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絶対零度 深沢×塚本 「悲しい夢」

ドラマスレの913です。津鴨っちゃんへの追悼の意を込めて。

※半ナマです
※攻めも受けもノンケです
※攻め×元カノ(捏造設定)の描写があります

!2011年12月1日に修正、後編を追加、完結(詳細は感想BBSをご覧下さい)
!初回の録画に失敗したためシーズン2未視聴、矛盾があったらすみません

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「深澤ぁ」
 仕事を終えて一階へ降りるエレベーターの扉が閉まった瞬間、薄藍鼠のジャケットと柄の悪いサングラスを身に着けた、
俺より十五センチ以上は身長の低い、六つも年上の先輩が、隣の俺を見上げて名前を呼んだ。
「何ですか、塚元さん」
 彼の顔を見ずに呼び掛けに答える。
「お前の異動祝いに、二人で飲まねえか?」
「は?」
 思わぬ誘いに、ほとんど睨むように塚元さんを見下ろした。異動祝いの酒の席ならつい先日、
四係のみんなに無理矢理連れて行かれた。そこにあんたもいたでしょう。
大体、真逆のタイプの仲の悪い人間と二人きりで酒を飲んで何が楽しいんだ。
「今のうちに、言っておきてェこと全部言わなきゃな、と思ってよ。お前も俺に言いてぇこと山ほどあるだろ?」
 要するに、罵り合おうってことですか。馬鹿馬鹿しい。
「別に」
 俺がまた正面を向いて彼の顔を見るのをやめると、皮肉たっぷりの声が狭い空間に響いた。
「へぇ~。じゃあ、お前から見て俺は完璧な男って訳か。やったね」
 今、この人はにやにやと笑っているに違いない。そうこうしているうちに一階に着いた。扉が開いたと同時に、二人とも歩き出す。

「あんたに限ってそれはないです」
「じゃあ、飲もうぜ」
 隣を歩く彼の声から皮肉が消える。
「お断りします」
「んだよ、先輩の誘いを断る気か!?」
 喚いて、行く手を阻むように俺の前に立ち塞がった。本当に短気で乱暴な人だ。
「塚元さんは巡査部長で俺は警部、階級は俺の方が上なんですが」
 彼は暫く俺の顔を睨み上げた後、背を向けてゆっくり歩を進めながら、
普段の軽薄さが感じられる口調ではなく、捜査中に時々聞くことが出来る、低い真面目な口調でこう言った。
「階級なんざ知るかよ。そりゃあ、お前はもうすぐ係長になるから、部署は違っても上司になっちまうけど、今はまだ同僚だろ。立場は同等だ」
 ……同等? あんたは、後輩だからって理由だけで俺を見下してたんじゃないんですか? 
この人の体術は、刑事の中でもずば抜けて優秀だ。だけど、体は小さくて、年相応に少し贅肉が付いている。
体が大きくて、柔道も剣道も成績優秀だった俺が全く敵わない相手じゃない。彼の唯一の特技でも、
俺は彼が自分より下だと思っている。それなのにこの人は、俺を自分より下ではなく、同等だと思っていたのか。
「……分かりましたよ」
 うんざりしながら俺が承諾すると、振り返った塚元さんはサングラスを外して、悪戯に成功した子供みたいに、無邪気に笑った。
「へへ、俺の勝ちだな! 口喧嘩でお前に勝ったのは初めてだ」
 俺はたっぷりと皮肉を込めて言う。
「最初で最後ですけどね」
「今の俺は、お前にどんな皮肉を言われても全然腹が立たねえ」
 上機嫌の塚元さんを見て思う。どうしようもない単細胞だ、この人は。

