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奇跡”管理”庁

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                | 半生 織吐露酢の戌 神×悪魔のアナザーエンド。
                | 戌スレ746姐さんのカキコに猛烈に萌えて書いた。 
 ____________   \        / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄| 以前にも二度ほど投下。まだ萌え中…。
 | |          | |         \ ダークエンド? 完全捏造注意!
 | | |> PLAY.    |           ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |          | |          ∧_∧  ∧_∧ ∧∧ ドキドキ
 | |          | |     ピッ  (´∀`)(・∀・)(゚Д゚)
 | |          | |       ◇⊂    )(   )|  ヽノ___
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AAがズレるのは仕様ってことでお許しあれ。

 「――××さん」
 呼ばれて振り向いたが、立っていたのはちょっと所在無さげにデニムのポケ
ットに両手を突っ込んだ見知らぬ青年だった。
 二十代半ばだろうか、彫りの深い端正な顔立ちに、悟ったような無表情。少
し眇めた目でこちらを見つめている。ヘンリーネックのシャツにデニムという
平凡な服装で、特に変わったところは無いが、見覚えもない。
 次号掲載の記事の取材をしての帰り道。夕方近くだが、通りに人影は無く、
ということはやはり声をかけたのはこの青年で、声をかけられたのは自分なの
だ。
 「……どちら様でしょうか」
 「××さんに間違いないですよね?」
 重ねて確認してくる。その声のトーンは抑え目だが、迷いは無い。
 「ええ、まあ。どこかでお会いしたことがありましたか?」
 「……いえ」
 そう言いながら青年が自分の方に手を伸ばしてくる。何だろう、服にゴミ
でも?と思っていると、その右手が自分の腕を掴んでいた。
 「すみません」
 小さな呟きを聞いた――と思った後はもう、意識は無かった。
 青年――蒼井は、無表情なまま、眉一つ動かさずターゲットが地面に倒れ
るのを見た。その死を確認すると、何事も無かったように歩き出した。ふと、
携帯を取り出し、いつもの番号にかける。

 つながった番号から聞こえるその声に、蒼井は破顔する。
 「兄貴? 俺。――うん、今終わった。――いや、今回はそんなに大変じゃ
なかったよ。場所も都内だったし。今から戻るから。……え? 晩メシ?……」
 死体をそこに残したまま、楽しげな声は遠ざかっていく。

 その壮麗な建物は以前ホテル・ラスタットと呼ばれていた。しかし今は違う。
巨額の政治資金を背景に昨年発足した坂木内閣によって新設された「奇跡管理
庁」の庁舎だ。その陳腐な庁名は、一説によれば坂木総理自ら名づけたものだ
と言われるが、とは言え誰もそんな名称は使わず、ストレートに「神の手庁」
と呼ばれることが殆どだった。
 当初、通称「神の手法」を背景に、超能力医療を管理する一団体として、厚
生労働省に所属する予定だったこの組織は、現在は国家公安委員会の管理下
にある。政府有数の財源であり、最も有効な外交カードの一つでもあるこの
庁の長官には、かつて警察庁警備企画課にいた佐波村なる人物が就任してい
たが、その建物の本当の主が誰なのかは世界中が知っていると言っても良かっ
た。最上階に暮らす青年・流崎新司である。
 坂木内閣成立の最大の功労者である流崎は、今や日本だけでなく、世界さ
え動かせるとさえ言われていた。
 もっと単純に言えば、今や彼は地上に降りた、神だった。
 そして同時に囁かれている、ある噂があった。アルカイックな微笑をたた
えて座る神の傍らには必ず、影のように寄り添う無表情な悪魔がおり、神に
仇なす者には容赦なく死を与えるのだ、という――。

