円環
更新日: 2011-04-25 (月) 15:34:18
ラノベ円環少女、破壊と沈黙。イチャイチャした友情です。ロリ→沈黙の三角関係(?)注意。
女性が出てくるのが苦手な方は回避推奨。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
「じゃ、いってくるわね、せんせ。あたしがいない間もちゃんとお留守番してるのよ?」
「あのな、……いやいい。わかったからさっさと行ってこい」
肩を落とした彼をのぞき込み、小学六年生の鴉木メイゼルはいたずらっぽく笑った。彼は
いまだにこの彼女の嗜虐的な愛情表現に慣れきれない。慣れたら終わりだ、という心の声を
聞きながら、武原仁はおろしたてのサンダルをしたがえた少女の揺れる黒髪と、その
すきまから覗く白いうなじを見送った。
「――さて」
玄関に鍵をかけ、居間へと戻る仁は息を吐いた。
鴉木メイゼルは魔法使いだ。
この世界には、大昔から、多くの《魔法使い》が来訪している。それが知られていないのは、
この世界の一般人に観測されると魔法が破壊されてしまうからだ。幾万の異世界から来る彼らは
この世界を奇跡燃え尽きる《地獄》と呼び、魔法使い以外の目には見えないオレンジ色の火の粉
とともに感覚のすべてで奇跡を粉砕する一般人を《悪鬼》と蔑む。
そして武原仁は、現在知られている中で唯一、その魔法消去を停止したり再発動したりできる
《悪鬼》だ。彼は犯罪を犯した魔法使いを実力行使で取り締まる専任係官の一人であり、
この《地獄》に落とされ犯罪魔導師を狩ることをさだめられたメイゼルの監視のために小学校の
副担任を務めるニセ教師でもある。
やれやれ、と仁は首を回した。休日に家に一人という境遇が、ずいぶん久しぶりのものに思える。
神和と出かけた倉本きずなが戻るまで、武原家にはつかの間の空白がおとずれる――はずだった。
鍵のまわる音がした。
「おや」
「おやじゃねえ。ここは誰の家だか言ってみろ」
「ひどいな、仁。知らない仲でもないだろうに」
顔を出したのはメイゼルではない。呼び鈴どころかノックすらなく合鍵を使ったこの男は、
両手にゴージャスな秘書とミニスカートの看護婦をはべらせていた。
「学生時代にぼくと仁がさんざんお世話になった家だろう? いわば、ぼくらの家といっても
過言じゃあない」
左目をつむったこの男は、名を八咬誠志郎という。
鴉木メイゼルは魔法使いだ。神和瑞希も、倉本きずなも、そして、八咬誠志郎も。
奇跡が存在しないはずの地球にも、突然変異的な特有の魔法がいくつかある。専任係官
八咬誠志郎の魔法はそのひとつだ。
名を《破壊(アバドン)》。五感で観測したものを、魔法と自然物、さらに術者の肉体すら
区別せずに破壊しつくす凶悪なしろものである。この世界が異世界人言うところの《悪鬼》――
魔法消去のできる人間であふれていなかったら、八咬は生きていることすらできない。両手の
秘書と看護婦は、魔法使いではない一般人――魔法消去能力を持つ《悪鬼》だ。自分では
止められないこの異能から身を守るために、ふだんの彼は身体感覚を極限まで磨耗させている。
彼は高校時代からの仁の友人であり、同僚であり、色素の薄い二枚目であり、胸板を半分以上
さらしたピンクのドレスシャツに派手なジャケットを引っ掛けたトンチキである。両手に秘書と
看護婦をはべらせ額にかかった前髪を払う芝居がかったしぐさはどこから見てもバカでしか
なかったが、それでも彼にはどこか、気障なセリフが浮かない気品があった。
仁が虚を突かれている間に秘書と看護婦を下がらせた彼は、勝手知ったる他人の家で
居間へとあがりこむ。
「おい、帰しちゃっていいのか」
「きみが魔法消去をしてくれてるだろう?」
「そりゃそうだが」
掘りごたつにおさまった貴公子は両手を大きく広げ、愛しげに目を細めた。
「さあ友よ、遠慮はいらない。飛び込んできたまえ」
学生時代から変わらない友人のノリに、仁は笑ってしまう。
「おまえな」
まったく、笑うしかなかった。
感覚したすべてを破壊してしまうからこそ、彼はこの世のすべてを愛し、人のぬくもりを
欲する寂しがりだ。
小突いてやろうと屈んだ所をおもいきり抱きしめられた。不意を打たれてよろけた仁は
あやうく男の上に倒れこみかける。手を突いた彼の抗議の声をおさえるように、肩と頭に
かかった腕が引き寄せられた。ボタンを4つ開けた胸板にぎゅうと押し付けられ、いつか
ほんとに振りほどくぞ、と仁は嘆息した。
八咬の抱擁は全身で仁の存在を呼吸するようだった。強く抱かれたのち輪郭を確かめる
ように背を撫でられ、仁はくすぐったさに身をよじる。しあわせそうに笑った八咬が仁の
こめかみに頬を寄せた。甘く繊細な造作がすりつけられて、秀でた額に一房落ちかかった
前髪が仁の頬をくすぐる。八咬は満ち足りた猫のように喉を鳴らした。伸ばされた喉と
寄せられた眉には、同性である仁に直視をためらわせる色気があった。
「おい、こら」
鎖骨に押し付けられた肩口をタップして、仁の背中と腰をホールドした腕を解くように
要請する。
「おまえ、いくつだよ。もう23だろ。ちょっとは遠慮しろ」
耳のうしろで聞こえる声が、すねてみせるようにくぐもった。
「昔みたいに抱いてくれよ、仁」
「気色悪い言い方すんな」
失笑した仁は、腕を回して長身の背を二度叩いた。
「ほら、これでいいだろ。ただでさえ暑苦しいんだからあんまり密着――」
――顔を上げた彼はその場に凍りついた。
腕の中でこわばった肩と筋で異変を察し、八咬が振り返る。
「やあ。おかえり、小さな魔女くん」
はたして、そこにいたのは仁がつい10分前に見送ったはずのメイゼルであった。
声も出せずに目を見開く彼女のちいさな手には、手土産にと持たせた菓子の袋が
ちぎれんばかりに握られている。何か忘れ物にでも気付いて戻ってきたのだろうか――
「……誤解だ」
口に出してしまったあとで、この場でもっとも言ってはいけないセリフだったような
気がした。だが、フォローすら思いつかない状況では、取り消すわけにもいかなかった。
「せんせ」
御陵甲小学校六年一組に通う少女の声は、冷えた鉄芯のようだ。
「これ、どういうことなのか、せんせには説明する義務があるとおもうの」
「待てメイゼル、落ち着け。そうだ、おまえ、遊びに行く約束が――」
「電話しておことわりするわ。残念だけど行けません、とってもだいじな用事ができた
から、って」
魔法消去を発動している仁には、五感のどれを使っても魔法を感知することができない。
八咬の全身から噴き上がっているはずの、オレンジ色の《魔炎》も見えない。
だが、少女の背後には、確かに危険なエネルギーが渦巻いていた。
「友だちなんて言葉で、あたしが納得できるわけないでしょ!」
やはりというかなんというか、少女は素直に許してはくれなかった。正座をさせられた
仁は頭を抱える。
「あのな。何度も言うけど、こいつは単なる抱きつき魔なの。俺の魔法消去をあてにして
昔っから容赦なく抱きつくもんだから、不本意なことに、俺はそれに慣れちまったんだよ。
それだけだ」
「ふうん。せんせはなぐさめてほしいっていわれたら、いっつもあんなふうに抱いてあげるの」
容赦のない表現に仁はたじろぐ。後ろ暗いところはなくとも、男と抱き合っていたの
だと意識させられるのは精神的にきつい。今後も付き合いを続けていきたいとなれば
なおさらだ。背中に回っていた八咬の手が仁の腰骨と脇腹を撫でさすったことを、友愛
以上の意味のあることだとは、彼はできれば思いたくなかった。
少女と成人男性のやりとりを微妙な表情で見守っていた八咬が口を挟んだ。
「レディ、ぼくはただ友との交流を――」
「黙ってちょうだい。あんたがどんな顔してせんせに抱いてもらってたか、あたしが見て
ないとでも思ってるの」
おもわず、仁は隣の男の顔を見た。仁と同じく正座をさせられている高校時代からの
旧友は、真顔になって、何かを確かめるように己の顔に触れていた。
「おい、やめろ、俺を不安にするな」
「せんせもよ! ああ、もう、そんな顔しないで! こんな男にそんな顔見せちゃだめ!」
いやいやをするように首を振ったメイゼルは、万感の思いを込めて叫んだ。
「おびえた顔も、不安そうな顔も、困ってるくせに嬉しそうな顔も、ひどい目にあわされ
てるのに信じることをやめられない顔もだめ! そういう顔はぜんぶあたしに見せる
べきなの! せんせがそういう顔をしていいのはあたしの前だけなのよ!」
もとが異世界人である彼女は、嗜好がこの世界の常識から若干危うい方向にずれている。
目を潤ませ、いとけない肌とやわらかい頬をほてらせた少女は、生粋の嗜虐趣味者である。
八咬は形容しがたい表情をしていた。きっと自分も似たような顔だろうと仁は思う。
違うとすれば、仁の境遇に対する笑いと哀れみと呆れと諦めの比率くらいなものか。
「だいじょうぶ、あたしは魔法使いよ。魔法使いにとって、生きるってのは戦うってこと
だもの。《地獄》落ちにだって犯罪魔導師にだって、あのグレンにだってあたしは
立ち向かってきたのよ。……ええ、たとえ相手が《破壊(アバドン)》、魔法使いの悪夢
だとしても、変わることなんかひとつもないわ。あたしのこと知ってるでしょ、せんせ。
ずっといっしょだったんだもの。せんせのこと、ぜったいに奪い返してあげる。あたしの
ことしか考えられなくて、なにをするときでもあたしに許してくださいって言わないと
気持ちよくなれないようにしたげるわ」
魔法使いとしての本能的な恐怖すらおさえつけ、どこまでも固く鋭い決意を、メイゼルは
静かに研ぎ澄ましている。少女こと史上最年少の刻印魔導師と、軽薄一代男こと最悪の魔法
を宿した男を、言葉で――よりによってこの面子の間でいちばん共有しにくいしろもので
仲裁しなければならないという難題を思い、仁は気が遠くなった。
軽薄一代男が優雅に首を振り、仁の肩に手を置いた。
「泣くな仁。困難に立ち向かうときに泣いてはいけない。エレガントであれ」
幾万の魔法世界のうちに、ただひとつ魔法に見捨てられた世界がある。ここは地獄――
すべての奇跡が燃え尽きる場所。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
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