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 酔っ払いの中年親父に肩を貸しながら、大都市の繁華街を歩く。塚元さんが何度か行ったことがあるという居酒屋では、
ほとんど彼が一方的に俺に話し掛けるだけだった。しかしそれも長くは続かず、一緒にいる意味なんか無いくらい、
お互い無言で目を合わせることすらなく酒を呷った。ペースを全く考えずに飲んだ塚元さんは、自力で歩けないほどに酔っている。
刑事がこんな無防備な姿を晒していいはずがない。傍に同じ刑事がいるから別に良いとでも思ってるのか。
「深澤ァ、このまま俺んちまで送ってけよ~」
「家、近いんですか?」
「まあまあ遠いかな」
「意識がはっきりしていてまともな会話が出来るんなら、自分で歩いてくれませんかね」
「眠くて体に力が入んねーんだよ。俺だって、出来ればお前の肩なんか借りたくねェ」
「分かりました。あんたのこと道端に捨てるんで、這い蹲ってでもタクシー拾って下さい」
「酔い潰れた俺が親父狩りとかで死んだらお前のせいだからな」
「その辺の暴漢に襲われて死ぬようなタマじゃないでしょう、あんたは」
「うん、まあ返り討ちにしてやるけど。あー、やべぇ。マジ眠ぃ。寝たい。もう駄目だ。深澤、俺のこと捨てていいぞ。俺は寝る」
「……道端で寝るか、まあまあ近くにある俺の家のソファで寝るか選んで下さい」
「あア? ……何が悲しくて野郎の家に泊まんなきゃならねーんだよ……あれか、お前ゲイだったのか」
「同性の家に泊まるってだけでそういう想像する方がゲイなんじゃないですか」

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「はー。こりゃ随分と小綺麗なマンションに住んでんなー。独身男の部屋とは思えねぇぞ。彼女に掃除して貰ってんのか?」
 リビングを見渡して、塚元さんが心底驚いたように言う。彼女は今はいない。
大学生の頃から付き合っていた女性がいたが、数年前に性格の不一致が理由で別れた。
「光井にフラれてばかりで彼女のいない塚元さんの部屋は、さぞかし汚いんでしょうね」
「うるせえ! お前が想像してるよりは綺麗だよ! ちょっとぐれぇ汚いのはしょうがねーだろ。
忙しくて非番の日じゃなきゃ掃除してる暇なんてねぇし……」
 俺はぶつぶつ呟く塚元さんをソファに座らせる。彼はだるそうにジャケットを脱いで、ネクタイを外して、
シャツのボタンを幾つか開けて、瞼を閉じて、倒れるようにソファに横になった。
俺は彼が床に落としたジャケットとネクタイを畳んで、床に置き直す。何で俺がこんなことまでしなくちゃならないんだよ。
仕事の疲れとアルコールのせいで重く感じる足をキッチンまで動かして、冷蔵庫からミネラルウォーターの
五百ミリリットルのペットボトルを取って、二人掛けのダイニングテーブルに座った。
テレビのリモコンの電源と消音のボタンを押して、昔と比べて何倍も綺麗になった映像に目を向ける。
塚元さんが好きそうな下らないバラエティの方がまだマシなんじゃないかと思うような、理不尽で下らないニュースがやっていた。
水を飲みながら何も考えずにテレビを見ていると、塚元さんがむくりと起き上がった。
「……深澤……ちょっとトイレ借りるわ……」
 聞こえるか聞こえないかの声量で俺に一声掛けて、覚束無い足取りでトイレへ向かう。トイレに行った塚元さんは、
十分経っても戻ってこなかった。力尽きてトイレや廊下で眠っているんじゃないかと思い、確認するため椅子から立ち上がる。
廊下、トイレ、洗面所と見回ったがどこにも居らず、消去法で寝室に向かった。

