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くしゃみ

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57-119 の続き

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

孔が、「鎌倉に行きたい」と言いだした。
日本に来て数年経つが、いまだに行ったことがないのだと言う。
観光客みたいに大仏を見て、写真を撮りたい。
天気は上々、吹く風も気持ちいい。江ノ電に乗って鎌倉まではあっという間だ。

鎌倉は、駅に下りた瞬間からいかにも「ここは由緒正しき皆様の観光地です」と言った雰囲気に充ち満ちている。
街路樹の生い茂る石畳を歩き、建ち並ぶみやげもの屋を冷やかす。
寺へ向って歩いていくと、突然視界が開け、青空を背景に大仏が鎮座している。
「わー…」
孔が声をあげた。その大きさに、何度かは足を運んだことのある風間でも一瞬虚を突かれる。
巨大な大仏のその背後にはただただ空が広がっていると言うのが、視覚的にすごいのだ。
大仏の前は、記念写真を撮っているカップルや、外国人の集団、バスでやってきた中年女性の団体、ヘルメットを小脇に抱えたツーリング中のバイク乗り、帽子をそれぞれ被りリュックを背負った老夫婦、小さな子供を連れた家族連れ…雑多な人達でいっぱいだ。
二人の足元を小さな何かが駆け抜けた。
「リスだ」
「ずいぶんいるな」
参道にはリスが多い。人慣れしているのかいないのか、孔が唇をとがらせて「ちちちち」と音を立てても知らんふりで足元をすり抜けてゆく。
境内のにぎにぎしいみやげもの屋の店先で、孔が足を止めた。

「風間、これなに?」
孔が指差したその先は、ビニール袋に入った丸い三角のせんべい菓子だった。
細い和紙が帯のように一つ一つにまかれている。
「おみくじせんべいだな」
「なに?」
「せんべいを割ると中におみくじが入っている。フォーチュンクッキーだ」
「ああ、うん。ちゅごくにもあるよ。レストランでご飯のさいごに出る」
「ほう」
「私、買う。これ、ください」
孔は戦利品のように紙袋に入れてもらった菓子を受け取ると、さっそく袋を開けて一つを風間に手渡した。
「風間の、なんて書いてある?」
「ちょっと待て」
「これ、甘いね」
孔はすぐに割った菓子をほおばると、口をもぐもぐと動かしながら、空洞に畳み込まれていた小さな紙切れを開いた。
「『ま・ち・び・と・き・た・る』 …ってなに?」
「あー、待っていた人が来ますよ、と言う意味だ」
「待てた人? 私、誰待てる?」
「私に聞いてどうする」
「風間のは?」
「『まよわずすすめ』」
点取り虫占いのようにひらがなで一言だけ書かれた紙切れは、未来を示唆しているようでもあるが案外頼りない。
子供のおみやげに向いた、罪のない遊びだ。
風間もせんべい菓子を噛み砕きながら、その甘さに懐かしさを覚えた。
この類いの菓子はほとんど食べたことがないのに、どうして懐かしいと思うのか、人間の頭は不思議だと思う。
「あっ、おもちゃだ」
一つ目を食べてしまって、二つ目を噛み割った孔が歓声を上げた。
指先ほどもないような小さなプラスチックの車が、孔の手のひらにころりと落ちる。おみくじは入っていないようだ。
「おもしろいねえ」
孔は一人で受けている。

これを全部食べた暁には、いったいいくつのおみくじと、細々した玩具が孔の手元に出現するのだろう。
風間は店先にぶら下がっていた、レンズ付きフィルムと呼ばれる簡易カメラに目を留めた。
「そう言えばカメラは」
「あ、忘れた。それ、買う」
店員に代金を支払い、そのまま手渡してくる孔からカメラを受け取る。
「大仏の前で写真を撮るのだな」
「うん」
孔を適当なところに立たせ、ファインダーを覗く。
孔をちょうどよく写そうと思うと大仏の頭が切れる。
少しずつ後退して、孔も大仏も一緒にカメラに収めると、その様子を見ていたらしい中年の夫婦が、
「お兄さんも一緒に撮ってあげましょうか」
と声を掛けてきた。
「いや、私は…」
少しばかり狼狽して断ろうとする風間に、孔が「風間、早くここ並ぶ」と手招きした。
試合会場でもなく、表彰台の上でもないと言うのに写真を撮られるということが、風間にはこそばゆい。
孔が隣にいるとなればなおさらだ。
意味もなく顔を撫で、孔の隣に立つと、一つ咳払いをしてカメラのレンズを見た。
「はい、じゃあ撮りますよー。ハイ、チーズ」
シャッターが切れる微かな音と共にフラッシュが光って、風間はほっと息をついた。
孔が夫婦に駆け寄りながら「ありがとござまーす」と言ってカメラを受け取っている。
風間も頭を下げて感謝を表すと、夫婦はにこにこ笑いながら離れていった。

