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おやすみ

懲りずにブソレンよりヴィクバタ前提ヴィク&パピ。
月へ行く直前のころです。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「俺も娘と同じホムンクルスにしてくれ」
 白い核鉄で黒い核鉄の力を相殺したのち、ヴィクターは錬金戦団の亜細亜支部大戦士長、坂口照星にそう申し入れた。
 月へ、地上のすべてのホムンクルスを移住させ、ホムンクルスから再び人間に戻る方法が見つかるまで、月の世界で暮らす、と。
 その申し入れを容れた戦団ではあったが、月への移住準備が整うまでの数週間、ヴィクターのホムンクルス化は控えられた。
 ホムンクルスになれば食人衝動を持つことになる。
 人を喰いたいと思わないのは、現在確認されているなかではただ一人しかいない。
 そして彼と同じように食人衝動を持たないホムンクルス化が、容易に可能であるとは思えない。
 ドクターアレクのクローン技術で、彼らの食糧は確保できるが、だからといってヴィクターがそれを口にする期間は短いほうがいい。
 これからの長い長い生に比べれば、その期間はほんの微々たるものだろうが、それでも気休め程度にはなるだろう。
 その判断をヴィクターも受け容れた。

「パパがよければ、ちょっとくらいなら旅行してもいいって」
 彼の娘ヴィクトリアがそう言ってきたのは、月への移住日程がおおよそ決まりつつあるときだった。
「どうせすることないでしょ? パパは今のところ普通の人間と同じだし、それに地球にはしばらく戻れないんだし」
 どこか投げやりな口調の娘を見つめ、ヴィクターは少し考え込んだ。
「もちろん監視はつくみたいだけど。パパ、このあいだは空からしか見てないんでしょ?」
 呼吸するように生命体から生命力を吸収すエネルギードレインが起こるかつての彼であれば、人の間に入り混じるというのは到底かなわない話だった。
 人ごみの中にでもあれば、彼の周囲にある人間はとたんにエネルギーを吸い取られ、疲弊する。
 もちろん人以外の、すべての生命にとっても同じこと。
 それが分かっていたヴィクターは、決して多くの生命の集合体に近づこうとはしなかった。
 世界を見て回っている間、ごく一部に被害は出たが、のちの検証で最低限の犠牲だったことが確認されている。
 錬金術に対しての怒りはすさまじかったが、だからといってすべての生命を滅ぼそうなどとは、決してしなかった父親の思案する顔を見上げながら、ヴィクトリアは口を開いた。
「パパだって、未練がないわけじゃないんでしょう?」
 同情するような色を目に浮かべたヴィクトリアを見下ろし、ヴィクターは少し迷ってから小さく頷いた。
「考えてみよう」

 数日後。
 ヴィクターは銀成市の駅前に立っていた。
 100年前とすっかり様変わりしてしまった街を見まわし、ヴィクターはひとつ息を吐き出した。
 空から見ても充分変化しているが、その中に降り立つと、100年どころか異世界に迷い込んだような心地になる。
 100年前、まだ人間だった蝶野爆爵に連れられてこの街に来た時、3階より高い建物は存在していなかったし、人々の服装もまるで違っていた。
 もうひとつ息をついて、ヴィクターはもらった地図に視線を落とした。
 飛行できなくなった今、与えられた期日では、日本国内か、周辺諸国くらいしか行けない。
 できることなら故郷を見たいが、現代の技術をもってしても1日で日本の瀬戸内海からイギリスの田舎へ往復することは難しいらしい。
 それなら、もうひとつの思い入れのある土地を見ておきたかった。
 すべてに絶望していた日々に、ほんのわずか、苦しみを和らげてくれた彼と住んだかの地を。
 蛍火色の髪と赤銅の肌をしたヴィクターは、たいそう目立ったために、外を出歩くことはほとんどなかった。
 それでもときおり、人の往来がなくなる深夜、彼とともに、銀成の街を散歩した。
 手を伸ばせば触れられそうな見事な満月に、どうしてイギリスとこれほど違うのだろうと思わず呟くと、少し離れて歩いていた彼は楽しげに笑ったものだった。
 今キミは月が美しいと言ったが、イギリス人は月など見ないだろうと返され、そうかもしれないと真剣に考え込むと、彼はその特徴的な口髭を震わせたものだった。
 彼の笑顔や笑声はいつでも、ヴィクターの心をほんのりと温めた。

「…ここか」
 顔を上げて地図と目の前の場所とを確認する。
 日本語は覚えたが、漢字はなかなかマスターできない。それでも覚えた数少ない中で、確実に覚えている文字が、門柱に書かれている。
 つい、と扉を押すと、案に相違して扉は簡単に開いた。意外さに一瞬呆気にとられてから、ヴィクターは慌てて開いていく扉に手をかけた。そして荒れた邸内に息を呑む。あれほど見事だった敷石は草に覆われ、はびこる雑草に美しい庭の面影はない。
 あまりの変わりように驚いていると、上空から声が降ってきた。
「何をしている」
 見上げると、細身の長身に、背に蝶の翅を生やした男が浮いていた。
 蝶々の仮面をつけたこの男に、ヴィクターは見覚えがあった。月から地上に戻ったとき、武藤カズキ、ヴィクターと同じような存在になってしまった男に、いきなり勝負をしかけた男だ。この男が、武藤カズキの白い核鉄を作ったとも聞いた。
 右腕を切り落とされていたはずだが、治療したのか、綺麗にくっついている。
 名前を聞いているはずだ、とヴィクターはわずかに眉を寄せた。
「キミは……パピヨン、だったか」
「ほう、名を知られていたとはな。光栄だ」
 シニカルな笑い方が、彼にどこか似ている。
「いかにも、オレは蝶人パピヨン。なにをしに来た、ヴィクター・パワード」
 ふわり、とヴィクターの前に降り立つその姿は、確かに蝶のように軽やかだ。
 その姿に、ことさら蝶を愛でていた彼を思い出す。
「ここは…チョウノの家ではないのか」
「ああ、そうだが? なんだ、ひいひいじいさんの遺品でも見に来たのか?」
「ひいひいじいさん…ではキミはバタフライの…」
「玄孫。やしゃごというやつだ」
「ヤシャゴ……」
「a great-great-grandchild。こう言えば分かるか?」
 直系の血族。
 だからこれほど似ているのか。

 ヴィクターを上から下までじろじろと観察していた男は、ふん、と鼻を鳴らした。
「ホムンクルスにはまだなっていないようだな」
「…」
 なぜ知っているのだろうとの考えが頭をよぎる。
 それを見て取ったのか、男はにやりとした。
「自身もホムンクルスになって、月で再人間化技術の確立を待つとは、ずいぶんとお人好しなことだ」
「…キミも、ホムンクルスだろう?」
「オレは蝶人パピヨンだ。言っておくが、月へなぞ行かん。あんな殺風景な世界のなにが楽しい」
 そんなことは許されない、と言いかけて、パピヨンに食人衝動がないことをヴィクターは思い出した。
 娘が、珍しい事例だと言っていたし、大戦士長もパピヨンは例外だと言っていたはずだ。
 荒れた邸内へ視線をくれてから、ヴィクターはパピヨンに背を向けた。
「ああそうだ。アンタに渡すものがあった」
 タイミングを見計らったかのように、パピヨンが声をかける。
「……なんだ」
 振り返らずに訊ねた。
「ついてくれば分かる」
 短くそれだけを告げて、パピヨンはさっさと屋敷へ上がり込む。
 どうしようかとしばし迷ってから、ヴィクターは踵を返した。
 パピヨンに敵意は感じられないし、万が一でも負けることはないだろう。
 そう思ってからふと、パピヨンが途中から英語で話していたことに気づいた。
 あまりに自然に切り替わっていたから気づかなかったが、パピヨンのそれは綺麗なクイーンズイングリッシュだった。
 かつて度々耳にした、彼の発音に、ひどく似ていた。
 ヴィクターは頭を振った。
 彼の血族だからか、パピヨンを見ていると彼を思い出してならなかった。