 寝室の電気を点ける。予想はしていたものの、流石に呆れた。
「……何やってんですか、あんたは」
「……んー……? ……見りゃ分かんだろ……寝よーとしてんだよ……」
「汚い服着たまま人のベットで寝ないで貰えますか」
 目を閉じたまま、塚元さんは口元で笑う。
「やっぱり綺麗好きなんだな、お前……ゆうきちゃんの嫌がることしてやろうと思ってよ……」
 馬鹿にするように下の名前で呼ばれて、いつかの下らないやり取りを思い出す。
(なあなあ深澤! お前の名前と一字違いの『フ/カ/サ/ワ/ユ/ウ/キ』って
グラビアアイドルがいるんだけど、知ってたか? ゆうきちゃ~ん)
(ユニセックスな名前を馬鹿にするなんて、まさしく頭と性格の悪い人のやることですね、恵吾さん)
(下の名前で呼ぶんじゃねぇよ、気持ち悪ぃ。さぶいぼ立ったっつーの)
(あんたが先に呼んだんでしょうが)
 こんな程度の低いことをする人を相手に腹を立てたら負けだ。
「寝るんなら勝手にどうぞ」
「おう、勝手にさせて貰うわ……おやすみー……」
 頭と性格の悪い先輩を無視して、寝室の電気を消してリビングに戻った。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 風呂に入るために、パジャマと下着を取りに再び寝室へ向かう。電気を点けても何の反応も無かった。
クローゼットを開ける前に、どうしてもあることが気になってベッドに近づく。
ベッドサイドにしゃがみ、静かに寝息を立てている塚元さんの左腕の袖のボタンを外して、シャツを捲くった。
気になっていたそれを――学校飼育動物連続殺傷事件の捜査で負った切創を観察する。
(人が傷付くの見て、そんなに面白えか!)
 短気で乱暴な人だが、完全に理性を失うほど激昂している彼を見たのは、あれが最初で最後だった。
本人は掠り傷だと言っていたが、この傷跡はずっと残りそうだ。これを大したことが無いと言えてしまうのなら、
もっと酷い怪我をしたことでもあるんだろうか。頭で考えるよりも先に、直感の赴くままに体が動いてしまう
この人ならありえる。シャツの袖を下ろしてボタンを嵌めていると、突然、塚元さんが眉を八の字にして眉間に皺を寄せた。
「……母さん……」
 失笑した。三十九歳の男が魘されながら母親を呼ぶなんて、マザコン以外の何者でもない。正直、軽蔑する。
「約束……守れなくてごめん……」
 彼はまるで苦痛に耐えるように喘ぎながら、両手の指先を枕に食い込ませた。
「……母さんを轢き殺した奴は……俺が、この手で捕まえるって、約束したのにな……」
 ――思考が一瞬、止まった。あんた、今、何て言った? 轢き殺した……?
「……時効……なんて……何の……ために……あるんだよ……畜生ォ……っ……」
 生まれて初めて、頭で考えるよりも先に体が動いてしまった。俺の右手が黒子のある左頬をそっと撫でて、流れ落ちた涙を拭った。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 息が、出来ねェ。寒い。痛え。苦しい。俺の名前をそれしか言えなくなったみてーに呼び続けてる櫻木に、
「殺してくれ」って懇願しちまいそうなくらい、キツい。でも、そんな馬鹿なことを言わなくても、
すぐに楽になれることは分かってんだ。もう助からないことくらい分かってる。俺の直感は良く当たるから間違いねえよ。
腹の出血は酷くなる一方だし、口ん中も鉄の味が溢れてきて気持ち悪ィ。拳銃が視界に入った瞬間には、もう撃たれてた。
アレがナイフだったら、取り押さえられる自信があったんだけどな。殺人や人身売買を何とも思わない悪魔みてぇな女とはいえ、
まさか白衣の天使が職場でバッグん中に剥き出しの拳銃を携帯してるなんて、思いもしなかった。
深澤や高嶺だったら、これくらいのこと想定してたはずだ。ぜってー認めたくなかったけど、深澤の言う通り、俺の頭は相当悪かった。
「櫻木です。塚元さんが撃たれました。被疑者は車で逃走しました。申し訳ありません。ごめんなさい、深澤さん――
私は大丈夫ですよ。塚元さんもきっと大丈夫です。ここの病院に、さっき連絡して助けを呼びましたから」
 ……深澤に電話してんのか。俺のせいで、あいつはまた上からも下からも叩かれるな。
深澤、お前の捜査を続けるって選択肢は正しかったんだ。指揮官のお前のせいじゃねえぞ。ただ、兵士の俺が役立たずだっただけだからよ。
まァ、俺が死んだくらいで立ち止まるようなタマじゃねぇよな、お前は。

 それにしてもツイてねえなあ、チクショウ。いつだったか光井ちゃんが「占いではね、左頬にホクロのある人は
強運の持ち主なんですよ。だから塚元さんは色んな意味でしぶといんですね」って俺に言ってたけど、俺は運に見放されてた。
おふくろの仇は捕まえらんなかったし、撃たれた上に犯人逃すわで、俺の人生はとことんツイてなかった。負け犬人生ってヤツだ。
意地でも負けたくなかったから、「カツ丼食って勝つ」って古臭ぇ縁担ぎまでしてたってのによぉ。悔しいなあ……悔し過ぎて、
年甲斐もなく泣きたくなってきた。櫻木が止血しようと華奢な手で必死に押さえてくれてる腹よりも、胸の方が痛ぇ、ような気がする。
ああ、駄目だ。櫻木の声が、聞こえねえ。自分が何言ってんのかも分かんねぇや。視界が霞んで五感が働かなくなってきた。
いよいよ死ぬんだな。あぁ、やっぱり死にたくねー。人生八十年の時代で、まだ折り返し地点の一歩手前だってのに、
もう終わりだなんて、あんまりじゃねえか? 生きてさ、未来が見てぇよ。未来が見てぇのに、今、俺が見てんのは過去だ。
走馬灯って本当にあるんだな。今までの記憶が鮮明に蘇って、最期に見えたのは、白井氏さんと蔵田係長が
楽しそうに軽口を言い合う姿だった。長い年月を掛けて築き上げた強い信頼関係で繋がってる、年上の部下と年下の上司の姿だ。
俺と深澤の関係が、白井氏さんと係長みたいな関係になることだけは、確実な未来だと思ってたんだけどなぁ。

 その未来は、過去に縛られて生きていた俺が夢見た、叶わない未来だったんだ。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 寝苦しい熱帯夜にベッドの上で夢と現実の狭間でうとうとしていたら、突然、寝室の明かりが点いて、懐かしい声がした。
「深澤ぁ」
 ゆっくりと重い瞼を持ち上げる。真夏なのに愛用のジャケットを着て、真夜中の室内なのに愛用のサングラスを掛けている声の主は、ベッドに腰掛けて、人懐っこい笑みを浮かべながら俺を見下ろしていた。
一緒に仕事をしていた時はいつも、小さい彼を俺が見下ろしていたのに。
「……何でここにいるんですか、塚元さん」
 俺の口調は自分でも驚くくらい淡々としていた。
「ん? いちゃ悪いのかよ」
 別に悪いことじゃない。でも、あんたはもうここにいちゃいけない人間だ。
「だって、あんた、死んでるじゃないですか」
 ほんの一瞬、凶弾を撃ち込まれた彼の腹部がおびただしい量の赤黒い血液で濡れているように見えた。
「だからこんなド深夜にお前んちにいるんだよ。幽霊は神出鬼没なんだぜ」
 ああ、やっぱり俺は夢を見てるんだな。幽霊なんてものが存在するはずがない。これは夢で、目が覚めればきっと全てを忘れるんだろう。
「そうですか」
「なあ、深澤」
「何ですか」
 塚元さんは微笑んだまま、生前と同じように、俺を馬鹿にした口調で尋ねた。
「お前、俺が死んだことがそんなに悲しいのか?」
「別に」
「お前さ、俺のこと、ムカつくけど、実は結構好きだったろ?」
「あんたに限ってそれはないです」
「そっか」

 一度正面を向いてサングラスを外した彼は、再び俺の顔を見下ろす。
「深澤」
 そして、悪戯に成功した子供みたいに、無邪気に笑った。
「俺はさ、お前のこと、ムカつくけど、実は結構好きだったぜ」
 「結構好き」じゃなくて、「別に嫌いじゃない」の間違いでしょう。サングラスをポケットに仕舞った塚元さんは神妙に語り始めた。
「遺される奴の気持ちってのを、俺はよぉーく知ってるからよ。みんなにそういう思いをさせることになって、
本当にすまねぇと思ってんだ。特に櫻木の奴には、辛い体験させちまった。お前、櫻木にさ、俺が謝ってたって
伝えてくんねーか? あいつんちにも行ったんだけど、あいつ、俺にしがみついてわんわん泣くもんだから、
何も言えなかったんだ。中身はアレでも、あんな可愛い女の子に胸で泣かれたら、お前だって何も言えなくなっちまうだろ?」
 櫻木。お前はどこまで馬鹿なんだ。心臓の鼓動が聞こえない胸で泣いたりしたら、ますます涙が出てくるに決まってるだろう。
「……あー……それであんなに泣きじゃくってたのか。悪いことしちまったな……」
 今の彼には俺の心の声が聞こえるらしい。俺の夢の中の存在なんだから、そういうこともあるんだろう。
塚元さんは目を伏せて、右手で自分の服の胸の辺りを握り締めた。櫻木より馬鹿なのはこの人だ。純粋と言っていいほどに。
「俺は櫻木より馬鹿じゃねーし、純粋でもねぇ」
 塚元さんは胸元を握り締めたまま、まるで独り言のように呟いた。
「俺のここには、ヘドロみてェに汚ぇもんが渦巻いてんだ」
 俺や四係のメンバーが知っている、感情的で無駄に明るくて間抜けな塚元さんからは想像なんて出来ない、
負の感情が綯い交ぜになり、黒を通り越して色を失ってしまったかのような声音に、心が冷える。