 「……では流崎様、来月の政府割り当て分の名簿をここに置かせていただ
ますので、明日までにお目通しください」

 佐波村が慇懃無礼な態度で、ファイルを置いていく。かつては流崎を目の
敵にし、執拗に蒼井を追い詰めた彼だったが、今の立場には満足している。
詰まるところ今のポストはあの頃彼が求めた理想と、そう大きくはズレてい
ない、と佐波村は考えていた。
 「ああ」
 天井から床まで一面がガラスになった窓際に佇んで夜景を眺めたまま、佐
波村の方を見向きもせず、流崎は答えた。
 ちょうどそのタイミングで部屋のドアが空く。蒼井が帰ってきたのだった。
室内を一瞥して状況を把握すると、佐波村が置いたファイルを手にして中身
に目を走らせ、流崎に渡す。佐波村は流崎が受け取ったことを確認すると、
では、と言って出て行った。
 「……流崎」
 遠慮がちに声をかけた者がいた。もとは一介の所轄刑事であった馳辺凪差
である。今は、流崎の身辺警護の責任者として、ここ奇跡管理庁の課長級待
遇を受けていた。流崎に対して対等な口調を貫ける数少ない人物だ。
 「前にも言ったと思うけど、ここから移ることを検討して欲しいの。ここは
元々ホテルで、VIPを護るには色々不便で……。外壁も強化したし、ガラス
やドアも全部入れ替えたけど、構造の問題が解決できたわけじゃない。その
ファイルを見れば判ると思うけど、来月の政府割り宛名簿には某国の大統領が
いるわ。極秘の訪日になるだろうけど、それでも警備には相当の困難が予想さ
れるの」
 坂木総理との取り決めで、流崎は、月に3名の政府割り宛治療枠を設けてい
た。要は3人までなら、それが誰であろうが、政府が寄越した人間を治療する、
というものである。

その3人は、榊の支持政党の実力者であることもあれば、外交上の条件と
引き換えに、他国のVIPであることもある。或いは、国に対して「奇跡税」
という名の天文学的大金を支払って、その枠を買う者もいる。いずれにして
も、その3人については、内閣府と奇跡管理庁長官である佐波村が決め、流
崎はただ黙ってその「神の手」を使うだけだった。ただし、それ以外には、ど
んな理由で誰に対してその能力を使おうが国は関知しない――それが、この
奇跡管理庁が発足した際の取り決めであった。
 「……刑事さんの心配もわかるけど、俺はここが気に入ってるんだ。動く
気はない。……それに俺には、悪魔がついてるからな」
 その笑みに縁取られた視線の先には、無表情なままの蒼井がいた。
 「それはそうだけど、でも……」
 「さっき答えたとおり、俺の気持ちは変わらない。今日はもういいだろ、
下がってくれ」
 「……判ったわ。でも一つだけ覚えておいて。どんな国のVIPにも代わ
りは居るけど、あなたには居ない。あなたの存在は、世界の全てを左右する
の。――あなたは神なのよ」
 馳辺はそう言うと出て行った。
 「……神をやるのも面倒だな」
 「兄貴……」
 ようやく二人きりになったスイートルームの中で、蒼井はそっと窓際の流
崎に近寄る。
 長い間窓らしい窓の無い独房にいたからだろうか、「神」となった今では外
出もままならないからだろうか、兄は眺めの良い窓辺が好きだった。飽きも
せずに何時間でも、この最上階の窓辺で、外を眺めていた。

 「……俺も心配だ。来月のリストにある、×××大統領の治療は危険じゃな
いか。国内の政情も安定していないし、本人にも黒いうわさが絶えない。まっ
たく……どんな外交取引でこうなったんだ……」
 「だけど最後はお前が護ってくれるんだろ、両介。今日も邪魔な奴を片付け
てきてくれた」
 「ああ」
 今日蒼井が殺してきたのは、流崎に対し週刊誌を使って悪質なプロパガン
ダを繰り返していた人物だった。調べた結果、裏で坂木総理の敵対勢力とも
つながりがあることも判明し、少々の説得くらいでは言うことを聞くはずも
ないだろうと、蒼井の出番となったのだった。
 「神」として君臨する流崎のため、その障害になる者たちを、蒼井が「悪魔
の手」を使って殺すようになって、その数はそろそろ三桁に届こうとしてい
た。最初の頃は罪悪感もあったが、今は何も感じなくなった。力を使うこと
は日常の一部で、一日のうちに何軒かはしごすることさえあった。この能力
で行う殺人は驚くほど簡単だった。
 「……なあ両介、知ってるか。今から2000年以上前にも、神になった
男がいた。数々の奇跡を起こし、救い主と呼ばれて……」
 夜景を眺めたまま流崎がつぶやく。その足元に広がる世界で、彼が望んで
好きに出来ないものなどないだろう。
 「兄貴……」
 「でもそいつは、神になったせいで十字架に掛けられて死んだ。俺も、いつ
かそうなるのかな」
 流崎の表情はあくまで静かだった。

