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某金魚ちゃんの小説 「甘い水に溶ける何か」

某金魚ちゃんの小説に触発されて書きました。虫注意。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

食後の片付けものをしていると、風呂場の方からガタガタと窓のはずれるような音が聞こえた。ああ、そういや、あいつまだ帰ってきてなかったんだな、と思い、濡れた手のままぶらぶらとそちらへ歩き出す。

「うるせえぞ、クロ。何時だと思ってんだ。近所迷惑だから静かに入ってこい。」
風呂の窓から大きな体を半分だけくぐらせてジタバタもがいていたペットにそう叱りつけた。
窓枠にぎっちりはまったまま、進むことも戻ることも出来ないらしいクロは、うらめしそうな目でこちらを見ている。

「陽さんが、ベランダの窓開けといてくれなかったからでしょっ…。見てないで助けてよ!」
苦しそうに固い羽を擦りあわせて、足をバタバタ動かして息を切らすクロを見ていると、つい吹き出してしまいそうになる。

「しかたねえだろ、今日は暑いから窓閉めてエアコン効かせてたんだよ。てめえこそこんな時間まで何してたんだ。タダ飯食いのくせに夜遊びたあ、いいご身分だなあ?」
助けを求めてこちらに伸ばされる足を無視して、冷たく睨んでやると、クロはびくりと体を強張らせておとなしくなった。

「そ、そんな、言い方…。」
「まあ、お前も夏の虫だしな。この季節になれば無駄に元気になっちまうのも無理ねえか。ただでさえこんな都会じゃ出会いも少なそうだし、寝る間も惜しんでメスを探したくなるのもわかるよ。」
「…っ!ちがう!そんなつもりで外に出てるわけじゃない!」

あわてて叫ぶクロの顔にそっと触れると、まるで血の通った生き物みたいに生温かかった。ああ、夏の夜を飛び回ってきたんだな、と思いながら、背中の方までなで回すと、クロは体を震わせながら捩った。

「陽さん、手、つめたい、」
「ああ、悪い。皿洗った後、手ェ拭いてなかった。」
「…洗剤残ってる。」
「洗い流してなかった。」
「手、荒れちゃうでしょ。」
「男が細けえこと気にすんな。」
「その手で撫で回されるこっちの身にもなってよ。」
「どうせてめえ、全身鎧着てんだろ」
「鎧じゃないよ!これはこう見えても皮膚なんだよ!」
「そんな黒光りしたカッタイ皮膚は認めねえ。」

つん、と指先で角をはじいてやると、クロは目をつぶってさも痛そうな顔をする。大げさなんだよ、兜かぶってるくせに。
いつまでもここでこうしていても時間の無駄なので、俺はクロの足を引っ張って助けてやることにした。
ガタガタと窓枠が鳴る。

「あ、陽さん、もっと、そっとやって…!」
「そっとじゃ動かねえだろ、お前重いんだから。」
両手で足をがっちり掴んで、軽く揺すぶりながらこちらに引くと、クロは目にうっすら涙を浮かべて「あああ」と呻きだした。

「何なんだよ、もう!」
足を握ったままクロに怒鳴りつけると、クロは「足がもげるう」とベソベソ泣き出した。
……ああ、こいつ、本気で面倒くせえ。

「…4丁目の公園で、ツクツクボウシと知り合ったんだ。お前さん虫だろ、って向こうから声かけてくれて。」
「へえ。珍しいじゃねえか。」
俺はクロの足から手を放し、そのまま再び背中を撫でながら、とりあえず浴槽の淵に腰をかけた。

俺にはどう見ても巨大な甲虫にしか見えないこいつが、大抵の人の目には日焼けして体格の良い成人男性に見えているらしい。

以前はたまに近所の人達から、「どういうご関係ですか」なんて聞かれたりもしていたが、色々とごまかすのも面倒なので、正直に「俺のペットです。駅前の店で五千円で買いました。」と答え続けていたら、いつの間にか何も聞かれなくなった。

「人間にも虫にも、滅多に正体見破られないのにな。」
「うん、でも、そのセミにはバレちゃった。おれの体から砂糖水の匂いがしたからだって。」
「……砂糖水の匂いなんてあるのか?」
「わかんない。でも、急におれの体に止まって、砂糖水の匂いがするって…。」
「それ、カマかけられたんじゃねえの。」
「ええ!?何のために?」
「それは知らねえけど。………ふうん、そいつにいきなり触られたわけね。」
特に意味もなく、指先に力を込めて、ぎゅうっとクロの腹を押してやった。小さな悲鳴が聞こえたが、無視する。
「お前はデカイから、体に余分なスペースが多いのかもな。隙だらけにも程があんだろ。こないだも全身アブラムシにたかられて帰ってきたし。」
「っ、だって、あんな、細かいのっ…払いきれないでしょ!」
腹をぐにぐに押されて、悶えるように声を絞り出すクロの背中を舐めると、なんだか懐かしい味がする。
昔、この季節に食べた味。
「う、うわっ!わあっ!」
「ああそうか、わたあめだ。……感触は全然違うけど。お前、やっぱりかってえなあ。」
「ちょ、何考えてんの、舐めちゃだめでしょ、お腹壊すでしょ!」
もがいて逃げようとする黒い体を押さえつけて、しつこく背中を舐めてやると、ぶるぶる震えながらも、だんだんされるがままになってくる。
そうそう、それでこそお前だよ。

昆虫のペットなんて、みんな飼い主のオモチャなんだから。

子供みたいに解剖したりしないだけマシだろ。

「あう、う……んっ、陽さん……、陽さん、に、人間が、こんなことしちゃだめ…。」
弱々しく抗議する声を聞いても、胸なんか少しも痛まないし、いけない事をしているとも思わない。

「なあ、アブラムシって…たしかメスしかいねえんだよな。お前の体に何十匹ものメスが群がってたわけか。どんな気分だった?」
「どんなって…知らないよ、大体アブラムシと俺とじゃ、体の大きさが違いすぎるじゃないか!」
「なるほどね、体の相性が悪い、と。お前、そういうこと中心に考えてるわけか。変態だな。」

………………本当の変態はきっと、俺の方だ。
「そうやって毎日発情して、甘い匂いさせてフラフラ出歩いて…。」
「よ、陽さん、」
「………お前さあ、自分がちょっと普通の虫じゃないからって、自由で万能だとか勘違いしてんじゃねえの?俺がその気になれば、お前なんかなあ…!」

再びクロの足をがっちり掴んで、握力をこめて思い切り捻ると、クロは泣き叫びながら大粒の涙をこぼした。
「ああああああ!!!」

「こんな足なんかもぎ取って、羽もむしって、標本にしちまうことだってできるんだからな。自覚しろよ、クロ。お前の飼い主は誰だ?」
「ああ、痛、いたあっ…!陽さん、陽さんです、ごめんなさい!ごめんなさああい!」
「本当にわかってんのか?お前は誰のものなんだ、もう一度言ってみろ。」
「陽、さん、ですっ…!う、うあっ、あ、おれ、おれには、陽さん、しか、いない、からっ…!!」

痛みに顔をしかめて、ボロボロ泣くクロを見ているうちに、いつの間にか自分の心の中を満たしていたどす黒いものが消えて、随分と軽くなっていた。

ああ、そういえばここ、風呂場なんだよな。声、ご近所にすげえ響いてんじゃん。
ご近所さんはクロのこと人間だと思ってるのに。
なんだかまた誤解が深まりそうだなあ、でもまあいいか。
カブトムシのオスを調教して束縛するような変態だと思われるぐらいなら、人間のオスを調教して束縛するような変態だと思われた方がまだ楽だ。多分。

俺はクロを甘やかさない。美味しいゼリーもスイカも与えたことはない。外の世界には綺麗なものも楽しいこともたくさんある。
何より、今は夏。こいつが一番元気になる季節だ。
せっかく足も羽もあって、外をのびのび飛び回ってるのに、こいつは毎日その幸せを捨ててこのアパートへ帰ってくる。
逃げようと思えばどこまでも逃げられるはずなのに、必ずこんな乱暴で変態な飼い主のところへ戻ってくる。

「…陽さんっ………。」
「クロ、ごめんな。」
泣き続けるクロの足から手を放し、黒い頭に抱きついた。
クロがびっくりして息を止めた隙に、体重を使って相手を引っ張り込む。
「うぉっ!?」
クロの大きな体はその勢いでスポンと窓枠からはずれた。そのまま二人そろって後ろに転がり、頭を壁に打ち付けた。

「…………そういえば、セミはどうなったんだよ。」
「はい?」
コップの水に落とした角砂糖が溶けるのを待ちながら俺が尋ねると、目の前の甲虫はきょとんとして聞き返した。思わずその頭をひっぱたく。

「4丁目の公園でお前をナンパしてきたっていう、変態ツクツクボウシのことだよ!」

「ちょっ、なんだよ変態ツクツクボウシって!クボさんのことをそんな風に言わないでよ!」
「何だよクボさんって!」
「…その、ツクツクボウシの名前。」
「へえ。名前まで教えてもらったんだ。で、どうなったんだよ、そいつ。もう死んだ?」無表情で俺が放った質問がショックだったのか、クロは柱に倒れ込んで物凄い音を響かせた。虫のくせにリアクションがでかすぎる。

「縁起でもないこと言わないでよ!まだ死んでないよ。ただ…。」
「ただ?」
突然顔を曇らせたクロを見て、聞き返す。
「ただ、なんだよ。やっぱり死んだのか?」
嘲笑いながら見下ろすと、クロは痛みに目を潤ませながら此方を睨み付けてくる。

