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泡沫

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
映画「津具名井」の伍長×主人公。>>226の翌日談。エロは無し。捏造多め。
一回で終わるはずがもう少し書きたくて、もう少し幸せにしてみたかった。

明け方、ふと目を覚ますと昨夜確かに自分と共に眠ったはずの彼が隣りにいなかった。
それに自分は、あぁまたかと思う。
空は徐々に白み始め、夜の薄闇を西の方角へ追いやる時刻のようだったが、辺りはいまだ仄暗く
ただ窓越しに繰り返し波の音だけが聞こえてくる。
彼はきっとそこにいるのだろう。
思い、伸ばした指先で探ったシーツの上には微かに残るぬくもりがあって、彼がいなくなってから
さほど時が過ぎていない事を自分に教えてくれる。
だから、起き上がった。
まだ少し眠い頭を覚ます様に振りながら着替え、部屋を出ようとする。
とその時、ドアの近くにあった椅子に掛けられていた彼の白いシャツが目に止まった。
少し考え、それに手を伸ばす。
そして今度こそその足は、静かに誰もいない部屋を後にしていた。

夜明け前の波は黒い。
ただ波打ち際で砕ける時だけ白い波頭を見せるそれに服が濡れるのもかまわぬよう、彼は一人海に向かい立っていた。
裸足だった。
靴が周囲に見当たらないところを見ると、家からここまでそのまま歩いてきたのか。
怪我をするぞ。
そんな事を思いながら、後ろ姿に声をかける。
「俺の人魚姫はそんなに海が恋しいのか?」
我ながら芝居がかったそんな言葉に、前方の彼がゆっくりと振り返ってくる。
「誰が人魚姫だって?」
まだ日の昇らぬ空の下では、遠目でははっきりと彼の顔は見えなかった。
それでも、聞こえたその声にはこの時、微かな笑みが滲んでいるようだった。
「おはよう。」
穏やかに告げられる挨拶にこちらも同じ言葉を繰り返す。
そうしながら波打ち際に立つ彼の側にゆっくりと近づいて行くと、自分は手にしていたシャツを彼の肩へそっと掛けた。
「この時間だとまだ海風は冷たいだろう。」
季節は夏にさしかかっているが、日の光が射さない朝方の風は時として肌寒さを感じる。
そんな気遣いが伝わったのか、彼はありがとうと小さく礼を返すと、掛けられたシャツを軽く前で引き寄せた。
そしてもう一度視線を海へと戻す。
静かな表情をしていた。
そんな彼の隣りに立ち、自分も同じように前方の夜の闇と溶けあう水平線を眺めながら再び口を開く。
「眠り、まだ浅いのか。」
もともとぐっすり眠るタイプでは無いようだったが、彼は時折早い時間に目を覚ますとふらりと一人ベッドを
出ていってしまう事があった。
それはこの海辺に居を構えるようになってから数が増えたようにも思える。
最初の頃ほど驚き焦る事も無くなったが、それでも目を覚ました時居るはずの彼の姿が見えないのは
心臓に悪いがゆえの問いに、しかしこの時彼は小さく首を横に振ってきた。
「そう言う訳ではないけど……戦争中に比べればずっとよく眠れているよ。あの頃は夜中に空襲があったりして
ベッドで休む事もろくに出来なかったから。」
「また、そんな極端な例を出されても…しかしあの辺りでもそんなに空襲酷かったのか?だとしたら悪い事をしたな。」
数年前の大戦時、自分が従軍している間、あとに残る彼に自分はそれまで住んでいた己の部屋を提供していた。
別に綺麗でも広い訳でもない、何の変哲もないアパートの一室ではあったけれど、好きに使ってくれればいいと。
そう言ったのは親切心だけでない、どこかで彼を自分の関係するものに縛り付けておきたい独占欲があったのだけれど
しかしそんな自分の意図を知らぬ彼は、少し慌てたように返事を返してくる。
「そんなふうに言わないでくれ。空襲は確かにあったけど、でもロンドンなんかに比べれば小規模なものだったし。
あっちは酷い惨状だったらしいから。それに、」