 そんな兄を、蒼井はそっと背後から抱きしめる。
 あの流谷ダムの上で、二人で神として生きると決めた日から、事態は驚く
べきスピードで進んでいた。ダムから帰るやいなや、坂木や久万切、佐波村
と話し合い、状況をまとめていく流崎の姿は、ゲームマスターの名に相応し
かった。
 『俺が欲しいのは権力でも富でもない。ただお前と俺が無事に生きていけ
る場所だけだ。でももしそれが今の世界で叶えられないというのなら、この
力を使って世界を変えてしまえばいい』――流崎はそう言って、そしてそれ
を実行した。 
 蒼井は判っていた。兄に「神」などという滑稽な人生を歩ませてしまったの
は他ならぬ自分なのだと。自分と再会するまでの兄は自分の能力のことは極
力知られぬようにし、監獄という名の安全なシェルターで、能力はせいぜい
小遣い稼ぎ程度にしか使わず、多分、そのまま一生を終えるつもりだった。
だが、自分が己の力に目覚め、その力を持ってしまった意味など考え始めた
ばかりに、力を持った人間の辿る運命を自分に教えようと、兄は全世界に己
の力を公開したのだ。
 神と呼ばれながらも誰よりも人間らしいこの兄のために、蒼井は自分がで
きることなら何でもするつもりだった。
 「……大丈夫だ。兄貴の為なら世界の最後の一人でも殺す。そのために神
には、悪魔がついてるんだ」
 後ろから抱きしめたまま、鼻を兄の首筋に埋め、犬のようにそのにおいを
嗅ぐ。神と呼ばれる兄でも、ちゃんと人の体のにおいがするのだ。嗅いでも
嗅いでも、もっと嗅ぎたいと思う。
 流崎がクスリと微笑む気配がした。

 「……何?」
 「普通、神の側にいてそれを護る存在は、天使と呼ばれるはずだろ」
 「兄貴の側にいられて役に立てるんなら、何と呼ばれてもいい。……二人で
なら生きていけるんだろ?」
 その蒼井の言葉に流崎は満足そうに笑って、蒼井の顔を引き寄せると、唇
を重ねた。次第に口付けが深くなって、二人の口から共に吐息が漏れる。
 長く濃いキスを終えると、流崎が後ろに回り、蒼井の胸元に手を忍び込ま
せてきた。敏感な乳首を直に指でいじられる。ただの飾りのはずのそれは今
ではすっかり性感帯の一つになっていた。蒼井の口から嬌声がこぼれた。
 「あ……、あッ」
 断続的に乳首からもたらされる電撃のような快感に頭がかすんでいる間に、
兄のもう一方の手が背中からシャツを捲り上げて、肩甲骨の間を兄の舌が這っ
ていた。そこから新たな快感が生まれ、足がガクガクしてくる。辛くなって
思わず窓ガラスに両手をつく。ガラスの中で顔を上げた兄の、してやったり、
という笑みと目が合った。
 「両介、お前、本当に感じやすくなったな」
 流崎が歯を見せて笑う。後ろから押し付けられた硬さに、兄も興奮してい
るのだと教えられる。普段、周囲に対しては淡々とシニカルな態度を崩さな
い兄だが、セックスの時だけは剥き出しだ。両介をむさぼり、いいように蹂
躙する。いつの間にか、兄の巧みな愛撫にすぐ反応するように両介の身体は
変えられていた。

