狐の嫁入り
更新日: 2011-08-25 (木) 18:36:06
国民的大泥棒と、その相棒の話。
数年ぶりに、ビッグウェーブが来ましたってわけで、お邪魔します。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
大航海時代という名の仰々しい「夜明け」まで、この土地は美しいマングローブの生い茂った湿地帯に、
ポツポツと島の散らばった、小さな田舎漁村の集まりに過ぎなかった。それが17世紀に入り、イギリスの
手によって点在する七つの島の埋め立てが始まると、景色は一変した。元々良質の湾港であった上に鉄道
網の普及、更にスエズ運河開通を起爆剤にして、この人工半島は一躍、アジア圏で権勢を誇る一大商業都
市へとのし上がった。
しかしながら、元来が湿地帯の土地だ。加えて、年がら年中、最高気温が30度付近をうろうろするとき
ている。
洗練された高層ビルの一群からはみ出した片隅、ダーラーヴィー地区の薄汚れた雑居ビルの一室で、ル
パンはうず高く積まれた本の山に両足を投げ出し、だらしなく椅子に身を沈めていた。
日曜日の昼下がりだというのに、室内は陰気な暗がりの中にひたひたと沈んでいる。
腹の上に置き去りにされているノートパソコンが、主人を呼ぶように光を点滅させていたが、主がその
呼びかけに答えることはなかった。
白昼夢でも見てるかのように、ルパンはぼうっと口をあけたまま、肘掛を人差し指やら中指やらでトン
トン叩いている。
まだ雨季に入ったわけでもないのに、今日は朝からしとしとと雨が降り続いている。
ルパンは相変わらず指で肘掛を叩きながら、所々折れ曲がったブラインド越しに、外を見た。といって
も、何が見えるわけでもない。ここと同じ、黒ずんだ陰気くさいビルがすぐ鼻先に突っ立っているだけだ。
景色も何もあったもんじゃない。
ルパンは目をとろんとさせたまま、静かにガラスを滑り落ちる雨滴の動きを追っていた。その間も、指
は独立した生き物のように、トントンと肘掛を叩き続ける。
事実、その指は、「今」のルパンとは、別次元にいる生き物であった。
ルパンは決して、自分の思考回路を「形」として何かに残すような真似はしない。計画は全て、脳細胞
に詰め込む。それが一番安全であり、的確だ。脳内に詰め込まれた膨大な情報量は、まるで細密なペルシ
ア絨毯を織り込むように「指」でより分けられ、凄まじいほどの速さで一分の隙もなく組み込まれていく。
だが、「指」が計画を織り成す時、決まって、酷く物憂い気持ちに襲われる。自分の一部だけが取り残さ
れたような、或いは、弾き飛ばされてしまったような、訳のわからない、正体不明の疎外感だけが腹の底に
燻っている。
そういう時は、大体誰にも会わないようにしていた。何故なら、この疎外感は原始的な感情と密着してい
るらしく、自分でも何をしでかすか分からないのだ。言うなれば、いつも世界を覆いつくしている理性とい
う名の海が引き潮になっている状態で、深海の底に押しつけられた「何だかわけのわかんないモノ」がぬっと
顔をもたげる。そいつの機嫌が良ければ、何も起きない。良くなければ、何かが起こる。だから、出来るだ
け刺激しないように、他人と接触しない。
(こーゆーの、何て言うんだったっけかな)
柔らかな白い光が、繊細な雨だれを微笑むように包んでいる。
と、視界の隅で何かが動いた。
目だけをそちらへ向けると、窓の縁に小さな黒い虫が止まっていた。ルパンの視線に気づいたのか、虫は音
もなく飛び立つと、ブラインドの陰に隠れた。だが、それでも気が休まらないのか、再び飛び立つと、今度は
ガラスに縋り付く。しかし、足場が安定しないのか、何度も滑り落ち、よじ登り、また滑り落ちてはよじ登る。
まどろむような眼球の奥で、曖昧な光が揺れた。虫は依然、ブラインドの陰に隠れて、必死に足を動かして
いる。
耳鳴りがしたような気がしたが、やはり気のせいかもしれない。
音はない。音は、何もなかった。
腹の奥底で、突如、荒々しい濁流が堰を切って押し寄せる。視線の先で、虫はそれに感付いたのか、逃げ惑う
ように足をばたつかせた。その時、初めて己の羽に気付いたのか、飛んでみたがすぐに落下した。