「死んだらこういうのって消えるもんだと思ってたけど、消えなかったなぁ」
 ぼんやりとした虚ろな表情で、どこを見ているのか分からない目をしているこの男は、本当に塚元さんなのか? 
裏表の無いところが彼らしさだという俺のプロファイリングが間違っていたとでも? 
ここまで考えて、我に返る。これはただの夢だ。あの日、塚元さんの弱さを知った俺が、
この人にもこういう顔があるに違いないと思い込んで、今、目の前にいる姿を作り出したんだ。
その証拠に塚元さんも我に返ったみたいな顔をしてから、彼らしい調子に戻った。
「俺のおふくろはな、轢き逃げされて死んだんだ。時効さえ無けりゃあ、何が何でも犯人とっ捕まえてやったのによ!」
 母親の仇を捕まえるために警察官になったなんて、正面から過去と向き合って生きてきたなんて、
やっぱりこの人は単純馬鹿だ。この人は「未/解/決」と/い/う/名/の/地/獄で、ずっともがき苦しんできたんだろう。
多くの命を救ってきた刑事が、何であんな形で命を奪われなきゃならなかったんだ?
彼の母親の命を奪い、法の裁きから逃れた犯人は、今もどこかでのうのうと生きているかもしれないのに。

「理不尽だ、こんなこと」
 無意識に口から発せられた呟きに、塚元さんの表情がみるみる険しくなった。開かれた口から怒声が飛ぶ。
「理不尽なことなんざ仕事で腐るほど見てきただろうが! ンでもって、お前はこれからも見ていかなくちゃならねぇんだよ!
頭の中が整理出来ねェなんて冷静沈着なお前らしくねーぞ、深澤! 警視庁一の頭脳はどうしちまったんだ!? 
IQが高くて、今まで百点以外を取ったことなんか無ぇってのが、お前の自慢だろ!?」
 俺は右腕で目を覆い隠すようにする。
「上司命令です。消えて下さい、塚元さん」
「何言ってんだ、お前? 俺は殉職で二階級特進したんだぜ。お前と同じ警部だよ。
深澤、しっかりしろ。そんなんじゃ捜査でもひよっちまうぞ」
「警部としての仕事を何もしていない塚元さんより、俺の方が立場は上でしょう」
 頼むからもう消えてくれ。このままじゃ、俺はあんたに口喧嘩で二度も負けることになる。
「……分かった。お望み通り消えてやる。その代わりさ――」
 言うや否や、被疑者を確保する時のように素早くマウントポジションを取った塚元さんの左腕が、
俺の右腕を掴んで持ち上げる。腕に力を入れて抵抗したが、信じられないくらいに強い力でシーツに押さえ付けられた。
こんな小柄な男に大柄な俺が全く敵わないなんて、理屈に合わない。
俺の顔を見た塚元さんは困ったように笑う。今にも泣き出しそうな顔をしている。

「……泣くな、深澤。先輩命令だ」
 その声と違って温もりが感じられない、冷たい死者の右手が、俺の左頬をそっと撫でた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

  • 是非続きを!深沢x塚本大好きです! -- 匿名希望? 2011-10-23 (日) 19:34:07
  • 続きを置いておきました。遅くなってしまってごめんなさい。 -- 作者? 2011-12-01 (木) 17:25:45
  • 続きありがとうございました。是非他のエピソードとかも読んでみたいです。深沢x塚本の小説を今後書かれる予定はありませんか? -- 匿名希望? 2012-01-18 (水) 05:20:59

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