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ファイナルファンタジー11 「或る青魔道士の記憶」

某最終幻想オンラインなスレの134さんに触発されて書いてみました。
主要キャラは捏造(原作にはいません)&ダーク・病み・グロ・死にネタ祭りなので苦手な方はお気をつけくださいです。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

 血が騒ぐという言葉は、あまりにも的確すぎた。
 体は知っている、その先には抗いようのない快楽があることを。
 心は理解している、それが忌避しなければならないものであることを。
 錆鉄と脂の匂い、言葉になど表現しようもないほど甘美なそれに、その身の血はざわめき、歓喜する。
 わずかな青色をおびた銀の刃に纏わりついた肉片を振り払う。
 振り落とされた肉片にも、わずかに飛沫を散らす血にも見向きもせず。
 まだだ、もっと、もっと、もっと、もっとだ、血はそうざわめいた。
 
 「ファルシャード?」
 
 自分を呼ぶ声に、急激に意識は悪夢の底から引き摺り上げられた。
 脂汗は額だけではなかった。
 衣服が随分と汗を吸っていて、ひどく不快だった。
 
 いつの間にか眠っていたらしい。
 眠りを求める間隔は少しずつ、しかし確実に短くなっていた。
 この体も眠りを欲するのだ、などと、忘れかけていたことを思い出した。
 この期に及んで、この体はずいぶんと人間らしくなっているのだから、とんだ皮肉だと思う。

 「ファルシャード、大丈夫?」
 大丈夫でないことなど分かっているけれど、と、その瞳は暗に告げていた。
 このところ任務のあとは、いつもこうだ。
 鉄錆と脂の匂いに血は煽られ、この精神を責めたてる。
 それに抗いきれなくなることが、日を追うごとに多くなっていく。

 任務の標的となるものの大半は、殺してもさして問題もない(寧ろそれを前提として、不滅隊には命令が下るといってもいい)。
 けれど、ここ一月ほどの己の行動は常軌を逸している。
 不滅隊には得てして、刃を振るうとなると理性の箍が外れたようになる者はたしかに多い。
 けれど自分がそうであったかというと、それは否であり、そうなってしまったということは、明確な『兆候』なのだ。
 自分を覗き込む相棒であり親友―――ベフルーズがどれだけ心配しようとも、(歩みを遅らせることはできるだろうが)もう止めることはできないのだ。
 ただただ確実に訪れるその時を、ささやかな抵抗を試み―――
…中にはそれすらせずに受け入れる者もいるが、結局は完全な人でなしの化け物になるのを待つだけだった。
 遅かれ早かれ、その身はいつか取り込んだ魔に蝕まれて、心か姿かたちか、あるいはそのどちらもが人ではなくなってしまう。
 漠然とは分かっていたことであり、そうなった同士に引導を渡したことも幾度となくあるけれど、
それが己の身に現実として突きつけられるのは、蝕まれ疲弊した心には余計にくるものがある。

 「まだ、大丈夫だ。」
 ファルシャードはにやりと笑ってみせたが、それでも『まだ』なのだ。
 いつかは大丈夫でなどなくなることは、ベフルーズも知っている。
 その時はせめてこの手で、などと辛気臭い事を言うのはあまり好きではないが、無言のうちに、互いにそう思っていた。
 にやりと笑うファルシャードとは対照的に、ベフルーズは瞳を曇らせて俯いた。

 青魔道士ファルシャード、青魔道士ベフルーズ。
 親も家もない街角の孤児だった、名前のない二人の渾名のようなものだったけれど、青魔道士になってもその名を捨てることはなかった。
 同じ『幸運』の意味の名を持つ二人は、容貌もよく似ていた。
 ベフルーズのほうが僅かに小柄。
 陽にあたった時、髪が上等の金糸のような輝きを帯びるファルシャード。
 
 「明日は早いから、もう少し休んでおくといいよ。」
 「…ああ。」
 

 非常呼集があったら起こすね、そう言うベフルーズの声を背に、ファルシャードは毛布を被ると、程なくして規則正しい寝息をたてはじめた。
 彼の眠りを妨げないようにと、ベフルーズは灯りを点けずに、文机に投げ出してあった本を手に取った。
 明かりがなくとも物が見え、休まずとも不要な食事を摂らずとも済むこの体は便利だとは思うけれど、そうなってしまってから暫くは、はやり辛いものがあった。

 無理をすれば身体は疲れる。
 疲れた身体は眠りを欲する。
 そして空腹を感じる。
 すべて普通の人間であればあたりまえのことで、青魔道士となってからは久しくご無沙汰であったそんな生理現象も、
忌まわしい兆候とともに戻ってくることがある、というのは初めて知った。
 青魔道士にとって眠りへの欲求は、身体よりも精神の疲弊によって齎される。
 兆候によって引き起こされる睡眠も、つまりはそういう事だ。
 ふと、味覚を慰める以上の意味での、普通の人間の普通の食事というものを何年摂っていないだろうと、ベフルーズは思った。
 
 自分にも、いつか彼のように兆候が訪れ、いずれ変容し、おそらく最後は同士の手で葬られるのだ。
 それが彼に訪れるほうが少し早かっただけ、ただそれだけなのだ。
 けれど、そう簡単に割り切ることなどできようもない。
 何よりも堪えるのは、そのとき傍らには、彼がいないということ。
 きっと、ただ自分が人ではない何かに成り果てることよりも、その事のほうがよほどつらく感じてしまう。
 本の中身が頭に入らないのは、暗闇の所為ではなかった。
 寝具としての役割を殆どまっとうできない、真鍮製のベッドに身体を横たえ、瞼を落として、眠りの真似事をする。
 瞼の裏には、爛々とぎらつく瞳で返り血を浴びる親友の姿が焼きついていた。
 
 
 今日の任務は、任務とは名ばかりのものだった。
 へディバ島の魔物の掃討作戦。
 元々僻地であり、この地が皇国に与える脅威はさして大きくはないのだが、この作戦はは定期的に行われている。
 理由は至極単純明快。
 不滅隊、つまり青魔道士達の、人目を憚る必要のない『餌場』の提供。
 存分に獲物を狩り、血を浴び、喰らえ、つまりそういうことだ。

 本来青魔道士の獲物は、魔物であれば、個人の嗜好を除いては対象を選ばない。
 最悪の場合は魔物である必要すらない―――
…つまりは人間でも構わないのだが、そこに行き着いてしまう事自体が禁忌であり選択のしようもないとはいえ、
元々皇国の民からは畏怖と忌避の目でみられる国の暗部が、さらにその暗部までをも、安易に人目に晒すことは決して得策ではない。
 そこで青魔道士達の飢えをしのがせる為に目をつけられたのが、このアラパゴ諸島の片隅の小島だった。
 
 小隊長の号令と同時に、蒼黒の装束の魔道士達は獲物を求めて、各々足早に妖霧の中へと消えていった。
 二人も例外ではなく、しかし互いに離れることのないよう暗黙のうちに島内探索をともにする。
 獲物とて馬鹿ではない、ましてこの島に生息するのは、格段に知能と魔力が高いとされる、インプとソウルフレアだ。
 掃討作戦が所詮形だけの任務とはいえ、掃討すべき対象であることもまた事実。
 定期的な掃討作戦が行われていながら、一向にその生息数を減らさないことがその証左だ。
 
 ファルシャードはといえば、その足取りも態度も、このところと比べれば随分と安定しているように見えた。
 そう見えてしまったことも、事を悪い方向へと向けてしまうことになる。
 食事をするにも気分がのらないと言って、ただ淡々と額面どおりの掃討任務だけをこなす。
 湾刀を振るい、ザッハークの印を結び、返り血を拭うこともなくただ黙々と獲物を狩り続ける。
 あまりの何事もなさに、ベフルーズでさえ気付くことに遅れてしまった。
 少しずつ、彼の歩みが速まり、浮き足立っていることに。
 口元を覆ったこの装束では、彼の口の端が笑みをつくっていることにも、気付けなかった。
 
 ふいにファルシャードの腰のキリジが引き抜かれたのは、鬱蒼とした獣道がくねりだす手前。
 獲物に気付いたのか、引き抜くが早いかその足は一気に低木の茂みの奥へと消える。
 その方角から、場違いな人間の声が聞こえたような気がした。
 
 ベフルーズは慌てて追いかける。
 嫌な予感がする。
 気のせいであってくれ。
 頼むから、そうであって。
 ざわめきの源は木のそよぎか、不安に駆られる心か、騒ぎを感じ取った内に飼う魔の所為か。

 木立を抜けた先で見たのは、苛烈に湾刀を振るう友の姿。
 その対峙した獲物は――――――人間だった。
 赤く染まったサーコートの腹部を押さえ、辛うじてファルシャードの剣戟を盾で防ぐのは、中の国から来たことは想像に易い、山猫の傭兵。
 ふいの闖入者にパニックを起こす白魔道士の少女と、華美なシャイル装束をやはり血で染めあげられた吟遊詩人のミスラ、それを抱きかかえる緋い羽根帽子のエルヴァーン。
 苛烈な剣戟でがら空きの背後を取ろうとしたのは、漆黒の東方装束の男と盗賊風の短剣使い。
 すべて織り込み済みとばかり、ファルシャードは振り向きざまにザッハークの印を組む。
 山猫の傭兵――中の国の冒険者達は、こちらの事情など知るよしもなく、不運にも掃討作戦の場に居合わせてしまった。
 
 考えるより早く、ベフルーズは抜きはなったキリジを友に向け、疾走した。
 一瞬こちらを向いた瞳は、血と狂気に飢えた光を帯びている。
 にげろ、はやく、冒険者にむけてケフィエのヴェール越しにそう叫ぶ。
 なんなの、これは、とか、不滅隊が、とか、どうしてこんなところで、とか、喚く声。
 とにかく冷静であろうとする赤魔道士のエルヴァーンが、錯乱する白魔道士の少女に何かを促した。
 少女の唇が、恐怖に途切れながらもなにかの詠唱を紡ぐのが剣戟の隙間から聞こえた。
 白魔法には疎いので何の詠唱かまでは分からないが、仲間の態度からそれが脱出手段の類であることは想像がついた。
 はやく唱えきれ、心の中でベフルーズは舌を打つ。
 途切れ途切れの詠唱が完了し、転移の魔法は一瞬のうちに発動した。
 冒険者達は淡い光の中に消え、ナイト目掛けて斬り結ばれるはずだったキリジは虚空を掻いた。
 
 「なにやってんだ馬鹿!」
 そう怒鳴るベフルーズへと、今度はキリジの切っ先が向けられる。
 まずは動きを封じなければ。
 ベフルーズの手がザッハークの印を結ぼうと、ファルシャードの眼前へと向けられる。
 しかし青魔法はあっさりと中断させられた。
 ベフルーズの手から湾刀が零れ落ちる。
 ファルシャードの湾刀が口元を覆うヴェールを切り裂く。
 返し刃がひたりと首筋で止められた。

 がくりと足の力が抜け、膝が地におちる。
 「お前、なにしてるのかわかって」
 それでもどうにか制止しようと、睨みつけ見上げたファルシャードの瞳は、血と狂気に爛々と輝いている。
 ベフルーズの喉がごくり鳴った。
 色々と、覚悟しなくてはならないと、状況は否応なくそう告げている。
 
 ふいにファルシャードが膝をおり、友と同じ高さまで視線を落とす。
 「じゃあ、お前が」
 ファルシャードは哂った。
 
 狂気、血の匂い、嵐の前の静けさ。
 
 「お前が、どうにかしてくれよ。」
 熱っぽさを帯びた声は狂気を隠そうともしない。
 そう言うが早いか、ファルシャードは眼前の友の、蒼黒の戦衣を引き裂いた。
 自分のかわりに、文字通り絹を引き裂くその音が悲鳴のかわりとなった。
 身体を地に押さえつけられた頭に、箍のはずれた友の笑う声が響く。
 