酷く、残酷なことを考えていた。だが、実感はなかった。音が無いせいかもしれない。
ガラス一枚隔てた世界では、ぼんやりと明るい雨が降り続いている。その優しい雨粒に足を取られるかのよう
に、虫は滑稽なほど懸命に、ガラスをよじ登ろうともがいていた。
不意に、人の笑い声のようなものが微かに耳を掠めた。
気だるそうに頭を巡らせてみれば、部屋の隅に置かれた椅子の天辺で、鉛筆を握った手がブラブラしている。
再び、歓声のようなものが上がったが、それが目の前の人物のものでないことはすぐに分かった。安物の
イヤホンの音漏れだ。
(そーいや、そうだった)
あいつもここに居るんだったと、今更のようにルパンは相棒の存在をぼんやりとした意識の中で認識した。
「なあ」
「なんだよ、ルパン」
生返事ではあったが、意外にもイヤホンをはめたままの相棒は、ちゃんと返事を返してきた。しかし、目
線はずっと、穴だらけのクロスワードパズルから離れない。
「なァんで、殺し屋なわけ?」
椅子の上でブラブラしていた相棒の手が止まったが、一瞬だけだった。
いつものルパンならば、こんな質問はしないだろう。他人の思考回路の三歩先を読んだ、それでいて、相
手に選択の余地があるように見せかける問いかけをする。
それにまた、相棒は過去を自分から話すような人種ではないし、話してほしいような類でもない。それは、
ルパンもよく承知している。
だが、今はどうにも物憂くて仕方ない。虫もまだ、ガラスの前でもがいている。
答えない相棒を無視して、ルパンは更に続けた。
「俺ァさ、タコと殺し屋はでぇっきれーなのよ。あーいう連中ってのは、とどのつまり、ヒトサマを痛めつ
けるだけ痛めつけて、テメエをスカっとさせてえって輩だろ。気取った美学おったててるくせに、何にもね
えんだよな。虫唾が走らァ、コロシ屋なんてのは」
独り言のようにもごもごと呟いた後、こりゃ、まずいな、とルパンは思った。
そりゃあ、てめえも同じだろとか、てめえが言えた立場かとか、はたまた無言で出て行くとか、兎に角、
良い気分でないことは明確だ。最悪、鉛玉を喰らうことになるんだろうか。
どてっ腹に穴の開いた自分を想像していた時、長いため息とともに鉛筆が転がる音が聞こえた。
「俺はお前さんの、なんつーか、フツーを八段飛びしたドえらいとこが気に入ってると思っていたわけだ
が、なぁ、ルパン」
そう言うと、次元は頭の後ろで両手を組み、体を反らすように椅子を傾けた。
「しかしながら、お前さんのそういうダメなところを見ると、俺は非常に安心する。俺はお前のダメなと
こが好きなんだ。長年の修行の賜物ってヤツだな」
足を組み、器用にブラブラさせていた椅子がピタリと止まる。暫くして、次元は小さく笑った。
「いや、いや、違うな。ハハ、俺はお前のことが好きなんだ」
そうして次元は独りで愉快げに笑っていたが、急に椅子がバランスを崩して後ろ向きに倒れた。殆ど反射
的に落ちかけた帽子を手で押さえていると、いつの間にそこに来ていたのか、ルパンの顔が目の前を覆った。
いつもの茶化したようなそれではなく、いつになく、真剣な表情をしている。
「今のさ」
「あんだよ。暑いんだから、近寄るな」
鼻の先まで迫っていたルパンの顔を手で押しのけたが、ルパンは食い下がるようにずいと顔を近づけた。
「もっかい」
「へ?」
「もっかい、言って」
一瞬、何のことだか分からず、次元は口をまごつかせた。
「あ?えー、フ、フツーを八段跳びした…」
「違うっての!そのあァとっ!」
噛み付くように怒鳴られた直後、外れたイヤホンから、「チャンカチャチャカチャカ、チャンチャン」と陽気
なメロディが流れてきた。
「あ!タ、タンマ!」
「何でよ!」
「始まる」
「何が?」
「『便所でお尻を副会長』」
「はあ?!」
その後、ルパンと次元の間で壮絶なイヤホンの取り合い合戦が繰り広げられたことは言うまでもない。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
好きだぜ!
- 萌えた -- 2010-12-06 (月) 23:04:15
- どきどきした! -- 2011-08-25 (木) 18:36:06
このページのURL: