アレックス
更新日: 2011-04-25 (月) 15:06:18
オリジナルです。20代前半とアラフォーで
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
アレックスが仕事に就けないというのはおかしい。
なかなかいい会社がない、面接に行っても、不採用。こんなことの繰り返しだ。
本人は自分が至らないせいです、と呑気に微笑んでいるが、そんなわけないだろう。
推薦状を書いてやろうというと、あなたに手間を取らせたくないと拒否する。
確かに、これから先一人でやっていこうとするならば、そういう気持ちも大切だ。
元からそういう性格なんだろう。
アレックスは彼が12歳の頃、養護施設から引き取った。
といっても養子にしたわけじゃなく、大学を卒業し、自立するまで経済援助をするかわりに、家の管理をさせている。
僕はニュース番組のキャスターをしていて、取材で現地を飛び回ったりしていることもあり、家にいることは少ない。
おまけに死んだ父親は著名な作家で、家は無駄にだだっ広く、父親の著作物や所持している書物が膨大で、一人では管理しきれない。
まあ、仕事なんてしなくても父親の印税で生活できるくらいのお金はあるのだから、と彼を家に住まわせた。
大学での彼はとても優秀で成績もよく、家でもそれは変わらない。
どこに何があるか把握しているし、父の書斎がカビ臭くなるなんてこともない、庭が荒れ放題になることもない。
家でちょっとしたパーティがあれば、極上のワインとチーズを探し出してくれる。
そつがなく、謙虚でいい子だ。僕が保証する。
父親の頃から家で食事の世話をしてくれるマーサは、野菜をきざみながら、いいことだ、と僕に言う。
「だって、あの子が仕事を見つけて出て行ったら、ここはどうなっちゃうことやら。考えるだけで恐ろしい」
「また元に戻るだけさ」
「ネクタイがどこにあるかも分からないあなたが、言うセリフじゃありません。一番困るのはあなたでしょうに」
見つからなきゃ買い足せばいい、と言うと、マーサは持っていた包丁を振りかざして天を仰ぐ。
「これだからお坊ちゃんは困る。先に言っときますけど、私はもう歳だから、食事以外の仕事は絶対しませんからね」
僕のことはどうでもいい。
こんなばかでかい屋敷は売ってしまって、しかるべき出版社に父の著作物を管理してもらう手もあるんだし。
そして仕事場の近くに、3部屋くらいのマンションを買って住めばいい。
「あの子は頭がいいんだ。こんなとこで、いつまでも僕の世話をしてるのは勿体ない。他で発揮するべきだ」
「あなたの世話をするのが好きなんじゃないですか?」
ばかばかしい。
あまりに歯がゆくなり、知り合いの会社を紹介してしまった。
コネを使うということは、彼のプライドを傷つけたに違いない。話をした時、アレックスは珍しく眉間にしわを寄せていた。
これなら余程のヘマをしない限り、多分大丈夫だろう……と、思っていた。
ところが、である。その知り合いから連絡があった。
「昨日彼と会ったんだよね? いい子だろう。優秀な奴なんだ、実際」
「そのことなんだけど、遠慮させてもらうよ」
あり得ない。
「多分君の言うとおり、いい人材だと思う。しかし、肝心の本人のやる気がなきゃ無理だ」
あり得ない。
「彼からは消極的な返事しか返ってこなかった。仕事に対する意欲が感じられないんだよ。働きたくないんじゃないか、彼は?」
あり得ない!
「アレックス! アレックス!」
家のドアを開けたとたん、そう怒鳴らずにいられなかった。
遠くからぱたぱたと足音が聞こえ、僕の尋常じゃない声に、青ざめた表情のアレックスが走ってきた。
普段から大きい目が更に見開かれている。相手を真っ直ぐに見る大きな瞳。第一印象はいいはずなんだ。
「ちょっと、そこに座れ。マーサ! 水を……」
「マーサはとっくに帰りました。持ってきましょうか?」
いい! というか、とにかくソファに座らせた。
そして、向こうから断わられたことを告げると、彼は結果が分かっていたかのように落ち着いてうなづいた。
難しい時期なのかも知れませんね、でも希望は捨てずにまた頑張ります、と明るく話す。そうじゃない。
他の会社ならともかく、今回は僕の知り合いが経営している会社で、彼は人を見る目があると分かっているから薦めたのだ。
その彼がアレックスを断わったということは、
「お前は、仕事に就こうなんてはなから思ってないんだろう?」
「そんなことありません」
「心配してるんだよ、こっちは。おまけに、太鼓判を押してお前を薦めた僕の立場ってものも考えてくれ」
「そのことに関しては、本当に返す言葉もありません。申し訳ありませんでした」
カスタマーセンターのマニュアルのような返事に腹が立った。こんな子じゃなかったはずだ。一体どうしたというのか。
一発殴るか、と思い胸ぐらを掴んで立ち上がらせたものの、最早彼が十二歳の頃とは違う。背が高いと言われる僕と目線はほぼ同じ。
力でも二十代のアレックスと四十近い僕では、圧倒的に分が悪い。殴り返されたらお終いだ。手を離す。
「お前を引き取ったのは間違いだったかな」
すぐに言い過ぎだと気づいた。アレックスはこちらを見たまま黙り込む。
そして突然きびすを返すと奥の廊下をずんずん進み、突き当たりのバスルームに入ってしまった。トイレか、間が悪いなあ。
しかし、いっこうに出てこない。心配になってそばまで行ったが、物音一つしない。ノックをするが返事がない。
「おいどうした? 便秘か、便秘なのか?」
「違います!」
また黙り込む。更にノックをすると、うるさいと怒鳴られた。さっきの言葉に傷ついたのだろうか?
