将軍の休息
更新日: 2011-09-04 (日) 08:14:23
ドラマ 紅将軍の凱旋。 紅愚痴←白 需要がなさげなのでせめて自分で書いてみた。
と、思ったら新スレ乙です。初っ端になってしまって緊張倍増…
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
ロクに論文を出さない大学病院の医者がいるかと学部長に説教され、しぶしぶ学会に参加することにした
田久地がその会合を選んだのは、会場が早見が勤めている病院にほど近い場所だったからだ。
ホテルに向かうより先に田久地は土産を手に件の病院に向かった。
タクシーから降り立った先にある建物は、病院というより洒落たホテルのようだ。
初めて目にするそれを前に、懐かしさを込め田久地は巨大な建造物を見上げる。
感慨と共に田久地はゆっくり病院に向かって歩き出した。
「え? 早見先生の以前の勤務先の……?」
田久地は声をかけた看護師の微妙な反応に戸惑った。
救急やICUの忙しさは骨身に沁みているので、軽く挨拶だけして辞去するつもりだったのだが。
「これ、ICUの皆さんでどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
抱えていた菓子箱を渡しても若い看護師の困惑顔は晴れない。まさか早見に何かあったのだろうか?
「ご存じかとは思いますが、大病を患われた方なので、向こうでは僕とても早見先生にお世話になってまして、
それで陣中見舞いがてら様子見に来てみたんですが、何かあったんですか?」
「あ、いえ、元気です。とても……元気で」
何故か、数々の事件で無理やり鍛えられたある種のセンサーが盛大に警報を心の中で鳴らしだした。
看護師が窓越しに中庭に目を向ける。つられて田久地を庭を眺めた。濃い緑と東京ではお目にかかれない青空。
「……早見先生が赴任してきてしばらく経った頃のことなんですが」
田久地は再び目を看護師に戻す。看護師は諦めたように話し出した。
「ヤクザ?」
「はい、地元では有名な暴力団の会長で、警察関係者や、ヤクザの世界では『闘犬』と呼ばれていたほどの、
もういい年なんですが、とにかく迫力があって……」
それは厄介な患者だろう。
「整形でIMHSのオペやったんですけどそれは無事に終わって、でもすぐにリハビリ開始しないと
マズイじゃないですか。年も年だし、作業療法士もチーム組んでスタンバってたんですけど」
「リハビリ、嫌がったんですね」
田久地の言葉にこっくりと看護師が頷いた。
「このままじゃ歩けなくなりますよ、と何度も言ったんですが、何せ頑固で、まだ骨もつながってねえのに
無理やり歩かせんのか! ってすごい騒ぎになって。手下というんですか、ガラの悪い人たちは病室に出入りするし、
一般の患者さん達は怖がるし…」
「……最悪ですね」
「そうしたら、騒ぎを遠くから見てた早見先生が……」
「え?」
看護師の眼差しが遠くなった。田久地のセンサーが再び鳴りだす。
「歩くだけでキャーキャー悲鳴あげてるのか、小学生の子供だって毎日訓練してるのに
ジイさんホントにヤクザなのか? と響き渡るような大声で」
田久地の口が何かを言いかけたが、声にはならない。
「殺気立った会長とガラの悪い人たちのまん前までつかつか歩いてきて、にやあっと笑ったんですよ。で」
「俺なんかな、すごいぞ! 悪性リンパ腫ってガンでな、しかも末期の4期だ。5年生存率も40パーしかなくてな。
なのに治療しながら働けと命令されてるんだ。すごいだろ!」
毒気を抜かれた男たちを前に早見はあっはっはと高らかに笑った。そのまま会長の白髪頭をがっしがっし掴んで
左右に揺さぶると会長の頭もグラグラ揺れた。メトロノームのように。
「……」
「……」
「……それでどうしたんですか?」
もう聞きたくなかったが、尋ねるしかない。
「……多分、ドン引きしたんだと思いますけど、明らかに勢いが弱くなって、もういいからあっち行けということになって。
でも早見先生、頭離さないんですよ。会長の」
聞いているだけで田久地の胃がキリキリ痛んでいく。
