北夏
更新日: 2011-04-25 (月) 08:06:08
夏/.目.友人.帳
あんまり同志いなさげな北夏
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
棗は何かを見ているらしい。
それは同級生の間で、密かに知れ渡った噂となっていた。
今年一番の寒さを記録した朝、登校する北元は友人の棗の姿を見つけた。
木に向かって何か話している。早朝、この道を通る人は少ない。
(油断しているな…)
北元は足を止めて待ち、少し離れた所から様子を見守る。
見えない何者かに話しかける姿は、棗のことをよく知っていても
やはり少し怖いと感じた。
棗が歩き出すのを見て駆け寄る。
「おはよう、棗。今日は寒いな」
「ああ、北元。おはよ、寒いな」
少しびくっとした笑顔で棗が振り返る。
「北元この道だっけ?」
「いや、このへん霜柱がたくさん出来るんだ。それで今日はこっちにしてみた」
「本当だ。ざくざくするな」
「だろ?」
「ああ、楽しいな…」
(いつもそんな笑顔ならいいのにな)
北元は普通の学生の顔に戻った友人の笑顔に安堵して並んで歩いた。
ざくざくざく。霜柱を踏みしめて歩く夏目が急に立ち止まった。
「ん?どうした?」
「いや…悪い、北元。先行ってくれ。ちょっと忘れ物した」
「え」
棗の顔に緊張が走る。
おそらく何かが見えている…普通の人間には見えない何かが。
「分かった。あまり遅れるなよ」
「ああ…」
必死に取り繕っている顔を見ると
どうしてもそれ以上、聞くことが出来なかった。
ざくざくざく。霜柱を一人で踏みしめ歩く。
さっきまで一緒に、こんな些細な事を楽しんでいた。
(なのに何故…)
北元は表情を険しくした。
何の力にもなれない自分がただただ悔しかった。
(どうして俺には見えないんだろう…)
(何故あいつには見えてしまうんだろう…)
二限終了のチャイムが鳴り、北元は棗たちのクラスを訪ねた。
「西邑、棗来てるか?」
「おう、北元。棗は今日はまだ来てないな。
どうしたんだろう?休みの連絡もなかったみたいだし…」
言いようのない不安が北元の胸をよぎる。
(あの後、何かあったんだろうか?)
あの時、何も出来ないにしても
棗を待ってみるべきだったのかもしれない。
(一体何が?あいつは大丈夫なんだろうか…)
考えれば考えるほど不安になってくる。
(でも…)
(あいつは大丈夫だろう)
棗は“そっち系の事”に関しては意外にしっかりしていて
きちんと対処できている様なのだ。
(だから大丈夫…)
ふと、棗が転校して来た頃のことを思い出した。
いつも一人でいた横顔を。
当然のように一人でいた横顔。
もう誰にも期待しないとでもいうように。
「…くそっ!」
同じものは見れなくても心配することは出来る。きっと力にもなれる。
(それがなぜ棗にはいつまで経っても分からないんだ…!)
「棗!棗、いないのか?」
北元は朝に会った道まで戻ってきていた。
ここにいるとは限らないが、ここしか心当たりがない。
家に帰っていないことは担任に確認していた。
(どこにいるんだ…いつも何も話さないで、心配ばかりかけて)
見つけたら、そんな遠慮ばかりするなと叱りつけてやろうと思う。
一人で何でも抱え込むから、みんな心配するのだと。
森に入ってしばらく探していると、少し開けた所に
古びたお堂があるのが見えた。
何かを感じて北元は木の引き戸に手をかける。
戸は思ったより固かった。ギギ、ギギギ…軋みながら少しずつ戸が開く。
戸が開いた瞬間、バシ!という音と光、衝撃が北元を襲った。
「…な、何なんだ?」
閃光に眩んだ目をまばたきして凝らし、堂の中をのぞき込む。
「…んん?何だ…?……」
ようやく目が慣れてきて目の前に倒れているものの姿がはっきりする。
「…!」
北元は慌てて駆け寄りそれを抱き起こした。
「棗!しっかりしろっ!おい」
「う…」
「大丈夫か?一体どうした」
「うう…」
床に手を付いて呻く棗の姿が、薄暗い堂の中では気味が悪く見えた。
思わずゾクッとして身を引き締める。
(まさか何かに取り憑かれてるなんて事ないよな…)
暗闇に微かに差し込む光が、青白い顔を薄く照らし出す。
色の無い唇は浅い呼吸を繰り返し
頬に掛かる髪で、表情がよく見えない。
「棗、大丈夫か?棗…」
呼び掛けていると、俯いていた棗が顔を上げて北元を見た。
感情の読めない目に、北元はしばしたじろぐ。
「…北元?」
「…!おう、棗」
(大丈夫だ。棗だ)
ほっとして思わず明るい声が出る。
「…どうしてここへ?」
「心配になって探しに来たんだ。棗、大丈夫か?」
「あぁ」
大分気持ちが解れた北元とは反対に、棗は堅い表情をしている。
「一体どうした、何があったんだ?」
「…何でもない」
「何でもなくないだろ。そんな青い顔して」
「……」
「何を聞いても大丈夫だ。だから話してくれ」
「……」
「俺のこと、信用できないか?」
「……」
棗の態度に業を煮やした北元は核心を突いた。
「…棗、お前何か見えてるんじゃないか?俺らには見えないモノが」
その時、戸のほうでギシッと床板を踏む音がした。
棗がハッとしてそちらへ目を向ける。
そこに立っていた和服に長髪の男…
それは北元にも見ることができた。
「的芭…」
棗が男を睨み付ける。
「そろそろ過去の事を思い出して大人しくなっている頃かと思いましたが…」
的芭は悪びれた様子もなく、棗に微笑みかける。
「そのご友人に助けられたようですね」
「的芭…あんたが。何でこんな」
刺すような視線を投げる棗を軽くあしらって的芭は笑った。
「私は貴方に夢を見て頂いただけです。
あの妖は夢で過去を見せるだけで、
そんなに力の強い妖ではありませんから
結界は簡単に破られてしまいましたがね」
的芭は静かに微笑みながら
唇を噛みしめる棗の顎を指で持ち上げ、目を覗き込んだ。
「それでも、思い出したでしょう?」
棗の顔から血の気が引く。
隣りで聞いていた北元は、事情を察することは出来ないが
棗が追い詰められていることだけは分かった。
「何なんだ、あんた。棗に何か恨みでもあるのか?」
おや?というように的芭が北元に目を向ける。
「君は友達思いですね。恨みなどありません。
さっき君が言っていたでしょう?棗君は何かが見えていると」
(妖、結界…そうか、こいつは棗と同じものが…)
今時、和服に黒髪、長髪。おかしな眼帯などにも納得がいく。
(この人はそういう能力を職業にしている奴か…)
「的芭さん」
棗が横から制す。
「北元は同級生で、普通の友達なんだ。北元を巻き込むのはやめてくれ」
真剣な、意志の強い眼差しが的芭を見上げた。
「……分かりました。今日はこれで引き上げましょう」
的芭は意味のない笑みを引っ込め、棗の耳に囁いた。
「でもこれで終わりではありませんよ。
君にはまた夢を見てもらいます。何度でも、何度でも。
君が壊れるまで」
的芭は棗の瞳が大きく見開かれるのを見届けてから
床を軋ませながら堂を出て行った。
戸の外に完全に的芭の姿が見えなくなると
棗は崩れるように床にうずくまった。
「棗…大丈夫か?」
「北元…」
床に置かれた手は微かに震えている。
北元はその上に自分の手を重ね、しっかりと掴んだ。
「棗、俺はもう大体理解したよ。棗が俺たちに言えなかった事」
棗が苦痛に耐えるように顔を伏せる。
「見えていることを、俺にはもう隠さなくていい」
北元はそっと手を伸ばし、頭を撫でた。
「普通の人に見えないものが見えていても、棗は棗だよ」
床にポタポタと雫が落ちた。
「棗…」
「…北元…ありがとう。でももうダメなんだ」
「ダメ?何が?」
「俺がもうダメなんだ…」
棗がそう言った瞬間、ぶあっと冷気が棗を取り囲んだ。
「なっ、棗!?一体これは…」
最初にお堂で棗を見つけた時のような
感情の読めない目が北元を見つめ返す。
「北元、昔お世話になった家に少し年上の男の子がいたんだ。
…その子は……俺に……性的虐待を………」
冷気がどんどん分厚くなり、繋いでいた手が離れる。
「俺は親がいなくて親戚の間をたらい回しだったから…
守ってくれる存在もいなかったから
どうにでも出来たんだ。どうにでも…だから…」
何か良くないモノが棗に纏わりついているのが分かる。
「色々…色々…」
棗の指が床を引っ掻く。爪が割れて指先に血が滲む。
