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雨が連れてくるもの

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

十一月の空は晴れていてもどこかに暗い鉛色が隠れている。
まして今日のように曇りがちの空なら尚更陰鬱に暗い。そんな空の色が部無はあまり好きではなかった。まるで醜い自分自身の正体を見抜かれているかのようで。
人間であればこんな気分の時に煙草を吸うのだろう。
廃ビルの剥がれ落ちそうな壁にもたれながら、あの人はどうなのだろうか、と脈絡もなく一人の
男の顔を不意に思い浮かべてしまい、そのことに一人で内心戸惑っている。
こんな気持ちになったことなど、今まで一度たりともなかった。
誰かをこれほど思うなど。

この頃、部羅の視線が何故か怖い。
何を言うでもなくただじっと部無を凝視してくる表情は、『あたしを欺くんじゃないよ』と言っているかのようだ。無論、欺く筈もない。
ただ、誰にも言えない些細な秘密を胸に抱えているだけだ。
『それがあんたの、そしてあたしらの破滅にならないといいね』
そんな婀娜な声が聞こえる気がした。

ぽつり、と雨粒が暗い空から落ちてきた。
もうじき夜になる、空気も冷えてきている。この勢いなら雨も本格的になるのだろう。それでも
部無はそこから動く気になれなかった。
指先が冷たい。
雨脚も激しくなってきた。
「寒い、な…」
思わず口にした呟きが意外なほど強いことに部無自身が驚いていた。寿命も短く脆弱な人間と違い、自分たちはこの程度寒かろうとどうということもない。なのに今は心までが空虚になりそうなほど
寒さを感じていた。
原因など、とうに分かっている。
雨に濡れた指先をぬくめようと背を丸めて息を吐く自分の姿は、さぞ滑稽なことだろう。
なのに。

「、部無さんじゃないですか、奇遇ですね」
「…あ」
差しかけられる傘の下で、見覚えのある顔が柔和に笑んでいた。
なのにこんな時に限って心を見透かしているように声をかけてくるのだ、この優しい男は。

こんな寒い雨の日に崩れそうな壁にもたれかかって退屈そうに空を眺めているなんて、傍から見れば
ただの酔狂な暇人でしかない。一体どう思われただろうと不安になりながら仕方なく目を合わせる。
「…棗さんじゃないですか。どうしたんですか?こんな時間に」
「いやあ、さっきまでこの近くで起こった事件の捜査をしていましてね、ようやく終わったんで署
に戻ろうと思ったら部無さんを見かけましたんで」
「そう、ですか…」
どう返答していいか分からず曖昧に言葉を濁して誤魔化そうとする部無に、棗はいつもの快活な
口調で笑いかけてくる。
「今日は随分気温が下がりましたね、もう冬ですしねえ」
「いえ、それほどは」
突然こんな風に出会ってしまったことで、どう話を合わせていいか分からなくなっていた。弾む
ことのない何度かの会話の後で遂に部無は口を噤んだ。
「部無さん?」
いつも以上に無様に口籠る部無をどう思ったのか、棗が顔を覗き込むような素振りをした。
「あ、の…」
「随分濡れているじゃないですか、寒いでしょう?」
「…いえ、いいえ…」
ぐっと近付く顔に胸が張り裂けそうになりながら、どきまぎと言葉を返す部無の頬に濡れた髪から
水滴がしたたり落ちる。
「怖がらないで下さい」
不意に、棗がひどく真剣な顔で告げた。
「え、一体、何を…」

傘を叩く雨の音が激しさを増していて、余計に耳に障る。
「どうしてあなたはいつも、そんなに寂しそうなんですか?」
まるで尋問でもされているような言葉に、何か言おうとした口が止まる。
「あんなにお美しい奥さんも可愛らしい息子さんもいらっしゃるというのに」
チガイマス、と怯えて声にならない声が喉の奥で掻き消えた。部羅は妻ではないし部露も息子では
ない。どちらかと言えば三つ子と言った方がいい存在だ。しかしそれを言ったところで信じては貰
えないに違いない。似た年恰好の男女と子供が同居しているとなれば、それは人間の世界では親子
でしかないからだ。
「離れて、くれませんか?」
感情が昂ぶる、ざわりと身の内の血が騒ぎ出した。これ以上この男の側にいたら危険だと本能が吼
えていた。
「離れません」
だが意外にも、棗は普段の柔和さをどこかに隠したようにぎらぎらした目で部無を見ている。
「あなたを前にすると、僕は善人ではいられないんです」
「何を、仰って…」
離れなければいけない、離れたくない。
双反する感情が激流のように渦巻いて、遂には昂ぶることさえ超えてしまったように妙な冷静さが
部無に訪れた。
このまま、どうなってもいい。
「雨が激しいですから、棗さんも濡れますよ」
「構いません、あなたといられるなら」
片手が頬を滑った。何をされるのか分からないまま目を見開いていた部無の冷たい唇にも長い指が
這う。
そのまま棗の怖いほど真剣な顔がさらに接近してきて、舌先で唇を舐められた。あ、と声を上げ
そうになった瞬間を狙ったように唇の間から舌がするりと入り込んで絡め取られた。決して怖くない
とは言えない。しかし未知の感覚ばかりが立て続けに襲い掛かってきたせいで、もう何も考えら
れなくなっていく。
人間とは情を感じればこうして触れ合うのだろうか、とおぼろに考えたものの、すぐに霧散して
しまう。

「…すみません」
どれほど経ったか知れない。
気が付けば棗に抱き締められていた。どうやら変身しなくて済んだのは幸いだったと言うしかない
だろう。幾ら何でも激情に押し流されてしまうなど、軽率だった。
「いえ、こちらこそ…」
何でもないことのように装って離れると、棗はどこかバツの悪そうな顔で薄く笑う。
「今の事は、忘れないで下さいね」
「…忘れません」
先程までの雨は大分小雨模様になっていた。もっと何か交わす言葉があったのかも知れない。それ
でも何一つ言葉にはならなかった。それは棗も同じようで、じゃあまた、と以前と同じに部無に傘
を握らせて来た時と同じように立ち去っていく。
忘れません、でもあなたもいずれ俺たちを蔑むのでしょう?
密かに胸の中で呟いた言葉もいつまでも残り続けた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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