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矢印の行方

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|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

孔文革は辻堂学院高校卓球部の生徒達と一緒に、小田急線の新宿駅地下ホームで、急行を待っていた。
都内の姉妹校と交流試合をした帰りだった。
孔が辻堂学院を卒業し、卓球部のコーチになって、2年半近くが過ぎようとしていた。
全体的にスタミナ不足が目に付く。ラリーに持ち込まれると、小さなミスで得点を奪われる。練習メニューの立て直しをしなくてはならない。
まずは何よりも走り込みだろう。
生徒達はさばさばしたものだ。雑談で盛り上がっている。
さばさばしてるのも問題なんだけどな。
頭の中で練習メニューを組み立てていると、生徒の一人が「ねーねー、コーチ」と話しかけてきた。
「あそこの人、K大の風間さんじゃね?」
「え?」
孔が振り向くと、柱の向こうに風間竜一が立っていた。同じ急行を待っているのだろう。
「ほんとだー」
「え、なになに、誰だって?」
「かっけぇなー、俺、ファンなんだよね」
生徒達の視線に気がついたのか、風間が顔を向けた。
孔の姿を認め、一瞬驚きに目を見開いて、笑顔になる。
そう言えば前にも、こう言う顔を見たことがあったな、と思い出す。風間はロマンスカーに乗っていて、孔は反対側のホームにいた。
「孔!」
「風間」
孔が手を上げると、生徒が「えー、コーチ知り合い?」と大袈裟に驚いた。
「まあね」
「あ、俺知ってる。同学年だったんよね?」
「うん」
「えーマジマジ? コーチすごいじゃん」

同学年ということのなにがすごいと言うのか、生徒達が口々に言うのをドアを開けた急行に押し込み、自分も荷物を抱え直して電車に乗り込む。
風間が隣のドアから入り、荷物を網棚に乗せ、こちらを待つように見た。
近づいて自分の荷物も隣に乗せ、吊り革につかまる。
「すごい、偶然ね」
「本当だな」
生徒達はひとかたまりになって、こちらを気にする様子だったが、自分たちとは一線を画する存在と見たのか、それ以上は話しかけてこなかった。
あいつらでも遠慮するんだな、と孔は少しおかしくなる。
「辻堂の生徒か?」
「うん、今日、試合あたのよ」
「勝ったか」
「負けたよ。試合、少ない、だめね。練習、たくさん。試合も、たくさん。まだまだ全然。経験、不足」
「確かにその通りだな。相手と対峙することで体が覚えるものがある。…元気そうでなによりだ」
「元気よ。風間、前、ロマンスカー、乗てたね?」
「ああ。やはりあれは孔だったか」
「びくりしたよ」
「私もだ」
星野を空港に見送りに行ってから、どのくらい経ったのだったか。
「髪、伸ばしたね」
「ああ」
「いいね」
「そうストレートに言われると照れる」
「そう? 似合うよ」
風間は黙って微笑んだ。
孔の心臓が少しばかり、どきりと跳ねる。

「孔はこれから何か用事があるのか」
「学校行って、荷物取てきて、帰て、ご飯たべて、お風呂はいて、寝るよ」
シンプルな孔の生活に、風間は笑って頷いた。
「彼らは?」
「藤沢、着いたら解散」
「そうか。ではどうだ、食事でも一緒に。私は海王に用事があるのだが、すぐ終わる」
「ん。いいよ。なに食べる」
「藤沢にうまい定食屋がある。7時に駅で待ち合わせではどうだ」
いいよ。孔は窓の外を見ながら答えた。
なんだろう。風間の目を見ながら話していると、顔に血が上るような感じがする。
「念のため、携帯電話の番号を教えておこう」
「あ、私も、持てるよ」
携帯の番号を交換すると、後は近況報告のような会話になった。
今は辻堂のコーチのみか、と言う風間の問いに、「午前中、2時まで、スポーツセンター。遅番もある。それから、辻堂で、コーチ」と簡潔に答える。
「そうか、スポーツセンターか」
「楽しいよ。いろんな人、くる。卓球、台、たくさんあるからね、週2回、センターの教室でも、教えてる。あと、ジム。トレーナーも少しやる」
辻堂を卒業後、生徒達の授業が終わるまでの空いた時間を就労に当てることにした。
経済的にも自立を迫られ、藁にもすがる思いで受けた民間のスポーツセンターの面接が合格した。
後に聞くところによれば、辻堂の卓球部顧問の口添えがあったらしい。
「名門の名を復活させるために」が口癖の、卓球を何も知らない名前だけのただのおっさんだと思っていたのに、孔の卒業後について一番やきもきしていたのは顧問だった。
当時はさしたる感慨もなかったが、今は感謝以外に言葉が見つからない。
そんな経緯があって、もう2年以上、スポーツセンターの職員と、辻堂学院卓球部コーチの二足のわらじを履いていることになる。
本当に、時間なんてあっという間に過ぎるものだな。孔は思う。
会ってみればまた車の中と変わらずに会話が続く。
そう言えば、風間は俺のアパートの場所は知ってるけど、電話番号も住所も知らなかったんだな。
俺に至っては、向こうの連絡先を何一つ知らなかったわけだ。
別方向を向いて進んでいたベクトルが、気まぐれを起こし交差する。
交差した後は、また別の方向に進むのだろうか?

