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解けない 解かせない

発表の機会を失って埃被ってた戯文、投下させてください。
鯨人の首長さんたちです。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「             」
呟いた内容はやたらに暗く、それにしてはいい声で小さな楽屋に響いた。
多村はそのとき、隅で横になってガァガァと豪快ないびきを掻いていたのだから
聞こえていたはずもないのだが、河島は、眠っているかどうか確認も兼ねて
多村の顔を覗き込んだ。当然ながら起きる気配はない。
安らかとは言えない寝姿に河島は少しばかり頬が緩むのを抑えられなかった。

それにしても。
いつ見ても多村の寝顔は阿呆だなと思う。
その阿呆面に欲情するのだから我ながら変態だ。変態にも程があるだろう。
河島は、多村がいびきさえ掻いていなければキスのひとつでもしてやろうか
なんて思っていたが、止む気配はない。
残念やな多村くん、ホンマに運の無いやつや。

そんなとことん運の無い男に、河島は縛られている自覚がある。

「今までありがとうな」そんな言葉で、いつか多村が自分から離れていく。
何度も何度も想像した場面だ。
営業先で担当者にぼろくそに言われた時、賞レースで失敗した時、
多村が寝坊して現場に来ない時、ただ、丸まって寝ている背中を眺めていた時。
何気ない瞬間まで多村は侵食してきて、河島の頭を支配する。
多村と別れてひとりになった後、きっと俺は、使い古された雑巾に自分を
投影してみたりして、なんとも言えない気持ちになるんだろう。
だから自分は、多村が笑う漫才を書き続けなければならない。

か細くて頼りないアイデンティティだけが、自分を奮い立たせている。

近寄るな、触るな、俺のテリトリーに入ってくんな、でも手ぇ離したら許さへん。
何というエゴイズム。
「どないしょうもない…」

どうあがいても、離れられない。

「俺はまっくろやな」
ぽろりと落とされた言葉は体を抜け、楽屋の畳に吸い込まれていく。
その時ふと多村の頭が動き、寝返りを打った。背中を向けていた姿勢から仰向けに変わる。
その上、いびきが止まったかと思えばスースーと気持ち良さそうな寝息までプラスされて。
「…キスせぇっちゅーことか?」
勝手に決めたルールに勝手に乗ってみる。
何かしら理由付けをしなければ自分から積極的な行為には踏み込めない。
「たむらー」
唇の接触ぐらいで目を覚まされては困る。そう思い河島は手を伸ばし、念のため多村の肩を軽く揺らした。
しかし思った通り睡眠は深いようだ。
手持ち無沙汰にグーとパーを繰り返していた右手を、多村の肩の横あたりに置く。
その時、着ていたカッターシャツの袖が彼の頬を掠めてしまったがもちろんその程度で
多村が起きるわけがない。
何をビクついとんねん、俺。
「あほらし…」
河島はゆっくりと姿勢を落とし、何の楽しい夢を見ているのか知らないが
口角が上がり締まりのない表情で眠っている多村の唇に自分の唇をそっと重ねた。
はじめは掠める程度と思っていたが、かさついた唇が潤っていくのが思いのほか心地よくて
幾度となく啄むうち、僅かに水音を立てはじめる。
「……ん」
徐々に、河島は頭の芯に鈍い熱が集まるのを感じ始めていた。
薄く開いている口内へ侵入を謀ろうと、ぺろっと舌で多村の下唇を舐める。
「………」
多村の鼻から漏れる呼吸に合わせていく。
柄になく緊張で汗ばんだ右手は何度か畳を滑りそうになり加えて、体重を支えていたものだから
ジンジンと痺れてきて、河島はやむなく上半身を起こした。

「んうーあ"ー」
その時、多村が何事か呻いて、目を開けた。
河島は既に多村の側から移動していて、彼の言葉になっていない声を
聞いていない振りをしながら、机に広げたノートを弄んでいた。
「何これ、俺めっちゃ唾液出てる!恥ずいわ~」
「…どうせまた食いもんの夢でも見てたんやろ、ホンマ意地汚~」
河島はノートに目を落としたまま呟いた。恥ずかしくて顔を上げられなかったという方が正しい。
まだ顔から僅かな熱が引いていなかったからだ。
「うっさいわ!そんな言わんでええやろ!…おかしいなあ、別に夢見てへんのになあ」
多村は口元を拭いながら、ぶつぶつ呟いている。