 屋敷内にずかずかと上がり込むパピヨンのあとを追うと、廊下の途中でガラス戸を開け放ち庭に降りた。
 どこまで行くのかと問いかけるが答えはない。マスクのために表情は分かりにくい上、今はヴィクターに背を向けている。黙ったまま、大股に歩くパピヨンは、庭を通り抜け、建ち並ぶ蔵の前に立った。破壊のあとが目立つそれらに、ヴィクターは眉を寄せる。
「気にするな。オレと武藤が戦ったあとだ」
 ちらりとヴィクターを見遣ったパピヨンが無感動に告げながら、ひとつだけ無事に残った蔵の扉を開け放った。真昼だというのに、覗き込んだ蔵の中は暗い。
 ふいにヴィクターは、彼が最初にヴィクターを匿った場所であることを思い出した。少なくともいくつかある蔵のひとつであるはずだった。
 ほのかな月明かりの下、着物姿の彼から、エネルギーを吸い取ったことを思い出す。触れれば彼を苦しめると、分かっていたからこそ、それでも近づこうとする彼を、あのときばかりは恐れた。
 たん、と足音も高くパピヨンが中に足を踏み入れる。
 とっさに手を伸ばし、ヴィクターはパピヨンの手首を掴んだ。
「…何だ?」
 見返すパピヨンの視線は冷たい。
 違う。似てはいても根本的に違う。彼は、ヴィクターにだけは、決してこのような目を向けたりはしなかった。常に尊敬と畏怖と、それ以上に言い知れぬ温かな感情を込めた目をしていた。彼だけは信じられるとヴィクターが思うほどに。
「…すまない」
 自身の行動にうろたえ、ヴィクターは慌てて手を離した。
 興味が失せたのか、ヴィクターの手から解放されるとすぐにパピヨンは蔵の奥へと足を向けた。いくつか置かれた箱や棚をがさごそと漁りはじめるパピヨンをしばらく見てから、ヴィクターは自身の手に視線を落とした。
 触れられた、そのことに驚きを感じていた。
「……蝶を触ると」
 独り言のように言葉が口をついて出る。
「蝶は弱るだろう」
 何事かと、パピヨンが視線だけを向ける。

 構わずヴィクターは語り続ける。
「あれと同じで、俺が彼に触れると、彼は弱った」
「だから、触れたことはない、か」
 面白くもなさそうに呟いて、同時にパピヨンは何かをヴィクターに投げつけた。
「!」
「ひいひいじいさんの日記だ。アンタがフラスコに入ってからのことが書かれてる」
 とっさに受け止めたそれは、分厚い本だった。何百もあるページそれぞれに、彼の流麗で几帳面な文字が記されている。
「英語で書いてあるところを見ると、ほかの人間に見られたくなかったんだな」
 散らかした書籍を片づけながらパピヨンが呟く。日記には、ヴィクターのフラスコの状態が詳細に記されている。その合間に、彼からの、ヴィクターへの思いが綴られていた。
『いつになれば、君を救えるのだろう』
『君は私を信頼してくれた。それに応えねば』
『この命尽きても…』
 気づけば、ぽたりと落ちるものがあった。慌てて手の甲で拭う。
 ふん、と呟いて、パピヨンが蔵を出ていく。
「それは好きにしろ。オレはもう行く。これでも忙しいんでね」
「待ってくれ!」
 スタスタと歩き去ろうとするパピヨンを呼び止める。
「…………ありがとう」
「……ふん」
 ヴィクターの感謝を、パピヨンは背で受け止める。
「用が済んだらさっさと出ていけ。ここは蝶野の敷地、つまりオレのものだ」
 それだけを言い捨てると、パピヨンは黒い翅を広げて飛び立った。
 それを見送って、ヴィクターはもう一度彼の日記に視線を戻した。
「…おやすみ、バタフライ」
 そっと呟き、日記を閉じた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
お粗末さまでしたorz


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