 兄貴はセックスが上手すぎる、といつも思うが、いつ?どこで?とは訊け
ないままだった。何しろ、ずっと監獄に入っていたはずの兄だ。経験があっ
たとして、決して良いものではないだろう。
 「このまま後ろからやらせろ」
 吐息で撫で上げるように口を耳に寄せ、少しハスキーな声で、脳へ直接流
し込むように命令される。カリ、と噛まれる耳殻の痛み。兄の声にも欲情が
滲んでいた。それだけで自分がより昂ぶるのが判った。
 兄の手は蒼井のベルトを外し始めている。カチャカチャ言う散文的な音が
妙に耳についた。だが一方で蒼井の性器はもう痛いほどで、誰かが自由にし
てくれるのを待っている。一瞬の後、下着ごとボトムを下げられた自分のみっ
ともない姿がガラスに映って、蒼井は泣きたくなった。まさか外からこの窓
をのぞいている者は居ないだろうけど――窓際でやるのはホント勘弁、と思う。
 だがそれも一瞬のことだった。
 何かを塗りつけた、兄の容赦のない指が後ろから滑り込んできて、蒼井の
中を犯す。しかもいきなり二本も突っ込まれた。痛みとともに快感が脳内で
スパークする。
 「うっ……や……ふ、」
 更に深く差し込まれ、しょっぱなから、蒼井の一番感じる場所を突いてき
た。同時に、性器にも指が絡みついてきて、前も追い上げられていく。息が
上がって呼吸が苦しい。
 「ふ……あ、あ……っ!」
 「お前ホント、ここが弱いよな。見てみろ、自分の顔」

 自分の中で律動的に動いている指に蕩かされながら、蒼井は兄の笑みを含
んだ声に顔を上げると、夜景と重なるようにガラスに映った自分の顔が眼に
入り愕然とした。この、犬のように舌を出して泣いている、みっともない顔
の男が、俺か。兄は、こんな時でも非の打ち所なく美しい顔で、それでも汗
に濡れた前髪の間から眼を光らせ、見せつけるように舌なめずりをする。
 「や……み、見るな、って……」
 「なんでだ? 凄くいい顔してるぜ、両介……凄く、そそる顔だ」
 後ろの指が抜かれ、兄の性器が押し当てられるのを感じて一瞬、蒼井は身
体をすくませる。だが自分でも驚くほどにスムースに、兄のものは入ってきた。
 「ふ…あ、あ……」
 みっちりとした充実感に思わず喘ぐ。
 「ン……やっぱり、お前の中はいい――」
 兄の口からも吐息が漏れた。
 「……! ああ、うあっ――!」
 流崎は激しくグラインドを始めた。摩擦はヒートアップしていき、そこか
ら蒼井の意識が白く塗り替えられていく。
 「あ、あ、あ、…っ、や、んんっ、う……っ」
 兄はいつも、自分が思う以上のものを与えてくれる。快楽も、居場所も、
行動の目的も、そして運命さえも――。
 「イけよ……両介……」
 兄の命令どおりに、両介はイッた。

 「話があるの」と馳辺から、蒼井は呼び出された。
 人気の無い屋上の夕方。風が強くて、馳辺は風に乱れるロングヘアを押さ
えながら言う。

 「単刀直入に言うわ。あなたたち二人の関係のことよ」
 「……」
 口を開きかけた蒼井を、馳辺が手で留める。
 「誤解しないでね。私はあなたたちが男同士だからとか、血がつながって
るとか、そんなことは別にどうでもいいの。気になるのは、あなたたち二人
の力関係と言ったらいいのか……」
 馳辺は言い淀んだ。自分が感じているものを、どう言葉にしていいか判ら
ないといった風情で、頭をめぐらす。
 兄との関係について言及されたことは、蒼井にとって特段ショックでもな
かった。自分達がどんな関係かは、奇跡管理庁の上層部ならば知っていて当
然だと思っていた。勿論、人前で行き過ぎた振る舞いはしていない――つも
りではある。
 だが、立場が立場だ。私室にも監視カメラがあっても不思議ではなかった
し(何しろ、佐波村には前科がある)、そもそもベッドメーキングやゴミ処
理担当の者ならば、その有様から気づいているはずだ。
 自分達の関係について、当局は今まで黙認の形を取ってきた。だから蒼井
も後ろめたさはあまり無く、どこかで、開き直ったような思いではいた。だ
から今、こんな風に馳辺が言って来ることに今更感は否めない。
 「あなたたちの関係そのものについてなら、むしろ私は歓迎してるわ。神
の手と悪魔の手は、対であってこその存在だもの。……でも、今のあなたた
ちの関係はなんだか、神の手である流崎に、あなたがいいように使われてい
るみたいで……」
 「何が言いたいんですか。僕が兄に対して反旗を翻すべきだとでも?」

