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揺れる黒髪

お借りします。
・ナマ、一角獣鍵盤四弦。
・ダーティーフォーティーなのに、漂う空気が妙に甘酸っぱい
・エロい人が出ていますがエロ一切無し

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「あれ、亜辺1人?」
喫煙所で不貞腐れて煙草を銜えていると、遅れてスタジオを出てきたらしい海老がきょとんとした顔で首を傾げた。
「多三男は?一緒に出てったから一緒かと思ってたのに」
「んー、今取材中」
「え、取材って河弐志さんだけじゃん」
「1人で喋らせると心配なんだと。『通訳してやる』つって、オヤジ引きずって一緒に出てった」
最後の方は拗ねている子供の口ぶりみたいになってしまたが、隠す必要もないだろうと思い直してちらりと視線を上げてみせる。案の定海老はへえそう、と興味無さそうに応えて隣に腰を下ろした。
いつものことだがこの男の距離感はゼロどころかマイナスを叩きだすのが常で、今日もぴったり隣にくっついている状態になる。
いいかげん誰かが注意すればいいのにと思うのだけれど、あいにく亜辺にそんなつもりは毛頭無かった。

ふう、と細長く吐き出される紫煙を目で追い、ごく自然に足を組み直す海老は一つ年上とは思えない年齢不詳のオーラを放ち、黙っていれば麗しいと呼ぶに相応しい姿をしている。
(……ま、口開いたらただのギャルなんだけど)
疎遠になっていたとはいえたまに連絡は取っていたし、まったく会っていなかったわけでもない。
だが、実際再結成する、と心に決めて会うようになってからわかった。この男はある意味で化け物だ。
「なぁに?」
「……べっつに。何でもない」
ちらちら盗み見しているのに気付かれ、さっと視線を外す亜辺の腕にあくまでも自然に触れる白い指先は、ベーシストとは思えないほど綺麗で一瞬見愡れてしまう。
指先だけではない。その指先が頻繁に掻き上げる細い首にまとまりつく黒髪や、至近距離からじっと覗き込む漆黒に濡れた瞳や、目の前の彼を形成する一つ一つのパーツがいちいち目に留まって仕方ない。
いつだったか、相手をぼかした上で多三男にけっこう本気のトーンで相談すると、彼は至極真面目な顔でアドバイスをしてくれた。
『おまえ、それは恋だぞ。俺が言うんだから間違いない。そいつに恋しとるんやって』
それとこれとは話が違うだろう、と思いつつも、理解できない、と言い返さなかったのは、気が遠くなるほど長い時間を共に過ごしてきた彼自身が同じような状況に身を置いているからだ。

むしろ、うんうん頷く多三男がそれを〈恋〉だと認識していることに驚いた。いったいいつまであのおっさんに恋焦がれ続けるのか、変に意固地なところのある多三男はそこらへんを考えたことはあるんだろうか。
この年になると、恋だの何だので甘酸っぱい気持ちを味わうことなどほとんど無い。にも関わらず多三男は自分の感情を〈恋〉だと認識し、それがどこに向かっているのかをああもあっさり認めている。
「……思春期かよ、もう43だっての」
(恋ねえ……納得できるようなできないような、何となく複雑な感じなのはどうしてかね)
「何?誰が思春期なの?」
「いやいや、何でもない」
ならば、時折急に襲ってくる甘酸っぱさと苛立ちと期待がごちゃまぜになってしまう自分も、口を開けばあっという間にイメージが塗り替えられるこの男に恋をしている、ということになるのかも知れない。認めたくはないが。

多三男にはもちろん、誰にも言ったことのない秘密が1つだけある。自分と海老(当人が覚えているかどうか怪しい)2人だけの秘密。
足掻いても思い通りにならない現実にもがいていた自分の腕を力強い手で掴んでくれたのは、だんだん心の内を見せなくなっていた河弐志でも、ぶつかりながらも親友として常に隣にいた多三男ではなく、いつも飄々とした顔で我が道を進んでいるように見えた海老だった。
『笑えんなら、無理して笑わんでええんじゃない?今の亜辺見てると、ぜーんぶ嘘臭く見える』
だって苦しいんだよ、と吐き捨てると海老は笑ったのだ。とても綺麗に、まるで亜辺の中に渦巻く何もかもを知り尽くしているかのように。
『たまには頼ればええじゃん』
『ーー誰を』
『うーん、俺とか?伊達にお前より一個年食ってないし、優しくしてやれるよ?』
普段なら笑って聞き流す彼のセリフは、そのときに限って亜辺の心に深く突き刺さった。誰にも甘えることができなくなっていた亜辺に、彼の言葉は甘い誘惑そのものだった。

