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ぼくらは、ぼくら。

北の大地のローカル番組。
長い春休みを取っている筈のD二人。タイトルはDの本の台詞から。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

普段、退社をする時に示し合わせたりする事はほとんどなくて、お互いがお互いの事情や体調なんかで
「じゃあ、また明日」の挨拶を置いて部屋を出て行くのがほとんどだ。「じゃあ、また明日」は
休日の前なら「また来週」や「休み明けに」に変わるけれど、ぼくらのスタンスは変わらない。
付かず、離れず。
この言葉がぼくと売篠くんの関係を表すには一番なんだろう。
コンビを組もうと思って組んだ訳ではなかったけれど、二人で仕事をする様になって十四年になる
相棒は、ぼくが立ち上がっていつもの「じゃあ、また明日」の「また明日」を発する前に口を開いた。

「俺も帰るわ」

別段止める理由は何もなかった。今日の分の仕事は片付いているし、流れとしては不自然でも
なんでもない。だから「じゃあ」の次にぼくはこう続けた。

「途中まで一緒に帰るか」
「そうだね」

頷いた売篠くんは妙な淡々さを醸し出していたけれど、よくよく考えればこの淡々さこそが
売篠くんの味でもある。思考が読み難い男だな、と思った。今日は東京辺りで仕事をしてるだろう
あのすずむしは考えてる事がよく顔に出る。売篠くんは真逆だ。でもぼくには売篠くんが一体何を
考えているのか、よく分かった。それはぼくの読解能力が優れているからではなくて、
二人で積み重ねた時間の長さと密度の濃さがあるからだ。
だからどうして今日に限って売篠くんが一緒に帰ろうと暗に言ってきているのか、分かっていた。
連れ立って部屋を出る。上からの沙汰で、もうすぐなくなってしまう馴染んだこの部屋を。
ぼくと売篠くんは、部署の移動を命じられていた。
不幸中の幸いとして、例えレギュラー放送が終了したとは言えども局のドル箱番組を握っている
ぼくらが引き離される事はなかったけれど。
製作部の消滅は、ぼくと売篠くんをひどく落ち込ませたし、憤らせた。
二人分の足音が廊下に響く。隣を歩く売篠くんの横顔は沈みがちで、ぼそぼそと会話を交わす声は
ちっとも弾まない。
擦れ違う顔見知りのスタッフや守衛さんに軽い挨拶を交わし、局の外に出る。四月といえども
まだ肌寒い北の大地は、ぼくが生まれた所とも、売篠くんが育った所とも全然違う。
思えば、本当なら会わなかったかも知れない男なのだと、今更ながらに気が付いた。
不意に売篠くんの足が止まる。何度も枠を撮った公園の途中。もう夜が更けているから、遊んでいる
子供なんていやしなくて静かだった。
眉間に皺を寄せたまま、売篠くんは口を開いた。

「そういえば、富士村くんと花見した事、あったっけ?」
「桜前線を追いかけたりはしたじゃない」
「それはそうだけどさ。全国の色んな所の桜は見たけど、ここは見たっけなって思ってさ」
「記憶ねぇな」
「俺もさ。不思議なもんだね」

静かに目を伏せて呟かれる声は風に流れる。
淡々とした売篠くんの表情や声に滲む愛惜に、ぼくの他の誰が気付けるっていうんだろう。
組織という大きなものに、作り上げた場所を居場所を奪われて、大切にしているものを踏み躙られた
同志だからではなくて、売篠くんの近しい人間――――相棒としてのぼくの心が共鳴をしてるのが分かる。
悔しいね。辛いね。
でもその半面、売篠くんとならば何処に行っても大丈夫だと思っているぼくもいる。
DOでSHOWがあるからじゃない。確かにぼくらはDOでSHOWを完全なものとして残す為に
DVD全集を出す作業を敢行し、番組のレギュラー放送を終えた。それはMr.とO泉くんにとっては
一つの巣立ちであり、四人での新たなる旅へのスタートでもあった。
ぼくらは一生DOでSHOWをするつもりで、四人の内の誰かが死んでしまっても、きっと最後まで
旅をするのだ。その日を迎える為に、レギュラー放送という形をやめたんだし。
でもDOでSHOWだけじゃない。ぼくは売篠くんとならば、もっと沢山の新しい何かを
作っていけると信じている。DOでSHOWがぼくにくれたものの中で、とても大きなものが
売篠くんだからだ。
売篠くんを一生の伴侶だと思った時の事を、今でも覚えている。売篠くんがぼくに言った、「キミに
いろんなことを話し掛けるのが、ぼくの一生の仕事だと思ってるんだよ」って言葉の、本当の重さに
気付いた時だ。