ふと声に神妙な響きが籠もる。
「感謝してるよ。あの頃、記憶を無くして右も左もわからなかった俺に誰かを待つ場所を与えてくれた事。」
一人きりでは無いのだと実感できる場所で生きていける事は、世情と相まり何もわからず不安定になりがちだった心を
ギリギリの所で支えてくれた。
今更ながらに初めて聞くあの頃の彼の心情に、自分はこの時そうかとだけ告げる。
そうか、それなら良かった。
彼の言葉に色々な意味でホッとするのを隠しきれず、だからきっと複雑な表情になっているのだろう顔を見られるのを
避けたくて、知らず足が彼が立つ場所より少しだけ前へと進み出た。
靴を履いたまま波に濡れるのもかまわず。そんな自分に彼が訝しそうに名を呼んでくる。
けれどその声には答えず、自分はこの時前を向いたまま殊更明るい声で、更なる過去の思い出を口にしていた。
「大家にはおまえの事親戚だって嘘ついたけど、きっとバレてただろうな。」
端正な顔立ちで、自身は覚えていないようだがかつて医者を目指していたと言うほどの教養を持っている彼と
無学平凡な容姿の自分では、明らかに身についた雰囲気が違う。
本来ならば他者への部屋の又貸しは許されない事だったが、時勢が時勢だっただけに金さえ前払いをしておけば
見て見ぬふりをされたのは幸いだった。
あの頃を事をそんなふうに思い出す、そんな自分に添うようにこの時後方からも声がする。
「大家、いい人だったよ。街の事がよくわからない俺を気にして、時々声をかけてくれた。」
「おまえ、気に入られてたんだな。俺には愛想の一つもなかったぞ、あのオヤジ。」
「そうなのか?でもおまえが帰ってくるって手紙くれた時、どうやって迎えようって悩んでた俺におまえの好きな
ワインの銘柄教えてくれたのも大家だったけど。」
それは…捨てたゴミの中味を漁られでもしていたのか。
少しだけうすら寒い感覚に襲われながら、同時に自分はもう一つ、当時の事を思い出す。
「そう言えば、そのワインのおかげで俺はあの時、心臓が止まりそうな思いをさせられたんだったな。」
それは終戦を迎え、ようやく帰還が叶った日の事だった。
自分の生存と帰れるだろう日だけを記した手紙は先に出しておいた。
故郷へ戻る兵で満員の汽車を降り、駅から脇目もふらずまっすぐに帰途につく。
所々戦争の爪痕を残す街中を通り過ぎ、その先に壊れず残っていたかつての住まいの建物の外観を見つければ、
胸の動悸と足取りは更に早いものになった。
長旅の疲れを忘れ足早に玄関へ飛び込むと、その勢いのまま階段を駆け上る。
そして辿り着いた部屋の前で逸る気持ちを抑えながらベルを鳴らしたが、あの時それに返される室内からの
反応は無かった。
2、3度同じ事を繰り返し、それにも応答が無いと持っていた自分の鍵を取り出す。
その脳裏には瞬間、嫌な考えがよぎっていた。
焦る思いで踏み込んだ部屋の中には誰もいなかった。
自分が住んでいた頃に比べ物も少なく綺麗に片づけられたその室内の様子に、先程感じた嫌な感覚が胸の中で
更に大きく膨らんでゆくのをまざまざと感じる。
彼はもしかして記憶を取り戻したのだろうか。
そしてここを出ていった。もしくは、
戦時中に何かに巻き込まれて、死……
それまで考えもしなかった、しかし可能性を否定しきれない想像に背筋に冷たい悪寒が走り、肩が震える。
しかし、その瞬間だった。
不意に耳に届いた扉の開く気配と、部屋の中へ駆け込んでくる足音。
それに反射的に振り返れば、そこには階下から走ってきたのか、大きく息を切らしながらこちらを見つめ立ち尽くす
彼の姿があった。
荒く乱れた呼吸を吐き出す、人より少し赤い唇が動く。
ごめん、下で姿を見たって聞いて。でもこんなに早くだとは思わなかったから今まで買い物に…
まるで言い訳のように腕に抱えていた紙袋を前に突き出し、証拠だとばかりに見せようとしてくる。
そんな不器用な腕を、あの時自分は掴んでいた。
彼の言葉は途中から何も聞こえなくなっていた。
その代わり、ただ一つの想いが身体中を満たしていく。

いた、いてくれた
生きていてくれた……ここに、いてくれた……

互いにただいまやお帰りを言う間も無く、引き寄せ、力の限りで抱き締め、そのまま2人床の上に崩れるように倒れこんで、
あの時自分達は明るい部屋の中でもつれるように愛し合った。

「考えてみたらあの時も買ってきた物全部床に落として、せっかく手に入れたワインも割ってしまったんだよな。」
遠い記憶と昨夜の事が思いもかけず重なり合ったのか、不意にそんな事を告げてくる彼の言葉に、自分の意識は
藪から蛇を出したような気まずい現実に引き戻される。
しかし彼は、それはもう通り過ぎた事だと言うようにクスクス笑って、でも良かったと続けてきた。
「なし崩しだったけど、あの時は俺も実は帰ってきたおまえになんて言えばいいのかわからなかったから。」
今はもう遠くなった昔を懐かしむように語られる。
「手紙をもらってから色々考えてた。おまえが帰って来てからの事を。恋人とかいるなら今度こそ甘えず部屋を
出ていかなきゃいけないよなとか。」
「はぁ?」
唐突にそんな事を言われ、たまらず声が裏返る。
そして思わず振り返ろうとしたその背中にこの時、コツンと当たる彼の温かな額の感触があった。
いつの間に距離を縮めていたのか。
そんな驚きに刹那動きが固まり、それでもなんとか声だけは懸命に絞り出す。
「…そんなもの、あの頃の俺にいた訳ないだろ…」
「うん。でも不思議だよな。こんなに優しいのに。」
尚も、どこか茶化すような忍び笑いが触れられた背中越しに伝わってくる。
それに自分はこの時、ムッとするとも呆れるともつかない感情が胸の内に沸き上がるのを覚えていた。
まったく、人の気も知らないで。
何と告げればいいか、悩んでいたのは自分とて同じだったのに。
気づけばはっきりと自覚できるまでになっていた彼に対する恋情は、離れる度に募り、好きだから側にいて欲しいのだと、
そんな願いをどう切り出せばいいのか、彼の戸惑いを思えば答えはいつも袋小路に陥って、そんな日々を何年も何年も……
それが、あの時一気に決壊した。
言葉より何よりただ勢いだった。
一度堰を切ればもはや止める術のなかった想いのままに、好きだと告げ、名を呼び、幾度となく口づけた。
そしてこれ以上ない宝のように優しく頬を包む、そんな自分の両手の中であの時、彼は泣きそうな目をしながら何度も
小さな頷きを返してくれていた。
あの時、ゆっくりと持ち上がり背に回された彼の手が、今同じぬくもりのまま同じ背に触れてくる。
「俺は幸せだ。」
静かに告げられる、その声の響きは穏やかに柔らかかった。
しかしそれは言葉の意味とは裏腹に、瞬間自分の胸に小さな痛みをもたらした。
何も知らないがゆえに彼が口にする幸福。
それは波がさらえばすべて消えさる、この足元の砂のように脆いものに思えて。
一度は抑えつけたつもりだった心の不安が再び浮かび上がってくる。だから、
「だったらどうして……」
一人で出ていく?
明け方の失踪を微かに咎めるように問えば、それに彼は少し考え込むような沈黙を落とし、しかしそれでも、
「それもやはり……幸せだからだよ。」
紡がれた彼の告白は、どこか遠くで聞こえる歌のように軽やかだった。
目が覚めて、隣りにおまえがいて、その顔を見ていたら幸せで……幸せすぎて。
また目を閉じたらもう二度と眠りから覚められないような気がするから。
起きていようと、思った。
温かなベッドから抜け出て、冷たい波に触れ、それでも世界が変わらなければ、これは夢ではないのだと
やっと安心出来る気がした。ただそれだけ……