それにしても、バスルームに閉じこもるなんて子供じみていて、却って途方に暮れてしまった。
どうしていいか分からずマーサに電話をかけると、勤務時間外なんですが、と彼女にまで怒鳴られた。
「二階のバスルームを使えばいいでしょう?」
そういう問題じゃなくて、と事の次第を、長いと怒られながらも伝えた。
「思ってもいないことを言ってしまったのなら、ちゃんと謝りなさい。素直に話せばいいんです」
「しかし、向こうだっていい加減な返事でその場をしのごうとするから」
「あなたの方が私よりあの子のことを知っているはずです。あの子の気持ちをちゃんと聞いてあげなさい」
と言うと、もう遅いので、と一方的に切られた。どいつもこいつも何なんだ。
バスルームのそばの階段に座り込むとどっと疲れが押し寄せた。
引き取ったことに後悔などしていない。けれど、何でここにきて僕を困らせるのか?
出会った頃のことを思い出す。僕が施設を取材している間、彼はずっと僕のそばについてきた。
テレビカメラや他の機材を興味深そうに眺めたり、施設の中を一々説明をしてくれたり、とにかく好奇心が旺盛な子だった。
「アレックス。さっきの言葉は本意じゃない。つまり、もっと実力を発揮できるような生き方をしていって欲しいんだ」
バスルームから反応はない。
「責任もって引き取ったからには、お前に幸せになって欲しいし」
突然シャワーの音。え、こっちがしみじみ話してるのに? だがすぐに止むと、ドアが開いた。頭がびしょ濡れだ。
頭に血が上ってしまったので、冷ましましたと言っているが、濡れた髪の隙間から、目と鼻が赤くなっているのが見えた。
泣いていたんだろうか。
タオルを持ってこようとしたが、どこにあるか分からない。取りあえずキッチンに……。
「タオルはその階段の下の棚です。キッチンにはないですよ」
考えていることが全てばれている。動揺する僕を無視して、彼は自分でタオルを棚から出すと頭を拭いた。
「ええっと、とにかく何かあるなら、自分の中にためこまないで、どんどん言ってくれ。僕のためにも」
するとアレックスは俯いて何か呟いた。タオルで口を覆っているので聞こえにくい。顔を近づけた。
「……あなたは、仕事ではあんなに鋭い人なのに、自分の周りには無頓着なんだ」
そうかな、と言い訳しようとしたが、急に抱きしめられてしまった。それもとてもきつく。
彼が抱きつくなんて久しぶりだ。子供の頃と違い、思わず倒れそうになったが、後ろの壁に助けられた。
しかしこれじゃまるで、壁に押しつけられたような状態だ。情けない。
「あなたのそばにいたいだけなんです。お願いです。追い出さないでください」
本当にマーサの言うとおりだった。彼は昔と同じで僕のそばにいたいということか。
「追い出したりしないよ。ここにいたいなら、好きなだけいればいい。お前の家じゃないか」
別に早く出て行って欲しいとか、そんなこと思ったこともない。
僕も無頓着かもしれないが、お前も周りがよく分かっていないんだよ、アレックス。
「で、どうなったんですか、結局?」
マーサが朝食後のコーヒーを出しながら尋ねる。どうもこうも、うやむやだよ、と僕は庭を指差す。
アレックスがいつものように水を撒いていた。
実際あの後、彼をなだめながら部屋へ返した。そしてふざけて明るく、エッグベネディクトでも作ってこようか? と聞いた。
てっきり、出来もしないことをと突っ込まれると思ったのに、全く予期しない言葉を呟かれた。
「あなたが好きなんです」
けれど、僕は聞かなかったことにする。
僕と彼はうやむやでいた方がいい。
今のところは。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
このページのURL: