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板缶

il 板缶です。il続いてしまってすみません。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

 彼と庁内ですれ違うことは、よくあることだ。職場が同じなのだから当たり前だけれど。
 いつもは、軽く会釈をしながらすれ違うだけ。そうしようと決めたわけではないけれど、そういうものだろう。
 だから、少なからず驚いた。
 すれ違いざま、誰もいない廊下。俺の手をむんずと掴んだ彼の空いた手が、非常階段への扉を開けた。

「ちょっと、伊民さん?」
 広い背中をからかうように声をかけても、彼は何も言わなかった。かんかん、と非常階段を上がる高い靴音。諦めて、腕を引かれるままにした。どうせ暇なんだ、俺の仕事は。
 階段を上った先には、喫煙スペースにもなっている場所がある。昼を少しまわったところで、人影はなかった。
 晴れていたけれど、コートを着ていない体には三月の空気は少しだけ寒くて、襟をかきあわせた。
「どうしたんです?」
 俺の問いに、伊民さんは無言で煙草に火をつけた。深く吐き出された息とともに、紫煙が立ちのぼる。この気だるそうな顔が、俺はけっこう好きだったりする。
「昨日、どこ行ってた?」
 今朝、二日酔いの頭痛で目を覚ましたとき、携帯の電源を落としたままだったことを思い出した。
 たったひとりの部屋。昨晩の記憶ははっきりと残っていた。それこそ、痛みのためではなく頭を抱えたくなるほどに。
「あー、古い知人と飲んでました。すみません、携帯切ったままだったのすっかり忘れていて」
「そうか」
 ふう、と息をつく。ならいい、と肩をすくめた仕草に、唐突に気づく。

「伊民さん、ひょっとして昨日、家に帰ってないでしょ?」
 ぴく、と肩がゆれる。その背中を包んでいる背広もネクタイも、昨日と同じものだ。
 近寄り、襟に触れる。伊民さんはなにもせずに、ただされるがままだ。
「シャツは違いますよね?」
「長丁場になることもあるからな。それくらいはロッカーにあるさ」
 小さいため息のあと、俺の腕を包んだ手があった。
 かさついているけれど、大きくて温かい手。ぐっと引きよせられた瞬間、体を包み込む体温を、ずっと近くに感じた。
 背中に回された手。躊躇うようにかすかに触れた唇に、噛み付くようにして応えてやる。
「……どうしたんです?」
 広い胸板に染み付いた、煙草の香り。その中に確かに感じる彼のにおいに、ふっと目を閉じて触れる。
 答えが返ってくるとは思っていなかった。それでも、よかった。
「心配だった」
 だから、頭の上でぼそっと彼が呟いた言葉を聞いたときは、本当に驚いた。
「え?」
「お前さんが、」
 背中を抱く腕に力がこもる。表情は見えないし、その声もいつもと変わらないけれど。
 確かに、感じる。いつもと違う、彼の思いを。
「帰る場所がない、なんて言うから」
 そうだ、彼は聞いていたのだ。あの取調べ室での騒ぎを。
「……うれしかったですよ。あの時飛び込んできてくれたのが、あなたで」
 思わず、口元に笑みが浮かんだのが自分でも分かる。そのことが分かったのか、背中に回されていた腕が離れ、肩を掴まれた。
 瞳を覗き込まれる。キスをするわけでもないのに、こんなに近くで見つめ合うことなんてあまりない。
 その瞳の色に、目を奪われる。

「……本当に、そんな風に思ってたのかよ」
 真剣で、真摯で。心を刺されるような、まっすぐな瞳だ。
 引力に支配されたように無意識に、その頬に触れる。指先に伝わる体温に、目の奥がツンと痛んだ。
「いいえ。そんなこと、思ってませんよ」
 その唇に、今度は俺から、触れるだけのキスを。
「もしかして、探してくれたんですね?俺のこと」
 電話に出ない恋人を、心配する姿なんて想像したこともなかった。
 不器用なこの人のことだ、夜通しやきもきするだけでなく、街に探しにでるようなこともしたかもしれない。それこそ、家に帰るのも忘れるくらい。
「もう大丈夫なのか?」
 再び背中に回された手。ぶっきらぼうな言葉だけれど、その手から、隠そうともしていない思いが伝わってくる。
「ええ」
 煙草の香り。彼のにおい。体を包む温もり。
 すべてが愛しく、すべてが誇らしい。
 ようやく、実感した。
「……おかえり」
「ただいま、」
 やっと、帰ってきた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
ありがちですが、書きたかったので書いてしまいました。
お目汚し失礼いたしました。

  • サイバーくん -- 2018-05-11 (金) 19:57:51

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