風間がうまいと言っていた定食屋は、本当にうまかった。
定食屋なだけあって、安くて量がたっぷりしていて、満足感がある。
炊き立ての白米、餃子、豆腐とわかめのみそ汁に、小鉢、漬物。風間は生姜焼き定食を頼んでいた。
餃子はちゃんと皮を練っているのだろうか。厚く、もちもちして、上海で食べるのと大差ない、と思う。
自分のように日本で暮らす中国人が作っているのかもしれない。
餃子と言わず、焼鍋とでもしてくれたらもっといいのに。
「おいしかた」
「海王の連中と試合帰りによく食べにきた。高校生の財布でも苦しくならないのがいい。それに、うまい」
孔が笑うのを見て、風間が怪訝な顔をした。
「なんだ」
「風間も、高校生、だたんだなあ、って」
「高校生だったではないか。試合しただろう」
「したけど、高校生には見えなかたよ」
「そんなことはないだろう」
本気でそう思うのなら、風間はちょっと変わってる。
「ぎょうざ、おいしかたよ」
「だろう? ちょっと本格的だろう」
風間はこれを俺に食べさせたくて連れてきたのか。
孔はポケットに入っていたガムを口に放り込むと、風間にも一つ渡した。
「これから、どする?」
「そうだな」
「今度こそ、風間、うちきて、お茶、のむ?」
「路上駐車を気にする必要もないしな。邪魔させてもらうか」
二人で顔を見合わせて、笑う。
自分の言っていることが相手に素直に伝わるというのは嬉しいことだ。
言葉は、日本に残ると決める以前から、コーチに強制的に日本語の学校に通わされていた。
そのせいあって、話す、聞くは日本に来た当初より格段によくなった。
けれど、それだけではないなにかが風間との間にある。
それが心地いい。
腹ごなしに孔のアパートまで、二人は連れ立って歩いた。
肩や腕のぶつからない間隔を開けて、並んで歩く。
照れ臭いような気持ちがするのはどうしてだろう。

結局二人が飲んだのは、お茶ではなく、酒だった。
数日前に木村や山田が遊びに来て酒盛りをして行った際に置いていった焼酎や日本酒が、部屋の隅に並んでいたのだ。
「旨そうなのが置いてあるな」
と言う風間に、それじゃ、とスナック菓子とつまみを出し、焼酎を出した。
「それ、瓶、いいでしょう」
『百年の孤独』と言う名前のその焼酎は、前に店頭で見て、名前に惹かれ、瓶に惹かれた。値段を見て諦めたのだが、家が酒屋を営む辻堂の同級生が、半分しかないけど飲もうぜ、と酒盛りの時に持ってきたのだった。
「名前がいいな」
「ね。私もいい、思う。友達、くれた。『まぁわん』もある」
「まーわん?」
「これ」
孔が台所から持ってきた瓶のラベルには、『魔王』と骨太な筆文字で書かれていた。
「まおうか。成程。百年の孤独は中国語で何と言う」
「『ばいにぃぁん・ぐどぅ』。それ、すごぉい高いから、ひとりで飲めー、友達、言う」
「私が飲んでは申し訳ないようだな」
「風間と飲むから、おいしいのよ。ひとりで酒、まずい。私、飲まないよ」
「では遠慮なく戴こう」
「うん」

