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Forget-me-not

ヒカ碁ヤンスミです。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「買い物に行ってきます」

楊海は自室の机に残されたメモを指先で摘み上げた。
伊角が投宿して1ヶ月。
ほぼ棋院内で事は済むとはいえ、
日常のこまごまとした物の購入や、
息抜きと称して楽平らに連れ出される外食の為
周辺の店に行きつけなども出来ている。
外はまだ明るい。
成人男性の一人歩きを心配する状況ではないが、
楊海は落ち着き無く窓の外を見やったりしてしまう。

伊角は一見地味な外見だが、よく見るととても綺麗な顔をしている。
それに気付いたのはこの部屋の退去を決める最初の対局中だった。
対局に手一杯だった伊角はあずかり知らぬ事だが、
不自然なくらい見つめてしまった。
目を奪われていた。

次に気付いたのは夜半の雷雨を見る横顔で。
既に消灯した部屋に踊る雷光に、
水のように静かな気配で、すっと伸ばした背筋で、
「こちらの雷は青いんですね」
と呟いた顔を見て、ああ自分はこの青年を好きなのだと知った。
引き寄せてそのまま奪った。
驚きや、物慣れない故の羞恥と焦りは見せたが
嫌悪による拒否は無かった。
それをいい事に関係を続けている。

楊海は溜め息をついた。
何故伊角が自分に従い続けているかが分からない。
だが問い詰めて「押しに弱いからです」などと言われてみろ、
二重の意味で終わりだぞ、と足を留めたままでいる。
それに自分だってずるい。
彼にいまだに、一度も「好きだ」と白状していないのだから。

「戻りました」

ドアを開けると、出かける前には不在だった楊海が在室していた。
部屋の中で唯一散らかっていない伊角のベッドの上に、
日用雑貨を入れた袋と、もうひとつの包みを降ろす。
楊海が寄ってきて覗き込む。

「何?」
「あの、いつもの食堂の杏仁豆腐を……
 さっき訓練室で冷たい物が食べたいって
 言ってたから」
「買ってきてくれたんだ!ありがとう!
 よく持ち帰りって単語知ってたね」
「いえ、知りませんでした」
そう言って苦笑した。

「漢字なら分かるかなって、紙に『持帰』って書いたんですけど
 全然伝わらなくて。他のお客さんまで集まってきちゃって、
 ジェスチャー大会でしたよ」
「はは!それは見たかったな。それで通じたんだ?」
「いえ、そういえばと思って、『テイクアウト!』
 て言ったら満場一致で『ああ!』って。
 なんかすごく皆やりとげた感じになって……
 何笑ってるんですか」
「いや、伊角君らしいなと思って……ばかにしてる訳じゃないよ」
そう言いつつも身をよじっている楊海にむくれて、
白いポリエステルの容器をその胸に押し付けた。
「もうずっと笑ってたらいいです。
 この話はもうしません!」
「ごめんって。怒らないで?」
ね?と機嫌を取ってくる楊海に背を向けたが、
怒った訳ではなかった。
自分の口が過ぎた事を後悔しているだけだ。
帰国するまでの、ただの遊び相手であろう自分が
彼の為に筆談やジェスチャーで必死になっていたと、
そこに気付かれたら疎まれてしまう。
それが何よりも怖い。
黙っていなくては。
せめて帰るまでは。

見送りは固辞されたが、無理矢理空港まで付いてきた。
出国手続きも全て終わって、
後はもう別れるだけだ。

「本当にお世話になりました」
「世話という程の事はしてないよ。
 君は碁の事以外で我が侭を全く言わないし。
 楽な同居人だったさ」
それだけじゃない。好きだと言え、自分。
内心で鼓舞しながらも、その一言を引き伸ばしている。
伊角が「我が侭……」と呟いて、ふと手を上げた。

視線を彷徨わせていた自分の左手の袖を、
二本の指で控え目に捉えられた。
どうかしたかと問う前に、
伊角が楊海の国の言葉で言った。

「ダイツォオ」

諦めたような、勇気を全部使ったような笑顔で繰り返した。
「ダイツォオ。」
ぽかんとしている間にさっと指は離れ、
これ前の時にお店の人に教わってたんですよねと笑って続ける。
「それじゃあ、お世話になりました!」
一礼して伊角はゲートの向こうに消えていった。

取り残された胸に彼の声が何度も響く。
ダイツォオ。
帯走。

持って帰りたいです。

飛行機は遅延もなく空を走って行った。

成田空港では意外な人物が伊角を出迎えた。
「慎ちゃんお帰り!」
「桜野さん!わざわざ来てくださったんですか」
「成瀬門下代表でね。だって2ヶ月も行ってたんだもの、
 そりゃ心配したのよ皆」
「すみません」
「しっかりしてるのに抜けてるとこもあるから。
 成瀬先生の所にもさっき楊海さんて人から電話が来てたのよ」
楊海、の名に心臓が跳ね上がる。
これで別れだからと、
直裁にではないものの告白などしてしまったのだ。
今更無かった事には出来ないが、嫌われていないかなど
もう会う機会も無いだろうに未練がましく気になってしまう。
「あの……なんて?」
「さっき飛行機に乗りましたって!」
丁寧な人よね、と桜野は頷いて、
「それから、持って帰るって言った物を忘れて行ったって。
 近々日本に行くから、その時渡しますって」
慎ちゃん何忘れてきたの?と呆れ顔をされた。

「だからそれまで忘れず覚えておいてだってさ」

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

  • きゅんきゅんしました -- 2012-01-31 (火) 00:41:52
  • この話いいなぁ♪ -- 2012-06-22 (金) 00:36:41
  • 禿げ萌え -- 2017-11-11 (土) 05:27:06

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