「で、リハビリやんのか? ん?って。爽やかに笑いながらこう、頭をギリギリギリギリ」
「ギリギリ……」
「その次の日から、会長は猛烈にリハビリするようになりました。事情を聞いてなかった作業療法士の一番新米の人だけ
会長のやる気に感激してましたけど。……アレは絶対に早見先生にもう一回診察されたくなかったからです」
看護師の目がひときわ遠くなる。
「退院の日は、大物の暴力団の会長が出てくるというんで、病院の周りに警察や機動隊が出てくる騒ぎに
なったんですけど、会長と出迎えの200人のヤクザが早見先生に90度に腰曲げて、お世話になりましたあッッ! って。
警察も機動隊も口ぽかーんと開けてました。闘犬がただのチワワでした」
田久地の目もふうっと遠くなった。
しばらく無言のまま、時が過ぎる。
「それからも伝説を作りまくりです。今ではICUの破壊王だとか救急の大魔王とまで呼ばれ……。
田久地先生、病気じゃない早見先生と仕事してたそちらのERのスタッフってどんな人たちだったんですか?」
言外に、人間じゃねーだろ、なっ!と言っている目を前に、田久地は否定も肯定もできず空しく愛想笑いをするしかなかった。
「……、あの、やっぱり、今でもアメ舐めて仕事してるんですか?」
「こっそり、皆でチュッパ係決めてます。まだ切らしたことはないんですけど、切らしたら怖そうじゃないですか」
もう十分だ。十分に知りたいことは把握した。不自然に田久地は朗らかな笑顔を見せた。
「早見先生がご健在なのでホッとしました。でもお忙しいようなので、大変残念なんですがここでお暇します。
早見先生にはくれぐれもよろしくお伝えください」
何もかも心得た顔で看護師は頷く。心得すぎて悟りを開いた仏のようだった。会釈をしながら田久地は辞去する。
そのまま病院を後にしようと歩きだした。何だろう。すごい、前よりすごい。パワーアップどころの話じゃないぞこれは。
毒気を抜かれながら、正面受付までたどり着いた時、コツっとマイクの入った音がした。
『……ここまでやって来て、どうして俺に会いに来ないんだ? 田久地先生』
身体がビシッと硬直した。何で?! あ、話してたのはICUの入り口のドアの辺りだった。まさかここでもカメラを仕込んでたのか!
訝しげにざわめく周りの会計待ちの患者や事務員たちを後目に、声はむしろのんびりと響き渡る。
『さっきいた場所から右、突き当たりの廊下をまた右、一番奥の部屋だ』
それきり、スピーカはぶつりと絶えた。
このまま逃げようかと一瞬考えたが、地の利がない自分に逃げ切れるわけがない。
諦めて田久地は指定された部屋に向かった。途中でさっきの看護師に出くわしたが、気の毒そうに合掌される。
「ちょっ、止めてくださいよ! 縁起でもない!」
「……いやもう、気をしっかり持ってください」
話がかみ合わない。
指定された部屋の周辺は喧噪も遠のき、しんと静まりかえっていた。何度か深呼吸をした後。おそるおそるノックし、
ドアノブを開ける。軽やかに扉は開いた。室内は薄暗く、無数のモニタ、よく効いた空調。以前の部屋とよく似ていた。
「ずいぶんつれないことだ。ここまで来といて黙って帰る法はないだろう」
壁を向いていたデスクチェアがくるりと回り、聞きなれた懐かしい声。田久地は黙ってぺこりと頭を下げる。
「久しぶりだな。田久地先生」
「お久しぶりです。早見先生。お元気そうでほっとしました」
そのまま、沈黙に支配される。……気まずい。
ちらりと上目づかいで田久地は早見を見た。少し痩せた気がするがやつれて見えるほどではない。
照明は薄暗いが、血色もよさそうだ。ああ、よかった。
「……何故笑う?」
その言葉に田久地は口元を引き締めた。早見はゆらりと立ち上がって田久地に近づいてくる。
「あ、すみません、あの、おかしいんじゃなくて、見た目はお変わりなさそうで、ちょっと、改めてほっとしたというか」
早見は表情を変えなかったが目を軽く細めた。田久地の目の前までやってきて無遠慮にじろじろ見降ろす。
「……そんなことを言うなら、訪ねてくればよかっただろうに。茶の一つでも手ずから入れてやろうと思っていたら、
とっとと受付に向かって帰りだした男の言葉とは思えんな」
「あ、あ……。いやあの、話を聞いてるとお忙しそうだったので、すみませんでした」
早見は不機嫌そうな顔になり、ふいと横を向いた。あわあわした視線の先で、モニタの一つにICUの出入り口が映っている。
なるほど、丸映りだったのか。大きな黒の艶消しのデスクの片隅に、あのキャンディータワーが置かれているのも見えた。
なるほど、こちらも相変わらずだ。
「……忙しいわけあるか」
「は?」
小声でよく聞こえなった言葉に田久地は首を傾げたが、早見は答えない。代わりに別のことを尋ねた。
「向こうは相変わらずか」
ぶっきらぼうな言葉に、田久地の顔がほっこりと微笑む。
「あ、はい! 救急のみんなも元気です! 佐東先生、最近落ち着いて指示出しするようになったって評価高いんですよ。
出水先生も患者のさばき方が堂に入ってますし、あ、研修医の3人もすごく成長しました。亜瀬川先生はよく僕のとこに来て
休憩がてら色んな事を教えてくれるんですよ」
照れながら嬉しそうに語る田久地を見ながら、早見の瞳がまたほんの少し、柔らかく細められたが、
足元を見ていた田久地はそれに気付かない。
「……まあ、立ち話も何だ。学会は明日か?」
「は、ええ、10時から夕方の5時までで」
素直に答える田久地はこの後の災難に気付かない。
「宿は?」
「市内の××ホテル……」
「キャンセルだな」
「……。はい?」
ふむ、と早見は軽く手を顎に当てて考え込んだ。
「当日キャンセルは金が戻ってこなかったな。しょうがない。金は俺が払ってやろう」
「は、ええっ?いや、ああ、あの」
「俺のマンションの方が会場のコンベンションセンターに近い。よかったな、明日は上手いことに俺も休みが入ってる。送ってやるぞ」
絶句する田久地を後目に、さっさと早見はホテルに電話をかけ田久地の宿泊をキャンセルしてしまった。
「事前に連絡すれば、そもそもホテルに予約しないで済んだものを」
ニヤリと笑うその顔はまさしく悪人である。
そのまま、早見は窓に近寄るとブラインドに人差し指で隙間を開け、眼下を覗き込む。夕闇の僅かに赤い光が
薄暗い室内に光線を落とし、早見の顔に陰影を作った。穏やかな眼差しは珍しい。
「……それに積もる話も色々あるしな」
結局、もしかしたら人恋しかったのかもしれない。知り合いもいない土地で闘病しながら仕事も一から基盤作りを
しなければならなかったのだ。こんな自分でも訪ねてきたら嬉しかったのかもしれない。少しだけ、早見の孤独が身に沁み、
田久地は目を伏せる。しかし、早見はそんな田久地も知らぬ気に皮肉そうな笑みを浮かべた。
「この辺は魚が美味いんだ。俺が特別に奢ってやろう」
「あ、僕、魚大好きです!」
「たらふく食わせてやるから帰ったら城鳥に俺に魚食わせてもらったって言えよ。あいつ東京からものすごい勢いで吹っ飛んでくるぞ。ざまあみろ」
早見の愉快そうな笑顔に、田久地は不思議そうに首を傾げた。
「城鳥さんですか? 城鳥さん、魚好きなんですか? 変だなあ。あの人、肉ばっかり食べてたような……」
「はあ? 何言ってるんだ。この期に及んですっとぼけなくていいぞ。どうせ連絡取り合ってるんだろうが」
鼻を鳴らした早見に田久地は今度こそ困惑した顔で早見を見上げた。
「城鳥さんはあの後、すぐ東京に帰りましたよ?」
「だから、その後連絡取り合ってるんだろ?」
「してませんよ。連絡して何話すんですか? あそこにいた時も世間話なんかしたことないですし」
早見はまじまじと田久地を見つめていた。
「お前ら、……いや、俺は、てっきり」
「は?」
田久地の居心地悪そうな困り顔を凝視していた早見はそのうちにうっすらと笑みを浮かべる。
「そうか、そういえば、あいつは」
昔から、大事なものを大事にしすぎて取り逃がすようなバカだった。
くつくつと笑い始めた早見を、田久地が薄気味悪そうに見ている。
「……俺はあと30分で仕事が上がる。ここで待ってるといい」
早見の不可解な笑みに少し引いていたが、その言葉にまた引っ掛かった。……定時で上がるのか?
