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亜出流もどき

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・; )映画亜出流の百合を書こうとしたらいつのまにか完全別物に。少し長いっす。

アレンは不安そうに部屋を行ったり来たりしている。ポットは火にかけたし、ティーセットも用意した。
テーブルクロスも皺ひとつ、染みひとつ無い。お茶菓子はいつものスコーンを焼いて、
彼の大好きなラズベリージャムは昨日一日かけてたっぷりと作った。
準備は万端なはずなのに、久し振りに大切な人に会えて嬉しいはずなのに、
アレンの胸はは不安でいっぱいだった。
アレンにとって好きな人に会うと言うことは、いつでも喜びと不安でいっぱいの出来事だ。
寝癖はついていないか、服はきちんと前後ろ間違えずに着ているか、変な顔をしていないか――
コンコンコン。
「!は、はいっ。」
アレンはギクシャクとした動きで扉を開ける。扉の向こうにいるはずの、最愛の人を迎えるために。

「アレン!!!」
「うわあっ!」
いきなり身体を抱き上げられ、アレンはおかしな声をあげてしまう。しかしそれにも関わらず、陽気な
来訪者はアレンを抱えたままくるくると回っている。
「ア、アベルっ!下ろして、目が回っちゃうよ!」
「あはは、ごめんねアレン。でも僕、久し振りに会ったアレンがあんまりにもきれいになっていたから、
つい嬉しくなっちゃったんだ!」
そう屈託なく笑うアベルに、アレンはつい顔を赤らめてしまう。ゆっくと床に下ろしてもらいながら、
アレンはアベルに抗議する。

「僕は男だよ、アベル…そんな言い方おかしいよ。」
「そんなことないよ!アレンは本当にきれいになったから、嘘なんてつけないよ。
世界中のできれいなものや人を見てきた僕が言うんだ、間違いないさ。」
アレンとよく似た顔で笑いながら、アレンとよく似た声でアベルは言い切った。
アレンの双子の兄アベルは昔からアレンを溺愛していた。昔からアレンが一番好きだと言って憚らず、
将来アレンをお嫁さんにすると言ってきかなかった。
実際アベルが実の兄弟であるにも関わらず、アレンに何度も求愛し、
ついには幼いころの宣言を実現してしまったことからも、どれ程アベルがアレンを愛しているかが伺い知れる。
最もアレンもアベルに負けないくらい、アベルを誰よりも愛しているのだけれど。

「やっぱり思った通りだ。」
アレンが紅茶を淹れる姿を見ながら、アベルは満足そうに頷く。

「清国でその服を見たとき、きっとアレンに似合うと思ったんだ。アレンの眼の色と同じ深い翠だから、
とっても映える。きれいだよ、アレン。」
ラズベリージャムをたっぷり塗りつけたスコーンを頬張りながら、アベルはそう言った。
その瞳はキラキラと輝き、アレンは思わず胸が高鳴る。
「…うん。この服、僕も大好きだよ。ありがとう、アベル。」
アレンははにかみながらその言葉を噛み締めた。
朝、東洋の珍しい形の服に袖を通したとき、アレンはその上等な絹の生地と神秘的な雰囲気に、
うっとりとため息をもらした。 何で素敵な服なんだろう、アベルはこれを着たら喜んでくれるだろうか。
喜びと不安がアレンの胸をいっぱいにした。アレンはいつもそうだ。アベルのこととなるとどんな些細な
ことにも期待と不安のまぜこぜになった不思議な気持ちになる。
それは確かに辛いこともあるが、反面とても心地よくもあるのだ。

「あ、そういえばアベ―…」
がちゃん。
「アレン!!」
突然テーブルに手をつく形で、アレンは一瞬よろめいた。それを見るや否や、アベルは跳ねるように
アレンの傍に駆け寄ると、大慌てでその肩を抱いた。
「アレン大丈夫!?ごめん、さっき僕があんなに振り回したからっ…!すぐ横にならないと!」
血相を変え、アベルはアレンを覗き込む。そしてひょいと横抱きにすると狼狽しながらも
アレンを部屋へと連れていこうとした。
「ま、待って。大丈夫だから。」
「で、でも…!」
「本当に大丈夫だから。昨日ね、アベルに会えると思ったらドキドキして眠れなくなっちゃったんだ。
だから少し眠いだけ。本当にだよ、アベル。」
くらくらする頭を押さえながらアレンは微笑んだ。その笑顔をじっと見つめ、アベルはアレンの言葉が
本当かどうか、じっくり見極める。ずっと一緒にいた半身のことだ。瞳を見れば大体のことはわかってしまう。
だからアベルはアレンの瞳を見て、慎重に見極めた。