大仏の中に入ると、中は薄暗いが案外明るい。
上を見上げると、大仏の背中に開いた二つの四角い窓から光が入っている。
案内の年配の男性の手によって扉が閉められると、灯りのない空間が暗くなり、目が慣れるまで一瞬を要した。

中は思ったよりかなり狭い。
人の流れに乗って進む。観光客の話し声がざわざわと響く。
孔が上を見上げて、「風間、頭だよ」と指差した。
確かに、大仏の髪が盛り上がっていると思われる部分がぼこぼことへこんでいる。
二人で上を見あげていると、同じように上を見たまま前へ進もうとしていたカップルが、孔にぶつかった。
「わっ」
「あっ、すいませーん」
「おっと」
孔が不意をつかれてつまずきそうになり、風間は腕を伸ばして孔の腰を取って支えた。
「大丈夫か?」
「だいじょぶ」
一瞬、風間の頭を、このまま抱き寄せてしまおうかと言う思いがよぎった。
その思いは強く風間を支配したが、意志の力で頭の片隅へ追いやった。
孔が嫌な思いをする。
風間は孔の腰を離し、移動し始めた人の後をついて、出口へと体を向けた。服ごしの孔の感触が手のひらに残る。
ぐ、と手を握りしめる。
人に押されたのか、孔の手が風間のこぶしに触れた。
風間は思わず、握ったこぶしを開いて孔の手を握った。
そして直後に後悔した。
触れてしまえば、気持ちが勝手に暴走する。
同性の友人に手を握られて喜ぶ男がどこにいるだろう。
握りしめてしまわぬよう、自分の気持ちが指に出てしまわぬよう、風間は苦心しなければならなかった。
孔は手を振りほどくかと思われたが、意識がよそへ向けられているのか、風間の手を軽く握ったままだった。
自分でも気付かぬうちに緊張していた風間は、小さく息を吐いた。
薄暗い中、ゆっくり歩を進める。

この時間がずっと続けばいい、と風間は願い、自分の臆病さに笑った。
これではまるで初めて恋をした中学生と一緒ではないか。
手を握ったまま、二人はずっと無言だった。
ガイドの男性が出口の扉を開けた。さっとまぶしい光が射し込む。
風間はそっと、指の力を抜いた。そのまま、孔の手は離れるだろう。
孔の指が一瞬ためらうように動き、風間の指に絡んだ。
風間は驚いて孔の顔を見た。孔が怒ったような顔で風間を見、目を逸らした。
指が離れてゆく。
混乱しながらも、風間は離れてゆく指を追いかけ、強く握った。
握らずにはいられなかった。
先頭が外へ出たらしい。二人も、後から押され、出口へと近づいた。
風間の指と孔の指が恋人同士のように絡まった。
離したくないと強く思い、当然ながら離さぬわけにはいかず、そして今度こそ、その手を解放した。
指は素直に離れていった。

大仏から出ると、風間は陽光のまぶしさに目を細めた。
さわさわと吹く風に、解放感があふれる。
孔は何事もなかったかのように、風間に「のど、乾いたな」と言った。
風間も、「何か飲むか」と応えた。
あれはなんだったのだろう。
はっきりと、絡められた指の感触が残っている。
何一つ変わらないようでいて、少しだけお互いの顔が違う方を向いたような、ぎこちない空気が二人の間を流れる。
落ち着かない胸の内を隠して、風間は孔と並んで歩く。
こんなことで自分の気持ちがこうも乱れるとは、予想もしなかった。

孔は手の中でカメラをいじっている。
「まよわずすすめ、か」
「なに?」
「おみくじと言うのも、おもしろいものだなと思ったのだ」
「もひとつ、あけてみる?」
「いや、遠慮しよう。人形でも出てきてはかなわん」
孔が笑い、風間も笑った。
まぶしい光が街路樹の葉の隙間からこぼれ、風間の目を射った。
手を上げて光を遮る。
「ペットボトルの茶でもいいか」
「うん」
風間は孔と歩調を合わせ、それでもこうやって一緒に歩けることがすでに僥倖なのかもしれない、と胸の内で呟いた。
ポケットから小銭を出すと、咽喉を潤す飲料をふたつ買い求める。
呆れるくらいに青い空を見上げると、風間はひとつ、大きなくしゃみをした。
その瞬間、カメラを構えていたらしい孔の元から、シャッターが切られる音がした。
「風間、ヘンな顔、よー」
孔の笑う声が空に響いた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
少し進んだ!


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