思わず早見を見るとその視線に気付いた窓際の男が苦笑する。
「ここじゃあ病み上がりだっていうんでな。みんなして俺から仕事を取り上げるのさ」
「あ……。それは……」
『早見君を治療に専念させるために、仕事から完全に遠ざけてしまいますとね、精神的に、
かえってよろしくないのではないかと思うんですよ。現場が最優先の人ですからねえ』
完治もしていないのにどうして復帰させるのかと尋ねた田久地に、病院長はそう答えたのだった。
今から思うと病院長の洞察に感服するしかない。田久地は密かにため息をつく。
やりたいことも好きにやれない早見は、さぞかしもどかしい思いを抱えているのだろう。
……。あれ?
もしかして、人恋しいのではなくて、ストレスがクライマックスなだけ? あれだけ暴れてるのに?
たどり着いた推論に田久地が動きを止めていると、新しいアメを口に咥えた早見が、機嫌よく白衣のポケットに手を突っ込みながら部屋を横断する。
「田久地先生は酒はイケるか?」
「いえ、あの、付き合い程度でしか」
「そうか。まあ俺も今は飲めんからな。じゃあ、メシを食える店にするか。城鳥には俺に一晩寝かせてもらえなかったと言っとけ。
夜中でも押しかけてくるぞ、絶対」
楽しげに言った言葉に、ドアノブに手をかけたままの早見が立ち止まる。
「……いや、やっぱり言わなくていい」
「は?」
「俺とメシ食ったことも、俺のマンションに泊まったこともあいつには言わなくていい。黙ってろ」
意味が分らないまま、ぼんやり田久地は頷く。
「田久地先生」
ドアノブに掛けた手を今度こそ離し、早見は田久地に向かい合った。あろうことか、少しはにかんだ笑みを浮かべる。
「できたらでいいんだが、これからも時々メシを付き合ってくれないか」
「え?」
「一人でやってるとな、やはり幾分か、気分が底に引きずられそうになる時もあってな。先生の顔が見れて、今日は、よかった」
「早見先生……」
すっかり田久地は感動してしまっていたが、ここに亜瀬川や出水がいたら、正気に返れ! あの早見がはにかんだ笑みなんか浮かべるかー! と
田久地の肩をガクガク揺さぶっていたことだろう。
「こんな僕でよかったら、喜んで!」
「そうか、ありがとう。月一くらいで遊びがてら来ないか」
「予定が合えば、ぜひ」
「ありがとう、でも城鳥には言わなくていいからな」
しかし、ここには将軍を熟知した救急の面々はいなかった。ましてや城鳥もいなかったのだ。
ちょろい。ちょろすぎる。
ころりと騙されてにこにこ笑みを浮かべている田久地を前に、早見は内心ほくそ笑んだ。
城鳥。だからといって、わざわざ遠慮するほど、俺も奥ゆかしくはないんだ。
早見が田久地に笑いかけると、田久地もにっこりと笑い返す。
「なるほど、こうして見ると、なかなか悪くない」
「え?」
「いや、何でもない。上がる挨拶だけしてくるから、ここでこれでも舐めて待っててくれ」
有無を言わさず、田久地の口に舐めかけのアメを放りこんで、そのまま部屋を後にした。
しばらくして背後から田久地の上ずった悲鳴が聞こえてきて、思わず笑みを深くする。
「……今までずいぶん退屈だったんだが、田久地先生のおかげで気が紛れそうだ」
己の職場であるICUの入り口までたどり着くと、カメラを見つめてニヤリと笑って見せた。
きっと、顔を真っ赤にして田久地がモニタを睨んでいるに違いない。
本当に久しぶりに、心からの笑みを浮かべ、早見は大きく息を吸い込んだ。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
白が結局出なくてすみませんでした。期待に添うことができず…。
この後は、紅の餌付けが大分進んで、愚痴を懐かせたあとに、
結局白にバレて、修羅場になるんだと思います。でも紅はニヤニヤしてるんだ、きっと。
お読みいただいてありがとうございました。
- 初めまして!速田大好きなんで凄く萌えながら見させていただきました!ww続き楽しみにしています♪では、失礼しました! -- 観那? 2010-07-07 (水) 01:57:11
- なんという俺得・・・最高でした! -- 2010-07-20 (火) 18:48:44
- ニヤニヤが止まらない -- 2011-02-12 (土) 18:17:10
- おいしいネタありがとうございますた -- 2011-09-04 (日) 08:14:22
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