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ビューティフル・コックローチ ミケーレとフランコ

投下します。
「ビ.ュ.ー.テ.ィ.フ.ル.コ.ッ.ク.ロ.ー.チ」で勇者と薬剤師ネタ。
薬剤師の片思いで勇者は気づいてない感じ。
OP直後の隙間を勝手に埋めてみました。いろいろ捏造注意!

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

 過ぎた年月を忘れさせるほどに、きつい一撃を食らわされた。
 そんな風に思っているのはおそらく自分だけで、相手は己の発言について全く意識す
らしていないだろう。
 つまりは自分の被害妄想が大半であるわけだが、その唇から出る言葉の鋭さは、以
前と比べてもまったく変わっていないように感じる。
 ミケーレはぞっとする思いで、自らを孤島から連れ出した相手の様子を伺った。
 潮風に嬲られて乱れた髪を指で梳きながら、フランコが波間から視線を戻す。振り返っ
てかち合った2人の目は僅かの間絡んで、直ぐにミケーレの方から逸らされた。
 勇者の足元からは震えが昇ってくる。それは彼が船の看板上にいるからというだけの
理由ではない。かと言って、これから王の眼前に無理矢理引きずり出される事への緊張
でもなかった。ミケーレは航海も謁見も過去に散々、それこそうんざりする程に経験して
いて、今更彼の足を竦ませるものがあるとすれば、それは愛しい愛しいアルコールの切
れからくる禁断症状のみに限られていた。
 ミケーレは己の主治医代わりであったフランコが見ていると知りつつも、懐に忍ばせた
小瓶をまさぐって取り出し、もどかしく蓋を捻った。唇に飲み口を当てて零さぬように傾け
る。それでも急いた手つきのために、口内で溢れた酒が口角の歪みから顎へと流れた。
「は……」

 喉の渇きを潤す甘い痺れ。ミケーレにとっては吐精よりも深い快楽を、その溜息が如
実に表している。一連の動きをただ黙って眺めていたフランコは、相手とはまた違った理
由で「変わっていませんね」と呟いた。
 波のさざめく音に消えてしまいそうなほど微かな囁きを、ミケーレは拾わずにはいられない。
「お前こそ、相変わらず悪趣味だ」
 吐き捨てたのは多少の苛立ちと引け目を感じたためだ。フランコは責めているわけで
はないと分かっていても、そのように受け取ってしまう己の精神状態をミケーレは密かに
恥じている。
 しかし口に出す事もない。言の葉は代用の皮肉や揶揄で埋め尽くされて、彼は結果的
に粗野な態度しか取れなくなっている。もしもこれが数年来会っていない恋人や、呼術
のなんたるかを叩き込んでいった師相手であるならば、どうなっているかはわからない。
ミケーレにとってフランコは十年の知己であると同時に、時折痛烈な真実をぶつけてくる
"敵"でもあるのだ。そのためか僅かにでも引っ掛かりを感じると、ミケーレの胸は潰れそ
うなほど動悸が激しくなり、とても平静ではいられなくなってしまう。
「悪趣味。私が」
 フランコは心外だというような表情をしてはみせたが、声に滲む笑みの気配から察する
に、ただミケーレとやり合ってみたいだけなのだ。久しく会っていなかった友人の調子を
図っているようでもある。その意図を知ってか知らずか、ミケーレは憮然としたままで短く返した。

「……何が蜜月だ」
「おや、そう表現するのに相応しい密度であったと思いますがね」
 そしてフランコは含みのある笑い方をする。
 愉快そうに歪められた鳶色の瞳から、彼の言う『蜜月』をフラッシュバックして、むしろ
アレは地獄であったとミケーレは鳥肌を立てた。
 6年前、ダーリオを亡くしてからの1ヶ月。
 思い返してみると実際より遥かに長い期間であったように感じるが、たったのひと月だ。
 ミケーレはその間、フランコに監禁されていた。
 フランコの名誉のために補足しておくと、酒漬け薬漬け悲壮漬けの勇者の身体から、
せめてクスリだけでも抜こうという試みの結果であったりする。
 荒療治だった。酒はやめられなかったが、おかげで薬は断てた。しかしいくら親友の死
にミケーレが自責の念を抱いていたからといって、かつての状態から現在のように立ち
直るには、本来長い年月が必要であるはずだ。
 確かに一人では不可能だったという点においてフランコには感謝しているが、その過
程を考えると非常に腑に落ちないというか、やはり蜜月と表現するのは正気ではないと思う。
 大体相手を排泄にも行かせないハネムーンが一体どこにあるというのだ。
「懐かしいですねぇ。発作の起きたあなたをこう、ベッドに括りつけて」