風間と向いあって飲む酒は、木村や他の辻堂卒業生とわぁわぁと飲む酒とはまた別な味がした。
正直なところ、まだ酒の味の良し悪しはわからない。飲むという行為が楽しいのだ。
酔うだけなら、缶ビールで十分だ。
風間にその焼酎を出したのは、名前が、海王時代の風間を連想させたからだった。
アパートの壁に背を預けて、つまみを噛りながら、ゆっくりと酒を口にする。
風間は孔のベッドにもたれていた。
窓の外からは、ふざけながら大声をあげ歩く若い男たちの声に、はしゃぐ女の子の声が交じって聞こえる。
気持ち良く、酔いが回る。
二人はぽつりぽつりと会話を交わした。
孔は弱くはないが、強くもない。
軽い酩酊を覚えて風間を見ると、ほとんど変わらない様子で焼酎を口に運んでいる。
酒を飲んでいると、咽喉が渇く。孔は少し前、冷蔵庫にあったウーロン茶を出した。
そのコップとペットボトルが汗をかいている。
孔はコップに付いた水滴を、爪でなぞった。
大きくなった水滴が、ガラスの表面を伝って落ちた。
その様子を見ていた風間が、自分もウーロン茶を口にした。
「冷たいものを飲むと、咽喉が渇いていたことに気がつくな」
「風間て、おもしろい、ねぇ」
「そうか?」
「私知ってる、日本人、誰とも風間、ちがう」
「そうか」
「うん」
沈黙が流れる。居心地のいい沈黙である。黙っていることに不安を覚えない。
孔は幸せだった。

風間が腕時計を見た。
「時間を忘れていた。そろそろお暇しよう。終電が無くなる」
「え、あ、うん」
立ち上がりながら手にしていたコップをテーブルに置こうとして、孔は手を滑らせた。
「おっ」
「あ、ごめん、なさい」
風間のTシャツが濡れた。タオルを探して手渡すと、風間は軽く拭いて、
「着替えがある」
と、濡れたTシャツを脱いだ。
脱いだものを丸めて側に置き、スポーツバッグの中をさぐるのに、風間の背中が孔に向けられた。
バッグの口からラケットの柄が見える。孔は微笑んで、ふと、風間の背中に視線を移した。
孔の息が止まった。
風間の肩甲骨の辺りに、赤い痕が走っている。誰かが、背中を掻き抱いた痕に見える。
…女が、いるのだ。
風間のような男に、いないほうがおかしい。
冷水を浴びたように、酔いが一気に冷めた。孔の顔がこわばる。
「…それ」
「ん?」
「かのじょ、か?」
「なんだ?」
「せなか」
風間は一瞬けげんそうな顔をした。そして背中という言葉に思い当たったらしく、苦笑いを浮かべた。スポーツバッグから出したTシャツを着込む。
「彼女ではない」
「おんなだ」
「女ではあるが、恋人ではない」
「風間は、好きでないの人、寝るか」

孔の胃の上辺りがきゅっと縮み、怒りが首をもたげた。
「好きではないわけではない。ただ、恋人とは言わんと考えている」
「わからない」
「そういう関係もある。何を怒っている」
なぜ怒っているのか、孔は自分でもわからなかった。風間の女関係が孔に関係するはずもない。はずもないのだ。
息を吐く。
「…わからない」
少し前まで孔は幸せな気持ちでいっぱいだった。それがぺしゃんこにつぶれて、惨めな気持ちでいっぱいになっている。
こんな気持ちでさようならするのは嫌だ、と孔は思った。しかし孔には今の自分の心のうちを表すすべがなかった。
風間が立ち上がり、荷物をまとめ、肩にかけた。孔ものろのろと風間の後について玄関まで出る。
「すまなかったな」
「…なぜ、風間あやまる」
「怒らせたようだ」
「怒てないよ」
風間は、そうか、ならいい、と呟いて、アパートのドアを開けた。孔もサンダルを履いて、外に出る。
「かざま」
風間が振り向く。
「…また」
「また」
「駅、わかる?」
「ああ、大丈夫だ」
「…バイバイ」
風間は笑みを浮かべ手を振って、歩き出した。
孔は少しの間その後ろ姿を見送っていたが、途中で耐えきれなくなって中へ戻った。
ドアを閉めて部屋に入ると、風間のいた気配が色濃く残っていた。
それだけに、一人になったことが孔をうちのめす。
胸が苦しい。
片付けをする気になれず、ベッドに横になって目をつぶると、涙がこぼれた。
泣くなんて、もうずっとなかったのに。
どうして俺は泣いているんだ。
孔はシーツに顔を埋め、泣き声を噛み殺した。泣いている自分を認めたくなかった。
泣いている自分が信じられなかった。

そうか。俺は、風間のことが好きなのか。
噛み殺した泣き声が嗚咽に変わって、ようやく孔は自分の気持ちに気がついた。
あの怒りは、嫉妬だったのか。
風間に抱かれる女がいることに。
気がついたところで救いがあるわけではない。
むしろ、気がつかなければよかったのだ。

孤独なのは風間ではない。俺だ。

交差したベクトルは、やはりまた別の方向へと進むのだ。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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