 何が起きているのか、何をされているのかは至ってシンプルだった。
 つまり、暴力と同義の性行為。
 けれど、犯され揺さぶられる身体と、悲鳴とも呻きともつかない声をあげる己の割に、意識はそれを随分と他人事のように見ていたと思う。
 自分を犯すファルシャードがどんな顔をしていたのかも、五感が得る情報はいくつもあった筈なのに、それらの殆どをどうでもいい、と認識して切り捨てている自分。
 抵抗すらも、どうでもいいとばかりに切り捨てていた。
 
 ただただ、されるがままに犯される。
 暴力の矛先にされた体が悲鳴をあげるのとは裏腹に、ひどく醒めた自我はあるひとつの可能性を考えていた。
 これはファルシャード自身にすらもう御することのできないところまできている魔を、外側から御する手段になり得るかもしれない、と。
 決して思考だけが冴えていたわけでもない、ぼんやりとした考えだったけれど、これで彼の正気を繋ぎ止めることが出来るなら一考の余地はある。
 
 身体の奥に熱いものが注ぎ込まれ、程なく荒い息だけをのこしてファルシャードは動きを止めた。
 ああ、終わったんだなと、それすらもどうでもいいように、投げ遣りに認識する。
 緩慢に、ずるりと性器を引き抜いたファルシャードは、友を組み敷いたまま動こうともしない。
 ベフルーズも、身じろぎひとつも、ぼんやりと何をみているのか判らない瞳も動かすことはなく、組み敷かれたまま。
 
 時がとまったような空間が、ゆっくりと、再び動きはじめた。
 焦点の定まらないベフルーズの顔に、通り雨のように振った、あたたかい何か。
 
 涙。
 焦点を失った瞳は、くしゃくしゃと顔を歪ませた涙の主を視界の中心にみとめる。
 認識したのは正気を取り戻した友の顔。

 涙と嗚咽を垂れ流す友の唇が、何事かを発するようにかすかに動いた。
 
 「……め…」
 
 崩れるように、ベフルーズの胸に蹲る彼。
 ベフルーズ、ごめん。
 彼の言葉が、何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返される、泣きながら、壊れた蓄音機のように。
 散々に暴れた魔は、満足しきったようになりを潜めていた。
 
 気付くとその手は、彼の金糸のような髪にそっと触れていた。
 何かを言おうと思った訳ではないけれど、彼の暴力も陵辱も意に介してなどいない言葉が、口をつく。
 
 「よかった。」
 よかった、元にもどってくれて。
 よかった、人まで手にかけてしまうことがなくて。
 
 目尻を細めようとしたけれど、唇に笑みをうかべようとしたけれど、どうにもぎこちない気がする。
 果たして、上手く笑えているだろうか。
 
 これだけで済んだ。
 この身体ひとつで、これだけで済むなら、いくらだって差し出すから。
 だから、いいんだ。
 
 強張る体を動かして、子供をあやすようにファルシャードの背に腕をまわす。
 これだけで、少しでも彼の正気を繋ぎ止めることができたのだ。
 
 ねえ、泣かないで。
 俺はファルシャードが戻ってこない方がずっと辛いんだから。
 温度も表情もない声色だったけれど、ベフルーズの唇は淡々と、そう言葉を紡ぎ続ける。

 それからというもの、ファルシャードを度々煽る魔のかたちは、すこしだけ様子を変えた。
 見境なく獲物を求め、追い回し、切り刻む真似をしなくなったのだ。
 もっと正確に言うならば、彼らは暴力と陵辱というかたちでの衝動の発散をいたく気に入った、という事だ。
 そして、表向き身体の主であるファルシャードの側には、それを黙って受け入れる同族がいる。
 普通の人間よりはずっと強く、回復力も生命力もある同族。
 