 いらつきが声に出ていたのかも知れない。馳辺にクスリと笑われて蒼井は
反省した。
 「私が心配しているのは、そんなことにならないように、どうしたらいいか、
ってことなの。僕たちはは二人で生きていくことを選んだ――と、そう言っ
ていたわね。むしろ選ぼうがそうでなかろうが、死ぬまでずっと、あなたた
ちは離れることはできないの。でも今のあなたたちは――」
 馳辺は言いよどんで少し目を伏せた。
 「――なんだかいびつな気がして。蒼井さんは何でも流崎の決めたとおり
に動くのよね。流崎が主であなたが従、っていうか……。私は、あなたたち
はもっと、前向きで対等な関係になると……なれると思っていたの。もちろ
ん、恋愛なんて、カップルの数だけ形があるわ。正解も理想も無い。でもだ
からこそ、あなたに、今の二人のあり方をどう思っているのか、聞きたかっ
たの」
 一際強い風が吹いて馳辺が髪を押さえる。しばし二人は無言で向き合って
いた。先ほどまで金色の光に包まれていた街はそろそろ、夕闇に沈もうとし
ている。
 「……馳辺さん。あなたにはわからないかも知れませんが……」
 「なに……?」
 「確かに僕は兄の犬です。でもそれが二人にとって、対等な関係である、
ということなんです」
 蒼井は馳辺をまっすぐ見つめながら淡々と、だが迷い無く告げる。
 馳辺はさすがに要領を得ない、という顔をした。
 「犬であることが対等……なんだか禅問答みたい」

 「すみません」
 こくりと頭を下げる。
 「ううん、こっちこそ。あなたたちが納得しているのなら私はいいの」
 ごめんなさいね、と馳辺は軽く頭を下げ、クスリと微笑んだ。
 「なんて言うか……末永くお幸せに、ね」

 振り上げられた拳。眼を見開いた兄。馳辺の鋭い叫び。
 蒼井にはまるで、その瞬間はスローモーションのように見えた。
 その月の政府割り当てリストの施療。事件がおきたのは心配されていた某
国の大統領ではなく、「奇跡税」適用の患者の施療時だった。
 施療対象者は、監視の中沐浴し、薄物一枚に着替えて流崎の前に出ること
になる。武器などの携帯を防ぐためである。施療室にはホテル内のチャペル
が割り当てられていた。室内には長官の佐波村、馳辺を始めとする数人の護
衛、そして元々祭壇が置かれていた場所には椅子が置かれ、そこに流崎が座り、
その後ろに蒼井が控えている。 
 某国大統領の施療はアッサリ終わり、ラテン系らしい天真爛漫な喜びよう
で流崎を抱きしめようとしたのを馳辺ら護衛が慌てて彼を引き剥がす、とい
うアクシデントの後で、全員が何となく気が抜けていた点は否めない。
 その奇跡税患者は、流崎に治された後、不意に、その拳を振り上げた。素
人ではない、磨きぬかれた拳法の型だった。

