っていた。彼の人生において降り注いできた優しさというのは、
常にそういった類のものだったからだ。だから、彼もまた、自己満足という名前の傘を誰かに差し出して、ほんのいっとき守ってやりたかった。

─── それを、あの人に話していたら、あの人はなんと答えてくれただろうか?

わからない。彼が問いかけることはなかった。なぜなら彼にとって男は本物の桜だった。彼自身は、
季節に左右されることもなく店の隅で埃を被っている造花だったが、男は春にしか咲かない本物の美しい花だった。
少なくとも彼は、そう思っていた。
だから彼は、男に真実を打ち明けることはなかった。造花の理論など、本物の花には理解できないだろうし、
して欲しいとも思わない。本物の花には、本物の花としての生き方がある。それは造花の彼から見れば、あまりに理想主義で、
現実から程遠く、哀れなほどに夢想的だったが、同時に、手を触れることが叶わぬほど美しかった。
夢を見ることをやめてしまった彼にとって、男の語る理想は、赤々と燃える太陽のようだった。美しかった。
決して手が届かないとわかっていても、頷いてしまうほどに。
いっそ男の語る理想に身をゆだねてしまうかと思ったことも、一度や二度ではなかった。男と過ごす時間は、
彼にとって久しぶりに温かく、幸福だった。理想以外のことを話しているとき、男は彼を弟か、まるで息子のように扱った。
ぞんざいで、荒々しく、それでいて楽しげに。何度も使い走りにされて、彼の部屋には男の好む銘柄の煙草ばかりが増えた。
お前は若いくせに体力がないと呆れられて ─── 男に比べればほとんどの若者が体力なしだろうと彼は
内心で思ったが ─── 早朝マラソンに付き合わされたこともある。柔軟体操も大切だと、足を開いた状態で思い切り背中を押されて、
股関節が脱臼するかという目にあったこともあった(その時ばかりは、さすがの彼も涙目になって抗議した)

楽しかった。今になって、あの人のことばかり思い出すほど。

いっそ、男がただの友人に戻ることを望んだなら、彼は計画すら捨てたかもしれない。
だが彼はわかっていた。もし彼が、共犯者としての立場を捨て、ただの友人としての関係を望んだなら、
男は何もいわず彼の元を去っただろう。男はどこまでも本物の桜だった。造花にはなってくれない。永遠に。
そして彼もまた、そんな男を愛していた。造花にはなれない、どこまでも純粋で理想主義な男を、守ってやりたかった。

男の理想に身をゆだねてしまおうかと思う日もあった。どこまでも男についていって、ともに死んでしまおうかと考える日もあった。
男との日々が永遠に続かないかと願う日もあった。計画の全てを捨てて、平凡だがそれなりに幸せな生活を、
男とともに生きていけないだろうかと祈る日もあった。

けれど彼は、そのどれも選ばず、ここにきた。結局は、初めの計画を変えることなく、男を欺き、殺し、金を奪い、
包囲されて…………ただ一つ、計画と違うのは、生きていることだけだ。

死ぬはずだった時に死ななかったから、今さら死ぬ気にもなれなくて、彼は毎日を生きている。

ここに至るまでのことを、毎日ぼんやりと思い出しているけれど、特に後悔も悲しみも浮かばない。
これで良かったのだと思う。彼はいまや凶悪な犯罪者だ。金目当てに幼い子供たちを誘拐し、仲間を操り罪をなすりつけ、
挙句に殺した。忌まわしい事件の主犯、唾棄すべき犯罪者。……男の理想が汚される日は来ない。
造花は踏みにじられてもいい。けれど本物の桜が、真実美しいものが、ゴミのように扱われるのは耐えられない。
汚されるくらいならば、永遠に隠しておく。男の理想を知っているのは自分だけでいい。あの人が何を憂い、何を願って、
どんな風に生きていたかは、誰にも語らない。自分の罪状がどれほど重くなろうとどうでもいい。裁判で、報道で、
男の心がしたり顔で解説される日など、永遠に来させはしない。これはただの金目当ての誘拐であり殺人だ。それでいい。

あの人の真実は、自分が胸の中に隠し持って、墓まで抱いていく。

そのために、自分はあの人を殺したのだから。

ただ、彼には一つだけ不思議なことがあった。
夢を見るのだ。男の夢を。
夢の中で、男は何も語らない。裏切り者である彼を、罵りも蔑みもしない。
自分の願望が見せているにしては、不可解な夢だった。彼はむしろ、男に徹底的に軽蔑されることを望んでいた。
本物の桜である男なら、必ずそうするだろうと思ってもいた。
造花の自分を理解して欲しいと思っていたわけではないし、慈悲を請うていたわけでもなかった。

なのに、どうして。

──── 夢の中で、男はいつも、笑っているのだろうか。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

  • 最後の一文で泣きました……!速水の心情をこと細かに、ドラマの人物通りに描写されていて速水の虚無感、それ故の悲哀が痛いほど伝わってきます……!大好きな小説です、心惹かれるお話ありがとうございました! -- さいら? 2012-04-28 (土) 08:59:01

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