「ここが俺らの居場所だと思ってたのに、桜見た記憶がないんだな。勝手に局に敷地に植樹はしたのに」

ぼそりと落とされた言葉に、不意にずっと前に東北で見た桜が頭を過ぎった。あれが一番最初に一緒に
見た桜だっただろうか。移動する車の中、ぼくが笑って、O泉が怒って、Mr.は苦笑混じりに
黙っていた。そして売篠くんがいた。カメラを構えて、少し口元を緩ませて、ぼくらを見ていた。
幸せな旅だった。幾つもしてきた、辛くて、幸せな旅の一つだった。

「なぁ、売篠先生」
「んー?」
「旅に出ますか。番組とか関係なくってさ。俺とあんたと、そうだな、キャップも誘ってやってさ」
「男三人ぶらり旅ってのもむさくるしいけど」
「何時もより一人少ない分、マシじゃねぇか」
「それもそうだね」

ここに桜がないのなら咲いている所まで行けばいいのだ。そして桜を連れてここまで戻ってくればいい。
時間ならばたっぷりある。
伏せていた睫毛を上げて売篠くんが微笑みながらぼくを見た。久々に真っ直ぐに視線が合う。
この所、お互いにずっと俯いていたからだ。
顔を上げれば売篠くんの肩越しに長く続くなだらかな斜面に萌える緑の芝生が見える。夜目にも
鮮やかな、新しい命が芽吹く色だ。
売篠くんが微かに笑ったのに安堵して、思わずぼくも笑ってしまった。すると売篠くんは細い目を
僅かに見開く。

「何驚いてんだよ」
「最近、富士村くんが笑ってなかったって気付いてなかった俺に気付いてびっくりしたんだよ」

指摘をされて驚いた。爆笑魔人と言われるこのぼくが笑っていなかっただなんて。思わず問い
返してしまう。

「俺、笑ってなかった?」
「あんまりね」
「そっか。でもあんたも笑ってなかったぞ」
「お互いに自分の事はよく分からないんだな」
「だから俺にあんたがいて、あんたに俺がいるんだよ」

腰に手をあてながらO泉くんに命令する時の偉そうな口調で言ってやったら、売篠くんは顔を
くしゃくしゃにして泣き笑いの様な複雑な表情を浮かべた。
馬鹿だなぁ、そんな顔しなくていいのに。どうせぼくらは一蓮托生だ。一生DOでSHOWを
するんだから。O泉にだけ誓わせた訳じゃないだろ。四人出なきゃ、DOでSHOWは出来ないんだ。
この先だって旅は続くだろ? 否、今だって本当は旅の途中なんだぜ。なぁ、売れしー。
情けなく眉を下げた売篠くんが掠れた声で言った。

「だったら、やっぱり、一生あんたに話し掛けるのが俺の仕事だな」

そうだよ、と答えたぼくの声も掠れていたけれど、売篠くんにはちゃんと届いた筈だ。
これ以上視線を合わせていると泣いてしまう気がして、同時に逸らした二人の視線が坂のずっと
遠くへ向けられた。
それはこの先一生かかって辿り着く、本当の最終回に繋がっている。ベトナム縦断よりも長くって、
ブンブンで迎える夜よりも過酷な旅路に違いない。でもきっと幸せな道程だ。Mr.がいる。
O泉くんがいる。そして売篠くんがいる。売篠くんとならば歩いていける。
闇雲な力で信じながら夜空を仰いだ。ぼくはとても長い時間、星の光が滲んだ夜空を渡る春の風と、
すぐ隣に立つ売篠くんの気配を、ただただ大切なものの様に感じていた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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