 任務のあと――つまり、ほぼ毎日のように行われる暴力と陵辱を、ベフルーズは何も言わずに受け入れた。
 最初はただ乱暴で一方的だっただけの行為が、日増しに暴力と狂気を増していこうとも、何も言わなかった。
 それどころか、それでいいんだと、正気に返っては泣き詫びる友を抱きしめるのだ。
 ただ、そんな日々の中で、ベフルーズは少しずつ、感情と表情を、そぎ落とされるように、少しずつ、少しずつ、失っていった。
 
 首に巻きつくように浮かぶ鬱血の跡。
 食い千切らんばかりに残された、項の歯型。
 瞳以外のほぼ全身を覆うメガス装束と、文字通り人間離れした回復能力の所為で、それらが露見することは無い、露見させるつもりもない。
 尤も、同族である同士達には、暴力も陵辱も全て見抜かれているかもしれなかったけれど、止められることがないのならそれでいい。
 彼らだって、内側から己を蝕む魔に抗しきる手段などないのだから、知っていたところで何もできようはずもない。
 これを止められることも、止める事も望んでなどいなかった。
 この身体を供しているうちは、彼に踏みとどめることのできない、最後の一線を超えさせずにいられる。
 彼を失わずに済む。
 物心ついてからの人生をずっと共にしてきた、己の半身のような存在を、引き留めていられる。
 魔物と成り果てた彼を見ずに済む。
 
 内から蝕む狂気に振り回され、疲れきって眠るファルシャードの横で、のろのろと身体を起こす。
 簡素な真鍮細工の施された窓枠の向こうの月は、細く鋭く、闇曜日のそれの色。
 
 いくら人間よりは脆くない体といっても、手酷い暴力と陵辱に晒され続けていれば疲弊は隠せない。
 やっと動かせるようになった身体を引き摺り、浴室に向かう。

 身体に残る痣が、以前よりも消えにくくなった。
 内に飼う魔物の力だって無限ではない。
 求められる『食事』の、回数も量もずっと増えた。
 だから、任務の合間にワジャームの奥地に向かい、プークやコリブリやペプレドを食い荒らす回数が増えた。
 あまりに血を含みすぎた装束を、いくつも処分した。
 使い途のない俸給だけは手元にいくらでもあったから、黄金貨と素材を押し付け、白門の仕立屋に替えの装束をいくつも注文した。
 
 力のない瞳で、ファルシャードの背に刻まれた双頭の蛇を見つめる。
 それは自分にも、他の青魔道士にもおなじように在る、逃れられない宿命と同義のものだった。
 ベフルーズは気付いていない。
 彼の背を見やる己の瞳には、自己犠牲とも諦観とも違う別の色が宿っていることを。
 その正体が、狂気や愉悦の類であるということにも、気付いてはいない。
 いとおしげにファルシャードの双頭蛇にふれる唇の端が、そんなものを含んで吊り上っていることも。
 
 
 押し付けられる衝動と狂気が日常と成り果てた頃。
 切っ掛けがなんだったのかは、わからない。
 けれど、その時は訪れた。
 
 牢獄に収監したはずの海猫党員が逃亡を図り、捜索命令が下された。
 捜査網は海猫党の根城とされる暗礁域を含んだアラパゴ全域にまで及び、捜索部隊には二人の姿もあった。
 
 ほぼ常時、曇天と濃霧に覆われたアラパゴの土地を忌む人間は多い。
 ある種の瘴気に覆われているといっても過言ではないその土地は、青魔道士の中でも好まざる者は多かった。
 ―――中には安住の地とすら言う程に好む青魔道士も居るのだが。
 抗う者にも、受け入れた者にも、―――抗っているつもりの者にも、その瘴気は麻薬のような毒性があった。
 
 少しだけ、嫌な予感がした。
 けれどその理由はわからない。
 いつも以上に濃い妖霧の所為だったのかもしれないし、ファルシャードが佩いたキリジが、いつもの白銀色の官給品ではなかった事かもしれない。
 あるいは、今日身に着けた装束が仕立屋から届けられたばかりの新品であったことかもしれない。
 理由らしい理由など幾らでもあるようにも、まったく無いようにも感じられた。