「やめろ言うな」
「何を今更恥ずかしがっているんです。当時は私に汚れた下着を洗わせても平気な顔を
していたくせに……っと、そんな事を気にする余裕もありませんでしたか」
 今では赤くなってしまうミケーレを見て、いい傾向ですねとフランコは感心している。
「あなたのそういう顔を見たくて必死だったんですが、6年も経ってから叶うのは報われた
と言えるんでしょうか?」
 感慨深そうに尋ねられても、知るかとしか答えられない。ミケーレがフランコを少々苦
手だと思うのは、何も攻撃ばかりしてくるからではなかった。このように時おり通常の友
愛とは幾ばくかズレた発言を聞かされるからでもある。
 厳しいのか優しいのか分からないのだ。自分を好きなのだとは思う。嫌ってはいない
だろう。けれど何をしたいのか理解できない。
 今この時も、どういう理由からミケーレの事をニヤニヤと眺めているのか、さっぱりだ。
 フランコは不意に腕を伸ばして、アル中勇者が未だ握っていた酒瓶を手に取った。
 命綱にも等しいものを奪われて口を尖らせたミケーレだったが、相手が先に口を開いた
ので文句を言い損ねる。
「ところでミケーレ、もしもあなたがよければ……」
「……何だ」

「酒を抜くのにも挑戦してみませんか?もちろん、私と」
「こ、断る!」
 ミケーレは反射的に飛びのいた。良識で考えればこのままでいいはずはないが、もう
二度とあんな経験はしたくないと思ってしまう。失禁などまだまだ生ぬるい。あのときミ
ケーレがフランコと2人で築いた、陰惨で、惨めで、思い返すたび消えてしまいたくなるよ
うな聖域は、誰にも侵す事ができない代わりに自分自身でさえも触れたくない悪夢なのだった。
 ある程度は反応を予測していたようで、フランコは軽く肩を竦めただけに止める。
「それは残念です。同じ男としてあなたのアル中由縁の勃起不全を何とかしてやりたい
のですが……」
「おっ……俺の性機能は正常だ!」
「そうですか?じゃあ今度見せてみてくれます?」
「なっ」
「冗談ですよ」
 お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ。そう言って殴りかかりたい衝動をぐっと堪えた。
フランコはミケーレのじっとりとした視線を感じながら、手に持つ瓶の一度は閉じられた
蓋を開く。瞠目した相手が喉から抗議の声を洩らすと同時に、底へ残っていた酒を一気
に胃へと流し込んだ。

「お、お、おま……お前」
 さっと青くなるミケーレに空瓶を投げて寄越す。咄嗟に受け取ることはできたのだが、
何と言えばいいのか見当がつかず、ミケーレはただ口を喘がせた。フランコの長い指が
濡れた唇を拭って、そのまま呆然とした相手を指す。
 彼は満面の笑みを浮かべ、きっぱりと告げた。
「ついでに言っておくと、私はあなたのそういう表情を見るのも好きなんです」
 ミケーレの胸の内に激しい奔流が雪崩れ込む。それは怒りというのが一番相応しい気
がしたが、戸惑いや羞恥にも似ているようだった。分析不能の感情は脳へ染み入るより
も早く、先程押さえ込んだ拳をかたく握ることを優先する。あっと息を呑んだときには既に
手遅れで、ミケーレの右ストレートがフランコの目の下にきまっていた。
 さすがに倒れはしなかったが、若干よろめいたフランコは突き出されたミケーレの手首
を掴んでその場に踏みとどまる。それでも笑っていた。むしろ殴られたことが楽しいのか
丁度赤くなった泣き黒子の辺りを押さえて感触を確かめている。
 こいつはとんだ変態だ。
 ミケーレはすぐさま結論を出した。強引に手を振り払って、本日二度目の単語を吐き出した。
「だからお前は悪趣味だって言うんだ!」

 フランコは俯き加減で微笑したままだ。ミケーレの方は収まりがつかず、まだ一言二言
は罵声を浴びせてやろうかと息を吸い込む。するとフランコが呟いた。その言葉は深くミ
ケーレの胸に刺さり、瞬時に憤りを削いでしまった。
「あんな質の低い酒で満たされた気分になるあなたの方が、よっぽどひどい」
 声は決して大きくも力強くもなかったが、怒鳴り声の説教よりもずっと心臓が冷たくなる。
ミケーレは眩暈を覚えた。船が傾いだせいだと言い張るには血の気が引きすぎていた
ので、もう蹲って顔を隠しやり過ごす以外に方法はない。膝を折り頭を抱えてしまった勇
者を見下ろして、フランコはもう一度言い聞かせるように囁いた。
「本当に、変わりませんね」
「…………」
「でも、そこがまだ私の知っているあなたのようです。安心しました」
 ミケーレは愚図る子供のように頭を左右に振る。
 否定したかった。実際なにも成長していないのに、6年前のまま停滞している自分がい
る事を認めたくはなかった。そんな情けない自分を見て、安堵を感じる奇特な友がいるこ
とも信じられずに、ミケーレはただ顔を伏せている。

「ミケーレ」
 呼びかけに返事すらできない。完全に沈み込んでしまったミケーレを前にして、フランコ
は仕方なく距離をとった。こうなってしまえば言葉は届かない事を彼は既に学習している。
看板の手すりに肘を置き、俯いた相手の青白い首筋をしばし眺めて溜息をつく。
 吐息に込められた落胆が身に染みるようで、ミケーレは目に涙が溜まりそうになるのを
懸命にこらえていた。実はフランコが溜息をついた理由は呆れではなく、友人の心を支
えきれないことへの無力感だったのだが、自分の事でいっぱいいっぱいなミケーレには
想像もつかない。
 ただ怖いと思った。こんなにも情けなく無力な己を、それでも自分の役目だと連れ出し
に来るフランコの事を、恐ろしいと思った。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
『公式が最大手』を実感する今日このごろです。


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