「…わかった。でもね、アレン。もし少しでも身体が辛かったらちゃんと言って。約束だよ。」
「うん。約束するよ。」
アベルはその返事を聞くと、そっとアレンをソファーに下ろした。そしてアレンの左手をとると、その薬指にキスをする。
アレンもまたそれを見てほっと息を吐いた。
アレンは今、病に犯されている。先は、長くない。昔から病弱で、床に臥せって
いることが多かったが、今の病気がわかったのは五年ほど前だ。医者に治療法はない、後十年生きられないと
言われたとき、アレンは、ああやっぱり、とだけ思った。
医者に言われなくとも自分の身体のことだ、なんとなくではあるがわかっていたのだ。
ただアベルはというと、その事実を知ったときアレンの前でこそ無理に明るく振る舞っていたが、夜一人で
ベッドに入ると声を殺して泣いていた。もうすぐアレンが死んでしまう、アレンがいなくなってしまう。
そう幾晩も泣いた。
だがそんな夜が暫く続いた後、アベルはいきなり家を出ると言い出したのだ。

「そうだ、聞いてアレン!今回ついにローマで見つけたんだよ!例の薬の在処の地図を!」
床に跪き、ソファーに腰かけるアレンの手をとっていたアベルは、そう叫んだ。
そして思い付いたように持ってきた荷物の元に駆けて行き、小さな布袋をアレンのもとへ持って帰ってくる。
アレンは何が何やらわからないまま、呆然とするだけだ。
「小さなカタコンベが見つかったんだ。シラクサ出身の司教が造らせたものらしくてね。
そこからオステンソリウムが見つかったんだよ。
司教は自分の骨をそれに収めさせたんだけど、
その時ヴェニスの高名なヴェトライオにある仕掛けを作らせた。
司教の家に伝わる、秘密を伝えるためにね。」
「ま、待ってアベル…それって司教様のお墓を暴いたってこと!?」
「巡礼だよアレン。祈りを捧げるついでに、何百年分かの埃をお払い申し上げたのさ。」

そうウインクするアベルにアレンは言葉を失ってしまう。
昔からアベルは物怖じしない、積極的な性格だと知ってはいたが、いざその行動力を見せつけられてしまうと
驚かずにはいられない。
そしてまた同時にアレンの胸には、小さな不安が生まれる。
だがそんなアレンを尻目に、アベルは興奮しながら話を続けた。
「彼の祖先はカルタゴやヌミディアなんかの北アフリカの国々と貿易をしていたんだ。
マグナ・グラエキアでも屈指の人物だったらしい。そしてその貿易の中であるものを手に入れた――」
アベルはそっと茶色い麻布を広げる。そこには地図と、いくつかの焦げ目がついてた。
アレンがそれを不思議そうに眺めていると、アベルはニヤリと笑い、言葉を続けた。

「――『ファラオの秘薬』の在処を、ね。」
アレンは驚いてアベルの顔を見た。
かしづくようにアレンに寄り添っているアベルは、自信満々といった表情でそれに応える。

ファラオの秘薬とは、アベルとアレンの父の友人で、考古学者だった人物が研究していた伝説の万能薬だ。
国によってはエリクサーや甘露、ソーマなどと呼ばれる、神秘の薬。
かつてエジプトのファラオがイシスから賜ったとされたそれが、まさか実在するとは。
小さな頃アレンもしばしばその老考古学者の弁に耳を傾けたものだが、にわかには信じがたかった。

「カタコンベの天窓とオステンソリウム、そして壁にかけられたこの麻の地図。
これを一定の位置に動かすとオステンソリウムに反射した太陽の光が布に在処のヒントを
焼き付ける仕組みだったんだ。ほら見て、このヒエログラフ。これが――」
そうアベルが地図の一点を指差した時である。
きっちりとボタンのかけられたカフスの隙間。そこから僅かに覗く白い布があった。
「アベル…」
悲しそうにアレンはアベルの名を呼び、その手を取った。
そしてそっとカフスをされる外し、その下に隠されたものを優しく暴く。
「怪我…したの?」
「あ…い、いや。大したことないんだ、掠り傷だよ。」
現れたのは白い包帯だった。
丁寧に巻かれたその包帯からはほんの少し消毒薬の匂いがする。


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