 とっさに、蒼井が流崎を身を呈して庇った。馳辺ら護衛は間に合わなかった。
患者の、渾身の一撃は、素手なのに、蒼井の腹部に突き刺さっていた。血が
飛び散って天井にまで染みた。
 「!」
 すぐにその手が引き抜かれ、二発目の拳を振り上げ、流崎に対して振りか
ぶったところで、馳辺ら護衛がいっせいにその男を取り囲み取り押さえる。
後で判明したことだったが、男は、以前に治療した某国軍部関係者の政敵が
送り込んだ暗殺者だった。
 蒼井の体から、どんどん血が流れていく。相当な使い手なのだろう。かな
りの深傷だった。
 「両介!」
 流崎が叫び、目を閉じぐったりとした蒼井の体を半狂乱で揺する。その拍
子に、ごぷ、と患部から血がこぼれた。
 「両介! 両介……ッ!!」
 兄が自分の名を呼んでいるのは判っていて、大丈夫、と答えたいのに、体
の何もかもがまったく自由にならない。
 「流崎! 何やってるの! しっかりして!」
 パン、乾いた音がした。
 犯人を部下に引渡して駆け戻ってきた馳辺が、恐慌状態の流崎の頬を平手
で打ったのだった。
 「落ち着いて、流崎。いつものように、あなたの力を使えばいいのよ。何
のための“神の手”?」
 「あ……」
 流崎は呆然とした様子で自分の右手を、まるで初めて見るような目つきで
見た。そしてその手を蒼井の患部に当てる。
 蒼井の全身に暖かさが満ちてきた。意識がはっきりしてくる。

 ゆっくりと眼を開けると、兄が泣き笑いの表情で自分を見下ろしていた。
 「両介……」
 兄の口から安堵のため息が漏れた。強く抱きしめられる。
 自分も笑おうとしたが、どうしても笑えない。
 傷は癒えたはずなのに、体の中心に何か重いものを投げ込まれたようだっ
た。

 こういう時、もっと涙が出るのかと思っていたが、むしろ心の働きが壊れ
てしまったかのように、先ほどから何も感じない。ただ、手だけが事務的に
荷物を詰めつづけている。当座一週間ほどの生活用品……とはこんなものだ
ろうかと、蒼井は心の上っ面で考える。
 とにかく早く荷物をまとめてここを出て行こう。
 兄は今、施療後に必ず行われているメディカルチェック中だ。力の使用前
と使用後に体調に変化が無いか、モニターしているのである。今なら、兄に
知られず出て行ける。兄の側を離れたくない、という感情は、完璧なまでに
理性が押さえ込んだ。その原動力は恐怖だった。
 馳辺などには判らなくても、兄は自分を愛している――それを自分は判っ
ていたし、兄もまた自分の思いを判ってくれている。だからそれで良いはず
だった。
 でも、さっきの兄の姿――あれは。
 兄の愛は深すぎる。自分が、そして兄自身が思っているより、ずっと。
 それがいつか兄を滅ぼすかもしれない。このままでは、自分が、兄の弱点
になってしまう。無敵のはずの兄に、自分という堤防の穴が空いていた。

 結論はすぐに出た。取り返しのつかないことが起こる前に、兄の前から姿
を消してしまうしかない。
 ――と、そのとき背後に人の気配がした。と思った途端、物凄い力で殴ら
れた。
 「……うあっ」
 その勢いで体が床に叩きつけられた。余りの痛みに瞬間呼吸が止まる。
 目を開けると仁王立ちで立っている人物がいた。流崎だった。
 床から見上げるその美しい顔からは一切の表情が消え、まるで能面のよう
だった。そこには正気も狂気も無かった。
 ああ、神の顔だ――と、蒼井は状況も忘れて見入った。
 「その荷物はなんだ」
 言いながら流崎は、床にあお向けに倒れている蒼井に馬乗りになると、そ
の手で蒼井の襟元を、どこかゆったりとした様子で掴んだ。だがその力は強
く、抵抗してもビクともしない。以前にも、どこかで二人、こんな体勢で揉
みあったことがあった――と蒼井は頭のどこかで思う。あれは教会だったか
――。
 「……ここを出て行く。俺はあんたのそばにいちゃいけないんだ」
 蒼井は流崎から目をそらした。先ほどまで完璧だと思っていた結論が、流
崎の登場で簡単に揺らぐ。
 「一つ言っておく。いいか、お前がもし俺のもとを離れたら、俺はすぐに死
ぬ。お前が居ないなら俺は死ぬしかない。お前の居ない人生に意味なんてな
いからな」