「違うよ、その…、人間に捕まっちゃったんだ。ほら、あの、あの、」
言いにくそうに舌を縺れさせている。
「あの、昆虫博士の網に…。」
俺は思わず大爆笑した。

「マジかよ!あのトロそうなメガネのガキに!?」
両手を叩きながらゲラゲラ笑っていると、クロが真剣な顔で叫びだした。
「笑い事じゃないよ!昆虫博士、ツクツクボウシは珍しいからって、クボさんの体をいじくり回して色々調べてたんだけど、」
「へえ。俺みたいなことやってんだな。」
ニヤニヤしながら茶々を入れたら、クロはその黒い顔を真っ赤にした。ように見えた。
「…と、とにかく、そうやってめちゃくちゃに触ったり引っ張ったりしたもんだから、クボさんの足が一本取れちゃって…。」
空気が凍りついた。

「あの瞬間のクボさんの悲鳴が耳にこびりついて取れない…。」
クロは二本の足で顔を覆ってさめざめと泣いた。はっきり言って、覆いきれていない。
「……そうか、だからお前、俺に引っ張られたときあんなに怯えてたのか。」

クロの足に指を絡ませて、俺は囁く。

「お前のこと標本にするとまで言っちまったもんな。」
覆っていた二本の足を優しくはずして、顔を撫でてやると、クロが再び俺の顔を見た。

「お前の足を取ったり、標本にしたりなんて、そんなもったいないことするわけねえだろ。こんな面白いカブトムシ、他にいねえもん。」
「陽さん。」
「第一、普通の虫ならまだしも、楽々タンス運んだり背中で2トン車止めたりするようなお前を、俺が無理やりどうこうできるはずがない。」
「う…。よくそんなの覚えてるね。」
「一度見たら忘れらんねえよ。……とにかく、俺がお前を壊すようなことになったとしたら、それはお前もそれを望んだからってことだ。」
「なんだか心中みたいだねえ。」
ヘラヘラと笑いだしたクロになんとなくムカついたので、指先で角を弾いてやると、きつく目をつぶって痛そうな顔をする。
兜かぶってるくせに。

「おい、砂糖水出来たみたいだぞ。口開けろ。」
コップに針のない注射器を差し込んで、角砂糖の溶けた水を吸い上げながら、クロの顔を叩いてこちらを向かせた。
素直に開けられた口に注射器を突っ込み、ピストンをゆっくりと押していく。
「こぼすなよ。蟻がくるからな。」
少しずつ流し込まれる甘い水を味わいながら、幸せそうにちゅうちゅう吸い付いてくるクロの表情を眺めていると、なぜかいつも世界征服でもしたかのような気分になって、頭がフワフワと酔ってくる。
だから俺はこいつを手放せない。

「なんか、いつもより甘い…。」

ぴちゃぴちゃと注射器の口を舐めながら呟くクロに、俺は微笑んだ。
「お、よくわかったな。今日は特別にいつもより角砂糖増量サービスしてやったんだよ。」
一つだけだけどな、とクロの角を優しく撫でる。
クロは注射器をくわえたまま、うっとりと目をつぶった。

こんなうっすい砂糖水にいつまでもすがっているこいつも、結局は俺と同じくらいの変態なのかもしれない。

「よしよし、味に敏感なクロさんに大盤振る舞いだ。」
こう言うと俺は、ぐぐっと一気にピストンを押し、注射器の中の甘い水を噴出させた。

「ぐ!?げほっ、ごほっ…!」
突然の意地悪に対応できなかったクロは、俺の狙いどおりむせって、砂糖水を吐き出した。
「あーあ、きったねえしもったいねえな。せっかく甘いの作ってやったのに。」
注射器に残った砂糖水をクロの頭やら背中やらにかけながら、俺はねちねちと責め続けた。
「あう、だ、だって…ひどいっ!」
こぼれた砂糖水を舐めながら、クロは涙目で俺を睨む。
「どうすんの?蟻が来ちゃうじゃん。」
すっかり甘くなったクロの角やら背中やらを舐めてやると、震えながら「ひっ、」と呻きを漏らした。
ああ、やっぱりたまんねえなあ、こいつ。

「よ、陽さん、の、せいだろっ!あ、アブラムシにたかられた時だって、元はと言えば、陽さんがおれに甘いのかけたから…。」
「………あの時ねえ…。おかしいよな。あの時も俺がちゃあんと舐めてきれいにしてやったのに。結局はお前の体が初めから甘すぎるのが悪いんじゃねえの。」

泣きながらも、どこかもぞもぞと、嬉しそうに表情を崩すクロに跨がり、甘い匂いのする背中に吸い付いた。
誰に渡せるもんか。
誰が殺せるもんか。

こんな虫ほかにいない。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

20レスはいらなかったみたいです。失礼いたしました。

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気付かずに長時間占拠してしまいました。
申し訳ありません。


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