「でも、ごめん。心配かけたな。」
そっと謝罪が告げられるのと同時に、背に触れていた彼の額と手が離れてゆくのがわかった。
それを自分は咄嗟に追いかける。
今度こそ振り返り、後ろに下がろうとしていた彼の腕を取って、正面から抱き締める。
短な後ろ髪に指を差し入れ、その頭を自分の肩口に強く押し付ければ、それに彼は驚き少しだけ身体を
強張らせたようだったが、それもわずかな間だった。
「おまえは…思い詰めるといつも言葉より先に身体が動く。」
ポツリと零されたいさめの言葉。しかしその声にはこの時、どこか可笑しそうな笑みが滲んでいた。そして、
「今度は何?」
己の身を覆う突然の激情を宥めるような口調でそう問うてくるから、それに自分は返す言葉に窮した。
今度は何……あぁ、何だろう。
考えた所でこの胸の感情を彼が理解できるように上手く形にする力はきっと自分には無い。ならば、
「……人魚姫、な…」
もういっそ、これも勢いのままに。
不意に呟き落とした、それは先刻戯れに口にし、今また唐突に思い出されたとある童話の主人公の名だった。
学の無い自分でも知っている、恋した相手が真実を見抜けなかったばかりに海の泡と消えた少女。
それが今、自分の中で彼の姿と意図せず重なり深い衝動をもたらすから、無意識に彼を抱く腕に力がこもる。
彼女は海に帰れず、陸にも馴染めず、居場所の無いまま信じた相手にも裏切られた者だった。
が、それでもその相手に悪意はなかった。
ただ知らなかった。
それでも彼女の末路がああも無情なものだったのなら、もしその相手に何かしらの意図があれば、あの話の結末は
更にどれほど酷いものになっていたのだろう。
真実を隠し、偽りを与え、己の望みの為だけに違う人生を歩ませる。そんな欺瞞のからくりを知ってしまったら彼は
怒るだろうか、嘆くだろうか、恨み、去っていくのだろうか。
しかし、もしそうなっても自分は……
「おまえが消えてしまうくらいなら…殺してくれていい…」
きっと今を後悔出来ない。
もはや自分だけが知る唯一の真実。
それを暴かれる事によって彼が再び無実の罪に落とされ、笑顔を失くしてしまうのならば、いっそすべてをその手で、
「殺してくれていいから……」
本当に、そう思う。
繰り返し足元に押し寄せる波に彼がさらわれないよう抱き留めながら、祈り続ける。
そんな自分に彼はしばし逆らわず腕の中にいてくれたが、それでもやがてゆっくりと身を起こすと、その目を上げてきた。
「…どうしたんだ?」
密やかな声と心配そうに自分をうかがい見てくる表情。
いきなり脈絡も無くあんな事を言われれば当然だ。
そう思えば、ああやはり自分は口が下手だと少しだけ可笑しくなった。
だから何でもないと、笑いながら自分はこの時見上げてくる彼の頬に安心させようとその手を添えた。
優しく撫でる、その指先にふわりと淡い光が射した。
「…夜が明けたな。」
スッと向けた視線の先で、白い日の光に浮かび上がった水平線が横一線に広がってゆく。
世界が夢から覚めてゆく。
それを2人で眺めながら、もう一度だけ、

消えないでくれ

そう胸の中で呟いて、自分はこの時、腕の中の彼の視線を自分の方へ戻させるとその唇に深い口づけを落としていた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
代行ありがとうございました。長すぎてすみません。


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