 穏やかで荘重な、いっそ預言じみた口調だった。流崎の、もはや美しいと
いう形容を超えた何かが現れた顔を見ていると、その口から出た言葉は全て
叶うのだろうと言う気になる。
 だが、言われた内容には愕然とする。しかし更に残酷な言葉は続いた。
 「それでももし、お前がここを去りたいなら……俺から離れたいなら、今、
俺を殺していけ。その力で」
 言うと、流崎は、蒼井の右手を掴み自分の首に導く。
 「……出来ない」
 蒼井は子供のようにいやいやをした。
 「出て行きたいんだろ? なら、やれよ」
 「いやだ! ……でも、俺がこのままここにいたら、いつかあんたに迷惑
がかかる……。俺はあんたの弱点になんてなりたくない。だから、出ていく
しか……」
 最後はもう、涙で言葉にならなかった。流崎の指が涙をぬぐい、蒼井の目
を覗き込むようにして尋ねる。
 「俺のことは殺さない、でも出て行きたい――そう言うんだな?」
 蒼井は頷いた。
 「――だったら、お前を力ずくで閉じ込めるしかないな。逃げられないよう
に、足でも折って。それか、このビルの地下に檻でも作るか。おれが昔居た
牢をここに移してもいいな……」
 すぐには、兄が何を言っているのか蒼井には判らなかった。
 「……ああ、お前の家族を人質に取る、という手もある。お前の妹……志保
ちゃんだっけ」

 「やめろ!」
 蒼井は流崎の腕を掴んで揺すり、叫んだ。
 「俺があんたにそんなことを言わせてるのか」
 兄の目を覗き込む。そこには驚くほどの冷静さしか無い。
 「しょうがないだろ。俺はすっかりお前のことを手に入れたと思っていたの
に、結局体だけだったってことだ」
 言いざま、手際よく蒼井の両手を頭上に纏めるように掴み、もう一方の手
で、シャツのボタンを外していく。そのまま、はだけたシャツを手際よく蒼
井の頭上、纏めた両手に絡めて、手枷にする。
 「ちが……、止めてくれ兄貴……うあっ」
 乳首を熱い舌が這う感触に全身があわ立った。こんな時でも感じてしまう
自分が恨めしい。
 そんな蒼井の様子を冷静に見つめながら流崎は言った。
 「体だけなら体だけでもいいさ。心は潰す。その後で、お前の骨から血の
一滴まで俺の自由にするだけだ」
 そしてむさぼり尽くすようなキスをされた。舌の上、歯の裏、喉の方まで
兄の舌が入ってきて、むせそうになりながら、一方的に口内を蹂躙された。
 その後続いて行われた行為は、これまで二人の間にあったセックスとはまっ
たく違う、陵辱以外のなにものでもなかった。蒼井の心を折る為の、徹底的
な暴力だった。
 嵐のような行為からようやく解放され、放心状態で蒼井はただ横たわって
いた。何度も懇願し、叫び、喘いだ喉は干上がり、気管支までがきしんでい
た。涙を流し尽くした目元がゆっくり乾いていくひんやりした感覚が痒かっ
た。抵抗したせいで全身が痛く、べとべとした体は自分の物ではないように
重かった。

 どうしてこんなことになってしまったのかわからない。
 だけど、もう――。
 蒼井はゆっくりと瞼を閉じた。
 その顔にふと影が落ちる。そばに流崎が佇み蒼井を見下ろしていた。
 「両介、お前は判ってない。ダムの上で言っただろ、俺たちは二人なら生き
ていける、って――」
 そう、その言葉は流崎と蒼井にとって、福音であり――十字架でもあった。
 「だったら、俺もお前も」
 蒼井は驚いて目を開けた。沈みそうな意識が呼び戻される。頬に何か、ポ
ツリと感触があったのだ。
 見上げると、兄が静かに泣いていた。 
 「――一人でなんて、生きていける訳ないだろ」

 ____________
 | __________  |
 | |          | |             
 | | □ STOP.    | |             
 | |          | |         ∧_∧ ヒトリデコソーリミルヨ
 | |          | |     ピッ (・∀・)
 | |          | |       ◇⊂   ) __
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _) || |
 |°°   ∞   ≡ ≡   |       ||(_(__) || |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
先生×神の手を書き、佐波村×先生を書き、
今度は神の手×先生…自分、往生際が悪いとしか言いようがない。
そして自分にエロのバリエーションが無いことがわかった。


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