 いつもどおりの筈のファルシャードの足取りが、あの日のように見えた。
 逃亡者の捜索中、彼らを敵と見做した暗礁域の住人、つまりはラミアや不死者達に襲いかかられ、淡々と彼らを狩る姿が魔を煽ったのかもしれない。
 衝動的にラミアを駆逐した廃船の隅で、強引に手を引いたファルシャードが、正しくは彼の中の魔が、何を欲していたのかはもう想像するまでもない。
 舐りつくすようなくちづけを交わしながら、腐食しかけた甲板に背を押し付けられた。
 ふと、暴力と区別のつかぬ行為を強いられる日々のなかで、そんな扇情的なことなど初めて行われたことに気付く。
 
 そこから先はいつもどおり。
 暴力とともに犯される、ただそれだけ、の、筈だった。
 
 綻んだままで張り詰めていた糸が、前触れもなく、ぷつりと千切れるように、その時は訪れた。
 
 起きた事を理解しきれないファルシャードは目を見開いた。
 ごぼごぼと、彼の喉に何かが溢れかえる音。
 その音に混じって、ベフルーズの名を呼ぶ彼の、口の端から溢れていたのは、血液とそれを多分に含んだ唾液の泡。
 その胸には、己の半身とも言える相手だった、繰り返し呼ぶその名の主の、白銀に煌くキリジ。
 ファルシャードは何かを言おうと、唇を動かす。
 けれど、ごぼごぼと血を吐くばかりで言葉にはならない。
 キリジを突き立て、柄を握り締めたまま、ベフルーズはじっと彼を見つめていた。
 ファルシャードの眼が光と焦点を失い、その身体がゆっくりと崩れおちるのを、じっと見つめていた。
 
 「…………ふ、……ふふ」
 ふふふ、ふふふふふふふ、ふふ、ふはは、はははははは、あははははははは
 胃の腑の引き攣りをそのまま声にしたような、不安定な、怖気を呼ぶ笑い声が周囲に響く。
 何とひきかえにしても失いたくないと、そう思っていた人の血を浴びて。
 半生をともにした同士の血を浴びて、ベフルーズは笑っていた。
 その声は、蝕まれた精神を魔に明け渡した者の声。
 虚ろに眼をひらいたまま動かない友の傍らで、ひたすらに笑う青魔道士。
 肩をふるわせ、いまだに零れる笑い声を隠しもしないまま、穏やかすぎる微笑をたたえた彼は、もう動くことのない友に囁いた。
 
 「……綺麗な剣だね、ファルシャード。」

 瞳にうつるのは、彼の腰に佩かれたままの湾刀。
 官給品のキリジではない、鮮やかに染め上げたようなコバルトブルーの刀身を持つ、アダマンチウム製のキリジ。
 
 別に、その剣に何かを感じたわけでもない。
 魅入られたとか、羨んだとか、そんな単純なものでもない。
 ただ、視界に映ったその冴える蒼を、綺麗だと、そう感じたからそう言っただけ。
 
 彼の、彼としての記憶は、そこで途絶える。
 
 
 
 
 
 
 『報告書:
 
  逃亡した海猫党員の捜索は打ち切られ、現地の隊は即時、ソウルフレアの幼体となった青魔道士の処理へと行動を移行。
  対象、不滅隊士ベフルーズの変容現場と思われる場所には同隊士ファルシャードの遺骸があり、
  隊士ベフルーズの手によるものと思しき殺害の形跡を確認。
  隊士ファルシャードの所有していた武器は幼体に強奪された模様。
  (直後の第一発見者の証言により、同一品と思われるアダマンチウム製キリジの所持を確認。)
  不滅隊士ファルシャードを殺害した経緯については不明。
  変容をきたした隊士ベフルーズへの処置の失敗という可能性が濃厚。
  幼体は変容最初期段階の為、形状は人型を維持。
  遺骸は皇国軍の研究所へと収容。
  遺骸は青魔道士の変容と、その対処に関する研究用としての供与を承諾。
  検死した錬金術師の証言によると、身体には完治しきれていない痣、絞首による鬱血痕等無数の傷を確認とのこと。』
  
  
  □ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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