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にぼし

オリジナル。勢いで書いた。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース

 かつて大海を自由に泳いでいた頃の記憶は、すでに記憶の片隅にしかない。
あれほどしなやかであった体躯をうねらせることもすでにできず、
自身がかく水に溶けるように透明に広がっていたそのヒレは白く濁り、或いは欠けている。

 確かに大海原の中では端役であったかもしれないが、
仲間と共に連れ立って泳ぎ、一塊となってするりするりと向きを変え、
喰らおうとする大魚の目をかわした時などは、己の小ささを忘れるほどに実に痛快であった。
今はこれほど小さいが、いつか八寸ほどになったら連れ添う相手もできるのだろうと、
青い水の向こうに心地良い前途を夢想していた。
だが今は、ただ小さな小袋の中に隙間無くぎゅうぎゅうと押し込められている。

 はて、何がどうしてこうなってしまったのやら。
考えたところでどうとも答えは出ぬのだが、考えずにはいられない。
堂々巡りに陥っている頭の片隅に、どこからともなくしくしくとすすり泣く声が聞こえてくる。

 動かぬ目を無理に動かしてそちらを見れば、己と同じように袋に詰められた仲間の姿が見える。
いや、見渡す限りそのような同士ばかりであるのだが、そのうちの一匹がさめざめと泣いている。

「どうした、何が悲しい?」
声をかけるとその彼は、努力の末こちらを見て言った。
「このまま自分が消えてしまうのだと思うと、あまりにも悲しいのです」

 折角この世に生まれ出て、ここまで命からがら生き伸びてきたというのに、
訳も分からず硬い身体にさせられ、このまま消えていくのはあまりにも切ないと、
乾いた目から流れぬ涙を流しつつ、か細い声で訴えてくる。
生きた証もなく、ただこのまま消えていくのかと責めるように問いかけてくる。

 同じ立場である自分になすすべなどある筈もなく、
その泣き声が日に日に弱っていくのを、こちらも日に日に聞こえにくくなる耳でただ聞いているしかなかった。

 時々袋は大きく揺さぶられ、自身に覆いかぶさっていた大量の仲間達がどこかへ連れられて行く。
その度に上空から湿気た風がふわりと舞い込んでくるが、それはただ湿気っぽいばかりで、
生まれ育った海のような潮の香りはしない。

 いつかは自分もああやってどこかへ運ばれるのだろうと、半ば諦めつつ揺さぶられるままに過ごし、
揺れに身を任せて袋の中を右往左往していたところ、
ふと見れば、あの日泣いていた彼がすぐ斜め下にいるではないか。
「おお、まだお前はここにいたか」
「貴方はあの時の……」

 もう自分らの上には誰もいない。我々は次にここから出されるのだろう。
「そうして儚く消えてしまうのです。何も無くなるのです」
彼は搾り出すように言う。濁った視界にかろうじて映るその顔があまりにも切ない。

 まだ動くだろうか。ギギと音を立てて無理に身体を伸ばす。
「生きた証が欲しかったと言ったね」
そう呟いて、目の前の唇にそっと自身の唇を重ねた。

 幾ばくかでも慰められればとした口付けに、思いがけず心がかき乱される。
それは硬く干乾びていて、貪ろうにもカサカサとした音しか立てなかったが、
同じ運命を背負った者同士の最期の精を流し込むがごとく、あまりにも熱くそして甘美であった。
なるようにしかならないのだと悟ったような気でいたが、生きたいという欲にここで苛まれようとは。

「ありがとう……。忘れない……」
離した彼の唇から掠れた声がもれた。口付けたことを、後悔した。

 次に生まれ変わることがあるのなら、お前と共にまた海に生まれよう。
並んで泳ぎ、餌を喰らい、こんな乾いた口同士ではなく濡れて艶やかな口付けを交わそう。
懐かしいふるさとのあの海原の中で。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

  • これは良作 -- 2011-05-28 (土) 09:53:39
  • にぼし使えなくなったじゃないかどうしてくれる。 -- 2011-05-30 (月) 20:36:09
  • にぼしを今すぐ海にリリースしたくなった。良作ありがとうございます。 -- 2011-05-30 (月) 23:51:45
  • 才能あるものは森羅万象すべてからネタを感じ取るのだな -- 2011-06-02 (木) 23:17:08
  • 駄目だ…にぼし使えない -- 2011-06-03 (金) 23:35:23

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