「的芭がさっき言ってた俺に見させた夢っていうのはそれなんだ。
人は本当に辛い記憶は思い出さないって本当なんだな…
自分を守るために…」
棗の姿が黒い靄に霞む。
「…北元、巻き込んでゴメン。
こうなっても、俺は幸せだったよ。最後に優しい人達に会えたから。
だから…」
「棗っ!」
北元は黒い靄の中に手を突っ込んだ。必死に。
体中の血が凍り付くような、嫌な、
おぞましい冷気が北元を襲う。
「北元っ!やめろ」
黒い靄の中に動揺する棗が見える。
(救える。俺に力がなくても
棗の心を揺らすことが出来れば多分救える…)
こんなことに関わるのは初めてだったが、北元はそう確信した。
「棗、俺はお前にいなくなってもらいたくない。
お前が苦しむのも嫌だ。
でもどうしても苦しむのなら…」
分厚い冷気に阻まれていた手が、少し前に進む。
「俺が同じ苦しみを背負う。同じ罪を背負ってやる」
ぎりぎりと手が棗に近付く。
「棗、俺はお前が好きなんだ…だから…
だから消えないでくれっ!!!」
バチンッ!と何かが弾けるような音がした。
急にストッパーがなくなったように体が軽くなって
北元は、手から勢い良く棗に倒れ込んだ。
「北元…」
戸惑う棗を北元はそのまま抱き締めた。
「よかった…」
「北元…ゴメン。俺、もうダメだと思って…」
体を起こしながら、棗は今起こったことを説明する。
「的芭さんは俺がもう自分を諦めるような過去を見せて
俺の心を封印する術を掛けたようなんだ。
それで自分の式…使いの妖を憑依させて
俺の力を自分の好きにしようと…」
一度、封印を受け入れて呼び戻されたお陰で
棗は冷静さを取り戻していた。
「こんなどうしようもない過去を持っている自分が
あんな優しい人達の中にいるなんて…
許されないと思ったんだ。
でもきっと、心の有り様だよな…」
北元は前方を見つめ、黙って棗の話を聞いた。
「必死で引き留めようとしてくれてる北元の顔を見てたら
逃げようとしている弱い自分が恥ずかしくなってさ…
逃げないで強く生きなきゃと思ったんだ」
そう言って棗は北元に向かって微笑んだ。
「本当にありがとう。北元」
「…!!」
次の瞬間、棗は面食らって固まっていた。
北元の唇が棗の唇を覆っていた。
固まったままの棗の顔を北元は手で挟んで自分に向ける。
「同じ苦しみ、同じ罪を背負ってやるって言っただろう?」
北元が優しく微笑みかける。
「いいよ、そんなの!俺もう大丈夫だから!」
焦って棗は顔の前で手をぶんぶん振る。
「そうやってまた一人にならないでくれ。
一人で閉じないでくれ。
俺が共有したいんだ。俺が一緒にいたいんだ…」
「…どうして?」
俯いた棗が小さな声で訊ねる。
「こんな思いが恋か友情なのかは分からない。
でもきっと、棗のことが好きだからだな…」
「こんな思いが恋か友情の延長なのかは分からないけどさ…」
冷え切っていた棗の手を北元の温かい手が包んだ。
「名前なんかどうでもいい。
ただ、近くにいたいんだ」
俯いたままの棗の手が北元の手を握り返した。
北元はようやく安堵したように笑って棗の頭をぐしゃぐしゃに撫で
しっかりと抱き締めた。
あれから数日が経った。
二人はベッドの中で一緒にノートを広げ
明日提出の宿題を解いていた。
北元の部屋は狭いが、何だかとても暖かくて
すごく安心する、と棗は思った。
「棗」
北元が棗に自分のノートを差し出した。
「ほら、Qちゃんだぞ。棗、好きだろ?」
北元が邪気のない笑顔で笑いかける。
ふいに棗の目から透明な雫が落ちた。
「ど、どうした。棗?」
「そうだな…。こんな感情の名前は知らない」
棗は思いがけずこぼれたそれを拭って笑った。
北元は布団ごと棗を抱き締めた。
この部屋の暖かさを覚えてもらいたい。もっと。
もう凍えていた昔を思い出さないように。
〈終〉
書くのに6日もかかったことにびっくり。
のわりにラブシーンなくてすみません。北夏好きだ!
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
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