たった一度、ふと思いついて取材中にテーブルの下で誰にも見られないように指を絡めてみたことがある。
海老は驚く様子もなくふふ、と笑って指先の力を込めた。すべらかな皮膚越しに伝わってくる熱は熱く、眩暈がした。
(だから、なかったことにしたんだよな)
一つ年上のメンバー相手に性的な欲求を一瞬でも感じた自分に罪悪感を感じ、膨れ上がった歪んだ自尊心にがんじがらめになっていた亜辺は、海老の言葉を聞かなかったことにした。
結局そのまま忘れたような気になり、離れてからは顔を合わせても何も感じなくなった。
今となっては白日夢のような薄れた記憶の一片など、海老はもう忘れてしまっているだろう。あんな熱に浮かされていただけの色褪せた時間なんて、記憶に留めておく必要もない。
「……大人になったよなあ、俺ら」
「大人っていうかおっさんでしょ、それ言うなら」
「いや、アナタはどう見てもおっさんっていうよりギャルだから」
えー、と不満そうに頬を膨らませた海老はすぐに破顔し、ケラケラ笑って肩口にしなだれかかる。この確信犯的なボディータッチはいったい何のアピールなんだ。心臓に悪い。

リハーサル再開時間が迫り、どちらからともなく立ち上がった。僅かに煙が上がる灰皿に飲みかけのペットボトルの水を掛け、先を歩く線の細い背中をぼんやり見つめる。
白いTシャツに包まれた肩でさらさら揺れる黒髪。会う度にいつも手を伸ばしたくなり、すぐに我に返る。一度でもあれに指を触れてしまったら、もう取り返しが付かなくなる気がするのだ。
でも、触れたいと思う。一房摘み上げ、あの柔らかい髪にキスをしたい。
「ねえ、亜辺」
突然振り返った海老はすっと腰を屈め、浅ましい考えを見透かすような目で亜辺の顔を覗き込む。
「な、何」
「あんまりそういう目で俺のことじーっと見ないで」
くすり、と笑った海老は耳元に唇を寄せ、白い指先でプラチナに染めた髪にそっと触れた。

一瞬のことなのに、かあっと顔が上気していくのがわかる。情けない。たった一つしか年の違わない男に触れられて、年甲斐もなく赤面するなんて。
激しく動揺する亜辺は、続いて囁かれた言葉に息を飲んだ。
「誘いたいんならちゃんと言わんとわからんよ。ね?」
(え、あの、それはどういう)

「亜辺のこと大好きだし、優しくしてあげるよ?」

「……そっちなの?」
「え、違うの?」
「違うでしょ―、どう考えてもきついってそれは」
いつものように呆れ声で言い返すと、海老は即座に納得いかないという顔をした。
「何でぇ?俺のが年上なのに」
「年は関係ないって。だいたい、見た目の問題があるでしょ―が」
(……想像するだけでも寒気がするわ)
やっぱりこの男は肝心なところがちょっと可笑しい。まだ納得がいかないらしい海老の二の腕を引っ張り、スタジオへの道を急ぐことにする。
(もしかして、あのときもそっちのつもりであんなこと言ったんじゃないよな……でも、海老だしなあ)
まずは彼の想像がいかに不合理であるかを理解してもらうところから始めなければ、本気で流されてしまう気がする。
どうすれば海老がすんなり納得してくれるのか、そこらへんを考えるのはリハーサルの後にしよう。
あっという間にスイッチを切り替え、亜辺はスタジオの重いドアを勢いよく開けた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

鍵盤の目には四弦はジョシに見えている気がしてならないし
セクハラ受けてキャッキャする四弦も満更でもない感じが否めなかった。
萌え込みでこの夏はとても楽しかったです。
ありがとうございました。


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