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現代版ドラマシャ一ロック@ビビシ
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真っ直ぐに伸びた、美しい白い指先が、目先を横切る。
「コニ一のあの傷はきれいだった、とでも思い出したか?」
破傷風菌の潜伏期間とその後それが人体に何をするかを知れば、ワトンソはとてもあの傷が美しいとは思えない。だから、彼は間違っている。しかしホ一ムズは満足げだ。
眉根を寄せ、口端をへし曲げてはいても、今自分の眼が間違いなく微笑んでいるからだ。
そこから少なからず困惑を読みとってくれたら、という願望は益体ないこと。
「子供の頃、一週間ほど傷の観察をしたことがある。切り傷だ。シャワー室でつけた。ノズルの先にでもひっかけたんだろう。放っておいた。幸い破傷風にはならなかったから今こうして話している。」
一息おいて、ホ一ムズはそこに傷があったと思しい左手人差し指の付け根を顔面へ近づける。つまらないことを話している、という自覚がそうさせるのか、そこにワトンソがいないようにまるでこちらを見ない。
「傷はその後膿んだ。医者に見せ塗り薬をもらってこいとク口フトが言ったから膿んだ。」
「正論なのに兄さんのせいか。彼の親切まで嫌う必要はないだろう?」
「助言など必要ない。やつの助言が今まで役に立ったか?」

ワトンソは黙って、同じ表情を極力ホ一ムズに見えないよう、寝返ってみる。しかし背筋が粟立つきりで、あまり防御にならなかった。
「それは面白かった。」というそれが一瞬わからず、ああ、とワトンソは傷にもう一度眉根が寄る。「経過に関しては興味ないだろうから省くが、一週間退屈せずに済んだ。」
「嫌な子供だな。」
「子供が何であれ興味を持つことに親は喜ぶ。例えばモルフォ蝶の生態とか、ダイナソーエイジを生き延びその後繁栄した有袋類の生命力、エトセトラ、エトセトラ。」
「株操作や内部告発もか?」今度はホ一ムズが眉根を寄せる番。
「冗談だ。」「いや、先週投機が混乱したのはリャドの15歳がある風評をネット上に流したからだ。その理由は…君は知りたくないだろう。」
「…嫌な時代だな。」
なぜ?といぶかしむホ一ムズに、ワトンソはやはり苦笑を背けた。
彼はいまだに判然としない。犯罪を好きな振りは犯罪を封じる道義心への隠れ蓑(パフォーマンス)?
しかしホ一ムズには正義を問えない。彼は知っている、それが既に絶滅して久しいから、軽口にのぼらせる栄誉すら授ける気もない。

「だがク口フトがママに告げ口して、結局抗生剤を塗られた。」
そこでホ一ムズは身体を起こしもう一度、塗られた、無理やり、と言う。おや、さっき君が使って置いたLubeはまだキャップを閉めていないな、と言いたげに目線が床面へと流れる。
いや、置いたんじゃないし、キャップの在り処ももうわからない。実際投げ捨てたし、あんなものが用意されていたことにワトンソは動揺した。
そんな涼しげな顔で言うから、忘れた方がいいのだと思い込もうとしたじゃないか。
そして思い出した自分に彼が楽しげなのを、ワトンソは喜ぶべきか?
「傷は痕も残らず、すぐに消えてしまった。つまらない。」
「きれいな手のほうがいいぞ、女性にもてる。」
わざと言ってみたが、そんな気まずさの隠蔽にはホ一ムズは応じはしない。
「指に一生消えない傷をつけるにはどうすればいいか。考えたことは?」
あると思うのか?そう言いかけ、ワトンソは逡巡し、「継続だ。鍵のかかる容器に専用の小型刃物。肌身離さず持ち歩き、管理を徹底させる。」
「ある種の束縛か。君がロマンティストとはね。悪くはないが、ひとつ問題だ。」
「不衛生か。なら軟膏もセットさ。」
「痛みは不要だろう?痛みはさほど楽しい感覚ではない。」
時折ホ一ムズは彼らしくないことを言うように感じる。なぜなら、捜査に行き詰った時の懊悩を、本心では嫌がっていないように見えるからだ。