目の前の姿見に映った掛け時計を見遣ると、あと少しで空き時間の終了を示していた。

「…何?これ」
河島が渡した台本を一通り読み、多村が顔を上げて放った第一声。
予想通りだと言わんばかりの顔で、河島は口元を歪めた。
『お前にとって俺って何なん』
ネタの中盤の多村のツッコミ。大体、多村のツッコミのフレーズは
多村が自分でその時のテンションで変更していくことが多いが、このツッコミだけは
変えてくれるな、とわざわざ赤ペンで差し示してやった。
「ちょ、そのセリフ言うてみ」
「…なんやねん意味わからんわ」
多村は眉根を寄せて困りきった表情で目の前の相方を見詰めるが、河島は意に介さず
「ええから言えや!」と半ばキレ気味に急かすと、多村は腑に落ちないという顔で
手元の台本を見直した。
「『お前にとって俺って何なん』って、せやから何これ」
「呪縛や」
「は?」
多村の眉間に思いきり皺が寄る。怪訝な表情が浮かび上がった。
意味がわからないと主張する多村に、河島はただ笑って繰り返した。

「呪縛やねん、俺にとってのお前」
「ジュバク…」
「ひらがなで言うな」
「ちゃうぞ!カタカナやもん」
「どうでもええわ、そんなもん!………わからんかったらもうええわ」
「何やそれ!めっちゃ気になるやん!お前が言わしたんやろ」
「もうええねん、ホンマは『電気ポット』で」
「電気ポット…」
「そうや、つむじ押すと鼻からお湯やのうてなんや茶色い液体がバァーと、飲んだら、わ、珈琲や」
「出るか!しかも鼻からって汚いわ」
「いつでもブレイクタイム」
「漫才中に休むな!」
初の本読みにしてはきっちり決まった流れだと河島は満足した。
そして脱線した話を無理やりネタに引き戻すことで多村の言及を躱わし、安堵のため息を吐いた。
悟られるのは本意でない。

「河島」
「おん」
「さっきの何なん?ネタはええねんけど、呪縛って」
「お。漢字で言えるようなったやんけ」
「真面目に訊いてんねん」

漫才中のような応酬を繰り返す中、スっと訪れた「間」を挟んで多村が眼差しを改めた。
河島は、多村が時折ちらつかせる、意図をしっかりと持たせた瞳が好きではない。
長年守ってきた鉄壁のガードが、いとも簡単に崩れそうで怖いのだ。
稀に見せるその顔に出会う度、いつも指先がしんと冷たくなる。

「どういう意味や呪縛て。めっちゃ考えてもうたやんけ。
俺は呪いなん?お前にとって逃げ出したいぐらいの奴なんか?嫌なんか?なあ」

質問を畳み掛ける多村の顔は、先程の真剣な眼差しから一瞬にして泣きそうな、
(あと1秒沈黙が続けば実際泣いてしまっただろう)表情に取って代わられた。

「ちゃうねん」
「…何がちゃうん?」
「………お前んこと必要やねん」
「え?」
「お前おらんかったら俺死んでまうねん」
嘘や大袈裟な事を言ったつもりはない。ただ、真実を述べた。

「そんくらい、俺は多村が必要なの」

河島は、自分でもひどく優しい表情をしているとわかる。
こんな顔、昔の自分にはできない芸当だった。
「………」
「アホ。なんちゅー顔してんねん」
「恥ずいやん」
「俺かて恥ずいわ」

河島が顔を赤くしたまま恨みがましい目を向けたものだから、多村は目一杯笑って
そんな河島を引き寄せて力任せに抱きしめた。劇場の廊下でである。
遠くの後輩芸人が不思議な顔でこちらを見詰めているのが見えた。

「やめろや!」
「嫌や」
「アホか何してん、離せや」
「嫌や離さへん」
離せ離さへんの押し問答を続けていると、遠くにいた後輩芸人がわらわらと近寄ってきたので
仕方なく多村は河島を解放した。離れ際、耳元に口付けるぐらいの勢いで「離さへんからな」
と唸るように言われ、河島は腰が抜けるほど驚いて、よろけたついでに尻餅をついてしまった。

二人が何故か廊下で抱き合いながら喧嘩をしている姿を笑いながら見ていた後輩のひとりが
慌てて手を差し伸べてくれて、河島はようやく腰を上げた。

「何やってたンすか?」
「痴話ゲンカや」
多村が堂々と言ってのけたので河島は一瞬唖然とする。
それから頭を高速回転させ、もっともバカバカしい理由を付け足してやった。
「こいつが俺のジョジョのカード、ケツに隠しよってん」

狭い廊下に、大きな笑い声が響く。多村も後輩も皆笑っていた。
たとえ、世界が終わりを告げたとしても、面白いものは面白いままなんだ。
解けない謎は、いつも多村が教えてくれる。

end

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

すいません、久々の投下でナンバリング間違えた。
でも満足。ようやく昇華できたぜ。


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