いや、こういう思考も悪い癖だ。他人に吹聴してはいけない、特にサリーのようなレイシストには。
「じゃあ君の提案は実現不可能ということになるが?」
「ひとつ、良い方法があるぞ。」
答えを開陳する際に見せる彼の喜悦に、ワトンソの腹底が疼く。嫌なのだ、ずっと。その顔は事件現場でしょっちゅう顕れるから、気が気ではない。自分以外に見せて欲しくないからするな、と、喉元まできているのに、言い出せる日なぞ来るはずもない。
「その答えもぼくは知らない方が良さそうだ。」精一杯の抵抗。
「切り落とせば良い、指自体をね。そうすれば記憶に留めずとも見ればいつでも思い出す。」
「思い出すだって?馬鹿な。そんな理由で自傷を肯定するほど君が浅はかとは思いたくないね!」
ホ一ムズの顔色がまた変わる。驚いている。なぜ相手が怒っているのか、皆目わからない。白紙の顔だ。
「別に実行しろとは言ってない。観察が面倒になったそのあと思いついただけだ。」
意外だな、と言いたげだが、それを声にしてくれないのがホ一ムズの矜持だ。
悔しがってもしかたない、ワトンソの背はもう一度ひるがえる、音のないため息と共に。

「でも傷なんてそんなものだ。君だってそうだろう?」
「ぼくのなんだって?」どうか苛立ちが含まれたことに彼が気づいていませんように。
「アフガニスタンのつけた惨い傷も時間がさっと一掃だ。」「…それはまだ従軍している者たちへの…」「冒涜か?」「…そこまで言うつもりは…」「軽んじている?」「もういいから続きを…」言うがいい。
「実際杖に頼り足をひきずって歩く君はいただけなかった。間違えるな。心の傷のせいにして殻へ閉じこもうとするジョソ・ワトンソの安全圏への撤退がいただけないだけだ。」
「負傷者を馬鹿にしているわけじゃないことぐらいわかっている。」
ホ一ムズの破顔が、どうせ自分には嬉しい、瞼をおろすワトンソ。
「良かったじゃないか。もとより傷など存在しなかったように走り回ることができて。」
「そうだな。来年の五輪にも出場できるだろうよ。」
「……まあいい。」定期的におとずれる退屈の語源にまたひとつ追加、曰く『スポーツの祭典』。遺憾に思います、バロン・ク一ベルタン。
それなのに、寄せる肌は冷え始めたとはいえ、まだ先刻の熱が放出をこらえてくすぶるように、ワトンソへ触れた肘先から体幹へその存在を主張する。
「…あーシャ一ロック、君はそうしているだけだからいいけれど、ぼくはその…応じるのは難しいと思う。」
「良くやったと褒めればいいのか?」続けられるのか? またなんと変わった誘惑だろう。
「もうひとつ問題がある。」不如意だ、尖った顎を傾げるだけで心外を表すホ一ムズに、やはり言わねばならないか。このいたたまれなさを裏切る自身の変化にも、ワトンソはやりきれなさを覚える。

「君に愚かさを指摘されるのは一向に平気だが…だめなんだ、自分がその、あまりにも馬鹿みたいに思えて。」最中に、と告げるのだけはお許しください、神よ。
「その馬鹿みたいな『営み』でこの国が延々?栄してきたことを、ぼくは否定もしないし非難する気もない。」
「…いや、そうおおごとに考えてもらわなくても…ああ、くそっ、つまり…」
「いいから構わずおのれの本能に従え、ジョソ・ワトンソ。命令されたいのか?そういう方が好みか?」
ホ一ムズの厄介なところは、爪垢もそう思っていないくせにその言質には本心と思わせられることだ。
「オーケー、わかりました、仰せのままに。」
身体を深く沈めながら、おかしい、徴(しるし)をつけたのは自分の方なのに、ワトンソはホ一ムズの滑らかなうなじに口づけながら自問する。
ただ、彼のどこにも傷などつけたくはない、そんなもの、彼には似合わない、と、石膏像に紛う肌理に眩む前に、ワトンソは右手を伸ばしサイドランプの明度を下げる。ホ一ムズの上半身を、そっと反転させる。無理強いではないぞ、これも君の意志だ、との私見はみずから却下。

Fin

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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